第1章 第四幕
結局のところ安全なところといえば窓と出入り口にバリケードを作り、対不審者用刺股で怪物が近づかないよう威嚇にしている校舎内ぐらいしかない。今から入るのは難しいだろう。
俺は先程まで隠れていた非常階段の上に登って隠れていた。しばらくは見つからなさそうだ。それに上からなら現在いったいどんな状況かわかりやすい。
とりあえず、毛玉にどういうことなのか小声で説明を求めた。
「で、いったいなんなんだ? ソーウィムとかゴギョウケンとかヴァルキュリアとかあの怪物とか……」
「うーん。僕子供だし、君フツーの人だからあまり話しちゃいけないんだ」
「はぁ!? 話が違うじゃねぇか。 できる限り説明するっていったじゃねぇか」
「とりあえず、言えるのはあの怪物は『魔族』って呼ばれている。この世界に侵略しにきた悪い奴らなんだ」
そういえば兄貴も魔族って呼んでいた。
「魔族ねぇ。なんでこんな所に……」
「ヴァルキュリアや五行剣の勇者は多分、本人に聞いたほうがいいと思う。美沙希ちゃんのこともね」
つまり、この戦闘があいつらの勝利で終わらないと何もわからないということか。俺は見つからないようにそっと外を見る。戦闘は未だ激しいままである。しかも三人とも個の力では圧倒しているものの数で押され、ジリ貧状態である。このままじゃまずい。もう一度怪物どもから見えないところに隠れる。そして深呼吸をして口を開く。
「さて、どうすればいい」
ふと自分の身体を見る。震えている。それもそうだ、混乱状態こそ落ち着いているものの俺は今の状況が怖い。毛玉が「あの三人なら大丈夫」といっているが怖いものは怖い。考えれば考えるだけ恐怖が増してくる。恐怖を自覚した途端、体中震えて動かない。俺はその場にしゃがみ込み頭を抱える。
「俺に何ができるっていうんだよ……こえぇよ……でもこのままじゃ……」
頭の中に何かが浮かぶ。誰かの顔だ。
「なんであいつらのことが頭に浮かぶんだよ……」
あいつらというのは怪物と戦っている三人のことだ。いま戦っている三人は俺の身近な人なんだ。
俺はもう一度深呼吸をする。そして俺は両手で自分の顔を叩き気合を入れる。何度も何度も。さっきも覚悟しただろ俺。ここでやらなきゃ一生後悔すると。
「やってやる……! やるっきゃねぇ……」
俺は両足におもいっきり力を込めて立ち上がる。
とにかくもう一度外の様子を見て分析しよう。
三人が三人とも別の場所で戦っているが、俺の今いる場所からはよく見える。戦況は先程より悪化している。どうも三人とも数で押されているようだ。
兄貴は見たところ一番強い。怪物相手に無双しているが多勢に無勢だ。このままじゃ疲労を待たれて押し切られてしまうだろう。
美沙希は強力な範囲攻撃を出しているが攻撃と攻撃の間にタイムラグがある。その間に倒しきれなかった怪物に距離を詰められて苦戦している。
佳奈が乗っている白いロボットは三人の中でも唯一、怪物を倒しながらも逃げ遅れた人達を助けている。しかし、その大きさからどうも小回りが効いていないらしく誰かを守りながら戦うというのが難しそうだ。
一人ひとりは強力なのに何故押されているのか。おそらくそれぞれが一人で戦っているからだ。それに空には魔方陣が浮かび、怪物どもは今もそこから生み出されている。これでは、倒しても倒してもキリがない。
とにかく、この状況を打破しないといけない。俺はまた隠れて考えていた。つまりあの三人に上手く連携を取らせることが出来れば事態は好転するかもしれない。しかしそれが正解であるのか、そして可能なのだろうか。
俺は昔、親父に教わった自信を持つための自問自答を口にした。
「どうすりゃいい……? それでいい……。俺にできるのか……? できる……」
根拠はない。とにかく根拠がなくてもいいから自分で自分を肯定する。それはただ自分を信じるためだけの自問自答。正解を出すためではない。俺は自分の答えは間違っていないと、自分にできると信じた。
「……よし!」
何をすべきか考えはまとまった。しかしそれを実行するにはいろいろ確認しなければいけない。まずは美沙希が本当に魔法使いならばどのようなことができるのか、ということ。この鍵をにぎるのは手摺の上で三人様子を見ている毛玉だ。
「おい毛玉! 美沙希のあの魔法だっけか? それは攻撃以外にも使えないか? 何でもいい例えば防御とか……」
俺は毛玉を捕まえ、尋ねた。
「僕はパータだ! 美沙希ちゃんは風の魔法使いだ、風の壁を作るくらい朝飯前のはずだよ」
「よし、あとはあの三人にどうやって伝えるか、だ。この際見つかっても構わねぇ」
俺が今いる位置からではあの三人伝えることが難しいだろう。
「……蜂蜜かミルク」
毛玉が何か言い出した。
「……は?」
「僕はブラウニーだ。人の手伝いをすることが僕の使命なんだ。でも手を貸すなら対価が欲しい。それがミルク一杯か蜂蜜を塗ったパン」
「だからそれがなんだってんだよ」
「僕は人間の家事をを手伝うための魔法がいくつか使える。声を大きくする魔法はあるよ」
「マジか!? なんでそんなん使えんの!?」
「寝坊助の子供を母親が起こすためさ」
「まぁとにかく今はそれでいい! 俺がやってくれっていったらその魔法俺に掛けてくれ」
「ミルクか蜂蜜ね」
少しカワイイじゃねぇか。見た目は少し大きめの茶色のぬいぐるみだからな。しかしそれはどうでもいい。とにかく前提条件はクリアした。
「上手く行ったら両方やるよ。とにかく今は手を貸してくれ」
あとは俺自身の勇気だけだ。もう一度、自問自答する。
「できるか……? できる。 勝てるか……? 勝てる!」
部活の試合直前にもずっとこうやってきた。腹をくくるにはやっぱりこれだ。
「ウォォォォォォ! ッシャア!」
この際だ、見つかっても構わない。俺は腹の底から吠えた。大きな声を出すことは恐怖を振り切らせてくれる。やってやる。俺にはできる。
「よしっ! 毛玉やってくれ!」
「パータだ! 拡声魔法かけるよ!」
まずやるべきは逃げ遅れた人の安全の確保だ。
『佳奈! 逃げ遅れた人達を一箇所に集めろ!』
うん、良い感じの声の大きさだ。これなら三人に聞こえる。
『遼!? え、あ……わかった!』
ロボットから返答が帰ってくる。向こうも拡声器みたいなものが付いているのだろう。次は――
『美沙希! 逃げ遅れた人達を守るように魔法で壁を作れ!』
美沙希は驚いたようにこちらをみる。何かしゃべっているが少し遠いので聞こえない。少し考えていたようだが、すぐに頷き、手に持っていた杖に何か祈り始める。もちろん怪物たちがそれを阻止しようと動き始める。逃げ遅れた人達は佳奈が守ってくれているが美沙希はそうはいかない。
『兄貴!』
兄貴はすべてを察したようで美沙希を狙っている怪物に標的を変える。そして「これでいいんだろ?」と言わんばかりにこちらにサムズアップを向ける。
美沙希が杖を振ると一箇所にまとまった人達の周りに緑色の風のようなものが周り始めた。怪物が近づこうとしても風に切り阻まれる。
『三人ともその近くに集まって!』
次は、三人が協力して動くために纏まってもらう。三人が逃げ遅れた人達の近くに集まったとき美沙希が耳に手を当て何か聞き取っている。
「ねぇ!」
毛玉がこちらに話しかけてきた。
「今、美沙希ちゃんにゲート……あの魔方陣のことね、それを魔法で攻撃するように念話で伝えていたんだ。あれがあるから魔族は引っ切り無しに現れるし、学校の周りに結界が張られているんだ」
それはいいことを聞いた。よくやった。ご褒美にレモンのはちみつ漬けでもつけてやろう。
『美沙希! 聞いたな? 最大威力でぶちかませ! 兄貴、佳奈! そいつを守ってやってくれ!』
俺の言葉を聞いて、佳奈と兄貴に美沙希が説明を始めた。そして三人ともこちらを見て頷く。どうやらあの三人はお互い何か同意したようだ。ここからじゃ何も聞こえないが。
「よし、毛玉。もういいぞ。さて、ここもバレてしまっただろうからどこか逃げるぞ」
とりあえず最上階まで行って屋上によじ登るか。
「いや、奴らあの三人を叩くつもりのようだよ。ゲートは魔族の帰り道でもあるんだ。ほら、リーダーが指示を出して美沙希ちゃんの方に向かっている」
毛玉の言うとおり確かに綺麗に統率され美沙希たちに向かっている。ただもう安心してみていられる。白いロボットはその鋼鉄の体を活かして鉄壁の盾となり、兄貴は怪物どもの大群を突っ込んで引っ掻き回し混乱の渦に叩きこむ。お陰で美沙希は集中して魔法を唱えられる。
「こうなりゃ、大丈夫だ。俺の理想的な展開だ………」
「すごいね……やっぱり……」
「ん? どうした毛玉?」
「なんでもないよ。こっちの話」
怪物どもの大群に突っ込んでいた兄貴が奴らの最後尾で指揮を採っていた豪勢な鎧を着ていたリーダーらしき――兄貴のことを知っていた怪物を打ち取る。それと同時に美沙希が魔法を発動させ巨大な竜巻が生まれる。その竜巻は怪物どもごと魔方陣を打ち破る。
「すげぇ……」
俺はそんな陳腐な感想しか出なかった。
空は禍々しい雰囲気が消え青空を取り戻す。そして校門から何台ものトラックが入ってくる。空からもヘリコプターの飛んで来ている。一機や二機じゃない、かなりの数だ。そして白いロボットはそのヘリやトラックに手を振っている。どうやら仲間だろうか。そして佳奈の乗っているロボットと同じようなロボットがトラックから、ヘリからは銃を持った兵隊らしき人物が降りてくる。そして彼らは、怪物の残党処理を始める。どうやら俺たちは助かったらしい。
すっかり、怪物の軍勢は壊滅し、あちこちで助かったことを喜ぶ人々の歓声が聞こえる。しかし、その一方でただ怪物に襲われ命を落とした人やその変わり果てた姿を見て悲しみに暮れる人もいる。怪物を殲滅していた兵士は今は、負傷者の手当や荒らされた敷地の整備にあたっている。
俺は隠れていた非常階段三階の位置から動いていない。違うないろいろなものから解放されて完全に気が抜けた状態で動く気になれないのだ。俺は顔を上げ三人を見る。
白いロボットはコクピットが開き、中から髪の毛を後ろで束ねたの少女が出てくる。
「やっぱり佳奈じゃねぇか……」
俺はそう呟く。こんな形で会うとは夢にも思わなかった。補修じゃなかったのか。あいつはいったい学校で何をやっているのだろう。
次は兄貴だ。兄貴の持っていたはずの剣はどこにやったのかその手には無い。そして誰かと話している。
「一体なにもんなんだよ……俺の兄貴は……」
五行剣の勇者と言ったか。行方不明の間に兄貴の身に何があったのか。
そして美沙希。美沙希は既に見慣れた学校の制服に戻っている。あの毛玉はいつの間にか美沙希のところにいてはしゃいでいる。結局あの毛玉動いているなんてレベルの話ではなかったな。
「あんな格好してどうしちゃったんだよ美沙希は……」
あの毛玉といい、あの魔法といい、病弱な少女だったのが何が変化したらこうなるのか。
どうやら三人、いや三人と一匹は俺に気がついたようだ。まったく三人とも人の気も知らないでこっちに向かって笑顔で手を振っている。
しかしその姿はまるで――。
「三人とも……すげぇよ……まるでアニメとかの主役だ……」
そう。まるで物語のヒーローやヒロインだ。彼らが勝利するということは一件落着を意味する。
俺は彼らに手を振り返そうとする。聞きたいことは山のようにある。しっかりと答えてもらわないと。
しかし、そこで俺の意識は途絶えた。
遼の言ったヒロインはこの場合、女主人公という意味です。ちょっと展開早かったかな。