第1章 第二幕
「とりあえず、ジュースとお菓子かな?」
中学校に向かう前に俺はスーパーに立ち寄っていた。自分の部活の後輩に差し入れをするためだ。
本来は佳奈と行くため、駅前で待ち合わせをしてから行くので徒歩で行く予定だったのだが、今日は一人なので原付だ。本来このスーパーは中学校に行くには正反対なのだが原付なら問題ない。
佳奈が居ても原付で行く予定だったのだが、もちろん原付の二人乗りは違反である。押していくかどこかに止めることになっていただろう。佳奈が乗りたいといえば二人乗りで行くつもりだったが。
ジュースとお菓子それと紙コップをレジに持って行こうとしたところで後ろから声をかけられた。佳奈の母さんだ。
「おはよう、遼くん」
「ああ、おばさん。おはよう御座います」
「差し入れ買っていたの?」
「ええ、コンビニだと高いんで。原付で行くから中学から逆方向なのも気にならないし」
「ごめんなさいね、佳奈のこと。急に補修だなんて」
「大丈夫ですよ。どうせ明日行くことになるんで」
文化祭は土曜日曜の二日に渡って行う。今日が駄目なら明日行くことになる。
「ちゃんと勉強するように言っておくわ。違う学校なんだから遼くんのことはもう頼れないんだからって」
佳奈と俺では、俺の方が成績は良い。したがって中学生時代はよく勉強を教えていた。しかしあいつの通う「神樹学院」のほうが俺の通う公立高校のほうが偏差値は高い。佳奈が入学できたのは未だに謎だ。それも確か特待生で入ったはずだ。謎は深まるばかりだ。
「ははっ。俺からも言っておきますよ。っと、こんな時間か。じゃあ俺はそろそろ……」
「そうね、じゃあね。先生方によろしくね」
そう言っておばさんは買い物に戻っていった。
俺も会計を済ませ、外に出た。
結局のところ、佳奈の補修によるドタキャンは一度や二度ではない。本来は怒っていいところだろうが俺より低い成績で俺より良い高校に入ったのだ。それぐらいの補修は仕方がないと諦めている。
ドタキャンといえば、美沙希も何回か用事があるといって遊ぶ約束をキャンセルされたことがある。個人的には俺と遊ぶよりは大事なことはいくらでもあるだろうと思う。
しかし、二人共、その次に会ったときこっちが「もういいよ」って言ってるのに謝り倒すから困る。まぁ慣れて何も言わなくなるよりはよっぽどマシか。でも、ドタキャンしなくなるのが一番であることは間違いないが。
かたや兄貴は兄貴でよくわからない。出かけるって言ってどこにもいかなかったり、あるいは逆に家にいるって言って、出かけていたり。まさか美沙希と遊んでいたのを見られていたのは驚いた。というより、声を掛けてくれれば助かった。そうしてくれば美沙希の紹介が楽に済んだのに。
「しっかし、今日の予定が大きく狂ったな。どうしたもんか」
なんて、少し愚痴をこぼしてしまった。今日こそ佳奈に美沙希を紹介する予定だったのに。
しかし、こう考えるとなんで俺は佳奈に美沙希のことを話さなかったんだろう。別に隠しているつもりはなかったのだが。
いや、軽く隠しているようなものだった。あの時期は俺が佳奈を一番避けていた時期だ。しかし、絶対どこかで接触するだろうと思っていた。そのときは紹介しようとするつもりだったのだが。そして今日は佳奈の予定キャンセル。なかなか機会に巡り合わないものである。明日こそちゃんと紹介しよう。
そんなことを思っている間に大港中に到着した。
「さて、先に部に顔出しますか……」
俺は原付を自転車置場に止めた。原動機付自転車だからここでいいだろう。俺はその足で格技場へと向かった。
大港中は全生徒部活強制加入なので、文化祭はクラス単位ではなく部活単位で行う。したがって模擬店はだいたい運動部が行い文化部は作品展示や演奏発表をしている。人数が少数で模擬店ができない部活はだいたい他の部の手伝いやその他の雑用に回る。俺が入っていた柔道部は伝統的に格技場前で焼きそばをやっている。
「おーっす!やってかぁ」
格技場前は昼時ってのも手伝って長蛇の列ができている。
「あ、先輩!こんちわっす!」
「「「「「「「「こんちはーっす!」」」」」」」」
受付をしていた後輩の声を皮切りに部員全員から挨拶を受ける。
「おう、増岡来たのか。元気にやってっか?」
顧問の山口先生が声をかけてきた。
「どうもです。割とよくやっていますよ。あ、これ差し入れです」
買ってきたジュースやお菓子を渡す。
「おお、ありがとな。あれ?今日はお前一人か?」
「ええ、佳奈はちょっと学校で補修らしくて今日は来られないみたいです」
「ほう」
「ちょっと待って先生。あなたも俺と佳奈はワンセット扱いですか……?」
いやまぁ幼馴染だけどさぁ。
「いやぁお前ら実際かなり仲いいだろ」
「いやまぁ、そうですけど……」
「先輩、倦怠期ですかぁ」
後輩が一人余計な茶々を入れてきた。
ちなみに佳奈はよく俺の部活の試合に応援に来てくれていた。だから後輩は大体、佳奈のことを知っている。と言うより質問攻めが面倒だったので教えた。ウチの柔道部にはそういうのに興味津々な女子部員もいる。
「バカヤロウ。混んでいるんだから持ち場にもどれ」
俺は、先生や後輩たちといろいろ喋っていた。
だいぶ話したところで一旦切り上げる。
「じゃ、俺はもう行きますわ。美術部にも顔出したいんで」
「おう、沢口に会うのか」
山口先生は俺と美沙希のことも知っている。なにせ美沙希と俺が再開してときに話し込んでいたのを最初に気付いたのは先生なのだ。それに加えて山口先生は美沙希の担任でもある。
「ええ、そんなところです」
「先輩、浮気ですかぁ?」
別の後輩が茶々を入れてきた。もちろんこいつらも俺と美沙希の関係を知っている。というか誤解を招かないように説明した。
どうして女というものは他人の異性関係に興味津々なんだ。お陰で俺は佳奈と美沙希のことを何回説明したと思っている。そしてなぜか部員中に広まっている。
「バカヤロウ」
「スンマセン」
「じゃあ、俺はそろそろ行きますわ」
「おう、お前も後で買いに来いよ」
挨拶もそこそこに俺は最上階の廊下の突き当りにある美術室へと向かった。学校の敷地上から見ると逆の方角だ。そこで美術部が作品展示を行なっている。
息も切れ切れになりながらも最上階に俺は到着する。高校に入ってからは帰宅部なのですっかり体力落ちてしまった。
俺はふと物置化している最上階から屋上に向かう階段に目をやる。そこに非常に気になるものを見つけたからだ。
「!? ……なんでこれがここに!?」
すごく気になる「モノ」あるのだがこの際、これから会うことになる持ち主本人に尋ねよう。下手に触れるとホラーになりかねん、ものがモノだけに。
美術室手前の受付にいるセミロングの女子学生に挨拶がわりに手を降る。こちらに気付いたようだ。
「あ、お兄ちゃん来てくれたんだ!」
無邪気な笑顔を向け、手を振りこちらに近づいてくるのは何度も話に出てくる俺の後輩――沢口美沙希だ。
「おーっす。ずっとここに?」
「うん! 今日の午前中はずっと受付だったの!お兄ちゃんは一人?」
すごく嬉しそうにしゃべっているが、若干、他人より声が小さめな娘である。今日は嬉しそうな分普段より聞き取りやすい。
しかし、他の美術部員達がずっとこっちを見て色々話しているので少し居辛い。
「ああ、今日はね」
あくまで今日は、である。
「ホント! お昼まだだったら一緒に食べよう。私、今日の仕事はもう終わったから!」
なんで、そんな嬉しそうなんだ。
「いいよ、それにあれだったら軽く案内もしてよ」
明日、佳奈ときた時の下見みたいなもんだ。
「うん、いいよ。じゃあ、何食べる?いろいろあるよ」
「そうだな、何にしようか」
とりあえず一回戻って後輩共の頑張りの結晶である焼きそばを買いに行くとするか。と、ここですっかり大事なことを聞き忘れていた。そう階段にあった『気になるモノ』のことである。それは美沙希が『パータ』と呼ぶ謎の動物のぬいぐるみである。美沙希の家に何回か遊びに行ったとき見たことがある。ここはまず事の詳細を聞かねばならない。
「そういえば飯もそうだが、まず屋上に向かう階段のところにお前のぬいぐるみ……『パータ』だっけ?それが置いてあったんだが……学校ま「ホント! ちょっとここで待ってて!?」
遮られた上、行ってしまった。何故、驚いているんだ。自分が持ってきたのではないのか。と、すると誰かが勝手にあんな所に持って行って放置したのか。まさかあいつ虐められているんじゃあないだろうな。
待ってて、と言われたがまぁちょっと気になるので行ってみるか。
階段のところに行っても美沙希の姿はない。
お昼時の最上階というのはどうも人が来ない。文化祭の喧騒から離れ静かだ。
「……ント!でもなんでこんなところに?」
階段の上の方からわずかだが美沙希の声が聞こえる。独り言だろうか。
「わ…………い。…………ぱい…………だよ」
いや、なにか別の声も一緒だ。誰と喋っているんだ。
「私、一人でなんとかなるかなぁ?」
「仲……が…………辛……もね…………」
「美沙希!?」
思い切って声を掛けてみる。
「お兄ちゃん!?待っててって言ったのに」
美沙希が階段上から顔を出す。叱られた。
「スマンスマン。で、お前のだったか?」
「うん。ちょっとごめん置いてくる」
そう言って美沙希は階段を降りてきてぬいぐるみを持って美術室に戻っていった。
「しかし、一体誰と話していたんだろう。まさかな……」
美術室に向かって走っている美沙希の背を見ながらつぶやく。
「!?」
今、あのぬいぐるみ動いた。美術室手前の美術準備室に美沙希が入る瞬間、あのぬいぐるみこっちをちらっと見た。見間違いなんかじゃない。確実にこちらを見て「あっ、やべっ!」という感じで視線を元に戻していた。
いやいやそんなわけない。きっと俺は疲れているのだろう。そうだ、そういう事にしておこう。
背筋が寒くなってきた……。せめて胃の中だけでも暖かいものを入れよう……。
「お兄ちゃん、どうしたの大丈夫?」
「うおっ!?」
気がついたら美沙希は、戻ってきて俺を下から見上げていた。少し近い。
「あ、ああ。大丈夫……」
「ホントに? 顔がちょっと青いけど……」
「ちょっと驚いただけだ。それよりあのぬいぐるみはなんであんな所に?」
大事なこと聞かなければ。
「えーっと……。わかんない、絵のモチーフに使っていたんだけど」
要は誰かが学校の備品と思ったのか。それで物置である階段に。しかし、まだ聞かねばならないことがある。
「まぁいいけど……。それよりお前、誰かと階段で喋ってなかったか? それにさっき俺にはあのぬいぐるみ動いたように見えたぞ……?」
「えっ……あの……えっと……。私、誰とも話していないし、見間違いじゃない………かな……?」
なんでそんな曖昧な返答をするんだ。はっきり否定してくれ、怖いだろうが。
「それより、どっかご飯食べに行こ! どこにする?」
あからさまに話を逸らされた。あれこれ考えていても仕方がない、確かに腹も減った。何か暖かい、ホッとするものを食べよう。
「確か、剣道部が会議室で豚汁やっていたな。それ食べたいなぁ」
「うん、いいよ。じゃそれ食べに行こう」
俺は美沙希と共に一階にある会議室へと向かった。
ふと、窓の外をみる。さっきまでいい天気だったのが妙にどんよりとした薄暗い雰囲気だ。
俺は妙に胸騒ぎを感じた。
少しきな臭くなってきましたが、次回急展開!