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俺は主役じゃない!  作者: 烈士長
第一章 三人のヒーロー&ヒロイン
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第1章 第一幕

 けたたましい目覚まし時計の音ともに俺は目覚めた。

 約半年前まで俺の部屋に毎朝起こしに来てくれていた隣の家に住んでいる幼馴染は、今は学校の寮で基本的に暮らしている。お袋はとっくの昔に家出して、親父は仕事の関係で一週間に三日ほど帰れる日があればいいほうだ。

 したがって今の俺は自力で朝を起きなければいけないが、そんな生活にもすっかり慣れた。

 ところが一ヶ月前俺に新たな日課が誕生した。約11年もの間行方不明だった、兄貴の朝飯と昼飯を作り置きしておくという仕事だ。

 中学卒業までは家に誰も居ないことを不憫に思ってか、俺を起こしに来た幼馴染の家で朝飯と夕飯をいただいていた。因みに昼は小学生の時は給食で、中学は購買で買っていた。高校になってからは自分で作ったりギリギリまで寝ていたせいで朝飯をぬくことになったりしてお隣でいただくことはほぼ無くなっていた。 

 しかし、俺一人だけなら良いが家族が増えた、というより帰ってきたのでその分、朝飯と昼飯を用意しなければならない。兄貴は料理ができないのだ。

 そんなわけで俺は寝間着から着替え、二階の寝室から一階のキッチンに向かった。




「おはよう遼! 今日もいい天気だぞ!」

 朝にはいささか高いテンションで俺に挨拶をしてきたのは件の兄貴こと増岡翔だ。

 と、ここで俺は違和感を感じる。本日は土曜日つまり休日だ。

「休日に兄貴が俺より先に起きてる……」

 現在、いわゆるニートな兄貴に平日も休日もないのだが、平日は俺が学校にいく前に起こしているのだ。したがって休日である今日は起こしていない。夜遅くまで遊んでいる兄貴は俺が起こさなければ、昼過ぎまで寝ている。もっとも俺も休日は予定がなければそれぐらいまで寝ている。つまりこの状況はかなり珍しい状態なのだ。今日は雪でも降るかもしれない。

「あれ……?」

 冷静に考えてみると一つ疑問が生まれる。この疑問を解消するため一つ質問してみる。

「兄貴、昨日何時に寝た?」

「寝てない! さっきまでゲームをしていたからな。いやぁ、10年も経つとゲームもかなり進化するんだなぁ!」

「即答かい! どおりで土曜の朝8時前起きてるわけだよ……」

 結局ところ、そういうオチか。

「まぁ、これから寝るとこなんだけど……、遼こそなんでこんな時間に起きてんだ?」

「ん?ああ、今日と明日で大港中の文化祭なんだよ」

 大港中は俺の出身中学だ。

「なるほどね。で、佳奈と一緒に行くのか?」

 佳奈っていうのはちょっと前まで毎朝、俺を起こしに来ていた幼馴染こと「雛川 佳奈」のことである。幼い頃から一緒に遊んでいたのでいくら約10年行方不明な兄貴でも佳奈のことは知っているもちろん佳奈も大港中出身である。

「一応、その予定。あいつが何時に帰ってくるかにもよるけどね」

 佳奈は現在、私立の女子高の生徒だ。基本的に学校の寮で生活しているのだが、休日は実家に帰って良いらしく、結構な頻度で帰ってきている。

「デートか?」

 言うに事欠いてそれか。

「……ノーコメント」

 と、逃げようとしたところに俺の携帯に電話が入る。件の幼馴染の佳奈だ。俺は兄貴の「逃げるな」という言葉を無視して電話に出る。

「もしもし、俺だ」

『あ、遼? 起きてたんだ』

 さすがに予定があるので起きている。もし、予定が早まることになっても待たせるわけにもいかないからだ。

「まぁな。でも、寝ていても電話がきたら起きる自信はある」

『それはあたしの電話限定?』

「んなわけあるか。で、どうした?」

『ごめん! 今日学校の補修が入ったの。文化祭行けなさそう……』

「……別に構わないが、昨日の内に連絡できなかったのか?」

『ちょっと今日の朝に急にね。一応、今日中にはそっち帰れる予定だけど、どうなるかわからないの』

「急にって……。ったく。わかったよ、おじさんたちには?」

『うん、これから連絡する』

「先にそっちに連絡しろよ……」

『ごめん、先に遼に連絡したくて』

「はぁ……。じゃ帰れるときになったらまた連絡くれ」

『ほんとにごめん!この埋め合わせは絶対するから』

「気にすんな、学校じゃしょうがないだろ。じゃあ切るぞ」

『うん。じゃあまた後でね』

「はぁ……」

 俺は深い溜息を付く。

「せっかく今日こ「ドタキャンか?」

「うおっ!?」

 兄貴が俺の真後ろで電話の話を聞いていた。気配が全くしなかったから非常に驚いた。

「いつの間にいたんだよ……。心臓に悪い…。ま、ドタが付くかどうかはわからんがキャンセルではあるね」

「ほんじゃあ、今日のお前の予定は無くなったのか?」

「いや、文化祭に行くのは既定事項だ」

「へぇ、他に誰かと一緒に行くあてはあんのか?」

 兄貴の顔がにやけている。

「ねぇよ。『どうせお前は雛川と行くんだろ?』ってすでにだいぶ断られている。それに今から誘っても先約がいるか、そもそも行く気がない奴らばかりだよ」

 兄貴が意外そうな顔をした。俺は無視してコップに冷蔵庫から出した牛乳を注ぎ、飲んだ。

「てっきり、俺は二、三日前駅前でお前とすごく仲良さそうに歩いていた女の子を誘うと思ったんだが……」

 牛乳吹いた。

「ゲホッゲホッ。見てたのかよ!?」

「全く、佳奈という存在がありながら隅に置けないなお前も。修羅場だけは勘弁してくれよ。そんなことになっても兄はお前のこと助けんぞ!」

「あいつとはそんな関係じゃない!いや違うな『あいつとも』だ、俺と佳奈はまだ付き合っていないし、あいつともそんな関係ではない!」

「ほう、『まだ』か」

「どうしてそこに喰い付く!」

「で、『あいつ』って?」

「兄貴が話を逸らせたんだろうが……。まぁいいや兄貴が行方不明になってから、週に何回か学校終わってから親父が夕方時間取れるまで親父の病院で過ごしていたってのは話したよな」

 俺たち兄弟の父親である増岡剛は医者である。家の近くの総合病院に勤務している。

 かなり腕のいい医者らしく、ちょっと前にテレビにも出ていたこともあるし、よく海外に行っている。

「ああ。いろいろと佳奈の家でお世話になっていたんだろ。で、それがいったいあの女の子どう繋がるんだ? あと俺は行方不明になっていたんじゃない異世界に飛ばされていたんだ!」

 兄貴は行方不明になっていた時のことをこうやって「異世界に飛ばされていた」といっている。正直、精神科医に見せたいぐらいの電波な話だが、帰ってきたとき明らかにこの世界のものではないものをたくさん持っていた。だから未だ半信半疑だがそういうことにしている。

 とは言え、俺から見れば行方不明には変わりない。何故わざわざ訂正を要求するのか。

「はいはい。あの娘、沢口美沙希っていうんだけど、あいつもともと病弱で、よく病院で入院してたような娘だったんだけど両親が共働きで、なかなか見舞いに来なくて寂しそうにしていたんだよ」

「なるほど、それで親父がお前に会わせたわけだ」

「そ。薄情な両親だよ。そんときゃあいつはまだ4歳で心細かっただろうに。……家に比べりゃマシか。少なくとも入院費のために頑張っていたらしいから」

 他所に男作って家出した俺らの母よりは、立派かどうかは別として親としての仕事を果たそうとしていた分マシである。

「遼、あの女のことは話に出すな。『母』であることを放棄した女のことはな」

 兄貴にいたっては母を『母』としてすら認めていない。

「また、話がそれたな。要は、俺はあの子の遊び相手だったわけ。それがあいつが小学校に入る前だから約1年半の間そんな感じで過ごしたわけで」

「つまり、その娘にとってお前は恩人ってところか。そういえば佳奈はその美沙希という娘こと知ってんのか?」

「これがねぇ、知らねぇんだわ」

「何故?!」

「何故ってねぇ……」

 この時期のことは病院であったこと以外はあまり思い出したくない。それに他人に話したくない。いくらそれが兄貴でも、いや兄貴だからこそだ。

 俺は吹いた牛乳を拭きながら答える。

「あの時期は、人と関わりたくなかったからなぁ」

「どういうことだ?」

「気にすんな」 

 俺は台所に立ち、朝食の用意を始める。兄貴は呆れた顔をして「刺されるなよ?」と言っている。俺は無視を決め込む。

「で、去年再会したわけよ。大港中に入学してきて。最初はお互い気がつかなかったけど部活動見学の時にたまたま見学に来て名前聞いたらあれっ?て感じで」

「ほう、ドラマチックだねぇ。たしかお前は柔道部だったか?」

 ドラマチックかどうかは別として、そのとおり俺は元柔道部だ。高校では帰宅部だが、一応ちゃんと初段を取り黒帯だ。

「うん。大港中は全員部活に入らないといけないからね。とりあえず見学には来たんだ。大港中柔道部はわりと女子部員もいるし。でもまぁ結局、美沙希は美術部に入ったけど」

「で、お前が卒業して高校に入った今も親交を深めていると」

「そういうこと。どっちにしろ、あいつに会いに行くから文化祭に行こうとしているわけ。兄貴、朝飯は?」

「ああ、もらう。しかし、そんとき見た様子じゃあかなり親密な仲の様子だったが?」

「向こうにしてみたら俺のことは久しぶりに会った『兄』のような存在なんだろう。『お兄ちゃん』って呼んでくるし、俺も妹分のようなもんだと思っているよ」

「じゃあ、お前も俺のことを『お兄ちゃん』と……」

「バカヤロウ」

「しかし、文化祭か、俺も仮眠をとったら行ってみようかね」

「いいんじゃないか?ただまぁ一般開放は10時から3時半までだから気をつけろよ。一応、明日もあるし最悪今日はちゃんと寝て、行くのは明日でもいいかもね」

「ふむ。そうだねぇ明日でもいいなぁ。っ!?」

「どうした兄貴?」

「いや、なんでもない……」

 兄貴が急に何かに気づいた様な雰囲気を出したがすぐに戻った。しかし俺は「気のせいだとは思えないな……いやしかし……まさかな……」とつぶやいていたのを聞き逃さなかった。気にはしないでおこう。


 


 朝食後、兄貴はやや深刻な顔をして部屋に戻り、俺は食器を片付けたあと洗濯物を済ませる。現在時刻は9時半前。今から行っても少し早い。部活の後輩に差し入れでも買っていこう。

 外は兄貴の言うとおりいい天気だが、どことなく風に冷たさを感じる。そんな秋口の天気だ。

「俺一人ならこっちでいいか……」

 俺は買って一ヶ月も経っていない原付にキーを挿した。


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