白昼夢4
相変わらず、乙女が歩くたび蓮華の花が生じていたから、周りは桃色の蓮華の花畑となっていた。
二人はこの蓮華の花畑に腰掛けていた。
「なあ、乙女よ。まさかと思うが―、ここは極楽というところなのか?」と佐衛門は乙女に尋ねた。
「いいえ、違います」
佐衛門はがっかりした様子で、
「そうであろうな―、このような殺生な人間が極楽など往けるわけなど無い」とつぶやいた。
「何故、そのようなことを思われるのですか?」と乙女は尋ねた。
「そりゃそうであろう。お前も知っている通り、戦場で多くの人間を殺めてきた。このような殺生を仏様が許すであろうか。いや決して許すまい」
「私はそうは思いませぬ」
「どういうことか?」
「この世の全てのことは、仏様の思し召しでございます。人間、いえ人間だけではございませぬ、生きとし生けるものは全てその流れに身を投じているだけでございます」
再びスーッと心地よい風が流れ、サワサワと蓮華が揺れた。
「このように全国が平定する前は、世の中は、混乱しておりました。あての無い戦いが続き、民はいつもお腹を空かしておりました。もちろん佐衛門様も例外ではないでしょう?」
「確かにわしは貧しい家に生まれ、子供の頃から生きるためにあちこちを放浪した。犬畜生のように扱われたこともある」
「そうでございましょう。それが今は戦いの無い世となり、食べ物は全国から流れてまいります。なんと良い世の中になったことでしょう。これこそ、仏様の本願であり、そのために佐衛門様は働いたに過ぎません。何故地獄などに行かなくてはならないのでしょうか」
「そのためにわしは粉骨砕身して働いてきたのであろうな。しかしな、その結果、お主を不幸にしてしまった。きっとお主はわしを恨んでおろう」
「そんなことはございませぬ。私は私なりの一生を過ごしてまいりました。決して恨むことなどありません。むしろ佐衛門様という人に出会えたことを感謝しております」
「そうであろうか?しかし、私は罪を償って一生を過ごさなければならない身の上なのじゃ。お前もわかるであろう」
五常は戦の中で命を奪った沢山の武者を思い出しながら言った。果たしで自分の行ったことは正しいことであっただろうか?
「あの洞穴を見てください」と乙女が山の崖の辺りを指差して言った。
「おお、山犬が何かを食らっておるな」
「ええ、子猿三匹が山犬に食われようとしています」
「何故、親猿がいないのか?」
「ええもう何日も親猿が戻ってこないのです」
「親猿は四匹の子を産み養っておりました。子が幼いうちは四匹を背中に背負って、食糧を調達しておりました。しかし大きくなると四匹全てを背負うことができない訳ですが、放っておくとワシなどに狙われてしまいます。
そこで山犬に留守番を頼みました。山犬は心よく承諾しましたが、一つの条件をつけました。
日が暮れる前には戻ること。戻らもどらない場合は、子猿を喰らってしまうかもしれないぞ。と。
親猿は勿論、日暮れまでに戻るつもりだから、四匹のうちの三匹を預け、一匹を背負って喜んで出かけて行きました。
しかし木の実を採っている最中に足を滑らせ、その瞬間、背負っている子猿が谷底に落ちてしまいました。親は谷底を何度も何度も探しましたが見つかりません。きっと死んでしまっていると分かっているのに、あきらめる事ができませんでした。いつの間にか日が暮れ、夜が更け、朝を向かえていました。それが数日続きました。
さて洞窟の山犬は待ちくたびれておりました。数日はじっと我慢しておりましたが、遂に空腹の限界となり、子猿を食らってしまった訳です」
「佐衛門様はどう思いますか?」
「子猿も哀れだが、山犬も哀れだ。この後ずっと後悔していくだろうよ」
「佐衛門様はとてもお優しい。私もその通りだと思います。山犬のしたことは罪でありますが、決して仏様は責めないでしょう。むしろ元凶は親猿の過度な悔やみです。きっと死んでしまっていると分かっているのに、あれほど固執してしまった。それが引き起こしてしまった悲劇でございます」
乙女は咲いている蓮華を摘んで言う。
「悲しみに捕われていると、真実が見えなくなる。この美しい花さえも気づかなくなる」と。
***
乙女はふっと立ち上がった。




