白昼夢3
その日、雌ギツネは庵の前にチョコンと座り、じっと五常を見つめていた。
しばらく互いに無言でいたが、暗い庵の中から五常は雌ギツネを眺めながら、
「お主は乙女ではないのか」と問いただした。
すると雌ギツネは豊かな尻尾をフワフワと横に振りながら、
「はい。ワタクシ、前世は乙女という女でありました」と美しい声で答えた。
「やはりそうであったか」
「ただのキツネとして生まれた私ですが、先月、佐衛門様をお見かけして、胸騒ぎがしました。そして、しばらく通ううちに思い出したというわけです」
「そうか、そうか」
「とにかく、あなた様が心配で仕方がありません。あんなに美しい武者であったあなた様が今はすっかり痩せて、眼も濁っております」
「そうであろうか?」
「ええ、そうでございます」といってから
「こちらをご覧ください」
といって雌ギツネは左にポンっと飛び跳ねた。
すると左のどろどろした沼が驚くほど青く済みきって清らかな池に変わった。次に雌ギツネは右にポンッと飛び跳ねた。すると右の枯れ野原が美しい花畑に変わった。最後に、雌ギツネは正面にポンッと飛び跳ねた。すると正面の山が新緑に包まれ、サワサワとすがすがしい風が吹いてきた。気づくと天には美しい青空が広がっていた。
「これはどういうことか?」と佐衛門は感嘆した。
その様子をみて雌キツネは「ふふふ」と笑っていた。
次の瞬間には雌キツネは乙女の姿へと変わっていた。
乙女はゆっくり佐衛門に近づいてきた。乙女が踏んだ足元にはサクッサクッと音をたてて美しい桃色の蓮華の花が生じた。
「佐衛門様がその明るいお顔。以前に戻ったようで嬉しく思います」と乙女は生前と同じ笑顔で言った。
「こちらは仏様がおつくりになった景色であります。よって、かのように美しいというのも道理なわけです」
そして、乙女は一本の木の前に立った。すると木にはポン、ポンと熟れた桃が生った。乙女は桃を一つもぎながら、
「そして、このようにすべてが思いのまんまでございます」
と言った。
佐衛門はホオーッと声をあげると、乙女から桃を受け取ると桃をパクッとかじった。
「このような美味しい桃を食べたことがない」と眼を丸くした。
「ええ、そうでしょうとも」と乙女は答えた。




