『七月七日の闘牛士、七夕の牛追い祭り!』 後の噺
「確かに彦星様が牛を逃がしてしまったことは事実!ですが彦星様はご立派に勤めを果たされました!それなのに、私と彦星様が会ってはならぬとは………一体どういう了見ですの!!!!?」
物凄い剣幕だ。
おかしい、織姫はこんなキャラだったか?
呆気にとられる天帝に、織姫は詰め寄る。
「お答え下さい、父上様!!お答えしないというのであれば……織姫はもう、父上様とは口をききません!機織りのお仕事も、父上様の着物だけお作り致しません!父上様なんか大嫌いになりますが、よろしいですか!?」
決まった、と全員が思った。
最愛の一人娘の、「パパと口きかない」と「パパなんか大嫌い」は、娘大好きな父親にとってはバルス!並みの破壊力を持つ。
「なっ……お、織姫何を言っておる!ち、父親のワシに対して、なんという口の聞き方」
「お黙りなさいませ!父上様がそうくるならば、織姫も容赦致しません!皆にお願いして、今後一切のお仕事を止めてもらいますわ!」
目に見えて慌てだす天帝に、トドメの一言、ストライキ宣言だ。
一気に真っ白になる天帝を一睨みして、勢いよく彼に背を向ける。
そして唖然呆然としている六人に目を向けると、先程までの怒れる表情から一転、淑やかな笑顔を浮かべて近寄ってきた。
「お見苦しいところをお見せしてしまって、申し訳ありません。私、彦星様の妻、織姫と申します。此度は夫の仕事を手伝って頂き、かたじけのうございます。」
「あ、いやこちらこそ…?」
ペコリと頭を下げて、六人は目を丸くした。こりゃ一体、どういうことだ?
「さ、こちらにおいで下さい。いつまでもここにいたくはありませんでしょう?」
織姫に促され、六人は再び現れたカササギの橋の上にいた。その橋を渡ると、今度は別の川辺が見える。辺りにはいくつもの小屋が建ち、キッコンパッタンと機織りの音が聞こえてくる。どうやら、ここは織姫のいる川辺らしい。
「はぁ?結局天帝の我が儘だって?」
梅本のあげた素っ頓狂な声に、織姫は頷いた。
「本当に……父上様には困ったものです。私があんまり彦星様と親しくするのが気に入らなくて、あんなことを仕出かすなんて!」
「……子離れ出来ない親父か。全く下らない。」
小川は呆れた顔で溜め息をつき、うーんと伸びをした。
「おい、何か飛んで来たぞッ!」
川辺で遊んでいた木下が空を指差した。
皆が見上げると、一羽のカササギが飛んでくる。
「織姫様、天帝様が彦星様にお会いしてもよいと言っております!このことは不問にする、と!」
つんのめるようにカササギは急停止し、上擦った声で囀ずった。
「……言動が一変したな。」
織姫の烈火のような脅し?が効いたのか、変わりぶりに小川は苦笑を隠せない。
「ふっ、私の勝ちですわ。いつまでも父上様の言いなりになってたまるもんですか!!」
ガッツポーズをとる織姫は、今にも勇ましい勝鬨を挙げそうだ。
おかしい、絶対におかしい。
全員が首を捻って唸る中、織姫はカササギに何事か命じていた。
「皆様、この後はお暇ですか?」
そうしていると、機嫌のよさそうな織姫が声をかけてきた。
「え?あ、はい。特に予定はありませんが……」
山中が答えると、織姫はそれはよかったと呟く。
何なんだ一体、と思っていると、妙に背後が騒がしい。
振り返ってみると、何とそこには沢山の機織り娘の姿が。
「……これは?」
目を白黒させて小川が尋ねれば。
「私からのお礼ですわ。皆様の着物を作って差し上げようかと。」
機織り娘達は興味深そうに六人を見ている。
ちょっとしたパンダのような気分になりつつ、これから起こることを予想して彼等は冷や汗を滲ませる。
「それでは、よろしくお願いいたします。」
「「「「はい、織姫様!」」」」
織姫の合図に声を揃えて答え、機織り娘達は一斉に六人の周りに駆け寄った。
「ちょ、待てっ!何でそんな大人数で!?」
「……もう好きにしてくれ。」
「ハーレムやなぁ、極楽極楽。」
「どうしてそんなに落ち着いてられるんですか!?」
「僕、こういうのもう慣れたよ……」
「スッゲー!オレ達有名人みたいだぞッ!」
女の子達に囲まれ、右に左に上に下に、くるっと回って一回転。
さてさて、着物はいつ出来るのやら。
採寸という名のもみくちゃからやっと解放された六人は、よろよろしながら彦星のいる川辺に戻ってきた。
「ひーこ星さーん!」
「六武衆様!」
彦星は顔を輝かせて、躓きながらも彼等の元へと駆け寄ってきた。そしてそのまま……。
「ありがとうございます!!」
スライディング土下座をぶちかました。
「え!?何やってんの!」
いきなり目の前で土下座されれば、誰だって驚く。慌てて谷中が起こそうとするが、彦星は頑として顔を上げない。
「私の失態により出でた危険な仕事を手伝って頂いたばかりか、天帝様に掛け合い此度の出来事を不問にし、織姫との再開まで叶えて下さるとは……この彦星、万感の想いにございます!!!」
感極まったかのような声に、六人は困りきって顔を見合わせた。
「あのなぁ、あたしらあんまし何もしてへんと思うんやけど。」
「そうですよ。お礼をいうなら、織姫さんにいってあげてください。」
北と山中がそう言えば、彦星は驚いて顔を上げた。
「天帝とサシで……いや直にやりあったのは、あんたの嫁さんだぞ。俺等じゃない。」
梅本は苦笑して、彦星に立つように言った。
彦星は織姫の名を聞いて、目を丸くした。
「お、織姫が……?」
「そうだぞッ!もースッゲー剣幕でさ!めちゃくちゃ怖かったんだぜー!」
般若みたいな顔だった、と木下はテンション高くぴょこぴょこ跳ねた。
「……おい、カササギが来たぞ。」
空を眺めていた小川が、鉄砲玉のように飛んでくるカササギを見つけた。
「何をやっておいでですか彦星様!早く支度をせねば間に合いませんよ!」
やっぱり空中で急停止して、カササギは彦星を急かすように鳴き喚いた。
彦星はハッと顔を引き締めて、自分の薄汚れた服を見下ろした。
「早よパリッとした格好せな。んなみずぼらしい服着とったらあかんで。」
からかうように北は言い、彦星は慌てて頷く。
「よーし、そんじゃ僕達も帰ろっか。七夕祭りが待ってるしね。」
うーんと伸びをして、谷中は言った。
万事上手くいったようだし、もうここに自分達がいる理由はない。
「え?もうお帰りですか?」
彦星が引き止めるかのような素振りを見せるが、彼等は笑ってこう言った。
「「「野暮は嫌いなんでね。」」」
~下界にて~
「素麺の準備出来ましたよ~!」
「待ってましたダンちゃん!」
箸を振り上げ、木下は歓声をあげる。
お盆に小鉢と素麺が入った鉢を乗せ、にこやかに昌信が登場する。
「……ダンちゃんって何だ。」
「逃げ弾正のことでしょうかね。」
小鉢を受け取りながら、小川と山中はやれやれと溜め息を吐く。
「ちょ、待てやお館様!その桃色素麺あたしのやし!」
「ぼさっとするお主が悪いんじゃい!」
北と信玄は色付き素麺の奪い合いという実に下らないことで言い争い。
「はあ……この胡瓜美味し……最高……」
「この茄子も実に美味だな……疲れた身体にしみる……」
谷中と勘助は糠漬けの味をひしひしと噛み締め。
「あ~、いい天気だなぁ。天の川が綺麗に見える。」
「真に美しいものだ。梅本殿は天界で見たのであろう?」
梅本と信方は唯一まともに七夕らしいことをしている。
さて、素麺や漬物を食べながら、一年に一度の逢瀬は果たされたのかと空を見上げる。
「あ…!?何か降って参りました!」
丁度その時、お茶を運んできた辰市が空を指差した。
見れば遥か空高く、何やらキラキラしたものが降り注いでくる。
「何あれ?金と銀の……砂?星?」
あやめも急いで外に出て、さらさらと細雪のように降る何かを見つめる。
「金銀砂子……これ、もしかして天の川の砂じゃないの?」
谷中は落ちてくる煌めきを手に受け、そう言った。砂といえど、立派な星だ。
「キレーだなぁ……織姫さんと彦星、ちゃんと会えたみたいだな。」
木下は両手を空に伸ばして、星を全身に浴びている。
肌に触れれば、微かな輝きを残して消える小さな星。
「甲斐に星が降るか……皆、これでも見ながら一杯やらぬか?」
「……いいな、賛成だ。」
信玄の提案に、真っ先に小川が食い付いた。
辰市とあやめに酒の準備を命じると、予めそう言われるのを予想していたかのように直ぐ様酒が出てきた。
「山中様と木下様には、桃の……えーっと、「じゅうす」でよろしいですか?」
「あ、やってみたんですね。」
嬉しげに桃ジュースに手を伸ばす木下と山中。
「そんじゃー、織姫彦星の再開を祝って……!」
谷中が杯を掲げると、全員がそれに習う。
「「「「「かんぱ――い!!!」」」」」
後日、天界からお礼の着物が届いたのだが。
「うわー……オーロラみたい。」
「こりゃ、普通に着れないな。」
どさくさに紛れた七夕短編でした。
っていうか今九月・・・・・まぁいいや。