『七月七日の闘牛士、七夕の牛追い祭り!』 中の噺 二部
彦星は大急ぎで六人の元に駆け付けたが、彼等が誇らしげに掲げた瓢箪を見て目を丸くした。
「ま、まさか……その中は…?」
「「「お探しの品物です!」」」
北と谷中はやり遂げた顔をして、木下と山中は未だ青い顔色のまま、梅本と小川は疲れきった顔で、それぞれ笑った。
「そ、そんな……こんな短時間で、三頭全部捕まえられるなんて……!」
自慢ではないが、天牛は強い・でかい・速いの三拍子揃ったくせ者だ。
それをあっさり捕まえてしまうとは……。
「これで、嫁さんとこに帰れるな。」
三つの瓢箪を、北は瓢箪に渡す。
「いや~……生身で空飛ぶと、オレ酔うんだな!初めて気付いたぞ。」
「出したのか。」
「出しますた!」
ビシッと敬礼して木下は梅本に言い、二人してケラケラと笑っている。
「ま、まだ……ふらふらします……気持ち悪い……」
「水余ってるよ、飲む?王子ー、酔うの治す薬とか知らなーい?」
「……いや、流石にそれは知らないな。」
木下と違って、まだ酔いが治らない山中は、谷中と小川が介抱していた。
「終わられましたか、皆様。」
声を聞きつけ、虎泰が迎えに現れた。
「ヤッスー、ただいまー。」
「はい、お帰りなさい。」
労るような微笑みを見せて、虎泰は手をパンパンと叩く。
するとサッと忍が数人、湯呑みを持って登場した。
「お疲れ様です。とりあえず、これでも飲んで一息ついて下さい。」
「お~、気が効くな。」
手を伸ばして湯呑みを掴み、早速北はお茶を味わう。
七月といえど、上空の空気はひんやりしていて、温かい白湯が身に染みた。
「ふー……美味し。そういえば、お館様は?」
谷中は湯呑みを口から放し、自室で缶詰めになっているだろう信玄の様子を尋ねた。
「ああ、お館様なら」
「終わったあああっ!!!」
虎泰の言葉を遮って、響いてくる声と足音。
見れば激戦を潜り抜けたような顔の信玄が、急ぎ足でこちらにやってくる。
その後ろを、やれやれとでも言いたげな武田四天王+軍師がついてきていた。
「お館様ッ、お仕事終わったのか?」
真っ先に木下が信玄の元に行くと。
「おお、木下殿。儂はやったぞ!溜めてあったものどころか、明日の分まで仕上げたわ!!」
「スッゲー!お館様イイ子イイ子ー!!」
キャッキャと喜ぶ二人をジロッと一瞥し、勘助は深々と溜め息をついた。
「いつもこうであれば、某達も苦労しないで済みますがな。」
「まぁ、お互いにご苦労さんってことでさ。」
疲れた顔の勘助に、谷中は苦笑して彼の背中を叩いた。
「して、彦星殿は如何いたす?天牛は見事六武衆が捕まえられましたが。」
相変わらず元気そうな虎昌は、どこから出したのか饅頭にかぶりつきながら彦星に尋ねた。
「あ、あの、私はコレを戻さなければいけないので……。」
彦星はそう言いながら、三つの瓢箪を持ち上げてみせた。
「そうでありましたな。彦星殿、早うお戻りになられるといいだろう。また牛が逃げ出してはなりませんからな。」
信方の言葉に頷き、彦星は自分の天犬……銀星に跨がった。
その後ろを、三匹が続く。
「武田様、六武衆の皆様、此度は真にありがとうございました。御礼はまた後程、お持ち致します。」
深々と頭を下げて、彦星は言った。
そうして彼は妖鳥居を抜けて、天界へと帰り、これで一件落着と思われたのだが。七夕当日、時はもう日も暮れた頃。
素麺の支度も出来て、七夕祭りをいざ始めようとした時だ。
「お館様!彦星殿が参られました。」
忍が慌てて信玄に駆け寄り、そんな驚きの知らせを持ってきた。
「彦星殿が…?どういうことだ、何故今ここに。」
「わかりませぬ。ですが、随分と塞ぎ込んでおられます。」
忍の男は眉を寄せ、困惑したように言った。
「牛の件ならば、もう解決しておろうに。何か不手際でもあったのだろうか?」
信方は準備の手を止めて、辰市とあやめに六人を呼んでくるように命じた。
「で、一体どうしたんだ?」
呼び出された六人は、彦星のあまりの変貌ぶりに顔をしかめずにいられなかった。
どよーんとした空気を背負い、ぐでーんと猫背気味に座っている彦星。
恐る恐る梅本が尋ねると、彼は虚ろな顔を上げる。
「会えない、のです……」
「会えない…?」
おうむ返しに繰り返すと。
「織姫にッ!会えなくなってしまったんですううううぅ!!!」
「うおおああっ!!?」
わんわんと声を上げて泣きながら、彦星はひしっと梅本に抱き付いた。
当然、梅本は目を剥いて驚く。
「な、なんっ、おい放せ!落ち着け!くっつくなコラ!」
急いで彦星を引き離そうとするが、そう簡単にいくものではない。
「梅ー、そりゃもう無理だな。よしよししてやれよ、よしよし。」
「お前はキュウリかじってんじゃねぇよ。」
河童のようにキュウリをバリバリ食べながら、木下は彦星を指差した。
「よしよし、どしたのー彦星さん。僕達が聞いてもいいことなら何でも聞いたげるから、お話してよ。」
げんなりした顔の梅本の横から、谷中が彦星の頭を撫でてやる。
「う…牛が、逃げ出したことを……天帝が…お、お怒りになって…それに、傷を……負わせたと……言われてしまい……!」
しゃくりあげて話すものだから、いまいち詳細がわからない。
「ようするに、牛が脱走したことと、私達の捕まえ方が天帝のお気に召さなかったことが、織姫さんに会わせてもらえない理由らしいですね。」
山中がもう一度わかりやすく言い直すと、彦星はこくこくと頷いた。
「何やそれ。そんなに怒られるようなことちゃうやん。だいたいちゃんと捕まえられたんやし、そこまでするかフツー。」
「……捕まえ方が多少荒かったのは俺達のせいだし、彦星さんが責められる理由にはならないな。」
北と小川は、むっとした顔で口々に言い合った。
「そうだ、天界へ行こう!」
待ってました、とばかりに木下がキュウリを食べ終わって言い、勢いよく立ち上がる。
「……はい?」
皆がポカンとした顔で見つめるなか、木下はもう一度繰り返した。
「そうだ、天界に行こう!」
「何を「そうだ、京都に行こう」みたいな感じで言ってんの!?」
谷中にぶんぶん揺すられながら、木下はあはははと笑っている。
「彦星さんが来れたんやから、あたしらも行けるやろ。きちんと言うたったらええねん、後味の悪い。」
「ま、言うべきことは言っておいたほうがいいですね。仕事にケチをつけられたワケですし。」
よっこらせ、と北も立ち上がり、木下の隣に並ぶ。
続いて、山中も。
「……行くのか。」
「……行くんだね。」
もう諦めたように肩をすくめて、小川と谷中は三人に声をかけた。
「「「もちコース!」」」
沈んでいる彦星を何とか叩き起こし、天界につれていけと迫ると、最初は随分抵抗したものの、あまりのしつこさに遂に許可を出した。
それを信玄に話すと、彼は何が面白いのか馬鹿笑いを響かせた。
何でも、そんなことを言い出した奴は前代未聞なご様子。
まぁ、そんなこんなで妖鳥居を潜り抜け、天界にいるわけだが。
「はーるばる来たよてーんかい~♪」
「あーなたと食べたい、鮭茶漬け~♪」
「お前等うっさい!!」
妙に木下と北のテンションが高い。
変な歌を歌う二人を梅本が叱り、改めて天界の景色を見渡した。
パッと見、普通と変わらない。
唯一違うところと言えば、天界の大地を、真っ二つに裂くように流れる川がキラキラと煌めいているところか。
「これ、もしかして天の川ですか?」
山中が川辺に膝を着き、そっと手を川に差し入れる。
「はい……ここが天の川です。」
彦星は鬱々とした声で説明した。
さて、天界に来たのはいいが、肝心の天帝様とやらにどうやって会えばいいのか。
「この川を越えてくワケにもいかないし……ん?何あれ、なんか飛んでくる?」
困った、と天を仰ぐ谷中の目に、黒いモノが近づいてくるのが見えた。
「何だありゃ?鳥の群れか?」
「……カササギじゃないか。」
梅本が黒い何かを指差すと、小川が驚いたような顔をして呟いた。
「カササギって……彦星と織姫が再開するとき、天の川の架け橋になるんでしたよね。」
「鳥の上なんぞ、歩けるんか?」
山中の言葉に、北は首を傾げてカササギが天の川の端から端へと連なっていくのを眺めている。
一分もしない間にカササギの橋が架けられ、六人を誘うかのように鳴き声がする。
「行ってください。どうやら、天帝様が貴殿方をお呼びになっているようです。」
私はここより先、行けませんから、と悲しい顔で微笑む彦星に後ろ髪を引かれるような思いで、六人はおずおずとカササギ橋を渡る。
案外揺れの少ない橋を渡り終えると、どういうわけか景色が一変し、金と紅に彩られた宮殿のようなところに立っていた。
「……って何処だここ!?」
「凄いね、十○国記みたい。」
「首里城の玉座の間みたいですね。」
「うっはー、この敷物つるっつるだぞッ!!」
「どれかくすねてもええかなァ。」
「静かにしろよお前等!」
口々にわーわー言い出す六人。
そんな中、誰のものでもない声が響き渡った。
「そなた等が、彦星の牛を捕まえた者共か?」
ビシッと全員の目が、声のした方向に向けられる。
そこには、いつの間にか玉座が現れ、厳めしい顔の老人が座っていた。
一瞬の間の後。
「「「どちらさん?」」」
返ってきた六人の、盛大に惚けた問いに、思わず玉座からずり落ちる老人。
「見ればわかろう!というかそなた等、誰に会いに来よった!?」
「お~、じーちゃんツッコミいいね~。」
木下は老人に向かい、グッと親指を立てた。
「じーちゃん!?」
聞き捨てならないとばかりに反応する老人だが。
「……じいさんだろ。」
「爺だな。」
「どこからどない見てもじーちゃんやな。」
「立派なお爺ちゃんだよね。」
「好好爺、というような顔ではありませんがね。」
言葉の矢が次々にグサグサ刺さる。
「~~ッ!!!無礼な者共めが!ワシを誰と思うておる!」
「知らねーよ初対面なのに。」
火に油を注ぐような梅本の言葉に、老人は顔が真っ赤になる。
「ワシは天」
「わかったー!じーちゃんもしかして天帝ってヤツだなッ!」
「ワシの言葉を遮るなああああぁ!!!」
かっこよく名乗ろうとしたとこを木下に邪魔され、ついに絶叫する天帝。
ハーハーと息を切らせて、それでも天帝はフッと笑う。
これで、この目の前の小癪な餓鬼共は、畏れおののきひれ伏すだろう。
ところがどっこい。
「へー、爺さんが天帝か。」
「意外と歳くってんやな。」
「……(幻滅)」
まったく畏れおののいてなかった。
寧ろ期待外れだ、と言いたげな表情だ。
「こ……この、餓鬼共……!!」
青筋を浮かべて唸る天帝に、山中はさらっと言った。
「あらあら、左様なお言葉、長として相応しくありませんよ天帝様?」
にこやかに笑って、山中は天帝の前に歩み出る。
「さて、お遊びはここまでにして、本題に入りましょう。天帝様、私達は天帝様の行った行いに一言申し上げたく、御前に参上した次第にございます。」
口を挟む隙もなく、ビシビシと山中は天帝に向かって言い放った。
丁寧な言葉の裏側に、底冷えするかのような、冷たい棘を含ませて。
「あなた、帝を名乗るなんておこがましいです。」
「な、何だと……!?」
あんまりきっぱり言われたものだから、反応が遅れる天帝。
「そーだよ、おこがましいよ。あんなことで、織姫さんと会わせてあげないなんて!」
「彦星さんはちゃんとやることはやったで。多少の怪我なんて、仕方ないやんけ。」
「そもそも、荒っぽい捕まえ方したのはオレ達なんだぞッ!彦星さんのせいじゃないぞッ!」
次々に女性四人が口を開き、天帝を責める。
うぐっ、と言葉に詰まる天帝を見て、男二人も参戦する。
「終わりよければ全てよしって言うだろ?何が気に入らないのか知らないけど、八つ当たりすんなよいい歳なんだからさ。」
「……大人げないな。俺達にでも、あんたが彦星さんに当たってることがわかるぞ。」
図星だったのか、天帝は赤い顔のままプルプルと震えている。
その時だ、またまた別の声が飛び込んできたのは。
「父上様ッ!!」
六人が見れば、そこには険しい顔をして立つ女性が一人。
ふわふわした衣を纏う、見覚えのある姿は……。
「な、何をしにきた、織姫!」
「あ、やっぱり。」
彦星の妻、織姫が仁王立ちして、そこに立っていた。
天帝は彼女を睨み、帰るように言おうとするより早く、織姫が叫んだ。
「いい加減になさって!カササギから聞きましたわ、彦星様に何ということをなさるの!?」
怒り心頭、と言わんばかりの顔に、びくっと天帝は玉座の上で跳ねた。