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『七月七日の闘牛士、七夕の牛追い祭り!』 前の噺

七月七日、それは誰もが知る哀しい恋の物語を思い出させる日だ。

引き離された愛し合う二人、一年にたった一度の再開……まさに日本人好みどストライクな伝説。

七夕と言えば、織姫と彦星という単語が真っ先に出てくる筈なのだが。


「七夕?ああ、アレだろ?素麺食って夏野菜食って最後は七夕ゼリー食って終わりだろ?」

「それはお前の七夕だろうがっ!!」


平然とした顔で間違った七夕論を吐く木下に、梅本のパンチが飛んだ。


「ってぇ!?何しやがんだこの腐れ梅干し野郎があ!!これが世に言う一般的な七夕の過ごし方だろッ!」

「梅干しって言うな!あとそんな過ごし方は一般的じゃない!」

「腐ってるってとこは否定しないんですね。」


いがみ合う梅本と木下に、さらっと山中がつっこみを入れた。

ちなみにここは躑躅ヶ崎館。

で、何故七夕が話題になっているのかというと。


「あの、参加されるんですよね、七夕祭り……」

「祭りっていう程派手なものじゃないけどね。」


武田の姉弟忍、あやめと辰市のお誘いだ。

毎年、七夕になるとこうやって小さいながらもお祭りをしているらしい。


「……本来七夕は、女性が針仕事や機織りの上達を願うものらしいな。」


煙管を揺らして、小川は何か言いたげに女性陣を見る。


「何が言いたいねんお前。はっきりしろや朴念人が。」

「ちったぁ針仕事しろって言ってんだよ!毎回毎回人にほつれだの裂けだの繕わせやがって!!」


振りかざされた煙管をパシッと受け止めて、北はヘラッと笑った。


「だってあたし、あんなちまちましたことようせんもん。」

「まぁ、王子と梅が一番上手いからね……裁縫は。」


北は清々しいまでに開き直り、谷中は苦笑いしつつ言った。

実は彼女達、誰一人として裁縫が得意ではない。


「勿論参加させてもらうよ。伝えてくれてありがとね、お二人さん。」


谷中の返事を聞いて、二人の忍は部屋を退出した。





そして、事件はいつも唐突に起こる。

七夕祭りの開催を聞いた翌日のことだ。

朝起きると、やたらと館内が騒がしい。

いつもなら朝御飯ができたことを知らせてくれる忍っ子達が来ないし、ドタバタと走り回る音がうるさいことこの上ない。


「何か起きたんでしょうか?随分騒がしいですね。」


山中は辺りを見回しながら首を傾げた。

どうやら、館の裏が賑やかしいようだ。

好奇心に従って、そっちに足を運ぶと、いつぞや安土城で見かけた妖鳥居が見えるではないか。

どうやら一国に一つの妖鳥居があるようだ。

その周りには、信玄や勘助などの顔見知りが勢揃いしている。


「む?お主等も来よったか。」

「お館様、一体何事だよ?何で皆ここに集まってんだ?」


信玄の元に駆け寄り、木下がそう尋ねると、隣の信方が困った顔をして言った。


「牛が、逃げ出したそうだ。」

「「「牛?」」」


思わず顔を見合わせる六人に、勘助は溜め息混じりに説明を始めた。


「彦星殿の飼うておられる三頭の牛だ。今朝方、天界から逃げ出して、この甲斐の妖鳥居を抜けたらしい。」

「「「彦星?」」」


ますます訳がわからない。

彦星と言えば、七夕に登場する牛飼いだ。


「彦星ってあの彦星?牽牛?鷲座の一等星ことアルタイル?」

「そのあるたいる、とやらが何かは知らんが、牽牛は彦星殿の別名でもあるな。」


目を白黒させる谷中に、勘助は頷く。


「ちょっと待てよ、まだ七夕にゃ間があるぞ。お祭り気分は早いんじゃないのか。」


待った待った、と両手をあげて梅本は勘助と谷中の間に入った。

そりゃそうだ、そんなファンタスティックなことを真顔で言われても、あっさり納得できない。


「冗談ではないぞ。この妖鳥居には、我々人の世界とは違う世界がある。神器を作った時に見た筈だ。」


信方は腕を組み、何言ってんだお前等と言いたげに六人を見た。


「な、何でもありですね、ここ……」

「……とんでもない場所だな。」


どう反応するべきか、引き攣った顔で山中と小川は呟く。


「一応、この付近から出れぬようにしたという知らせは来たが……」


信玄は妖鳥居を眺め、何事かを考えていると。


「おい、何か鳥居が歪んどるぞ。」

「あ、ホントだ。」


鳥居の向こうの景色がぐにゃりと歪み、何やらぼうっと光り始める。


「お館様、そろそろ彦星殿が来る頃では?」


思い出したかのように昌信が言った途端、何かが悲鳴を上げながら鳥居から飛び出してきた。

最初に見えたのは、銀色の毛並みをした犬が四頭。

そして、それに引き摺られるようにして、一人の青年が。


「わああああっ!!すみませんどいてくださあああい!!?」

「「「はいいいい!?」」」


暴走する銀色の犬を抑えきれず、青年は半泣きで叫んでいる。

全員がびっくり仰天して急いで距離をとり、一体何なんだと目を丸くした。


「見ろよマンボウ!あの犬ちょーでけェェ!!オレ、あれ欲しいぞ!!!」

「銀色の毛皮か………売れそうやな。」


約二名、目をギラギラさせながら犬を指差しているのは置いておこう。

犬はドタバタと辺りを駆け回り、一向に落ち着く気配がない。


「よし、ミナちゃん!フォーメーション2だッ!」

「はいっ!」


木下が山中に声をかけて、二人は同時に犬に向かって走り出す。


「ああっ、ダメです近寄っちゃ!!危ないですよう!?」


引き摺られている青年が慌てて注意するが、二人は聞く耳持たずに神器を喚び出して……。


「「お座りイイイィィ!!!!」」


殴った。何をって、犬を。

影蜈蛸と舞風が強かに犬の尻にぶち当てられ、犬は悲鳴をあげる。


「あんま調子こくんじゃねーぞ、この駄犬共……」

「言うこと聞かない子は……お仕置きですよ。」


ギロッと犬を見据えると、犬は耳と尻尾を下げ、キュンキュン鳴きながらお座りした。


「イイ子イイ子ね~!モフモフさせろ~!」

「チロさんチロさん、絞まってます。」


大人しくなったワン子にヘッドロック……もとい愛の抱擁をぶちかます木下と、それを諌める山中。


「チロん家の犬も、あんな扱いだもんな。」


呆れたように笑い、梅本は苦しくて暴れている犬を眺めた。





間。





「お初にお目にかかります。私は、彦星と申します。此度は多大なる御迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ございません……」


落ち着いたところで、自己紹介にはいる。

パッと見、本当に絵本で見た彦星そのものの出で立ちだ。

真面目そうで優しげな顔が、今では不安に染まっていた。


「彦星殿、何故天の牛がここに来てしまったのか教えてくれんかの?」


小さくなって座っている彦星を、安心させるように信玄は穏やかな笑みを浮かべて尋ねた。


「はい……実は……その、私の不手際で、牛小屋に天犬が入り込んでしまい、驚いた牛が天界から逃げ出し、此方に迷い込んでしまったのです……」


段々と語尾が小さくなっていき、彦星は情けなそうに俯いた。

そしていきなり、ガバッとその場に土下座する。


「勝手を申しておりますのは十分承知の上です。ですが私一人では、牛を捕えることが出来ません!七日までに牛を天界に戻しませんと、今年の妻との再開が叶わないのです!お願い致します、どうか力を貸してはくれませんか……!」


もはや懇願といえる状態の彦星に、信玄は苦笑しつつ彼の肩を叩いた。


「顔を上げてくれんか、彦星殿。話はよく解った。この信玄、微々たることしか出来ぬかもしれんが、喜んで力になろう。」

「ありがとうございます……!本当に、何とお礼を申せばいいのか……!」


ペコペコと頭を下げる彦星に、信玄は豪快に笑う。

ところが、それに水を差すように勘助の冷たい声が響いた。


「申し上げます。お館様……まだ仕事が溜まっておられます。七夕の祭りまでに仕上げて頂かないとなりません。」

「………の、延ばしちゃダメ?」

「………仰る意味がわかりかねますが。」


能面のような顔で、勘助は淡々と言った。

信玄は冷や汗を流して、必死に助けを求めるが。


「わ、私は明日の祭りの準備を手伝っていましたので……失礼します。」


流石は『逃げ弾正』こと高坂 昌信、もっともらしい理由をつけて、するりと逃げ出した。


「お館様、仕事はきちんと致しませんと、明日は気持ちよく楽しむことが出来ませんぞ。」

「というか、まだ終わらせていなかったのですか?祭りまでにお片付け下さいと、あれほど皆が申し上げておりましたのに。」


信方と虎泰は眉をひそめ、両サイドからこんこんと信玄に説教を始める。


「お館様ッ、この飯富 虎昌!お館様の元気が出るように後ろで応援致しまする!」


虎昌は話を聞いていたのか聞いていなかったのか、ややズレた返答をする。


「……で、誰が牛を捕まえにいくんだよ?」


梅本は盛大に逸れた話を戻すと、元気よく手が上がった。


「「「はいはいはーい!!!」」」

「予想通りの返事ありがとよォ!!」


薄々していた予感は大当たり、梅本は挙手した四人……北、谷中、山中、木下にツッコミを入れた。


「中々面白そうやん、牛狩り。あたし参加するわ。」

「だよねー。まさかの七夕一大イベントかも!」

「天界の牛……興味深いですね。終われば少し調べてみても?」

「あのワン子と捜索すんだろ?楽しそーだなッ!」


とってもノリノリである。

これは自分達も巻き込まれるだろうな、と男二人は直感した。


「お館様!彦星の兄ちゃん!」

「「「行ってきてもいい(ですか)!?」」」


期待に満ちた顔で、声を揃えて聞かれれば、ダメだと言えない。


「お館様、彼等に頼むのが一番よろしいかと存じ上げます。」


勘助の後押し(という名の脅迫)もあってか、信玄は渋々頷くのであった。






「あの、失礼ですがお名前を伺っても……?」


部屋から出て、「牛狩り」の支度をしていると、彦星がおずおずと声をかけてきた。


「……ああ、そうか。名乗ってなかったな。俺達は、少し前からここで世話になってるんだ。」


実にめんどくさそうな顔で、小川は竹筒の水筒に水を入れていく。

六人はそれぞれガサゴソしながら、彦星に名前を告げていった。ついでに、自分達がどういう者なのかも。


「た、武田様のお客様に、危険なことをやっていただくわけには参りませんッ!!」


詳細がわかるや否や、彦星は慌てたように言うが、六人は何処吹く風。


「諦めなよ、あいつら言い出したら聞かないから。」


梅本は諦め顔で、イキイキしている四人に顎をしゃくった。


「うーめっ、おーじっ、ひーこちゃん、はーやーくーッ!!」

「「はいはい。」」


木下の呼び声にテキトーに答え、男三人は外に向かった。






「もふもふ~♪」

「もっふもふ~♪」

「「もっふるもっふる♪」」


さて、牛探しに出発と言いたいところだが。


「お前等、犬から離れろ。撫でるな触るな燃えるな萌えるな!」


四頭の犬にくっつき、あちこちを撫で回す四人を、梅本は順番にベリッと引き剥がしていく。


「……頼むからジッとしてろ。話が前に進まん。」


小川は頭を抱え、呻くように言った。

ちょっと静かになったところで、彦星が説明を始める。


「天牛は、地を駆けるのではなく空を駆けます。ですから、皆様には二人一組となって天犬に乗っていただき、牛を探して欲しいのです。」

「二人一組って、こんな普通サイズの犬に乗れるわけないやん。」


北は顔をしかめて、犬を指差した。

ちょこんとお座りしている犬の大きさは、秋田犬程。

決して小さくはないが、人二人乗せて走れるようには思えない。


「いえ、大丈夫です。金星、銀星、翠星、蒼星!」


主人の声を聞くと、四匹の犬は高く跳ね上がり一回転する。

すると、たちまち身体が馬程の大きさに伸びた。


「モ、モロの君そっくり……」


ぬうっと顔を覗き込まれ、谷中は思わず呟く。


「それから、牛を見つけたときはこれをお使い下さい。」


彦星が手渡したのは、ザッと30センチくらいはある大きさの瓢箪だ。

色は紫、金、紅の三色で彩られ、とても綺麗なものだった。

それを見た途端、山中の目の色が変わる。


「これは……もしや、紫金紅葫盧ですか!?」

「しきんべにひさご?何だそれ。」


三つもらった瓢箪の内、一つを眺めて梅本が問えば。


「これ、西遊記で出てくるものなんです。名前は知らなくても、こう言えばわかるでしょう?『名前を呼ばれて返事をすれば吸い込まれるアレ』ですよ。」

「ああ、アレな。金角・銀角な。」


手をポンと鳴らして、梅本は納得する。


「よくご存知ですね。確かにこれは、紫金紅葫盧を改良して作ったものです。大抵の方は、名前まで知らないんですが……」


彦星は目を丸くして、山中の知識に驚いた。


遅れに遅れて季節外れの七夕・・・・・・。

どさくさに紛れてうpさせていただきます。


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