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『浮気移り気鬼気悋気!巻き込まれて大騒動! 』 後の噺

 濃姫が大泣きしながら出ていった後、一同は信長を取り囲んで事情聴取を行っていた。

 普段は傍若無人な信長だが、流石に今は困りきったような顔をして、大人しく座っている。


「で、ホンマに浮気なんか?」


 真意をはっきりさせるために、北が問いただす。


「そんなわけなかろう!!」


 顔を上げ、語気も荒く信長は叫んだ。


「じゃあ、この指輪は何なんですか?」


 山中がそう言い、金の指輪を見せると、信長は苦虫を噛み潰したような表情で低く唸った。


「信長様…ここは御身の潔白を晴らすためにも、お答えください。」


 蘭丸の言葉に、ますます苦い表情になる信長だが、やがて観念したかのように、深い溜め息をついた。


「……お濃への、贈り物だ。」

「「「……はぃ?」」」


 意外すぎる言葉に、一同は目を丸くした。

 贈り物、だって?

 あの俺様何様魔王様な信長が、贈り物?


「明日は……その、何だ……彼奴が、俺の元に嫁いできた日…でな。」


 物凄く言い辛そうな信長。その言葉の意味を、数回反芻して。


「つ、つまりは……結婚記念日?」


 梅本の出した答えに、木下が続く。


「で、その指輪は…お濃ちゃんへの贈り物、なのか?」


 皆の視線から顔を逸らし、信長は渋々頷く。

 全員が、シーン、と静まり返るが。


「ッ……ぷふっ。」

「あっははははははははーっ!!!」


 爆発するように、笑いの嵐が六人に吹き荒れる。

 それがたちまち伝染し、笑いを堪えていた利家、義元も笑いだし、あの蘭丸でさえ控え目ながらも肩を震わせていた。


「や、喧しいぞ貴様等!!!何が可笑しい!?」


 信長は顔が真っ赤になって怒鳴るが、原因の大半は恥ずかしさによるものだろう。

 しばらく笑い地獄が続き、呼吸困難になりながらもやっと、まともに喋れるまでに治まってきた。


「じゃ……あの女の子……誰?」


 息も絶え絶えに、谷中が残る疑問を口にした。

 そう、衣笠で信長を迎え、簪や櫛、着物まで見立ててやっていた少女の謎が残っている。


「……あれはお雪といって、あの店の一人娘だ。最初は髪飾りや着物をお濃にやろうと思って……。」


 つまりは、モデルと贈り物の相談役になってもらっていただけらしい。


「紛らわしいんですよ、信長様は……だいたい、何で一言くらい言わねぇんスか。」


 呆れたように利家が尋ねると、信長は言いたくない、とばかりに固く口をつぐんでしまう。


「大方、ご自分には似合わぬ、からかわれてはならん、と黙っておったのじゃろう。」


 義元の指摘は図星だったのだろう、信長はギラッと彼を睨み付けた。

 しかし赤い顔では、迫力は今一つ。


「仕方ねーな、ちょっと手伝うか!」


 よっこらせ、と木下は立ち上がり、皆もそれに続く。


「…何をするつもりだ?」


 信長は、疑うような目を六人に向ける。

 すると、彼等はニッと笑みを見せて、こう言い放った。


「そりゃ、仲直り兼素敵アニバーサリー作戦に決まってるだろ?」

「あにばぁさりぃ……?」


 作戦決行は、明日。

 それに向けて、六人は内容を話し出したのだった。





 提案したものは、なんか綺麗な物、美味い食事、感動のプレゼント(指輪)の三つ。


「剥き身で指輪渡すなんて、野暮だよねぇ。」

「そうですね。こういうものは、ちゃんと包装してから渡さないと。」


 谷中、山中は指輪のラッピングを担当。

 指輪を入れる箱に、綺麗な和紙を貼り付けて、リボンを結んで可愛らしくアレンジする。


「これはこちらに差すおじゃ。森殿、この花は……。」

「それは、この辺りでどうでしょう?」


 義元と蘭丸は、ブーケ製作担当。

 テーマは「濃姫様」で、二人してああでもない、こうでもないと図案と格闘中。


「人参や大根は花形に出来る?これは、強めに焼き入れておくと美味いんだぞっ!」

「そやな……これはここに盛り付けや。で、串に刺す予定のやつは、こーやったらええんちゃう?」


 木下と北は、料理の献立担当。

 二人とも「食」に関するこだわりはハンパないので、最適と言えるだろう。

 こちらも、図案と材料リストとにらめっこしていた。残る梅本、小川、利家の三人はと言うと。


「酷い、酷いです!わたくしだって、わたくしだって殿から………!」


 ひっく、ひっくとしゃくりあげながら、濃姫は梅本に愚痴る。


「そうですよね、お濃ちゃんは何も悪くないですよね、なぁ王子!」

「お、おう。悪くないよな、トッシー。」

「あったりまえだろ!大体、信長様がいけねぇんですよ!」


 三人で濃姫を慰めていた。


「でもね、信長様が明日、どうしてもお濃ちゃんに言いたいことがあるみたいなんですよ。」

「…だから、明日、信長様に会って頂けませんか……?」

「理由はまだ、ちょっと言えないんですがね、でも絶対悪いようにはなりませんから、ね?」


 イヤイヤと首を振る濃姫を、頑張って説得すること二時間。

 努力に努力を重ねて、やっと濃姫はこっくりと頷いてくれたのだった。


「つ…疲れた…。」

「何で俺達が……。」

「女って…しつこいんだな……。」


 げっそりしながら、男三人は仲間達が忙しくしている部屋へ戻る。


「あ、終わった?」

「お疲れー!」


 こちらは粗方の準備が終わったようで、呑気な声をかけてくる。


「お前等なァ……何優雅に茶飲んでんだよ…!?」


 青筋を浮かべて梅本が噛み付くが、皆どこ吹く風というような顔だ。


「そーいや、信長様は?」


 キョロキョロと辺りを見回し、利家は首を捻る。

 さっきから、一番肝心な人の姿が見えない。


「ああ、我等がツンデレ魔王様なら。」

「明日に向けて、どうやって謝るのかを考えさせていますよ。」


 考えている、ではなく考えさせている、というのが注目ポイントだろうか。

 木下と山中は湯飲みを置き、平然と言う。

 あの性格の信長に、それはきっと……。


「追い討ちじゃねぇか。」


 利家の呟きに、男達は深々と頷いた。





 ~当日~


 濃姫は不安な気持ちを胸に、指定された部屋へと向かっていた。

 一体、何を言われるのか?

 暗い顔で、襖を開けると。


「「「お輿入れ記念日、おめでとうございまーーす!!!」」」


 ハラハラ、と花びらが投げ掛けられ、賑やかな歓声が響いた。

 何が起こったのか理解できず、ポカンとした顔で濃姫は目を瞬かせる。


「濃姫様、こちらへどうぞ。」

 蘭丸に手を引かれるまま、濃姫は一際美しく飾られた場所に腰をおろした。


「これは一体、どういう…?」


 困惑する濃姫に、皆は口々に説明を始めた。

 そもそもが誤解だったこと、信長の密かな計画のこと。


「ま、紛らわしい真似した信兄が悪いんやけどな。」


 北がそう言い、パンパンと手を鳴らすと。

 襖が開き、綺麗に盛り付けされた料理が運び込まれる。


「で、主役のご登場ー!」


 威勢よく谷中が叫ぶと、きっちりとした格好の信長が、バツが悪そうに入ってきた。


「……と、の…?」


 濃姫の視線に、ますます信長は居心地が悪そうにする。


「…お濃……あー、何だ……すまなかった、な……。」


 顔を逸らし、手を前に突き出して、彼には不似合いな可愛い小箱を濃姫に押し付ける。

 彼女の震える手が小箱に伸び、包装を丁寧に解いていく。

 中には、あの指輪。


「な、南蛮には……輿入れした日を、記念して……祝う習慣があると……聞いてな。それで、その…。」


 不器用ながら、懸命に言葉を紡ぐ信長。

 それを部屋の隅で見ながら、皆はヒソヒソと囁き合う。


「あれだけ考えて、結局あんな言い回ししか出てこなかったんだ。」

「まぁ、信長様にはちと荷が重かったんじゃねぇの?」


 勝手に言いたい放題だが、当の本人達は必死だ。


「そんな……申し訳ありません!わたくし、何てご無礼を…!」

「いや…不安にさせた俺も悪かったのだ。」


 何やらいい雰囲気である。襖から幾つもの目が、こっそり覗き見しているのでさえ、気付いていない。


「はい、イチャつくのは終わりだぞっ!」


 わざと大きな声で木下が声をかければ、あたふたと二人は姿勢を正した。


「じゃあ、記念日祝い!」

「景気よく始まり始まりー!」


 結婚記念日の祝いは、陽気に幕を開ける。


「……よくここまで材料を仕入れたな。」

「えーっと……ほら、信兄は殿様だし?」


 宴の最中、ふと信長が口にした言葉に、六人は愛想笑いをしながら答えた。

 材料を買いに城下へ下りたとき、町の人々に値切り交渉を持ち込んだ際、この騒動をネタに値切りをうまく進めたのは、ここだけの秘密である。

 しかし人の噂が広まるスピードは高速、後日「信長様と濃姫様の浮気騒動」が魔王様の耳に入り、こっぴどく怒られたのだが……それはまた別の話である。


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