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『浮気移り気鬼気悋気!巻き込まれて大騒動! 』 中の噺

 信長は歩く。雑多とした人の群れを掻き分けて。

 少し離れたところから、見失うことがないように必死で後をつける木下、谷中、そして巻き込まれた蘭丸。


「……それは本当なんだろうな?」

「でなけりゃ、誰がこんなことするかよバーカ。」


 コトのあらましを一通りヒソヒソと蘭丸に説明する木下。

 疑り深い視線を彼は送るが、実際のところ信長の様子がおかしいのは事実。


「しかも、僕達物証はちゃんと見つけてるんだよ。南蛮製と推測される金の指輪!」


 谷中は信長の動きをしっかり見据えながら言う。

 物証の話と、今の信長の行動、信憑性はアリ、と思える。


「……確かに、最近の信長様は少々不自然だと僕も思っていた。でも、そんな素振りなんて全くないと思うんだが…。」

「浮気がいつ始まるかなんて、予想つくわけないだろ。どんな奴だって、浮気しないなんて断言出来ないんだぞ。」


 木下はふん、と鼻で笑ってみせる。


「そーそー。男は五十過ぎるまで、どうなるかわかんないっていうしね。」

「そう、なのか?」


 女性二人の言葉に、蘭丸は少し考えさせられたみたいだった。


「それにしても、何処に行くんだろ?笹部堂なワケないよね?」


 まさか煎餅を買いに行くわけでもなし、と考えていると携帯が震える。


「土竜からメールだよ。」

「何て言ってる?」


 グイッと蘭丸を押し退けて、木下は携帯を覗いた。


【そのまま尾行を続行。ホシが向かう店は「衣笠」と断定出来た。残るチームも別方向から衣笠の監視をする。】


 内容に、二人はへぇーと感心する。


「凄いね、物証の出所まで掴めたんだ。」

「探偵もけっこう面白い仕事だなっ!」


 にしし、と笑いあっていると、蘭丸が口を挟んだ。


「何かわかったなら、僕にも教えろよ!」

「ハイハイ、信長様が向かってるのは、衣笠って店らしいんだって!」


 かなり大雑把に話すと。


「衣笠?あそこは絹織物専用の筈だが。」


 蘭丸は眉を寄せて言うが、二人はあまり気にしていないようだ。


「行って見てみればわかるよ。」

「百聞は一見にしかず、ってな!」


 何か言いたそうな蘭丸をスルーして、人混みの中をすり抜けて行った。






 こっそり見張られている信長がついに足を止めた場所は、予想通り「衣笠」だった。なにくわぬ顔をして、信長が店の前まで行くと。


「お、女の子だ……!」


 何と、可愛らしい少女が嬉しそうに迎えに出てきたではないか。

 桜色の着物がよく似合う、少女だった。

 少女は信長の手をとると、店の中に入っていった。


「証拠写真は撮ったか!?」


 梅本が北にそう確認すれば、しっかりと頷く。


「よっしゃ、これで現場もちゃんと押さえたし、ズラかるぞ!」


 引き上げのメールを北に送らせ、彼等は素早く人混みの中に溶け込んだ。





 城に帰ると、待ってましたとばかりに利家、義元が駆け寄ってくる。


「どうだったでおじゃるか!?」

「何かわかったか!?」


 そんな彼等をひとまず黙らせ、一同は報告の為に部屋へと向かった。


「まずは結論からだ。」


 梅本の言葉に、ゴクッと固唾をのんで、利家と義元の二人は身構える。


「………信長様、衣笠って店で、女の子と会ってた。一緒に店の中に入って行ったよ。」

「これは……僕も見た。間違いない。」


 梅本は重苦しく告げ、蘭丸にいたっては完全に気落ちしている。


「これが証拠や。ちなみにコレについての説明は、今はせーへんからそのつもりで。」


 携帯で撮った写真を、北は確認の為に義元に渡す。

 彼は携帯の存在に驚いたような顔をしたが、何も聞かずに写真を見る。


「……どうだ?」


 黙って画面を凝視する義元に、小川が声をかけると。


「この女子じゃ、間違いない。」

「あっちゃー…これで本当に決まっちゃったね……。」


 義元が深々と頷くのを見、谷中が額に手を当てて溜め息をついた。


「でも、信じられません…。信長さんが、浮気してるなんて。」

「だよなぁ。どう見たって、浮気しそうな顔してねーもんな。」


 山中と木下はまじまじと写真を見つつ、がっくりきている蘭丸に目を向ける。

 尊敬する君主が浮気をしているという事実に、蘭丸は軽い放心状態だ。

 流石にいたたまれなくなって、声をかけようとしたとき、バッと襖が開いた。

 慌てて顔を向け、そこに立ち尽くす人物に一同の血の気がザーッと引いていく。


「の、濃姫…様……!?」


 絞り出すように、利家が言葉を吐き出した。


「先程の話……どういう、意味ですの……?」


 零れそうなほど目を見開いて、濃姫は戦慄く唇で言った。

 皆、濃姫の顔付きを見て思った。

 ――あ、修羅場だコレ――






「…そう、殿がそのようなお人と。」


 濃姫はにーっこりと、そりゃもう、輝かんばかりの笑顔で言った。


「……は、はい。」


 一同、何故か正座して恐る恐る頷いた。

 顔こそ笑顔だが、濃姫の身体からは血も凍るような鬼気が噴き上がっている。


「それで、このカラクリでその場を写したのですね?」


 濃姫が掌をヒラヒラと動かせば、サッと北が携帯を置いた。


「………ふふっ、ふふふふふふふ………。」


 撮影された写真を見つめる濃姫の口から、笑い声が溢れてくる。

 かなり壊れ気味な声の響きに、たちまち背筋が寒くなる。


「あ、あの…お濃ちゃん……ヒイッ!?」


 ボトッ、と携帯が落ち、引き攣った悲鳴が木下の喉から洩れた。


「御父様……どうやらあの短刀…使う時が参ったようです。」


 ユラッと濃姫は立ち上がると、不気味な呟きを残して部屋を出ていく。

 皆、止めようとする者はいなかった。

 なまじ美人なだけあって、般若と化した形相も凄絶に怖かった。


「………ヤバい。ヤバすぎるぞオイ。」


 恐怖の呪縛から真っ先に解かれた小川が、冷や汗を流して呻いた。


「の、信長様のとこに行かねぇと!!」

「こうしてる場合じゃない!!」


 我に還った利家と蘭丸は、蒼白な面持ちで立ち上がった。


「あ、あれ完全にイッちゃってますよ!?」


 山中はおろおろと狼狽えている。


「ヤンデレか……リアルひぐらしやな。」

「んなことで感動してんじゃねぇよ、このスカタン!!!」


 北はやっぱりピントのズレたことを言い、木下は彼女の頭をどつく。


「とにかく追わなきゃ!」

「「「うん!」」」


 谷中が部屋を飛び出し、他も急いで後に続いた。







 自室に戻った信長は、一人疲れたように肩を落としていた。

 例の店から帰ってきて、なくした「あれ」を探して部屋中大暴れしたが、目的のものは見つからなかった。


「どこにいったのだ……あれが見つからねば、せっかくの計画が全て無駄になってしまう……。」


 そうボソッと呟いたとき、氷のような声が地を這って届いた。


「それは、この指輪でございますか……?」


 聞き慣れた声に、ギョッと信長が身体を強張らせる。同時に、部屋の襖がドカッと吹っ飛んだ。


「……お、濃……?」


 みるみる信長の顔が青ざめる。

 幽鬼のように立つ濃姫の手には、白銀に輝く薙刀が握られ、白一色の着物の胸元には、一振りの短刀が差し込まれてあった。


「殿……城下で女子と逢い引きをしていなさったそうですわね……?」


 絡み付くような糾弾の声に、信長はパクパクと鯉のように口を動かすだけだ。


「……これは一体何ですの…?」


 チリン、と信長の足元に、指輪が投げられる。


「いや……ち、違うのだお濃…。これは、その……!」


 必死に弁解する信長だが、彼女は聞く耳を持たない。


「わたくしだって、そんなものを頂いたことありませんのに―――ッ!!!」


 薙刀を振り回し、濃姫は信長に踊りかかった。


「「「ちょーーっと待ったあああぁぁ!!!」」」


 そう絶叫しながら飛び込んできたのは、利家、蘭丸、義元の三人。


「落ち着いて下さい濃姫様!」

「話し合えばわかるおじゃ!」

「早まっちゃいけないですって!」


 三人がかりで濃姫を押さえ込み、何とか信長から引き剥がす。


「信兄、大丈夫か!?」


 六人も信長を引っ張り、ひとまず距離をとらせる。


「お濃ちゃんも座って!頭に血が昇るのはわかるけど!」


 二人の間に割って入り、谷中は叫んだ。

 ヘナヘナとその場に崩れ落ちる濃姫。

 そして、みるみるうちにその両面に涙が盛り上がり、白い頬を伝い落ちていく。そして、声をあげて泣き出したかと思うと、その辺の物を蹴飛ばしながら走り去ってしまう。


「お濃!?待たぬか、お濃!」


 慌てて信長が追おうとするが、空を切って飛んできた薙刀が顔スレスレをかすめ、壁にドスリと突き刺さった。

 たちまち固まる信長を一瞥し、再度六人は思う。

 やっぱり修羅場はどこでもスゲェ、と。


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