『やってきましたハロウィン!ガンガン行こうぜ百鬼夜行!』 後の噺
日が沈む。夕焼けも色を微かに残すだけ。
町の賑わいは少しずつなくなっていくが、未だ人気は多い。
ふと、人々の耳に妖しげな琵琶の音色が響いた。いや、それだけではない。様々な音色が、次々に聞こえてくる。
何事かと人々は足を止め、音のする方向を眺める。
すると、辺りに青白い炎がボッ、と灯った。いくつもいくつもいくつも。人魂と呼ばれるものだ。
「な、何だありゃあ!?」
「人魂ッ、人魂だぁっ!」
引き攣った声があちこちであがるが、それだけではない。
ゆらっと景色が揺らめき、何かが列を成して現れた。
先頭に提灯を持った、煌びやかだが不気味な衣装を纏った二人。顔には白狐と般若の面を付けている。その後ろに、数多の妖達が連なっている。それだけではなかった。
同じような列が後二つ、別方向から出てきたではないか。
一つは鳶と小面が率い、もう一つは獅子口と泥雷が率いている。
「妖が蠢くは、帷子ヶ辻と朱雀門だけじゃあござんせん。」
「今宵は伴天連でいうところのはろうぃん、ってヤツでして。」
白狐と般若が向かい合い、やたらと芝居がかった口調で口上を述べる。
「人よ一夜に一見頃、一生に一度の一大事!見ていて損はありんせん。」
「たまに味わう非日常、後にも先にもこれっきり。」
続く鳶と小面も同じように、若干緊張したような声で言う。
「……ご用とお急ぎのある方も、しかと目に入れて頂きましょう。」
「……久方ぶりの百鬼夜行、これより進行致します。」
残る獅子口と泥雷が沈んだ声で言うや否や、今まで綺麗に列を成していた妖怪達が一気に辺りに散らばった。
「キャアアアアアアアッ!!?」
絹を裂くような悲鳴を皮切りに、あちこちで似たようなものが聞こえる。
「わりぃ子はいねーがー!」
「チロちゃん、それ違うって。」
般若の面は木下、白狐は谷中だ。今は面を頭の横にずらして、ニタニタ笑いながら妖達と一緒に通行人を驚かしている。
「……何やら、我々の知る百鬼夜行と違うような気がするのだが。」
「いいじゃないか、新月。これはこれで楽しいよ。」
二人の傍にいるのは、いつかの神器の職人妖怪、大百足の新月と雷獣の裂空だ。新月は元の姿だと動き辛いので人型をとり、裂空は谷中の肩に乗っている。
「「はーい、とりっく・あんど・とりーと~!」」
ばらばらと彼女達は持っていた袋から、紙に包まれたお菓子を撒き歩く。
普通はトリック・オア・トリートのはずだが、トリックもトリートもやってるのでアンドにしてみた。
最初はおっかないやらびっくりするやらで遠巻きに見ていた人々も、お菓子に釣られた子供を初めに、次々と物珍しげに妖達を見物し始めたのだった。
六人が撒き歩くお菓子のお陰で、見物人が増え出した頃。
「こ、東風乃さん、そろそろ降ろして下さい……」
「何だ、飛ぶのは飽いたか?」
職人妖怪、鴉天狗の東風乃に抱えられていた山中は、さすがに体が冷えて来たので東風乃に降ろしてくれるように頼んだ。
「いえ……私、あまり寒さに強くないので。」
「ふん、貧弱だな。」
鼻で笑いながらも、東風乃はそっと地面に着地してくれる。
山中は、風避けに被っていた鳶の面を外すと、歩きながらお菓子を子供に手ずから渡していった。
「そういえば、マンボウさんと磯姫様は何処に行ったんでしょう。」
ゆっくりと飛んでいたので、置いてけぼりにはしてない筈だが、と山中は北の姿を探した。
すると、東風乃が無言である方向を指差す。そこには。
「やっぱあたしは鼈甲って地味やと思うねんな。」
「何を言う、この魅力が解らぬかや?やはり童は童よな。」
櫛や簪を売る店にかじりつき、ああだこうだと論争してる二人?がいた。
その相手をしている店の主人は、蛇体の磯姫と得体の知れない北に顔が青ざめている。
「何やってんですか、お二人共。」
呆れた顔で山中が声をかけた。
振り向いた二人は、仲良く声を揃えて答えた。
「「物色。」」
やれやれと山中は東風乃と溜め息を吐くのだった。
そんなとき、聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきた。
「この声って、あいつらやな。」
「無粋な……」
口では辛辣な事を言いながらも、北と磯姫の口元は面白いものを見つけたと言わんがばかりに吊り上がっている。
「行くか、山中。」
東風乃もにやりと口角を上げて手を差し出した。
「……ですね。」
悲鳴からするに、結構可哀想な目にあってるのはわかるが、面白そうなものは面白そうである。
ふふっと笑うと、山中は東風乃の手を取った。
「ちょ、待っ、離してくださいって!?」
「ほっほ。坊、顔が赤いぞ?」
ここは遊廓が建ち並ぶ通り。大夫やその他諸々の綺麗なおねーさん方に囲まれて、陸に引き上げられた鯉のような状態でいるのは、梅本だ。
その傍ら、にこにこ顔で禿にお菓子を配るのは、野鎚の鎖岩だ。
「あ、それ返して……!」
泥雷の面を禿に捕られ、梅本は遊女達にしがみつかれたまま必死に手を伸ばした。
「先程から梅本様は、嫌だ離れろの一点張り。」
「左様にお嫌いでいらっしゃられますかや?」
口々に彼女達に言われ、梅本はアワアワと狼狽えた。
普段なら可愛い女の子に囲まれるのは問題ないのだが、場所が場所なだけに非常に気まずい。
「こんな人通りの多いとこ、さすがに恥ずかしいだろ!?」
「初じゃのう。」
あっちこっちからニヤニヤとした顔で見られ、居心地が悪いのなんの。
その時だ、遊廓の奥からドンガラガッシャンと大暴れしながら、何かが凄い勢いでスッ飛んできた。
「嫌だ!俺はもう嫌だ!何でいっつもいっつも俺ばっかりいいいぃぃ!!!!」
呆然とする梅本の前で、さめざめと嘆いているのは……。
「お前……誰?」
「このクソ梅干し野郎がああぁ!俺だ!小川だ!王子でMr.プリンスだ!」
「え、マジで?ってか梅干しって言うな。」
ますます梅本は目を丸くして、小川の姿をマジマジと見詰めた。
ああ、あの袿の柄は確かに彼のものだ。
しかしその顔は、谷中と北に施された化粧よりも、もっと濃い化粧が。
「あっはははははは!何だ小川、何故左様に嫌がる?美しくなったではないか!」
遊廓から高々と笑いながら出てきたのは、大勢の遊女を引き連れた鬼女、紅葉である。何と言うか、すっごく楽しそうだ。ドSだなドS。
「俺はやってくれなんて頼んだ覚えはないっ!!!」
半泣きで小川は叫び、獅子口の面で顔を隠そうとすが、すかさず紅葉に面を奪われる。
「……悪戯する側が悪戯されてちゃ、意味ねぇだろ。」
小川の悲哀っぷりに、梅本はひっそりと呟いた。
そうこうしてる間に、次々と妖達がこの場所に集まってくる。
「梅さん、王子さん!」
「何や、ここ遊廓かいな。」
「お、此処がラストだな?」
「うっわー、大にぎわいだね。」
残る四人がお供と一緒に楽しそうに現れた。そして王子の顔を見た瞬間、しばし硬直し、その後爆竹のように馬鹿笑いを響かせる。
「うるさいうるさいうるさいッ!!!!」
顔をトマトのような色にして、小川は怒鳴った。
「何だ何だ、随分別嬪になったじゃないか小川殿。」
「怒った顔も色っぽいよ、火の兄さん。」
化け猫コンビと女郎蜘蛛姫糸も六人を見つけ、からかう気満々で近寄ってくる。
「いいねいいね、ド派手な遊廓にド派手な魑魅魍魎!」
谷中の言葉に反応して、あちこちから妖達の歓声がする。同時に、お囃子のような音楽も聞こえだした。
琵琶や琴等の九十九神が、一斉に楽しげな音色を奏で始めたのだ。
「あれ、九十九様に負けてしまいますわいな!」
「ねーちゃん達も踊れ踊れ――!!!」
何故か真っ赤な顔をしながら、木下は両手をぶんぶんと振り回す。
九十九神に負けじと、遊女達がきらびやかに舞いだした。
まさに豪華絢爛、百鬼夜行を追ってきた人々は、その美しさに目を奪われる。
「あの、チロさん……もしかしてお酒飲みました?」
ケラケラとイカれた笑いを響かせる木下に、恐る恐る山中が声をかける。
「あ?酒ェ?そーいや、何か飲んらよーな……」
「もうダメだコイツ、呂律回ってねーし。」
梅本はやれやれと木下の頭を軽く叩いた。
「……酒寄越せ。」
「うおわぁ!?」
突然首が後ろから掴まれ、梅本は慌てて振り向いた。
「うっわ、びっくりしたー……どうしたよ?」
目に剣呑な光を宿らせた小川が、じろりと梅本をねめつけた。
「うるさい。酒寄越せ。」
「おーじ、はい。」
ひょこっと彼の目の前に、大きな徳利が差し出される。持ってきたのは谷中だ。
小川は奪い取るようにしてそれを引っ掴み、止める間もなくグビグビと中味を飲み干した。
「何や、ヤケ酒か。」
「黙れ変態首だけ魚。」
「首だけ魚……あ、マンボウのことですね。」
谷中の隣にいた北が言えば、小川は苦々しい表情で唸った。
「おいおい、そんなところで何やってんだい?アンタ等も一つ踊りなよ。」
たむろってる彼等に、コマが声をかけてきた。
「この祭りの主催者が、こんな隅でウダウダしてちゃいけないんじゃないかい。見なよ、木下殿なんか新月殿とくるくるしてるよ。」
「いつの間にアイツあんなとこ行ったんだ。」
コマが示す方向には、相変わらず妙な高笑いを響かせて新月と踊る木下の姿。
ふらふらと危なっかしい彼女を、新月は心配そうな顔で支え付き添っている。
「……山中。」
「あ、東風乃さん。」
いきなり山中の背後に、ふわりと東風乃が降り立った。
彼女はにやりと笑うと、優雅に山中に手を差し出す。
「どうだ?」
「……わかりました。」
呆気にとられる山中だが、彼女の意を察して、直ぐ様東風乃の手をとる。
すると次々に、お供の妖達が彼等をお誘いに現れた。
「谷中様、行こうよ。」
「ま、たまにはこういうのもいいかな。」
少年の姿に化けた裂空は、谷中の袖を引っ張り。
「主のような人間が、まともに舞えるのかえ?」
「上等やないか、受けて立つで海蛇。」
磯姫と北は愉快そうに火花を散らし。
「ようし、儂等はこれでいくかの。」
「何で俺等だけドジョウすくいなんだよ!?」
梅本は鎖岸に引きずられながら。
見物客も巻き添えに、妖も人間も関係無しのどんちゃん騒ぎ。
それは長く長く続き、六人は自分達がいつ眠ったのか、わからなくなるまでそこにいたのだった。
さて、本来の目的から多いにズレまくったハロウィン。
成功したのはしたのだが、谷中は少し不満そう。
「なーんか腑に落ちないなー……悪戯っていうほど悪戯してないし。驚かせたりはしたけど。」
「どさくさに紛れて布団に蛙や蛇仕込んだり、頭から水被るようなブービートラップ仕掛けたりしてなかったっけ?」
何言ってんだお前、と木下は呆れたように息を吐いた。
「何が悪戯が足りない、だよ。」
梅本も同じように、ケッと吐き捨てる。
「あの後、大変でしたね……妖怪さん達の打ち上げに付き合って、丸一日宴会騒ぎに後片付けに追い回されました。」
肩が凝ったと言わんばかりに、山中は自分の首筋をトントンと叩く。
「まぁええやん。ほら見てこれ、あん時の絵。さっき看板に貼ってたから写メってきた。」
北の差し出した携帯には、あの百鬼夜行の絵が綺麗に映っていた。
「あ、それ俺も見た。アレだろ、百鬼夜行見た絵師が一日で描いたヤツ。」
梅本は身を乗り出してそれを覗き込んだ。
「……くっだらない。俺はあんなの二度と御免だ。」
一人会話に参加せず、そっぽを向いて真っ昼間から一杯やっている小川は、空になった徳利を放って新しい酒に手を伸ばした。
御猪口に酒を注ぎ、勢いよく煽った瞬間。
「ぶふぁっ!?」
噴水のように酒を吹き出した。
「「「「大・成・功―――!!!!」」」」
悶絶する小川を背後に、五人はイエーイとハイタッチを交わした。
「な……何、した……!?」
咳き込みながら小川は尋ね、口の中に広がる味に気付く。
「殿下~……一服盛りやがったなあああぁ!!!」
「ヤだな、毒盛ったみたいに言わないでよ。タダの砂糖じゃないか。」
グワッ、と鬼の形相になる小川に、全く悪びれる様子なく谷中が言った。
実は彼、甘いものがからっきしダメなのである。
「お前等も知ってたのかあっ!?」
「「「いえーす、もちこーす。」」」
「そこに直れ!そのふざけた性格叩き直してやる!」
怒り心頭の小川を一瞥し、ニタリと笑う。
「「「行くぞ、戦線離脱ッ!」」」
素早く身を翻し、彼等は脱兎の如く逃げ出した。
「待てッ!」
「やなこった!」
結論、ハロウィンだろうと何だろうと、彼等には関係ないらしい。
おわた。
うん、楽しんで頂けましたかなー。
一応、皆様がイメージする吉原って、江戸時代くらいのものですよね。
戦国時代では吉原・遊郭とは呼ばれずに、「遊女屋」と呼ばれてたらしいですが、作者の好みにより江戸時代辺りのものを使いました。
ちなみにお面は能の面の名前参考でございまする。