『やってきましたハロウィン!ガンガン行こうぜ百鬼夜行!』 中の噺
「その「はろうぃん」っての、アタシ達も参加出来る?」
「へ……?」
思わぬところからの参加希望者に、谷中は間抜けな声を出した。
「だって、アタシ達正真正銘の化け物だもの。それに、その日は堂々と人間を脅かしていいんでしょ?」
何だか話がどんどん大事になっていってるような気がしなくもない。
谷中と木下を除く四人は、内心で少し冷や汗を流した。
「こんな面白そうな話、アンタ達だけでやろうなんてズルイわ。ね、アタシ達も混ぜてくれたら、仕立て代……値引きしてあげてもいいよ?」
「「よろしくお願いします姫糸姉さん!!!」」
スパッと二人は頭を下げ、姫糸はニンマリと笑った。
「「「「即答かよ!?」」」」
「やれやれ、現金なこって。」
四人とコマは深々と溜め息を吐くのであった。
~織り蜘蛛屋店内~
さて、目にチカチカする原色で彩られた部屋で、六人と二匹の妖怪達は衣装について意見を言い合っていた。
「アンタ達、具体的にはどういう感じがいいの?」
姫糸は紙と細筆を持ち、六人に尋ねた。
「うーん……何かこう、妖怪っぽくて目立って妖しげなヤツ?」
「全くと言っていいほど要領を得てないねぇ。」
呆れ顔でコマはやれやれと首を振った。
「しょーがねーだろっ!思い付かねーから、オレ達ここまで来たんだぞッ!」
「ふんぞり返って言うことじゃねぇだろ。」
偉そうな木下の額にチョップを落とし、梅本は溜め息混じりに言った。
「あの、こういうのはどうでしょうか?」
小さく山中が挙手し、全員の目が彼女に向けられる。
「衣装の柄にこだわってみる……とか。」
「あぁ、成程。不気味な模様とかにしてみるってことやな。」
真っ先に北が反応し、続いて谷中も成程というように手を打った。
「ドクロや蜘蛛や人魂とか?」
「わかった、じゃあそんな感じでいいんだね。」
姫糸は水を得た魚のように、筆を動かし始める。
しばらくすると、何やら妙に外が騒がしい。
何だどうしたと外に出てみた六人は、目の前に広がる光景にポカンと口が開く。
それもそのはず。そこにおわすは百鬼夜行、幾多の妖達が集まり、彼等にニヤニヤした笑みを向けていたのだから。
「あら、案外早かったンだね。」
「「「何がどうしてこうなった!?」」」
点になった目玉をなんとか戻し、姫糸の言葉に六人は勢いよく詰め寄る。
「姐さん、まさかとは思うけど……」
「そう、そのまさかよ!」
恐る恐る呟いたコマの肩を叩き、姫糸はわらわらいる妖達の前に歩み出た。
「皆よく集まってくれたわね。話はアタシの使いから聞いてると思うけど、「はろうぃん」とやらの話は理解できたかい?」
応、と妖達が答えた。姫糸は満足そうに頷き、更に声を張り上げる。
「それなら話は早い!皆、はろうぃんは人間を好きなだけ驚かしてもいい日らしいのよ。久々にド派手な百鬼夜行といこうじゃないか!」
今度は大きな歓声が上がり、妖達は気合いたっぷりに咆哮した。
「えぇ!?ちょ、ま、えぇ!?」
何だそりゃ、どういうこった、と騒ぎだす六人に、コマは前足で口許を押さえたが。
「あっははは!面白いじゃないか、異国の祭りを日ノ本でやろうってのか。いいねいいね、俺達妖が主役の祭りってのも一興だ!」
しかし何が面白いのか、ついに声を出して笑いだす。
妖怪達は案外、お祭り好きらしい。
「ねェ、雷の嬢ちゃん。アンタ、はろうぃんはイタズラがたっぷり出来る祭りだッて、言ったよね?」
「あー……はい、イイマシタ。」
たくさんの妖怪達の視線を真っ向から浴びて、冷や汗をダラダラ流しつつ谷中は答えた。
「ついでに、アタシ達も参加していいッて、言ったよね?」
「……イイマシタ。」
チラッと谷中は仲間達に助けての視線を向けるが、案の定無視される。
というか木下、お前も同罪の筈じゃなかったか。
「よし、嬢ちゃんの了解もとれたことだし!参加したいヤツは、今から七日後の夕刻、ここに集まるといいわ!」
もう一度、妖怪達は歓声を上げて、気合いたっぷりのご様子で解散していった。
「あの……一体何をする気なんですか?」
顔を引き攣らせて、山中が恐る恐る姫糸に尋ねた。
「ん?ナニって……「はろうぃん」に決まッてんじゃないの。」
愉しげに姫糸は言い、手をヒラヒラと振ってみせた。
「……あれだけの数で、ハロウィンをするのか。」
げんなりと小川は項垂れ、深々と溜め息を吐いた。
どういう惨状になるのか、考えずともわかる。
「まぁ、殿下が言い出したわけだし、大規模なイタズラになりそうだし……満足だよな。」
半笑いの梅本は、チラッと谷中を一瞥して言った。 さて、ハロウィンまで日にちは後わずか。
どうなる考研、どうするハロウィン。
三日後の昼頃、六人は再び織り蜘蛛屋の前に集まっていた。
「もう出来たって、早いな。」
感心したように呟く北。
そう、衣装が出来上がったという知らせが届いたのだ。
「スッゲーよなっ!流石女郎蜘蛛、糸のプロだぜ。」
店の入口を抜けて、木下はすいませーんと中に呼び掛けた。
すると、パタパタという足音と共に、少女が姿を現した。
真っ直ぐに切り揃えられた髪に、チリンと可愛い鈴の飾りが付けられており、禿のような出で立ちだ。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」
真っ赤な着物の少女の後に続き、六人は奥に入っていく。案内された部屋の障子を開けると、六人は目を丸くした。
そこには得意満面の姫糸が誇らしげに立ち、彼女の足元には立派な着物が六枚、これ見よがしに広げられていた。
「……よくもまぁ、短期間でこれだけの物を。」
思わず小川は呟き、皆はコクコクと頷いた。
「どう、たまげただろう?アタシ達がちょいと本気を出せば、着物六枚なんぞあッという間に仕上げられるのサ。」
姫糸は早速、着物の指差して誰の物か言い出した。
「炎の兄さんの衣装はこれ。」
「ッ!?な、何だコレは!?」
姫糸の指し示す衣装は、真っ赤な袿。
燃える紅蓮は地獄の炎、そして恐ろしげな獄卒達が炎の合間を駆け巡る様を、見事に織り上げていた。
模様や刺繍は問題ない。あるのは形だ。
「何でこんな形なんだ!」
いつぞやの女装を思い出したのか、小川は顔を苦々しくしかめ、声を荒げて叫んだ。
「あぁ、後から水の嬢ちゃんの注文が入ったからね。いいじゃない、似合うと思うけど。」
あっけらかんと笑う姫糸が、あっさりと犯人の名前をばらす。
「まァたお前かあああぁぁ!!!?毎回毎回ろくでもないことばっかりしやがってエエエェェ!!!!」
「はーいはい、どうどうどう。」
姫糸の背後でヘラヘラ笑う北の姿を捕え、小川は怒れる虎のような形相で掴み掛かろうとした。
それを予測していたのか、すかさず谷中が彼を羽交い締めにして抑え込む。
「離せっ!あの野郎一回地獄に送ってやる!!!」
「落ち着け王子!あいつはお前がそうやってギャーギャーいうのを楽しんでるだけだ!そう喚いちゃ、あいつの思うつぼだぞ!」
暴れる小川を、梅本は必死で宥めた。
その様子を、他の仲間達は助けるでもなく手伝うでもなく、スルーして見ているだけだった。
まぁ、よくある光景だから。
それを横目に、姫糸は木下に衣装の説明をしていた。
「闇の嬢ちゃんは、これ。」
「お?うおおっ、カッコいいぞっ!!!」
自分の衣装を見て、木下は歓声をあげた。
黒地に銀の糸で見事な百足が刺繍され、煌々とした満月の刺繍はボウッと光る不思議な糸で縫われていた。
「これ、羽織りか?」
「そうよ。袖を通さずに肩にかければ、なかなか粋だと思うンだけど。」
余程気に入ったのか、木下はほくほくした笑みを浮かべて羽織りを撫で回している。
「雷の嬢ちゃんはこれ。」
谷中の袿は天から降り注ぐ稲妻と、暗雲の中を飛ぶ蝙蝠の刺繍が見事だ。
「・・・・・・いいね。」
ニヤッと笑って谷中は言い、袿を早速肩にかけてみる。
「風の嬢ちゃんは、これ。」
山中の衣装は、深緑に銀が星のように散りばめられ、舞う羽と共に中国の瑞獣、鸞と呼ばれる鳥の刺繍が幻想的だ。
「形は私の戦装束と似てますね。」
美しい刺繍に見惚れ、山中は嬉しそうにそれを眺めた。
「土の兄さんは、これ。」
「あ、良かった案外マトモだ。」
梅本は安心したようにホッと胸を撫で下ろした。
彼の衣装はウコン色と朽葉色の袴。トゲトゲした巨大な土竜妖怪の刺繍と、「目玉」のエンブレムがついた籠手がポイントだ。
「水の嬢ちゃんは、これ。」
北の衣装は、人魚と荒れ狂う波の刺繍が施された、海色の振り袖。
人魚というと可憐なイメージだが、それは西洋のもので、和製人魚はどっちかというとグロテスクだ。
「でもまぁ、鱗が金と銀でキレイやし、エエか。」
やっと衣装の説明が終わり、彼等は姫糸にお代を支払った。
「うわ、ホントに半額だな。いいんですか?」
代表でお金を払う梅本は、言われた値段に目を丸くした。
「いいッていいッて!ハロウィンを楽しみにしてるのはアタシ達だけじゃないんだから。」
姫糸はケラケラと笑い、楽しげな様子でお代を受け取った。
衣装も出来上がったことだし、後は当日を待つのみ。
~十月三十一日~
「止めろッ、絶対に嫌だ!」
「ええやんええやんー、こないしたほうが断然ええって!」
「そうだよ、可愛いって。あ、ミナちゃん似合うねー。」
北と谷中の二人がかりで、畳に押さえ付けられた小川は、目を丸くして自分を見ている山中と木下に、ギョッとした目を向けた。
「何やってんだ、三人とも。」
衣装に着替え終えた木下は、きょとんとした顔で北と谷中に尋ねた。
「見りゃわかるやろ、コイツの着付けや、着付け!」
「それ以外の道具も見える気がするのですが。」
谷中が持つ道具に目を向け、山中が溜め息混じりに言った。
そこにあるのは、紅筆と白粉その他諸々の化粧道具。
「俺はやらないって言ってるだろ!!!」
小川は必死で暴れるが、二人は強靭な力で彼をがっちりホールドしている。
「まぁアレだ、王子。嫌よ嫌よもナントカってさ。」
「好きじゃない!心の底から嫌がってるんだ俺は!」
青筋を立てて怒鳴る小川に、木下はによによと嫌な笑みを浮かべてみせた。彼女の着ている衣装の柄と相成って、極めて悪どく見える。
「で、でも、よくお似合いですよ!王子さん、可愛らしいですし。」
「ミナちゃんミナちゃん、それコイツの傷口抉ってるで。」
山中の言葉に、ズーンと小川は影を背負って膝をついた。
「お、何だ終わったのか?」
今の今まで戦線離脱していたのか、梅本が笑いを堪えた表情で顔を覗かせた。
「こンの裏切者ッ!助けろよお前ッ!」
「動くなど阿呆。」
梅本を見るなり、小川は彼に掴み掛かろうとするが、すかさず北が足払いをかける。
「悪いな、王子。俺、火の粉は嫌いなんだよ。」
引っくり返されてジタバタする小川を生暖かい目で一瞥し、梅本はそう呟いた。
~織り蜘蛛屋前~
着替えも済ませ、六人はいそいそと指定場所に直行した。
辺りは既に薄闇、店の前には沢山の妖達がたむろしている。
「おや、来たようだね。」
「コマちゃん、よーッス!」
彼等の姿を発見した化け猫のコマは、片手を上げて六人を迎えた。隣にはコマの弟分、黒猫の玄介がちょこんと立っている。二人とも、髑髏の模様の入った派手なハッピを着ていた。
「やっと我等が真打ちのご登場ッてわけね。遅いよ、アンタ達。」
そして銀の煙管片手に笑うのは織り蜘蛛屋店主、姫糸だ。
「待たせちゃってすみません。ちょっと支度に手間取って。」
申し訳なさそうに谷中は言い、後ろで頭から布を被っている小川をちらっと見た。
姫糸は何やら面白そうに口元を歪めたが、ざわめく妖達に向き直り、声を張り上げた。
「さァて、役者は揃った!それじゃあ今から始めようじゃないか、日ノ本の「はろうぃん」ってヤツをさ!!!」
わあっと場が盛り上がり、琵琶や琴、笛や太鼓や鼓の音があちこちからして、ちょっとした祭り状態だ。
妖怪達はそれぞれ列を作り、六人は二人ずつセットになって提灯を持つ。これはやっぱり。
「「「百鬼夜行だなー。」」」
当たらずと言えども遠からず、本来の目的よりズレたハロウィンだが、なってしまったものはしょうがない。精々おどろおどろしくおっかなく、色んな人間を驚かして回ろうか。
六人はそう思い、小道具の面を被ったのであった。