『やってきましたハロウィン!ガンガン行こうぜ百鬼夜行!』 前の噺
十月三十一日。
日本ではあまり大袈裟にやらないが、その日の名称を知らぬ人はいないだろう。その名も外国版お盆、『ハロウィン』である。
黒猫、コウモリ、タランチュラ……一般的にはアンダーグラウンドの生き物がオーナメントになり、庭にはジャック・オー・ランタンがゆらゆらと灯る。
「と、いうわけで、ハロウィンをしたいなと思います。」
「何がどうしてそうなった。」
でーんと効果音でもつきそうな勢いで登場した谷中に、本を読んでいた梅本は素早くつっこんだ。
「いや、最近めっきり悪戯してないなーって。」
「……せんでいい。」
谷中の悪戯被害者率ダントツ一位を誇る小川は、苦虫を十匹程噛み潰したようなしかめっ面で呻く。
「何で!?僕そろそろ限界なんだけど!?」
「どういう禁断症状ですか。」
呆れ顔で山中は溜め息を。
「でもさー、ハロウィンってこの時代になくね?」
「ないもんをどないしてすんねん。」
木下と北は、二人仲良くゴロゴロしつつ谷中を見上げた。
「ないなら普及させればいい話でしょ?っていうか、やろうよハロウィン!」
ミョーにやる気の谷中。
「……殿下、いくら?」
それを眺めていた木下が、おもむろに口を開いた。
「饅頭と団子と煎餅!」
「汁粉と葛切り。」
「う……よし、それもつける!」
「乗ったッ!」
交渉成立、とばかりにハイタッチを決める谷中と木下。
「いや、何なんだよお前らは!?」
餌で釣られた木下も木下だが、釣る谷中も谷中だ。
つっこみを入れてしまった梅本は悪くない。
「ハロウィンって言っても、具体的には何をするんですか?私は仮装ぐらいしか、思い付かないんですけど。」
「仮装もありだけど、やっぱり悪戯でしょ!どーんといっぱい他人を驚かしたり!」
首を傾げる山中に、悪魔でも悪戯をやりたがる谷中。
「……ハロウィンの意味取り違えてないか?」
「完璧に自分の都合のええように解釈しとるで、アレ。」
ああなったら止められない。
「よーし、まずは仮装の衣装だよね!やっぱお化けのことはお化けに聞くのが一番!というわけで妖怪の世界に行こう!」
どこの国にも必ず一つは建っている不思議な鳥居、その名も『妖鳥居』。そこをくぐれば見える世界は一変、百鬼夜行が練り歩く妖しくも神秘的な世界になる。以前は自分達の武器を作りに一度だけ、その世界に足を踏み入れた。
「不言実行!」
「全速前進!」
ビシッ、と何処かを指差して、ノリノリの谷中と木下はチラリと梅本と小川を見た。
「はあ……仕方ないな、行けばいいんだろ、行けば。」
梅本はやれやれと溜め息をついて立ち上がった。何だかんだいっても、付き合いはいいのだ。
「……俺は行かんぞ。」
しかし小川は違う。嫌そうにそっぽを向いて、絶対行かない、の姿勢だ。
「とりあえず王子は置いといて、マンボウとミナちゃんはどうする?」
それを軽やかにスルーして、谷中は北と山中に声をかけた。
「ん~、どないしょーかな……まぁ、衣装の仕立てにゃ興味あるし……行こかな。」
「是非ご一緒させてください!私、あの場所をもう一度ゆっくり見てみたかったんです。」
この二人は案外行く気のようだ。
「よし、そんじゃー今から行くぞッ!王子は行かないなら、衣装はこっちで「勝手に」決めていいんだよな?OK、わかった好きにする。」
「ちょっと待てっ!!」
聞き流せないい言葉を聞いて、小川の態度が一気に変わった。
目に見えて慌て出す小川に、木下はニタリとほくそ笑む。
「殿下殿下、王子の衣装は何がいいかな?」
ケケケ、と悪魔の笑いを響かせて、木下は谷中に擦り寄った。
「そりゃーもう◯◯で△△な××しくも♀♂しいやつでしょ~。」
「にゃははは!それいっちゃう!?いっちゃいますそれ!?」
二人は口元を手で覆い隠し、キャーキャー言っている。
「いいのかよ、王子。あのままほっといたら、学園祭の二の舞になるぞ。」
笑いを噛み殺しながら、梅本はワナワナと震える小川の背中を軽く叩いた。
忘れもしない、あのおぞましい学園祭。ひょんなことから北の所有する振袖を着せられ、それが存外似合っていたことから、学園祭のイベント『はーとふるふぁんしー女装コンテスト』に無理矢理出場させられた辛すぎる思い出。
「行く!絶対行く!」
弾かれたように立ち上がり、ワーワーと小川は喚いた。先程までのシケた面とは打って変わっている。
そんな様子を少し離れた場所から観察する北と山中は、声を潜めて呟いた。
「王子さん、意外と乗せられやすいんですよね……」
「まぁ、そこが(都合の)ええとこなんやろうけど、あいつってホンマに……」
「「大バカ(ですね)(やでな)」」
~妖鳥居前~
秋も深々、紅葉が綺麗な今日この頃。
お騒がせチーム・THE六武衆は適当な理由をつけて妖鳥居の前に集まった。
「えーっと、まず寄るところは……『明王堂』だね。っていうか、僕達そこしか知らないし。」
妖怪達には、手土産に六人が二本ずつ酒を持っていく。
「で、どうやって入るんだ?あの時は信兄が一緒だったよな。」
何の変化もない鳥居を一瞥し、梅本は言った。
「さあ?」
「あのなぁ……」
いっそ清々しいまでにボケの入った返事に、どっと疲れる。
「開けー開けー開けー開けー。」
ぱしぱし、と北は念仏のように唱えながら鳥居を叩いた。そんなもんで道が開くワケないだろ、と言おうとしたとき。
「うおっ、きたぞッ!」
「え、マジで?」
ぐにゃりと歪む鳥居の向こう。
鳥居にもたれかかっていた木下は、脅かされた猫のように飛び退いた。
「何がスイッチなのかわかりませんね。」
興味深そうに山中は鳥居を観察する。
「よし、それじゃ突入!」
「あいわかった!」
谷中のかけ声を合図に、六人は鳥居の向こうに駆け込んでいった。
~妖怪ワンダーランド~
一度しか来たことのない場所でも、インパクトが凄ければ大抵覚えているもんだ。
六人は薄く靄の立ち込める、原色の目立つ通りの入り口に立っていた。
「確か、この通り真っ直ぐ行けば『明王堂』の看板があった筈やでな。」
ざわざわと行き交う、人外の有象無象。
はぐれないようにくっつきあって、足を踏み入れる。
歩いていると、好奇の視線が向けられ、ヒソヒソとした話し声が聞こえてきた。
「……やっぱり、慣れないな。」
呻くように小川は言い、戯れるように寄ってくるふらり火を払い除けた。
「あ、あれだ!」
しばらく進むと、見覚えのある立て看板が。
六人は歩みを早め、急いで 角を曲がる。
目前には煤けた文字の、年季の入った看板の掲げられた店。その前で、竹箒を握って立っているのは、はっぴらしきものを着た一匹の三毛猫。
「「コマちゃああああああん!!!!」」
覚えのある顔を見た瞬間、谷中と木下が一斉に三毛猫に熱い抱擁をブチかましていた。
ギニャッ、とくぐもった悲鳴をあげる三毛猫を、残る四人は哀れみを込めた目で眺めるのであった。
間。
「……で、一体全体何のようだい。」
ぐっちゃぐちゃになった毛並みのまま、目を半目にして化け猫、コマは問いかけた。
「いやー、ごめんな~。久しぶりのにゃんこの魅力に抗えなかったんだぞッ!」
「僕も以下同文。」
全く反省してない様子の二人に、コマは深い深い溜め息をついた。
「あの、大丈夫ですか?」
がっくりと肩を落とす可哀想な姿に、山中は申し訳なさそうに尋ねた。
「うん……大丈夫だよ。」
そう言うわりには、全然大丈夫に見えない。
とりあえず、気をとりなおして本題に入ろう。
谷中はやっと、自分達がこの場所にきた理由を話し始めた。
「ふぅん……はろうぃん、ねぇ。」
話を聞き終えたコマは、片手を顎に当てて何事か考えているようだ。
「話だけ聞くと、夏にやる盆みたいなもんだけど、南蛮の方の盆は随分賑やかなもんなんだね。」
コマは興味を持ってくれたようだ。
「わかったよ、衣装なら女郎蜘蛛の姐さんに仕立ててもらうといいさ。案内してやるよ。」
あっさりOKが出たのを、小川はげんなりした顔で聞いていた。
もしここでダメだと言われていたら、この話はなかったことになるのに。
コマは着ていたはっぴを脱ぎ、奥から別の着物を持ってきた。真っ赤な半纏のようなものだ。
「おおい、玄介いるかい?」
それを着ながら、どこかに呼び掛けると。
「はい、お師匠様!」
たたたた、と小走りで出てきたのは、コマより一回り小さな黒猫。白いはっぴを着ており、正直めちゃ可愛い。
「紹介するね。こいつは玄介、俺の弟子さ。玄介、此方の方々がお前に話していた『六武衆』だよ。」
「あ……お、お初にお目にかかります、玄介と申します。」
金の眼がびっくりしたかのように見開かれ、小さな黒猫はぺこりと一礼した。
「か……可愛いです……!」
「ぬおぉ、何というジャスティス……!」
可愛いは正義、を地でいく玄介に、女性陣はめろめろだ。
「………!」
「おーい、王子。帰ってこいよ~。」
いや、女性陣だけではなかった。
玄介を凝視したまま、かちりと固まっているのは小川。実は、無類の猫好きだったりする。
「俺は今からこの方々と一緒に、女郎蜘蛛の姐さんのところに行ってくるね。俺のいない間、店番を頼むよ。」
「はい、わかりました。」
コマはよしよしと玄介の頭を撫でてやり、それじゃ行こうかと六人の方に顔を向けた。
「……何見てるんだい?」
「「「いや、あんまり微笑ましくてつい。」」」
まるで親子のようなやり取りに、思わずニマニマした視線を送ってしまった。
女郎蜘蛛の仕立て屋は、明王堂から数分歩いたところにあったのだが。
「どえらい見た目やな。」
店構えを見て、北は感嘆と驚きの言葉を洩らした。
この世界の建物は、主に原色が目立つ派手なものが多いのだが、この店は……『織り蜘蛛屋』は一際派手だった。
赤、紫、青、黄色と色とりどりの壁や柱が目にチカチカする。
「まるで吉原みたいだな。」
「女郎蜘蛛なだけに?」
しょーもないことを言いながら、六人と一匹は店の敷居を跨ぐ。
中はぷぅんと香の香りがして、本当に遊廓のようだ。
「おーい、姐さん!姫糸姐さん!」
コマは大声を張り上げて、店の奥に呼びかける。すると。
「うるさいわねェ……大声ださなくッても、聞こえてるわよ。」
ずるずる、と長い深紅の着物を引きずりながら現れたのは、何とも艶めかしい女だった。
真っ白な肌に真っ赤な唇、切れ長の眼はどこか官能的。その目がコマの姿を見て、おや、と見開かれた。
「コマじゃないの。アンタからアタシを訪ねてくるなんて、珍しいこともあるのねェ。」
艶然と笑い、『織り蜘蛛屋』店主、姫糸はコマにするりと触れた。
「用があるのは俺じゃないよ。此方の方々さ。」
コマはスッと身体を横にして、目をまん丸くして姫糸を見ている六人を押し出した。
「あら、えらく可愛らしいお客じゃないの………ん?アンタ達確か……」
「ちぃっとばかし前に、姐さんに戦装束の仕立てを頼んだ張本人さ。」
ズイッとその白い顔を近づけられて、ぴしりと固まる六人に代わり、コマが苦笑いしながら口を開く。
「あぁ、そうそうそれ!どう、アタシが直々に拵えた装束は?」
「オレの装束、スッゲーカッコよかったぞッ!ありがとうございます、姫糸の姐さん!」
真っ先に木下が元気よく答えた。
「着心地もええし、よう伸びるから全然窮屈に感じんわ。」
「まだあれを着て、正式に戦に参加していませんが……近々戦に出る予定なんです。」
「凄く綺麗だし、聞くところによると中々頑丈なんですよね。僕達、性能を見るのが楽しみです。」
口々にかけられる称賛の言葉に、姫糸は至極満足そうだ。
「あの、それのお礼?じゃ変かもしれませんけど、これどうぞ。」
「……お口汚しにしかなりませんが。」
梅本と小川は、持ってきていた酒を二本差し出した。
「おやまぁ、報酬は既に尾張の大将から頂いてるってのにサ。律儀な子達ね。」
クスリと姫糸は笑って、酒を受け取る。
「で、本題は何?まさか酒をここまで届けに来たッてワケじゃないでしょう。」
「あ!そうなんですよ姫糸さん!」
谷中はダダッと姫糸に駆け寄り、ハロウィンの悪戯計画について口早に説明する。
「……でね、どんな衣装がいいかってことで、衣装の専門家の姫糸さんにご意見を聞きたくてですね!」
「成程、妖に関することだから、アタシ達に聞くのが一番ってことね。」
谷中の話を聞きながら、姫糸はニヤリと笑った。何か思い付いたのだろう。
どうやら私は短編の宣言をしてから、完成するまで一ヶ月か二ヶ月近くかかるらしい・・・・・・。
今12月!バカバカバカ、季節外れも良いトコじゃんか!
・・・・・・まぁ気にしないでください、うん。