魔法学園で恋人を作った婚約者は、いざという時に逃げた。
「そうだ、ソフィア。今日は君に紹介したい人がいるんだ」
婚約者のジェレミーは、ソフィアの持ってきた魔力石を侍女にそそくさと預けてそれから向き直ってそう口にした。
その魔力石はソフィアが毎日少しずつ捻出した大切な魔力であり、本来ならこんなふうに人に渡すようなものではない。
けれども魔法学園に通って夢を追っている彼のためを想って作った代物だ。
それについて感謝もなく当たり前のことのように受け取られて、さらには別の話題が投げ込まれたのでソフィアはなんだか少しガッカリしてしまった。
「そう、なの」
彼の言葉に短く返す。
ソフィアのそんな些細な感情の変化など彼は気がつくわけもなく、使用人にその紹介したい人を呼んでくるように言いつける。
「……君は驚くかもしれない。でも……君ならわかってくれると俺は信じてる」
「え、ええ」
なんだかその言葉に嫌な予感を覚えたけれど、ソフィアはまさか嫌な予感がするから紹介されるその人に会いたくないとは言えない。
せっかくたまの長期休暇で彼がこうしてすぐに会える場所にいるのだ。
普段すぐに会えない場所にいる婚約者と楽しい時間を過ごしたいというのが女心だろう。
だからこそ彼の機嫌を損ねる様なことはしたくなくて、静かに待った。
しかしその選択をすぐに後悔した。
やってきたのは、同年代の女の子、彼女はソフィアに余裕たっぷりに笑いかけた。
「彼女はマリエル。……俺の、恋人だ」
「初めまして、ソフィア様」
「とてもいい子なんだ、きっかけは実技のクラスが同じになったことからなんだが━━━━」
隣同士に座って笑みを浮かべる彼らはたしかに、恋人らしく見える。
マリエルも美しくハンサムなジェレミーにとても見合っているようにさえ思える。
しかし頭が彼の言葉を拒絶して入ってこない。
「━━━━そこで、こいつがたまたま俺を見つけて、あの時は笑ったよな?」
「そうね。だってまさか偶然だったとはいえ、あんなふうになっている人、初めて見たもの。先輩から聞いた話でもそんなことはないって」
「そりゃそうか。でもその時は本当にもう絶体絶命だって思ってたんだよ」
「もう、可笑しいったら、先生も笑ってたわよ。ふふっ、でもよかったわよねそれがあったおかげで、あたしたち出会えたんだ━━━━」
彼らはソフィアに事情を説明するという体を取りつつも、思い出話を始める。
二人の間にはソフィアの知らない共通の世界感や認識があることが見受けられる。
「というわけで出会ったんだがその時はまだ俺たちは友人? ぐらいの距離感だったよな」
「そうなのよ、でもあの放課後の教室で二人きりになって━━━━」
彼らは語る。
目くるめく魔法学園での美しく楽しい思い出の数々を。
二人きりの教室の特別感、面白い教師の小ネタ、放課後に街に降りて知り合いに会った気まずさ、それゆえにお互いに好意を隠してしまってドギマギした気持ち。
それらを語る二人の顔はキラキラとしていて、どうにも楽しげだ。
想像してみるとソフィアだってその場にいたらとても楽しいと思っただろう。
しかし、そんな可能性を考えたって意味などない。
ソフィアはそこにいないし、今自分はここにいるだけで、同じ場所に立っていない。
そして今からその場所に飛び込むことだってできない、なんせソフィアは……。
「そういことがあって、俺たち二人は結ばれたんだ。マリエルがどれだけ俺を支えてくれたか、わかってくれただろう?」
「そんな。あたしの方だって、あなたにずっと支えられてる。これからもよろしくね、ジェレミー」
「ああ、もちろん。一緒に夢をかなえよう!」
……そう、夢。……ジェレミーの夢のために私は今こうしている。
彼らは国に仕え、最近勢いを増して国を脅かしている魔獣を討伐するという人の役に立つ素晴らしい仕事を目指していて、ジェレミーはそれを長年の夢としてソフィアに語り聞かせてきた。
しかし、問題があった。
彼の魔力は少なく、伯爵家の跡取りにしては下級貴族の程度しかない。
けれどなまじ炎の魔法を持っているからあきらめがつかない。
どんな苦労をしても、将来のソフィアを楽させるためにその仕事について見せる、だから協力をして支えてほしい。
魔法学園に入学できる歳になった時に彼にそう言われた。
ジェレミーを支える立場に回ってほしいとそう願われた。
「その夢をかなえた未来にはもちろん、君の居場所がある。ただ君とはもう家族みたいなものだろう? ソフィア、君のことは心から愛している、そしてマリエルには恋をしているんだ」
「やだ、恥ずかしいわ」
ジェレミーはマリエルの腰に手を回し、静かに頬に口づけた。
その様子を見せられて、彼らの学園生活はきっとバラ色なのだろうとソフィアは思った。
一人、家庭教師を雇って屋敷で学ぶよりも、より多くの人と出会って成長して愛も、恋もして、なんて順風満帆なのか。
その様子に、ソフィアは自分の中にある感情に気がつきそうになって、やっと振り払ってジェレミーに言葉を返す。
「でも、浮気は浮気だわ。……私の主張は間違っていないはずよ」
そして反射的に、マリエルを排除しようと考えた。
排除できなくとも彼らを見ていたくない。
しかし、その追い詰められた末に出てきた言葉に彼らは意外そうにソフィアのことを見る。
ソフィアの手はきつく握られ声は震えていた。
そんな調子だからだろうか、二人は生暖かいような視線を送ってソフィアに配慮しつつも諭すような言葉を紡ぐ。
「……そうね。その通りよ、でもねぇ、ソフィア様。あたしたち、同じ男性を支える似た者同士だと思わない?」
「そうだ。ソフィア……君の気持ちももちろんわかる。でも、俺たちの夢はもうすぐ叶う。そのための道筋に協力してくれたマリエルに君だっていずれは感謝をするはずだ」
「……」
「魔法使いになれれば、閉鎖的で面倒な社交界の立ち位置も気にしなくていいし、がめつい親類たちの対応をする必要もない」
彼が言っているその面倒事を今すべて背負っているのはソフィアだ。
もちろんそれらを気にしなくていい国を守る役割を持って、尊敬される魔法使いになれることは……たとえ旦那がそうなるだけであっても素晴らしいことだ。
「そうよ。それにあたしも、彼のことをこれからもずっと支える。それはあなたにとってもいいことのはずよ。魔法使いになる道は厳しいものだけれど、どんな手を使っても彼が功績をあげられるようにするわ」
「ありがとう、マリエル。……ソフィア、俺たちの夢をそこまで応援してくれている人を……君はないがしろにするのか?」
問いかけられて答えが出てこない、そんなふうに言われては、返せる言葉がない。
反論をする方法はある、けれど、それをしてしまったら今までの自分のスタンスのすべてを否定することになってしまう。
ソフィアは女性で争いごとなど嫌いで魔法など家庭教師から習うので十分で。
持っている魔法はある程度扱えればいいと思っていて、普通の、人の、夢を応援する、普通の女。
……そのはずなのよ。誰も私が反論するようなことを望んでいない。
私の今の状況で、彼の夢を共に応援してくれる人が出てきて、それが未来の自分のためになるなら、受け入れるしかないのよ。
だって私は、ジェレミーを応援していて、彼の夢を共に叶えたいと思っている……べきだもの。
そう結論は出た。でも言葉にはならない。
「すぐに考えを変えて欲しいとは言わない。ただ、二人の夢じゃないか。もうすぐそこに敵う未来は来ているんだ」
ソフィアが無言を返すと、ジェレミーは今すぐに考えを変えてほしいわけじゃないと言いつつもさらに言い募る。
それに重ねてマリエルもソフィアを説得しようと話をした。
彼らに長らく説得を受けてそれでもソフィアは納得することはできずに、そのまま帰宅することになった。
二人は見送りのために屋敷のエントランスへと出てきて、ソフィアは自身の馬車を背にして二人と向き合っていた。
彼らはこれから自主練をするために、この場所に残るらしくソフィアはまるで部外者のように二人に見送られるのだ。
……それでも私は、二人に混ざることもできないし、魔法談義をすることも、魔獣の特性について勉強会をすることもできない。
これでも、ソフィアだってたくさん勉強しているのだ。知識だって技術だって彼らに引けを取らないつもりでいる。
でもできない。
父も母も親類たちにも、ジェレミーにもそれは望まれていない。
魔力の仕送りをソフィアができなくなるようなことなど彼は絶対に喜ばない。
「じゃあ、ソフィア……。この場で許してくれなかったのには不満がないと言えば嘘になる。でも君なら納得してくれると……俺はわかってる」
そう言ったジェレミーの腕には、マリエルが腕を絡ませて引っ付いていて、ニコリと笑みを浮かべた。
彼の言葉に返事をして、帰ろうとソフィアが考えた、その時。
遠くの方から小さな悲鳴が聞こえてきた気がして振り返った。
途端に鐘の音が鳴り響く。カラーンカラーンと大きな音色はけたたましく長く続いて後ろからのんきな声がした。
「なんだ?」
「こわいわ」
その声にソフィアはハッとする。
きっと彼らは国から離れて学園に通っているせいで、この非常事態の鐘の音を聞き慣れていないのだろう。
……それにしてもこんなタイミングで……さすがに馬車で帰るのは危険だもの。ここは一旦屋敷の中に戻って……。
そう思案しつつも悲鳴が聞こえた気がした屋敷の門の向こう側から、ソフィアは視線を逸らせずにいた。
なんだか嫌な予感がする。
気のせいだったならいいが、気のせいでなかったらと考えると恐ろしくて腰に差している杖を取るのに少し手間取る。
「あ、これって非常事態の鐘の音よ! どこかで魔獣でも出たのね」
「なんだ魔獣か驚かせやがって……それにしても魔獣が出た付近の屋敷は当たりだな。長期休暇で帰ってきてる学生が多いだろ? どんなに小さな魔獣でも討伐したら褒賞ものだ」
「きっと、成績にも反映され……って、あれ? もしかしてあたしたち、ツイてるかもっ」
ソフィアはやっと杖を構えて、後ろの彼らののんきな反応に自分の気持ちを一生懸命落ち着かせていた。
黒い毛皮の恐ろしい魔獣は、ふらふらとした足取りでこちらへとやってくる。
門にいる二人の兵士が剣を抜いて威嚇しているけれど、その様子など意に介さず、大きな魔力を持った人間であるソフィアたちを一心に見つめていた。
「ふふっ、いい機会ね」
余裕そうな声を聴いて、ソフィアは小さく息を吐きだした。
彼らのまったく動じていない態度は、ソフィアとはまったく違って、自分の無力さを痛感するのと同時に、それでもこの場に彼らがいてくれてよかったと思った。
……やっぱり、私には向かないことで、もう彼らとはずっと実力はかけ離れてしまっているのね。
そう思うと自分の気持ちの整理をつけることができそうだった。
とそんなふうに考えている合間にも、魔獣は門の中へと入ろうとして、兵士が果敢に切りかかった。
しかし魔獣の操る炎に巻かれて体勢を崩し、首元に噛みつかれるとぴゅーと血を吹き出して倒れる。
「ひぃいい!! お、お助けを!!」
もう一人の兵士は、ソフィアたちの方へと一心に駆けてくる。
迫りくる魔獣の光景はまさに非日常的な風景で、本能的なものか震えが止まらない。しかし大丈夫だ。
魔法使いの卵であり、学園にも通っている彼らがいるのだからきっとなんとかなる。
魔法使いや騎士が来るまで持ちこたえることができるだろう。そう考えて、一歩後ろに下がった。
彼らに任せたいと意志を伝えるために杖を構えたままそうした。
視界に入る位置に移動すると、ジェレミーもマリエルもひどく目を見開いた状態で固まっていて先ほどの余裕などかけらもない。
「え……やだ、人が……」
「……」
マリエルは戸惑いを見せて、後ずさる。
ジェレミーは見開いた目でギョロギョロとあたりを観察していた。
残りの兵士が背後から食いつかれて足をもつれさせながら地面に激突する。
石畳に血しぶきが飛び散り、ソフィアも予想外の事態に対処の仕方がわからない。
しかし幸運なことに、魔獣は二人目の兵士がもがき苦しみ抵抗することを楽しむようにのしかかって背中から爪や牙でひっかきながらも、じゃれるようにして傷つけている。
それに喜びを見出しているかのように楽しげで夢中という言葉がしっくりくるような様子だった。
……今、今なら……。
不意打ちを食らわせることができるのではないだろうか。
ソフィアはそう考えた。しかし、そう発想したのはこの場でソフィアだっただけらしくジェレミーはこの隙を逃走のチャンスととらえたらしい。
「おい、出せ!! 出せ!! 死んでたまるか! 出せ!!」
「あ、ちょ、ちょっと待って」
「早くしろ、早く乗れ!! ここはダメだ!!」
「ま、まって! う、動けない」
「出せ、走らせろ!!」
それはソフィアが帰宅するために用意されていた馬車で、御者は怒鳴られて、すぐに手綱を握る。
しかし、マリエルはその場から足が動かない様子で、馬車に乗り込んだジェレミーに助けを求めた。
そんな弱々しい声はまったく彼に届かず、早く乗れと言いつつも自身も怯えた様子で「馬車を出せ!」と狂ったように叫ぶ。
合図を送られた馬は否応なしに走り出す。
まだマリエルも乗っていないことなどジェレミーはまったく気にしていない。
「まって、待ちなさいよぉ!!」
彼女は最後に涙を浮かべて、声をふるわせて叫んだ。
その声に反応するように魔獣は顔をあげて、炎の魔法を飛ばす。ふわりとマリエルの元へと着地して彼女は真っ赤に燃え上がった。
とてもじゃないが聞いていられないような叫び声が響く。
馬車は遠く駆けていき、あっという間に去っていく。
ソフィアは呼吸も忘れて、師の教えを思いだし、ただ杖を構えた。
ソフィアはなんとか辛勝を収めた。
しかし、物事というのはそれだけで終わることはない。
駆けつけた魔法使いによって、瀕死の患者は治療され、もちろんマリエルも病院に運ばれることになった。
ソフィアは軽い傷だけで済んでいたので、屋敷の中で休憩しつつ、魔獣の対処に魔法使いと共にやってきた騎士に事情聴取をされていた。
「それで、咄嗟のことだったと思うけど、核になっている魔石をよく粉砕できたね」
「……一応、どのあたりにあるのか勉強はしていましたから」
「そっか、君みたいな非力な女性が間合いに飛び込んでとどめを刺すなんてかっこいいなぁ」
「いえ、私は……」
おだててくれる騎士の言葉に、疲れからうまく返すことができずにソフィアはぼんやりとしていた。
彼はシルヴァンという騎士で、人懐こそうで話しやすそうな印象だった。
その印象にたがわず言葉は柔らかくて威圧的な印象も受けない。
「あ、もしかして魔法学園の生徒かな? それならこのことは国からも学園に話を通して成績にたっぷり加点をできるよ!」
「いえ……まったく」
「まったく? まったく普通の……侯爵令嬢?」
「はい、まったく普通の」
「そっか、まったく普通の令嬢がここまでできるなんてギャップがあってかっこいいね! というか才能があるんじゃない? 戦いっぷりは見ていないけれど、なにより度胸があるみたいだし!」
「いえ……お世辞はいりません」
「お世辞?! お世辞は言ってないんだけどなぁ、それに魔獣のことについて勉強していたって言っていたでしょ、興味があるんじゃない?」
彼は、具体的な事情を書面にまとめるための聴取のためにここにいるはず。
なのに無駄な話ばかりをして、いつまでたってもこの時間は終わりそうもない。
しかし、別に嫌というわけではない。
むしろ一人にされると先ほどまでの衝撃的なことを思い出してしまいそうで、この人がこうして話をしているのを聞くのに時間を割いている方が楽な気さえした。
「最近魔獣がどこも多くなってきているから、魔法使いは需要が高いしね。いっそこれを機に目指すのなんてどうかなぁ」
「いえ……」
「あれ? どうして、ご両親に反対されているとか?」
首をかしげて問いかけられて、ソフィアはやっと自分から事情を説明することにした。
ソファーに腰かけ直して彼に視線を向ける。
「……私は、あの人を……ええと、逃げた……ジェレミーの夢を支える立場なので」
「この屋敷のご子息だね。彼の夢を応援するってどんな夢なの?」
「魔法使いですよ。魔法……あの人は魔力が少なくて、だから毎月、私が仕送りしているの。だから私は目指せません。魔法使いなんて……私が目指すことは誰にも望まれていないので」
魔獣との戦いですっかり遥か遠くだったかのような記憶だったが気持ちとともに戻ってくる。
説明するために口にするとまたその暗雲たる気持ちが立ち込めて、ソフィアはつい気持ちを吐露する。
突然こんなことを言われても困るだろうにと思うと「え!?」と言う驚きの声が返ってきた。
「すみません。込み入った事情を話してしまって」
「いや、そこは別に、俺が聞いたんだし……でもそうじゃなくて、どう考えてももったいないね。君、すごいのに。まぁでも、才能あったって支える役割が好きな人もいるよね。彼は、いざという時に逃げてしまったのは致命的だけど、はははっ」
「……そう……そうね」
「そんなに献身的に支えていたってことは、きっととってもいい人だったんだね。いざという時に逃げてしまったけど」
「いいひと、だったかしら」
「そうなんじゃないかな。君のことを大切にしてくれていないなら、そんなふうに自分の興味あることをあきらめてまで彼を優先したりしないはずだし」
「…………」
シルヴァンの言葉はなんだかグサグサと心の奥の方にささる。
もちろんその言葉はまったく変なところなどない普通の感性の感想だ。
しかしジェレミーはどうだろうか。
彼の言葉に比べてどうだっただろうか、彼が夢を追うためにしているソフィアの苦労を認めてくれたことがあっただろうか。
感謝してくれたことがあっただろうか。
大切にしてくれたことなんてあっただろうか。
「実は、私が魔力を支援して通っている魔法学園で彼、とても楽しそうなのよ。恋人ができたと今日紹介されて」
「え!? 浮気だね! 君がせっかく彼のためを思って手を貸してあげているのに裏切ったんだ!?」
「それが一緒にいた魔法学園で同級のマリエルです。丸焦げになってた」
「ええ!? あれがそういう関係だったんだ! いやぁ、とんでもない場面に魔獣が出てきたんだね。ああでも、なら」
事情をさらに説明すると彼は、ニコッと笑ってそれから思い立ったように言った。
「もう、手を切るつもりだったってことかな。だってそんな男にずっと手を貸して人の夢のために自分を犠牲にし続けるなんて馬鹿げているもんね」
「……」
「それなら、これから君は自分の好きな道に進めるんだね。目指せない理由もなくなったし」
なにも言わないことをシルヴァンは肯定と捉えてのんきに言った。
その言葉にソフィアはなんだか酷く納得がいって、その通りだと言いたくなった。
自分ではその答えは出なかったのに、人に言われて初めてその選択を選び取る勇気が出た。
「……ええ、そうです」
「いい機会になったとは、傷を負っている人もいるから言わないけれど、こういう功績があれば気兼ねなく学園に入学できるね。ご両親も説得しやすいし」
「そうね。ありがとうございます」
「いやぁ、俺はなにもしてないって、ただ本音を言っただけ。あんな魔獣がでて被害がこの程度で済んだのなんて奇跡みたいなものだし、なにより普通の令嬢が秘めたる力を持っているって格好いいしさ」
気軽にソフィアのことを褒める言葉は少し幼いように感じるし先ほどはお世辞だと思って気まずかったのに、今度は純粋に嬉しい。
それにたしかにソフィアは自分の中にあった気持ちを自覚した。
ソフィアもそういうことをかっこいいと思うし、人のために戦う仕事なんてロマンあふれるだろう。
できることなら、許されるのならば自分がそうなりたい、目指したい。
彼の夢ではなく、ソフィアは自分の夢を持って努力がしたかった。
その結論を得るまでに、山ほどの時間を必要としたけれどやっと手に入れることができて、後悔などなかったのだった。
事件があってしばらくすると、ジェレミーはソフィアの住まう屋敷へと尋ねてきて開口一番こういった。
「どうして、俺の功績にしてくれなかったんだ!」
エントランスで、ソフィアの肩を掴み怒鳴った彼に、ソフィアは驚いて彼を見つめる。
使用人たちはおろおろとして不安げだ。
「それに、あれは仕方がないことだっただろ! ただ気が動転して! それに君が功績をあげてなんになるそこは二人の夢のために━━━━」
言葉を重ねる彼にソフィアはそれ以上、聞く気はなかったので手を振り払って話をさえぎった。
たしかに今までのソフィアならばそうすることが正解だったかもしれない。
しかしそれが自分の一番大切な望みではないとやっと気がついた。
それを手放すつもりはない、だから真実を報告するようにシルヴァンに頼んだのだ。
「私は!」
「っ、な、なんだよ」
「……それは、私の夢じゃない、あなたの夢よ。二人の夢じゃない。あなたの夢よ。私は、私が魔法使いになるという夢をあきらめてあなたに協力していただけ。それは多くの人がそう望んだから」
声を張るとエントランス内に反響して、響き渡る。こんな場所で宣言するつもりではなかったけれどそれでも言い始めたのは彼だ。
もうソフィアは譲ったりしない。
「それで良かったと思う時もあった。でも、協力を当たり前のように受け入れられて、楽しいところばかりをむさぼって、いざという時には逃げ出して。そんなあなたのために私は協力したくない、支えたくない!」
「だ、だからってそんな話、急だろ! 一般人の馬車を奪って逃げたなんて学園に報告されたら……俺はっ」
「だからそれは事実で、あなたの行動の結果だわ! ジェレミー、それをどうして私を使って偽装させようとするのよ」
「だって、俺たち二人の夢で」
「それは私の夢じゃない。あなたの夢に対する努力を、どうして私が支払う通りがあるのよ」
彼に対する言葉はすんなりと出てくる、それに少しの心苦しさもない。
納得してしまえばまったくもって綻びのない理論であり、一方、今では彼の主張は非常にもろいもののように思えた。
「それに、どうして我慢してまで私が支える側にならなければならないの? 厄介な親戚付き合いに私が出て、面倒がって学園から帰ってこないあなたのケアをしなければならないの?」
「そ、それは、将来、結婚するんだから当ぜ━━━━」
「当然じゃないわ。だってあなたの気持ちは私には無いじゃない。マリエルと楽しい恋愛をして、挙句協力者として私に認めさせようとして、そのうえ結婚に伴うあなたの面倒事は全部私にやらせてなんて虫が良すぎる」
その当のマリエルも大きな火傷の跡が残り、見るに堪えない姿になってあの時見捨てた彼に、慰謝料を請求している。
それが通るかは別として彼に牙を剥いているのは事実だ。
彼は今、あの場から逃げたことによって自分の両親さえも見捨てたその様子を多くの人に知られ、彼は四面楚歌だ。
そんな彼にもちろんソフィアは婚約解消を申し込む予定だし、認められなくても王族に掛け合って婚約破棄の手続きを取るだろう。
そんな当たり前の予想をすることもできずに、「どうして自分の功績にしてくれなかったんだ」なんて言いに来た。
ソフィアだけは、自分のいいように動いてくれると思われていたことに腹が立って続けた。
よくよく考えれば彼は、本当にしようもない男だ。
「あなたが夢を追うための苦労はあなたがするべきだわ。私はもう、あなたの苦労を肩代わりなんてしたくない。感謝も尊重もしてくれない人を応援し続ける意味なんかないわよ」
「……っ……」
「功績が欲しいなら自分であげて、それができるかどうかは知らないけどね」
ソフィアはそうして自分の胸の内をキチンと言い切って、ジェレミーと向き合った。
彼は歯を食いしばって、口を開いては閉じてを繰り返し何かを言いたげだった。
けれども最終的にはなんとか体裁を整えた言葉を言った。
「な、なら。一からやり直そう。ソフィア。俺が悪かった、マリエルとももう別れた。……だから」
「悪かったと思うならやり直そうなんて言葉は出てこないわ。それにどんなにあなたが改心しても、関係ない。私はもう二度と譲ったりしない。ジェレミー、帰って」
彼はソフィアを都合のいい駒としか思っていない。そんなことは明らかだ。
ソフィアを大切になんかしていないのだ、そんな場所へは戻らない。
ソフィアも努力は誰に認められないとしても自分のためにしたいし、それを背負う覚悟はもう決まっている。
「ま、待てよ。待ってくれ、俺の話を━━━━」
「聞きたくないし待たないわ。いざという時に、恋人すら待ってあげずにおいていった人の言葉なんて誰が聞くと思うの?」
彼の言葉にマリエルの悲痛な声が脳裏をよぎって問いかけた。
あれだけのことをしたというのに、よくもまぁ今更ソフィアと共にやっていけると思ったものだ。
「帰って」
実力行使も辞さないと示すために杖を手に持ち、彼に言う。
すると驚いてキョトンとしてから、怒りをあらわにして身を翻して駆けていく。
そうしてやっと、必死に応援していた夢に決着をつけたソフィアなのだった。
しばらくたって、彼は魔法学園に復帰した。
しかし、魔力の仕送りがなくなったせいかそれとも、国内で彼が逃げたことによって揉めたせいかはわからないが退学したという話を聞いた。
そして入れ替えになるように来年から、ソフィアは編入試験を受けて入学することが決まっていた。
「じゃ、改めて。編入試験合格おめでとう」
「あ、ありがとう?」
「おめでとう!」
シルヴァンは輝く笑みをうかべて、首をかしげるソフィアに対して同じことを言った。
祝う気持ちはこうして、彼の邸宅に招かれてお祝いのお茶会を開かれている時点でもう十分に感じている。
更に追い打ちで言われると恥ずかしい。
「今日はパティシエが腕によりをかけて作ったお菓子がたくさんあるから好きなだけ食べてね。君はまだほら未成年だから祝い酒は飲めないし」
「ええ、こんなに用意してもらってとても嬉しいわ」
「そっか、喜んでもらえて嬉しいよ。お土産の用意もあるんだ!」
そう言って彼は、自分はワインに口をつけてとても楽しそうだ。
バルコニーなので真昼の強い日差しは彼のグラスに差し込んで、こんな昼から豪快な人だなとソフィアは思った。
「君のご両親には結構強引に納得してもらったから、こういう時にお礼しておかないと」
「……」
「あ、どうぞどうぞ好きなのあがって」
お菓子を勧められて、ソフィアは紅茶を飲みながら静かにそれらに口をつける。
甘酸っぱいイチゴのフィリングが甘いタルトをきりりと引き締めていて、とても魅力的な味わいだった。
しかしそんなことより気になることがある。
彼は今、ソフィアの両親のことについて触れたが、彼はソフィアが魔法学園に入学することについて猛烈な後押しをしてくれたのである。
才能があるとごり押しして、国からの書状も書いてもらって学園に話を通すし、こんな才能がつぶれるのがもったいないと両親を説得してサポートしてくれた。
そしてそんなことをしてもらう義理がないだろうと彼に問いかけると、彼はキョトンとしてならそういう支援をしてもおかしくない縁を結ぶのはどうかと提案され、あれよあれよと婚約した。
周りから見ると恐ろしい体験の直後に気のいい騎士と出会い、恋い焦がれ、いい関係になったというように見えるかもしれないが、そんな一般的な関係とは言えない。
「……」
「って、あれ、なんだか物憂げな感じだなぁ」
「……そうね、あなたが私のことを応援してくれることが今更ながらとても不思議……というか未だに腑に落ちてないのよ。なんだか流されるままに自分に都合がいいから受け入れていたけれど……それってどうなのかしら」
ソフィアが心の内を口にするとシルヴァンはキョトンとして返す。
「それはほら、君がかっこいいなぁと思ったから」
「でもそれだけでこんなことまでするかしら」
「……するけれど」
しばらく悩んで口にするシルヴァンは少ししょんぼりとしていた。
ソフィアは、なんだか彼が悪いわけでもないのに問い詰めるみたいになってしまうのはかわいそうな気がして、まぁいいかと納得しようとした。
しかしシルヴァンは続けて言った。
「それに俺だって兄に才能があるって言って貰って助けてもらって、こうして騎士団に勤めているし。大体誰かにそうして貰って、なにかになると思うんだ」
「そうね」
「だからそうしてもらった分、俺もそういう人がいたら迷わず応援する方に回ろうと思ってて、って話はしたと思うんだけど」
「……聞いてないわ」
「え!? ……ごめん、そっか忘れてたなぁ。あ、でももちろん優柔不断に誰にでもってわけじゃないから安心して、きちんと兄にも恩返ししているし」
うっかりしていたりはっと気が付いて安心させようとしたり、反応するシルヴァンは忙しないが、どうやらなにか裏があるというわけではないらしい。
それにその恩を忘れずに、本人にも返して人も応援してと随分実直な人である。
そんな彼は、ジェレミーとは真逆であり、そして今度はソフィアが人に応援してもらう立場になった。
それはとても数奇な出来事で、まるで試されているみたいじゃ無いかと思う。
ジェレミーに裏切られたあの日、ソフィアが魔獣を倒したことによって数名の命が助かった。
だからこそ与えられた気づきとチャンス。そしてソフィアは彼の側に回った時、己の心を忘れずに正しい振る舞いができるのかを試す、試練ではないか。
そんな気がするのだ。あまりに突飛押しもない話なので口にはしないが、喜ぶ気持ちばかりではない。
「それに俺この人だ、って思ったしなにより手助けを必要としているって知って今しかないって思ったんだよ」
「なるほど」
「うん。それに俺、強い女性って屈強な男が普通に強いよりもかっこいいと思うし」
「ギャップがあるのも確かにいいけれど、外見は強そうな方がよくないかしら」
「えー、ムキムキの男がたくさんいても暑苦しいよ?」
「そ、そうね?」
彼に言われてムキムキの男性が暑苦しくなるほどいる光景を想像すると、それはなんだかおもしろい光景でソフィアは少し笑いながら返した。
彼は嘘を言っている素振りもないし、すべてが神の采配だとは思わない。
それでもソフィアは気を緩め過ぎずに、自分の夢を追ってみようと思う。
どこまでやれるのか、応援してくれている彼にがっかりされないか、彼のかけてくれている多くの物が無駄にならないかそう気負う気持ちもある。
でもだからこそ精一杯やりたい。自分の夢を選び取った覚悟を持って進んでいきたい。
そう改めて気の抜けてしまような話をしながらもソフィアは決意を固めたのだった。
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