書籍版2巻おまけ 百年後の氷の花冠について
9月12日に発売になった悪役令嬢の姉ですがモブでいいので死にたくない2巻のおまけSSです。
Web版にはないシーンのおまけなので分けて掲載いたしました。
読者の皆様に少しでも楽しんでいただけましたら幸いです!
王都から、手紙が届いた。
黄金色の獅子の紋章まぶしい封筒はぎっちりと重く、書類がたくさん入っていることがわかる。
「何かしら……?」
恐る恐る封筒を開くと、流麗な文字で一言。
『お前のせいだ』
「は!? え、ちょ、何、怖い!」
圧のある言葉に動揺したせいで封筒がひっくり返ってしまい、バサリと音を立てて中身が床に散らばる。それは新聞の切り抜きだった。
『男爵巨岩の花冠により首を負傷、本人曰く愛故の名誉の負傷と』
『過去最大級氷の花冠、花の神殿の参拝再開に合わせて奉納予定』
『子爵令嬢と男爵令嬢の花冠品評会、明日午後』
『審判の買収疑惑、和解は望めず裁判へ』
『どちらの花冠が強固か、中央広場に新台設置』
『最後まで立っていた者が勝利、属性別花冠対抗戦開催決定』
見出しを読んでも何一つつながらない。
最後に、ひらりと封筒からキラキラと光る細長い紙が床に落ちた。
「王宮……武闘会……招待状?」
誤字だろうか。
だが、美しく装飾された文字は確かにそう書いてある。踊る方ではなく戦う方だ。
「お姉様、ってどうしましたの、これ」
部屋に入ってきたオディールが、床一面に広がった新聞の切り抜きに目を丸くする。
オディールの後ろにはユーグとリュファスもいた。
王都からクタールに戻る途中に立ち寄ると言っていたので、今着いたのだろう。
「王都の新聞か?」
「ああ、うん、そうなんだけど」
アンが冷静に床に散らばった新聞を拾い上げ、広い応接机に日付順に並べ直す。
同封された手紙を見せると、オディールは怪訝な顔をし、ユーグは目をそらし、リュファスは遠慮なく吹き出した。
「ユーグ! リュファス! 何か知ってるのね!?」
「……うん、まぁ」
笑いをこらえているのか口を押さえて震えているリュファスは使い物にならないと判断してユーグに詰め寄る。
「どういうことなの、何が私のせいなの!?」
せっかく王太子シャルマンに処刑されるルートを潰せたと思ったのに、いったいどうしてこんなサスペンスじみた脅迫文を送られなくてはならないのか。
ユーグは眉間にしわを寄せたまま、深々とため息をついた。
「王都で。君が、氷の花冠を作っただろう……僕にかぶせてくれた」
最後の一言がかすれていて、思い詰めたような表情が妙に色っぽい。
あの時、ユーグに抱きしめられたことを思い出して顔に血が上りそうになり、慌てて目をそらした。
「そ、そうだったわね。ええ、作ったわ。それがどうかしたの?」
「あの花冠が素敵だった、あれこそ真実の愛の証だと、話題になってね。王都の貴族令嬢の間で、自分の魔力で花冠を作るのが流行ってるんだ」
「まぁ、王家関係のことって、ドレスでもイベントでも、大抵皆真似したがりますものね」
オディールがなぜか自慢げに胸を張る。
「実際花冠を作って自慢するところまでは良かったんだよ。魔力をアピールする場面って、魔術院にいる魔術師でもなければそんなにないからな」
リュファスが震えながら口を開く。
かつて強力な魔術師がたくさんいた時代の名残で、外敵との戦い以外の場所で魔力の強さを自らアピールするのは品のない行為とされているのだ。
強さを誇示すればマウントの取り合いが始まり、それがエスカレートすれば争いになる。徒手空拳で凶器を作り出せる能力なので、共同体の安定のために必要なマナーったのだと思う。
「『私ってばこんなに素敵で、こんなに大きな花冠が作れまーす』ってね。それを神殿の目立つ場所に飾ってもらえば、効率の良い婚活が可能ってわけ」
「そう、ね?」
ちらりと新聞に目をやる。
男爵が名誉の負傷というのは、土属性の令嬢が作った巨大な花冠、もとい石の塊を花祭りでかぶったのだろう。恋人が作った愛の花冠、痛める首、なるほど名誉の負傷だ。
そして過去最大級の氷の花冠。これについては魔力が強い令嬢がいたのか、それとも神殿の見世物として魔術師達が作ったのかも知れない。とにかく派手で大きな冠の絵が描いてあった。
「魔力で作った花冠を飾ってほしいという令嬢が増えて、飾る場所が不足してね。飾る位置でも揉めるようになって……」
ユーグが小さくため息をつく。
平等に先着順、となればいいのだけれど。
身分による圧やコネや金が動けばそんなものは紙くず同然で、踏みにじられた側の怒りに火がついて。
「ああ、それで品評会ですのね。より優れたものを展示する、と」
「だけどまぁ、それで納得すると思うか?」
答えの分かりきった問いかけに、オディールが鼻で笑う。それこそ、身分とコネと金の本領発揮というわけだ。
買収疑惑からの裁判沙汰。
花の女神も泣いているんじゃなかろうか。
「美しさは主観的なもんだから、じゃー物理にしようぜって」
「物理にしようぜ?」
「より魔力を込めた氷や石の方が堅いというのが一般的な認識だからな。振り子の両側に花冠を結びつけて、ぶつけて砕けた方が負けというルールで強度を競うことになってな……」
「砕けた方が負け!?」
もう花の女神は大会主催者を殴っていいと思う。
「せっかく統一した規格も作ったのに、負けた側の令嬢が『そもそもこれは花冠じゃない』ってキレて」
リュファスが拾い上げた新聞には、何の装飾もない石のリングを掲げる令嬢が描かれている。重量挙げのウェイトを掲げる選手みたいだ。
強度を突き詰めるとシンプルな形になるのだろう。
「最も優れているという定義なら、使い手と使う場所に最適な物を示すべきだという議論が尽くされた結果が、これ」
全員の視線がリュファスの指先、属性別花冠対抗戦という新聞の見出しに集まる。
「武闘会に至ると。魔力で作った武器で頭に飾った花冠を散らすか、相手の武器を破壊すれば勝利だそうだ」
氷の剣や石の剣なら騎士に代理人を頼めばとは思ったのだけれど、氷については強度を保つのに魔力を注ぎ続ける必要があると思い直す。
それに、相手の武器や状況に合わせて変形という芸当はできなくなる。
魔力の質、武器の形状、本人の筋力と技量、状況判断力。要求される能力は多岐にわたる。
本人出場必須のとんだデスマッチである。
愛の花冠とはなんだったのか。
「でもなんでわざわざ王宮で……」
「ほら、王太子サマさ。縁談断るのめんどくさくて『ジゼル嬢のように美しくオディール嬢みたいにはつらつとして、さらに魔力がある令嬢なら王太子妃にしてやってもいい』みたいなこといってたから」
リュファスは意地悪く笑う。
「魔力の強さとはつらつとした様子をご存分にご覧じろ、というわけだ」
美しさの基準は一つではないからな、とユーグはうそぶいた。
「王都中のご令嬢が騎士を講師にして特訓中だ」
「剣だけじゃなくてフレイルとかダガーとか、傭兵に声かけてるご令嬢もいるってよ」
扇子より重いものは持てないはずの令嬢がとんでもない方向に進化しようとしている。
「楽しそう! お姉様、私も出場しちゃだめかしら!」
「…………」
とっさに止めようとして、一本鞭を自在にぶん回すオディールの姿が脳裏に浮かんだ。
(……結構良いところまでいけるんじゃ……?)
目をキラキラと輝かせるオディールに、ユーグがため息をつく。
「王太子殿下に怒られるぞ」
「そうだったわね!? 元凶私だったわ!」
「……王太子殿下に嫌われるのは本意ではありませんわね」
さきほどの『おまえのせいだ』という直筆の手紙を指し示し、オディールに出場を諦めてもらう。
王太子に睨まれても何もいいことなどない。
今回の騒動でそれは身に染みているらしく、オディールは「仕方がありませんわね」と新聞から目を背けた。
「それより、ユーグ達がお土産を持ってきて下さったの。すごく美味しそうなチョコレート! お姉様も休憩になさいません?」
「ええ、そうしましょう。甘いものが食べたい気分だったの」
机の上に置いた、恨みのこもった手紙を見なかったことにして、オディールに手を引かれて歩き出した。
だって、私にはどうすることもできないじゃないですか。
もうこれは神のご意志だとしか。
どうか、シャルマン王太子殿下に主神エールのご加護がありますように。
遠い空の尊い御方に、心の底から祈りを捧げた。
遠い未来の話。
この武闘会はルールや開催方法を変えながら、やがて歴史と伝統の競技大会としてこの地に残ることになる。
はじまりに、氷の魔力を与えられた信心深い貴族の少女がいた。
花の神殿に現れた神敵を、少女は氷の剣で一太刀で打ち倒した。
少女の剛力と信心に感じ入った時の王は、少女を王妃としたという。
闘技場には、花冠を被り氷の剣を持ち魔物を退治する、伝承の少女のレリーフが飾られている。
その隆々とした二の腕、大地を踏みしめるはち切れんばかりの脚。
女騎士の守護と少女の健康を司る聖人として花の神殿に刻まれた名は、大輪咲きの白薔薇と同じ名である。