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第94話 決着

 母はパックを外すと父の隣の椅子に座る。やっと話を聞く気になった両親を前に、私は二つのレポートを掲げて見せた。


 正直、今も怖い。

 すぐにシルヴィア嬢が治療してくれたとはいえ、お腹を蹴られたのだって痛かった。


 両親が激昂して殴ってくるかもしれない。それでも、何かあればすぐに駆け付けるとリリアンナ嬢は言ってくれたのだ。

 同じ階にいるので、大声を出したらすぐに駆け付けると約束してくれている。そんな彼女達の献身が、確実に私の背を押してくれていた。


「なんだそれは?」


「学園のレポートでしょう? それがどうかしたの?」


 不思議そうにしながら、両親はまじまじとレポートを見る。そして、そのタイトルを読んで凍り付いた。

 片方は『他貴族との合同で行う公道整備』と至って普通だ。問題はもう1つ。そこには『横領を見つけた際の法的対応』と書かれている。


「選択肢をあげまス。どちらのレポートヲ、学園に提出して欲しいですカ?」


「い、一体何を書いたんだお前は!?」


 心当たりなど山ほどあるのだろう。もはやどれか分からないのだろうが、父は動揺した声を出す。


「……こ、こんなレポートを出したところで、実際に何かなければ点はつかないでしょう? 馬鹿なことはよしなさい、ロミーナ」


 母は冷静そうに見えた。一見そう見えるが、その手は布団をきつく握りしめている。


「そうでしょうカ? これをアレクサンド殿下に見せれバ、調査して頂けると思いますガ、それでいいんですネ?」


 そう言いながら、私は二人に見せつけるように『横領を見つけた際の法的対応』というレポートを確認する。そこまで言われると、母も黙った。

 誤魔化せないと思ったのだろう。父は立ち上がると、そっと私に近付いてきた。


「な、ロミーナ。落ち着いてくれ。そんなものあっても、お前が生活に困るだけだぞ」


「近づかないで下さイ!」


 父の手と視線はレポートに向いている。何かしようと企んでいることを察知し、私はすぐに魔法を放った。

 魔法が苦手なため、護身のためにと準備しておいて本当に良かった。初歩的な雷魔法を父の足元に放っただけだが、それでも十分だ。

 この両親は、貴族でありながらろくに魔法が使えない。そんな両親の娘である私でさえ、必死に学んで彼らよりは使えるようになっている。絶対に、手を出されそうになっても反撃できると確信できた。




「……何が、望みなんだ」




 もう説得は無理だと思ったのか、父は私を睨みつけながら言う。今まで恐怖の対象だった視線を受けて一瞬ひるむが、すぐに体制を整える。絶対に、相手の勢いに負けちゃだめだ。


「私とステファン様ニ、もう何も手出しをしないで下さイ。婚約の解消や別の縁談などを目論んでいると分かったラ、すぐにこのレポートをアレクサンド殿下にお渡ししまス」


 恨めしそうに母も睨んでくるが、父は諦めたような表情で頷いた。


「分かった。お前の言うとおりにしよう」


「貴方!?」


 母が抗議しようとするも、父が視線で母を制す。二人の様子を見て、私はほっと息を吐いた。決着はついたと、二人に背を向け扉へ向かう。

 見ていなくても両親がそそくさと何か相談しようとしていたのは分かる。私が足を止めたことで、二人は動きを止めた。


「……このレポートハ、この後リリアンナ嬢とも協力して管理しまス。明日にはここを出るのデ、破棄をしようとなど思わないことですヨ」


 そこまで言われてしまうと、もう何もできないだろう。がっくりと肩を落とす両親を背にして、今度こそ私は部屋を出た。




 外の長い廊下は、室内と違って寒々としていた。両親が予算を省いているからか照明も薄暗く、窓の外から入る月明かりが主な光源だ。

 私は先ほどまでいた両親の寝室の扉から少し離れた場所に立ち尽くしていた。

 異変を察知し、両親の怒りを買わないために避けているのか、この館にいるはずの使用人たちの気配もなく、周囲には誰もいない。


 ゆっくりと、そのまま冷たい床にしゃがみ込んむ。大きくため息を付き、肺の中の重たい空気を全て吐き出す。

 まだ心臓がドキドキしている。力一杯レポートを握り締めた手は赤くなり、小刻みに震えていた。


 あんなに反論したのは、生まれてはじめてだ。

 両親には逆らえない。

 そうすればどうなるか分からないと、ずっと耐え続けていた。

 それが、ようやくここまできた。


 本当にこんなことをして良かったのか。父達は今後何をするのか。自分はどうなってしまうのか。

 将来に対する恐怖と、もう彼らに付き従う必要はないという安堵と喜びが、自分の中で綯交ぜになっている。


「……ちゃんト、立たないト」


 これからは自分で立ってやっていくしかない。両親と戦いながら、生きていくしか道は無いのだ。

 それでも、リリアンナ嬢やシルヴィア嬢、アレクサンド殿下は味方になってくれる。そのことが私の支えだ。


 掛け声をかけて勢いよく立ち上がると、私はリリアンナ嬢のいる客室まで走り出した。ドアを開けると、明かるい光と温かな空気が私を包み込む。

 部屋の中では私を待ってくれていたリリアンナ嬢とシルヴィア嬢が出迎えてくれた。


「お帰りなさい、ロミーナ嬢」


 その笑顔は、かつて一緒にいたライハラ連合国の仲間達を思わせた。嘘偽りない、温かくて優しい笑顔。何度も彼らに再会したいと思っていたけど、今は大丈夫そうだ。


 ここにも自分の居場所はある。

 そのことに安心感を覚え、満面の笑みを返す。


「ただいま帰りましタ」

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