第92話 年越しの作戦
翌朝。朝食のために、私達は食堂へ向かった。
私のわがままで急に飛び出してしまった上、一晩辺境伯邸を空けていたのだ。夫妻がどのような反応をするのか予想ができず、少し緊張する。
食堂の扉を開け、中に入ると辺境伯夫妻は既にテーブルについていた。静かに紅茶を飲んでいるが、その静けさが怖い。
私達に気付いた夫妻が顔を上げる。私は慌ててドレスの裾を摘まむと礼をした。後ろでロミーナも同じく礼をする。
「おはようございます。ロミーナ嬢をお借りしてしまい、申し訳ありません。お陰様で助かりました」
「おはようございます。うちの愚女がお役に立てたなら良かった」
アマトリアン辺境伯はニコニコと愛想よく笑った。その笑顔は、とても娘を傷つけるような親には見えない。
二人を刺激しないよう、それ以上何も言わずに席に着いた。ロミーナも隣に座ろうとした途端、夫人が口を開いた。
「そうだ。さっき、あそこの花がしおれていたの。ロミーナ、貴女お花好きでしょう? 手入れしてきてちょうだい」
明らかに今必要のない指示。明らかな嫌がらせだ。ロミーナは言われた通り、端にある花瓶を見に行く。私も席を立って、ロミーナに続いた。
「モンリーズ嬢? それは娘がしますので……」
「私もお花好きなんです! あ、このお花が少ししおれてないですか?」
夫人の言葉を制し、笑顔で返事をする。こうして意地でも私はロミーナについて回った。
夫人のくだらない嫌がらせや大したことの無い用事。それに大人しく従うロミーナと、彼女の後をずっと付いて回る私。
繰り返している内に徐々に夫人の顔色が悪くなり、明らかに苛立ちを覚えているのが見て取れた。そんなことを繰り返して十日間。とうとう今年最後の日となった。
***
とうとう今年最後の日だ。他の家ではするのだろうが、年越しのパーティというものを、この家でしているのを見たことがない。
いつものことだからと、特に私は気にしていなかった。町で開かれる年越しのお祭りがあると両親はリリアンナ嬢に話しており、せっかくだからと彼女は出かけている。おそらく、私を孤立させるためだろう。
ずっとリリアンナ嬢と一緒にいたせいか、一人になるのは久しぶりだ。リリアンナ嬢の客間で世話になっており、私の部屋とは違い十分に室内が暖められているとはいえ、一人で部屋にいる寂しさと冷たさは変わらない。
広い屋敷に残された私は、黙々とレポートの制作を進めていた。ここにいるのも後一週間程。王都までは移動に一週間はかかるので、余裕を持って学園が始まる二週間前には出発しなければならない。
国内でもそこまで寒くないこの土地は毎年うっすらとしか雪が降らず、ほとんど冬の移動に困ることは無かった。だが、油断はできないので早めに出かけなければ。そう思いながら、残りわずかとなったレポートを書き続ける。
そんな時に、ふとドアがノックされた。
「はイ」
返事をすると、両親専属のメイドがドアを開けて入ってきた。両親に専属の従者がいても、自分専属の従者などいない。必要のある時に、見かけた人に声を掛けて用事を頼むのが常だ。
「旦那様がお呼びです」
その言葉に、ようやくだなと思い立ち上がった。あくまで普段通りにしなければならない。いつものように、俯いて表情を硬くして、怯えた様子を見せる。長い間、両親の操り人形だったせいか、演じるのは得意だ。
両親の寝室へ向かう途中の、廊下の窓の外。遠くでは祭り会場の明かりが灯っているのが見えた。
あそこでリリアンナ嬢は一息ついているだろうか。
明るい彼女の顔を思い出す。
せっかくリリアンナ嬢がくれたチャンスなのだ。
上手く証拠を見つけないと。
覚悟を決めて、ドアをノックする。メイドはすぐに下がり、どこかへいなくなった。
室内から声が掛けられ、ドアを開ける。いつものように寝間着に着替えた両親が、ベッドに座っていた。
「お呼びですカ?」
「ああ。確認したいことがあってな」
何の話だろうか。レポートの完成が遅いという話だろうか。それとも、リリアンナ嬢とべったりしすぎという話?
「確認とハ、何ですカ?」
「最近、モンリーズ嬢とずっと行動を共にしているようだな」
ああ、その話か。怯えた様子の演技は続け、顔を上げて父を見る。
「一緒に旧ソプレス王国に行っテ、仲良くなりましたのデ。それニ、リリアンナ嬢も長く家族と離れて寂しい様子でしタ」
決めていた答えを返す。当たり障りのない返答に、一応は納得したのか父は鼻を鳴らした。
「なるほどな」
「余計なことは言ってないでしょうね?」
父とは対照的に、母はどこまでも自分に厳しい。きつく睨みつけながら言う母に、私は少し視線を逸らした。
「ステファン様のことですカ? ……学園のこともありまス。余計なトラブルになるようなことヲ、言えるわけないでス」
疑うような視線が刺さるが、すこしすると納得したのか視線が外された。
「それとレポートだ。いつになったら終わるんだ。早く仕上げろと言っただろう?」
「それハ、もう少しでス。後ニ、三日で終わるかト」
あくまで予想の範囲内の話だった。他にもう話はないのか、父は野良猫を追い出すような仕草で出て行けと命じた。
「失礼致しまス」
礼をして、踵を返す。その時に、傍にあったサイドテーブルに私の足がぶつかった。
サイドテーブルに置かれた花瓶が落ちて割れ、大きな音を立てる。
「きゃあ!」
「何してるんだ!」
花瓶の水がベッドにまで飛んでいく。服の一部が濡れてしまい、両親は慌てて立ち上がった。
ここからが、リリアンナ嬢との作戦だ。
思い通りに事が進み、私は内心ほくそ笑んでいた。




