第91話 謎を残した旧友
驚いた顔をしている私達を見て、ヴォルフガングは首を傾げた。
「……なんだ。当時のことは覚えていないのか?」
「ああ……はっきり記憶してはいないが、夜寝てた間に襲撃されてたとしか聞いてない。それ以外は何も」
シヴァの当時の年齢で言えば5、6歳程度。逃げるのに夢中で、救助した大人も子供であるシヴァには何も見せずに逃げ出した、と言う事だろうか。
「ワシも詳細は知らないがな、城が襲撃されたと聞いて駆け付けた時には全てが終わっていたよ。あまりにも早い決着だった。当時は休みで、この屋敷にいたんだ。城まではここから1時間もかからないが、着いた時には終わっていたんだ」
伝令の移動も考えると、襲撃から二時間。そんな短時間で、内乱って終わるものなの?
それに、意見の対立でギスギスしていたなら、城は警戒していたはず。それなのに二時間以内で決着するほど、警備が緩かったとは到底思えない。ヤコブの言うように、これは確実に何かがある。
私が考え込んでいる間に、ヴォルフガングは優し気にシヴァを見つめた。フライパンみたいな大きくて硬そうな手で、彼の頬を優しく撫でる。
「姿が見えないから、どうしているのかと思ったはいたんだがなぁ。こんなに大きくなって……元気そうで良かったなぁ」
その手のぬくもりと彼の優しさに、シヴァが涙目になるのが分かる。それを振り払うように、シヴァは私の方を向いた。私の手を引いて、どんどん屋敷の方へ歩いてしまう。
「もう寝るぞ。風邪をひく」
それは、泣き顔を見られたくない強がりなのか。それとも、私に素の状態でヴォルフガングと一緒にいるところを見られたくないのか。
戸惑いながら振り向くと、庭の中央でしゃがんだままのヴォルフガングが、やれやれと言った様子で笑っていた。
「おやすみなさい」
私が声を掛けると、ヴォルフガングはひらひらと手を振って見送ってくれる。
またどこかで、ゆっくり話せる機会があるといいな。シヴァの過去のこととか、もっと色々聞いてみたい。外気は肌寒かったが、なんだか心は温かかった。
***
翌日。私達はヴォルフガングの家を出発した。折角だからと、ヴォルフガングは少ないはずの在庫で朝食まで御馳走してくれて、軽食も持たせてくれた。
「また来ても良いですか?」
出発直前、馬車まで見送りに来てくれたヴォルフガングと話すと、彼は相変わらず優しそうに微笑み返してくれた。
「もちろん。シルヴィアも、また思い出話でもしよう」
「お世話になりましタ」
ロミーナがお辞儀し、馬車に先に入っていく。私も後に続き、最後に入ってきたシヴァが馬車のドアを閉めた。
シヴァは窓越しにヴォルフガングを見ると、挨拶をするように軽く手を振る。彼は彼なりに、別れを惜しんでいるようだ。
ギィ、というきしむ音を立てて馬車は動き出し、荒れた庭を抜けていった。ヴォルフガングは馬車が見えなくなるまで、その巨体を門の前に立たせて、私たちを見送っていた。
ヴォルフガングの屋敷での滞在では、旧ソプレス王国の滅んだきっかけでもある戦争について謎が残った。これについては、慎重にアレクサンドと調べて話を付けていかなければならない。
その際には、シヴァに話を聞くこともあるだろう。トラウマをえぐらないよう、行動は慎重にしないと。私はこれからやるべきことを想像すると、昨夜書いたメモを握り締めた。
道中、私達は例の小麦を支給した町へ留まり、小麦の今年の収穫量を確認した。しっかり増加しており、これならば来年からは一年食べていける量は十分確保できる。余剰分は隣町ともやり取り可能だろう。
それを確認して、私達はアマトリアン辺境伯邸に戻った。屋敷に到着した頃には、もうすっかり暗くなっている。
「ロミーナ嬢を一人にさせるのは心配ですし、屋敷に着いたら行動を共にしましょう」
道中、私達はそう約束していた。一人にすれば、きっと辺境伯夫妻はまたロミーナを呼びつけて嫌がらせをしてくる。それを防ぐためだ。
私達は手を繋ぎ、一緒に私の客間へ向かった。ベッドは広いし、恐らく二人で寝るのに支障はない。部屋に到着すると、シヴァにはロミーナの部屋から荷物を運んでもらう。一部話を聞いてくれそうな使用人がいれば、手伝ってもらうつもりだ。
シヴァがいないうちに私だけでも部屋義に着替えてしまっていると、ロミーナはソファに座りながら呟いた。
「リリアンナ嬢、ありがとうございまス」
「気にしないで下さい。大事なお友達のためですから!」
元気に返事をすると、ロミーナは笑顔を見せてくれる。
そうこうしている内に扉がノックされ、シヴァが顔を出した。箱に綺麗に仕舞われた部屋着をテーブルに置くと、明日の着替えをクローゼットに仕舞ってくれる。
ロミーナとずっと一緒にいる分、私が動けないためシヴァのやることが多いのは申し訳ない。それでも彼は、自分の仕事だと淡々とこなしてくれていた。
ロミーナが着替える頃には、シヴァは素早く部屋を出ていく。次は紅茶の準備をしに行くのだ。
「……リリアンナ嬢ハ、使用人もいるのに着替えは一人でするんですネ? シルヴィア嬢もいるのニ……」
ロミーナの着替えは私が手伝った。まあ、普段からこの屋敷ではロミーナ一人で着替えることも多いらしく、手慣れている。
そんな彼女とは違い、公爵令嬢である私が一人で着替えられるのが珍しいのだろう。不思議そうにロミーナがそう言うが、あえて返事はしなかった。
女装しているとはいえ、シヴァはあくまで男性。着替えの手伝いなんて、服を運ぶとか背中のボタンを留めてもらうとかくらいしかしたことがない。
現代日本で暮らしていたこともあり、誰かに着替えを手伝ってもらうのに違和感があるので、着替えは基本一人だ。……乳母であるバルバラがいると、無理に手伝ってくるのだが。




