第90話 夜の密会
その日の夜。寝る準備が終わって部屋のカーテンを閉めようとすると、庭先でシヴァとヴォルフガングが一緒にいるのを見かけた。
知り合いだと言うし、積もる話もあるんだろうと思うが、どうしても気になってしまう。
シヴァの過去を私は何も知らない。ヤコブから教えてもらったのも、ソプレス王国の高位貴族出身と言う話のみ。後知っているのは、シヴァを追っている怪しい人がいるという話くらい。本名すら教えてもらってないのだ。
二人の邪魔をするのも嫌だが、気になるものは気になる。しばし考えて、こっそり盗み聞きすることに決めた。
うん。シヴァには後で謝ろう。
私は部屋のローブを羽織り、そっとドアを開けた。足音を立てないよう慎重に移動する。庭に面した裏口から、二人の声が聞こえる方に注意深く近づいた。
庭の一角、暗闇に紛れるように生い茂った生け垣の陰で、二人が何かをしている。すぐ近くの木に私は身を潜めた。夜の冷たい空気が肌を刺す。そんな空気を切り裂くように、剣が空を切った。
シヴァはシンプルなシャツとズボンに着替えていた。黒髪のウィッグを付け、編み込んだ髪型は女性らしいものの、服装は男性っぽいものだ。
対するヴォルフガングは先程の服装と変わらない。暗闇の中、二人が剣を交わす動きに合わせて金属音が鳴り響く。
剣を振るシヴァは、あまり見たことがない。真剣な表情で相対している彼は途方もなくカッコいい。
そうやって見とれていると、シヴァの剣がはじかれて飛んでいく。次の瞬間には、ヴォルフガングの剣先がシヴァの喉元で止まっていた。
「また負けた! くそっ!」
シヴァはため息をつくとしゃがみ込む。ヴォルフガングは息一つ乱さずに笑っていた。
「はっはっは! ワシに勝つには100年早いわ。まあ、昔よりは強くなったな」
「その余裕が腹が立つ……魔法さえ使えれば勝てるのに」
「それ、昔も言っておったなぁ。そして負けた」
「あー……そうだったな。なんであの状況で負けるんだか」
気を取り直して立ち上がったシヴァは弾き飛んだ剣を取りに行くため、こちらへ振り向く。隠れるのが一瞬遅れて、ばっちり目が合ってしまった。
「……リリー?」
慌てて木の裏に隠れたが、シヴァが速足でこちらに近付いてくるのが分かる。
うわー、これは絶対怒られる! 私は慌てて立ち去ろうとした。しかし、やはりシヴァの足の方が早い。
すぐに追いつかれ、屋敷の壁に手をついて私の行く先を塞ぐ。いわゆる壁ドンと言うやつで、こんなことされるのは始めてだった。すぐ近くにシヴァの顔があり、私の顔がみるみる赤くなっていく。
「ご、ごめんシヴァ! 何してるのかなって気になっただけで、別に邪魔するつもりはなくてですね」
「……いつから見てた?」
「訓練の途中からだなぁ。あの、剣が吹っ飛ぶ前だ」
ヴォルフガングが呑気に返事をする。その言葉にシヴァは振り返って彼を睨みつけた。
「気付いたなら早く言えよ! 危ないだろうが!」
「おいおい、負けるところを見られて恥ずかしいからってワシに当たるな」
図星だったのだろう。シヴァの顔がみるみる赤くなる。こんな子ども扱いされている彼はあまり見たことがない。面白いというか、意外性があって可愛いというか。
ため息をつくと、シヴァは私の肩に顔を埋めた。
「……忘れてくれ」
無理だ。こんな可愛い姿、忘れるはずがない。
「なんだ、モンリーズ家のお嬢さんとは良い仲なのか」
からかうように笑いかけてくるヴォルフガングに、シヴァは顔を上げると再び睨みつける。つかつかと近寄ると、片手でぐいぐいと彼を押した。
「もうお前帰れ! 寝ろ!」
「おいおい、久々の再会なのに手荒にするんじゃない」
まるで家に彼女が来てしまった時の反抗期の息子のようだ。あまりに可愛くて私はつい笑ってしまった。
私が笑っているのを見て、シヴァは動きを止める。
「……リリーに免じてだからな」
ため息をつくとシヴァは剣を片付けに行った。残されたヴォルフガングは私に近寄る。大柄な彼はしゃがみ込み、私と目を合わせてくれた。髭もじゃの顔から優しそうな目が覗いている。
「どうも、モンリーズ家のお嬢さん。あいつと仲良くしてくれているようで、ありがとう」
「いいえ。こちらこそ、シヴァの意外な一面が見られて嬉しいわ。ヴォルフガング様は、シヴァとはどういうご関係なんですか?」
「ワシはソプレス王国の騎士団長をしていましてな。ユリ……」
「その名は言うな」
にこにこと話していたヴォルフガングの頭に、シヴァの手刀が刺さる。いつの間にか、もう戻ってきていた。シヴァの本名が聞けそうだったのに、惜しい。
「えっと、こやつの剣の先生もしていたことがある……今は何と呼べばいいんだ?」
「とりあえず、シルヴィアで」
腕組みをして唇を尖らせながら言うシヴァに、ヴォルフガングは口髭を弄りながら返事をした。
「女性名か。ドレスも着ていたし、女装趣味だったとは知らなかった」
「趣味じゃねえ。身を隠す必要があるだろうが!」
「おお、そうだったそうだった」
なんとも呑気だ。腕っぷしは強いが、どうにも頭脳系は得意ではないらしい。
そんな二人の様子が仲睦まじくて、戦争が起きる前のシヴァの幸せな生活の一端を見られているような気がして嬉しくなる。
それにしても、ヴォルフガングは騎士団長だったのか。それは強いはずだ。
「いや、まさかあの最中に生きているとは思わなくてな。会えるとは思わなんだ」
「逆にお前は絶対生き残ってると思っていたよ」
どうやらあの内乱時の話らしい。
ヤコブの言葉を思い出す。詳しく調べてみた方が良いと、彼は言っていた。これは良いチャンスかもしれない。
「確か、内乱があったんですよね……? 大勢が亡くなったんでしょう? 災害が根本的な原因とはいえ、なんだか嫌な話です」
とりあえず試しに話を振ってみる。嫌な話だと思うのは本当だ。現代日本では戦争とか紛争なんて遠くの国の話で、関わったり目の前で見たりしたわけではない。
ただ、良くないもの。絶対に起こしてはいけないものと言う意識や考えだけは、しっかり私の中に根付いていた。
今まで聞いては来なかったが、シヴァはどんな怖い思いをしただろう。今平気そうにしているヴォルフガングも、大事な人が亡くなったりしたかもしれない。そう想像すると、胸が痛くなる。
悲痛な表情をしているのが伝わったのか、ヴォルフガングは困ったように眉を寄せた。
「モンリーズ家のお嬢さん、別に死者はそんなに出ていない。10人にも満たなかったよ」
「そうなんですか⁉」
「そうなのか⁉」
シヴァと私はほぼ同時に声を上げた。びっくりしてお互いにぽかんと見つめ合ってしまう。なんで、シヴァまで不思議そうな顔をしているんだろう。




