第88話 反撃開始
恐らく何らかの不正に手を出していそうな両親。それに巻き込まれそうになってはいるが、両親に見放されたら生きていけないロミーナは従うしかない。婚約者であるステファンにも迷惑はかけられず、一人で板挟みに苦しんでいたようだ。
「このままではいけないと分かってはいますガ、どうしたらいいカ……」
悩むロミーナの姿は学園で見せるしっかりした先輩の姿からはかけ離れていた。本当の彼女は、こんな風に気弱で大人しい女の子なのかもしれない。
どうにかしてあげたいが、証拠が無いことには立件も出来ないし、何より夫妻に何かあればその火の粉はロミーナにも飛び掛かるだろう。無茶なことは出来ない。
「元気を出して下さい。私達は一緒に学園生活を送ってきた仲間じゃないですか」
ロミーナの冷たい手を両手で包み込み、笑顔を向ける。彼女はまだ不安そうにしながらも、少しだけ微笑んだ。
「そうだ! 何か夫妻を牽制できそうな証拠を手に入れておいてください。私からアレクサンド様に伝えて、下手なことが出来ないように脅し付けてもらいましょう!」
「アレクサンド殿下ニ……?」
「ええ。私だと何も分かりませんが、ロミーナ嬢相手に油断しているでしょうから、上手くいくはずです。ちょっとした横領とか」
「横領……」
ロミーナは考え込む。そうは言われても、すぐにそれらしいものなど手に入らないだろう。
しかし、ちょうど今日彼女に尋ねたかった件がそれなのだ。上手くいけば、この件でアマトリアン夫妻を黙らせることが出来るかもしれない。
馬車が旧ソプレス王国に入った。以前小麦関係でお世話になった町の中は通り過ぎてしまい、大通りを抜けて隣町へと向かう。移動しながら、徐々に馬車は大きく揺れ始めた。
魔法で衝撃を吸収している設計とはいえ、それでもここまで揺れるのは珍しい。ちらりと窓の外を見ると、そこは町同士を繋ぐ主要道とは思えないほどひどい状態だった。
道には大きな轍や石がゴロゴロしており、全く整備されていない。雨が降れば泥沼になってしまうであろう荒れようで、移動する馬車や荷馬車が頻繁に立ち往生する様子が目に浮かぶ。これではろくに通行などできはしない。
「相談したいって言ったのが、ここなんです」
道の途中で馬車を止め、三人で降りる。靴に容赦なく泥がつくが、気にしてはいられなかった。
「ここを整備するっていう指示は、ちゃんとしたはずよね?」
「はい。書類も残っています」
私がシヴァに声を掛けると、彼は準備していた書類を取り出した。それは、アマトリアン辺境伯夫妻に頼んだはずの、公道整備についての書類の写しだ。
不安そうにキョロキョロと周囲を見渡すロミーナに、その書類を渡した。
「……これハ、どういうことですカ?」
書類の意味を理解したのか、ロミーナの表情が冷たくなっていく。その真剣な表情は、学園祭で共にあの大量の書類整理をした時の、冷静沈着な時のものだった。
ロミーナに渡した書類には、今回の公道整備についての計画。それに際して割いた予算。また、その予算を使用し現場で適切に使用して欲しい旨と、その管理者としてアマトリアン辺境伯を命じてある証拠が残っていた。
指示を出し、契約を交わしたのは三か月前。それなのに全く手を付けられた様子はない。これはあまりに遅すぎる。
念のため辺境伯に丸投げせず、支援物資を届ける人達に毎回進行具合をチェックさせていて本当に良かった。いくら一つの町が豊かになっても、隣接する他の町や村も豊かにならなければ意味がない。だから、まずは公道の整備をしようとしていたのだ。
「アマトリアン辺境伯からは、専門家を呼んで調査するのに時間とお金がかかっていると伺っています。しかし、なんだかおかしい気がして……」
「専門家の要請費用はこんなに高くないはずでス。失敗したから再度頼んだというのモ、不自然ですネ。調査を失敗したにしてモ、誤った部分だけやり直せば少額で済むものヲ、再び同額をかけてやり直すなんテ」
ロミーナは何度も予算報告書をめくる。指摘しているのは、私が気になっていた箇所と同じだ。彼女の方が先輩で経験も多い分、専門家の要請金額まで把握していて頼もしい。
「どうですか? ……これで、アマトリアン辺境伯から横領の証拠を手に入れられれば」
「両親を告発するト、こちらが強気に出られル……」
「私のレポートも、公道整備しましたと報告すれば済みますしね。ロミーナ嬢も、不正を暴きましたと報告すれば一石二鳥じゃないですか?」
ロミーナは書類を握り締めると、不敵に笑う。アプリコット色の瞳がはっきりした意志を持って輝いていた。
「一度でも反撃すれバ、両親の横暴も収められル……この程度だト、告発しても横領金額の返還と同額の賠償金請求のミ。でモ、両親を失脚させられる証拠を手に入れてあると脅しておけバ、私を下手な所に売り飛ばすようなことはできないはズ……隠すとしたら寝室のあの辺りト……書斎なら書棚ノ……」
細かい事情はよく知らない。それでも、ロミーナは何かを考えているのか忙しなく瞬きをしていた。考え事をする時の癖だろうか。
しばらく待っていると、考えがまとまったのか急にロミーナは顔を上げた。その顔にはすっかり生気が戻っている。
「リリアンナ嬢、ありがとうございまス! これがあれバ、なんとかなりそうでス」
「それなら良かった。私達も、もちろん協力しますから」
ロミーナと手を取り合い握手を交わす。早速作戦会議だ。




