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第八話 おねだり

 次の日、シヴァは丁寧に教えてくれた。【魅了】のような性質を持ってしまうのは、魔力の保有量が多い人間に起こりやすい現象だ。

 魔力とは体内に流れている目に見えないエネルギーで、これが無くなると生き物は死んでしまう。魔力の保有量が多い人間は、血液がドロドロになると血管が詰まってしまうように、魔力の流れが体のどこかで停滞してしまうらしい。この停滞した箇所によって、性質は変わる。元々【魅了】は誰しも持っていて、好きな相手に自分を好きになって欲しくて放つフェロモンのような物なのだとか。

 通常は微かに放たれるだけのそれが、そこにたくさんの魔力が停滞することで強烈な影響力を持ち生活に支障をきたしてしまう。それが性質と呼ばれる物。この性質は子供の時だけで、ちゃんと魔力を循環させる訓練をすれば徐々に消えていくものらしい。だが、あまりにも幼い内に訓練を始めてしまうと子供の理解と魔力の操作が追い付かずに事故が発生する。それを避けるために魔力操作の訓練は、基本的には7歳以上と決まっているのだとか。平民も7歳以上から魔力操作の方法を教わるらしい。


 ここまで説明されて、ようやく事態が呑み込めてきた。リリアンナは平民よりも魔力の保有量が多い貴族の中で、さらに強い魔力を持っている。道理で強かったはずだ。

 ゲーム内で主人公のパラメーターを上げる際、定期的に試験が行われる。その時に学年順位が発表されるのだが、魔力に関してはリリアンナと攻略対象の一人がトップを独占していたのだ。この二人を抜いて魔法の成績をトップにするには、他の成績を諦めざるをえないくらいだった。生まれながらに強い魔力があることが分かっていたリリアンナなのだ。そりゃ勝ち目がない。

 色々と納得しつつ、目下必要なのは魔力操作が出来ることだと判断する。あんな目に会い続けたら、身体がいくつあっても足りないもの。




「おとうさま」


 シヴァの説明を聞いて、さっそく私はお父様にお願いすることにした。もちろん、通常より2年早く魔法の教育をさせてもらえるように。執務室の扉を開けて、隙間からひょっこりと顔を出す。声を掛けると、お父様は仕事の時の険しい顔を緩めて微笑んだ。


「リリー」


「お嬢様、どうなさいましたか? シルヴィオは?」


 傍で仕事の補佐をしていたルネが、こちらまで来て扉を開けてくれた。私の後ろから一緒に出てきたシヴァを見た彼女は、キッと眉を吊り上げる。


「お嬢様が手を挟んだらどうするの! 扉を開けて差し上げなさい」


「自分でやりたいって言うんだから、しょうがないだろ。挟みそうになったらすぐに動く」


「またそんな屁理屈を……」


「外ではちゃんとするからさ、ルネさん」


 あれからシヴァとルネは緊張が解けて仲良くなっていた。勉強の時や執事としての仕事の補佐をしている時以外、シヴァは彼女にも敬語を使わずフランクに話す。彼女はそれに対して怒らないし、何だかんだ優しくフォローに回ってくれるようになった。二人の関係は、明らかに良くなっている。それが凄く嬉しい。


「どうしたんだ? リリー」


 そんな二人のやり取りを尻目に、私はお父様の元へと駆け寄る。


「おとうさま、わたし」


 駆け寄った私のことを抱き留め、お父様は頭を撫でてくれた。そのままの勢いで、しっかりと目を合わせて私は宣言する。



「わたし、まほうがつかえるようになりたい!」



 その言葉に、お父様は目を見開いた。どこで魔法について知ったのかはそうだし、まだ扱える年齢に達していないからと娘の頼みを断らなければならないこと。だがそれ以上に、【魅了】を抑えるためには早めに魔力制御を習わせた方が良いこと。様々なことが頭を巡ったのか、彼はしばらく呆然として何も言わなかった。

 後押しするためにお願い、という意味合いを込めて上目遣いで精一杯可愛い子ぶってみる。


「お嬢様、魔法なんてどこで……シヴァ?」


 ルネがシヴァを睨むと、素知らぬ顔でシヴァは目を逸らす。悩みすぎて天を仰ぎ始めたお父様と、思わずため息をついたルネの視線が交わった。


「どうなさいますか?」


「どうもこうもない。……教員の手配は?」


「ちょうどシルヴィオにも手配しようと調べておりました。可能です」


「事故防止の施設は?」


「離れの一室をお借りする予定で建設中です」


「そういえばそうだったな……」


 大人二人の会話が進む。どうやらシヴァに魔法を習わせるつもりで二人とも準備中だったのだ。これは良い。もう一押しと、握っていたお父様の服の裾をぎゅっと握りしめる。


「シヴァもまほうをならうんですの?」


「ああ、うん。そうだな」


「わたしもいっしょにおしえてもらえるのね」


 無邪気な娘の笑顔に顔を青ざめて黙ってしまうお父様。恐らく大人になってからこんなに緊張することは無かっただろう。冷や汗をかきながら彼は私の肩に手を置いた。


「いいかい、リリー」


「はい」


 一度深呼吸して平静を装う彼に、何も知らない娘の振りをして笑みを返す。騙しているようで心苦しいけどしょうがない。今回は折れて下さい、お父様! いつもがどうだったかは知らないけど。


「……ちゃんと先生の言うことを聞くんだよ」


「はい!」


 娘のおねだりに、あっさりお父様は陥落した。呆れた顔で見てくるルネの視線が痛い。こうして私は、なんとか魔力制御の訓練をする機会を手に入れた。【魅了】さえ無くなれば、男嫌いになる原因が無くなる。私が男嫌いにならなければ、シヴァを迫害する理由は無くなるのだ。

 明るい未来へ一歩歩き出せたことを喜んで、私はお父様に満面の笑みを向けた。




***




「予定よりも早く訓練を開始することになりましたね」


 大人二人が残された執務室で、そうルネは話し始めた。その隣でアードリアンは頭を抱えている。


「このまま【魅了】の効果が薄れれば、お嬢様を長距離移動させることも可能でしょう。となれば、断りきれなくなります」


「分かってる。将来的にはそうなることは」


 アードリアンが頭を抱えていたのは、リリアンナが魔法の訓練を開始する不安だけが原因ではなかった。


「だが」


 彼は視線をテーブルへと向ける。多くの書類が置かれている中、届いた手紙が入れられているケース。その一番上に、問題の手紙がある。模様のある真っ赤な封筒。縁には金の意匠が施されており、その他の手紙の中でも異彩を放っていた。


「まだ手放したくないと思うのは、親心からかな」

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