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第七話 魔法と性質

 あれから毎日のように私は書庫に足を運んだ。慣れない文字は読むのに時間はかかるし頭も使う。嫌になるけれど、頼みの綱はここしかないのだ。お父様や乳母等の大人達は、あの日の事件について何も語らなくなっている。とても今から訊きに行ける雰囲気ではない。


「無い頭捻って毎日懲りないな」


 自由時間を共に過ごすシヴァは、私に合わせて書庫に来てくれている。何を探してるのかは、訊かれても教えていない。だって、心配はさせたくないし、たった5歳の女の子が何故こんなことに頭が回るのかなんて言われても、答えようがないんだもの。


「ちゃんとかんがえてるもん!」


「どうだか」


 反論するが、彼はからかうような態度で読んでいた本を一冊差し出してきた。訳も分からず、つい受け取ってしまう。


「なに?」


「読めるか?」


 失礼な!

 馬鹿にした態度に反抗するため、本を開く。細かく並んだ文字に一瞬目眩がするが、負けるものかと踏み留まる。


「この、しょうで、は……かんやく? かんりゃく、てきな、まろう……」


「ああ、うん。無理言って悪かった」


 一生懸命読んだのに、呆れられてしまった。一体何が言いたいんだろう。


「何を探してるかは知らないが、この一文読むのにこんだけ時間かけてたら一生終わらねぇぞ」


 正論を言われてぐうの音も出ない。まさしく完敗だ。会話は不思議と成立するのだが、読み書きとなると日本語とは全く違う。教師から教わっているから、日本語で言う平仮名に当たるものはなんとか理解出来る。だが、まだそれをスラスラと読むことは出来ないし、それを単語として区切り理解するのには時間がかかるのだ。

 両手を上げて降伏のポーズをしながら、唇を尖らせて不服そうな顔をする。そんな私を見て、彼は半笑いで本を私の頭に乗せた。さすがに毎日の教育のおかげで姿勢が良く、頭に乗った本が倒れることはない。


「じゃあ、シヴァはよめるの?」


「この章では簡略的な魔方陣の描き方による、魔力消費量軽減について解説する」


 先程の本を手に取ると、私が手こずった文章をさらっと読んでしまう。いくら年上とはいえ、そこまで離れてはいないはずなのに。彼は一体何者だろうか。そんな疑問を抱えながらも、私は大事な言葉を聞き漏らさなかった。


「まほう?」


「まだ習って無かったか?」


 そうだ、すっかり忘れていた。ここは魔法も存在するファンタジー世界! 私もいつか魔法で空を飛んだり出来るようになるんだろうか。

 期待を込めた私の視線を受けて、シヴァはため息をつきながら指を鳴らす。すると、その指先に小さな火が灯った。ライターよりも小さい火だが、明るさは十分で少し暗い書庫が照らされている。


「すごい!」


「これくらいなら平民でも出来る」


「わたしもやりたい!」


「やめとけ。下手すりゃ火事になるぞ」


 頭に乗せていた本を手に持ち、魔法を教えてもらいたくて詰め寄るがシヴァは冷静だ。断られはしたが未練がましく見つめていると、観念したのか彼はため息をついた。


「……基礎理論だけな。実技は教師が派遣されるまではやるな」


「わかった!」


 元気良く返事をすると、シヴァは本棚をしばらく眺めて一冊の本を持ってきた。比較的薄く可愛らしい挿し絵もついたもので、子供向けの本だとすぐに分かる。そのページをめくりながら、彼は教えてくれた。


「この世界の生き物は、魔力と呼ばれるエネルギーを持っている。それを別の物に変換することを魔法と呼ぶんだ。例えば」


 シヴァは立ち上がると、書庫の出入口にある照明のスイッチを押した。今までついていた明かりは消え、ドアからの明かりのみが部屋を照らす。もう一度スイッチを押すと、明かりがついた。何が言いたいのか分からず首を捻る私に彼は続ける。


「これは指先からオレの魔力を吸いとって、明かりに変換してるんだ。明かりがついてる間、スイッチで簡易契約を結んだオレの魔力を使って明かりは維持される」


 なんとなく使っていた明かりがそういう仕組みでついていたとは知らなかった。生活に必要なものがあまりにも現代と似通っていて、当たり前のように使っていたのだ。私の西洋についての知識が浅すぎて、ここは変だと感じることもない。


「それじゃ、シヴァのまりょくはどうなるの? なくなっちゃう?」


「こういう一般に流通してるものは、魔力消費量が極端に少なくなるよう改良されてるからな。丸一日つけっぱなしでも消費量は0.1%にも満たねぇよ」


 何気に凄いことをしていたのか。この書庫に入った時、明かりをつけたのは私だ。つまり、気付かぬ内に私も魔法を使っていたということ。その事実に、なんだか感動してしまう。


「平民よりも圧倒的に魔力量が多いのが貴族の特徴だ。その魔力で生活を豊かにしたことが認められてきて、今がある」


 シヴァの持ってきてくれた本を見る。ページをめくると、豪華な服を着たおじさんが杖を持って火の玉を出している。隣の粗末な服を着た男の出す火の玉は、とても小さい。


「簡単な導入だったが、分かったか?」


「うん、ありがとう」


 笑顔でお礼を言うも、シヴァは押し黙っている。何だろうかと視線を合わせると、彼は静かに口を開いた。


「旦那様の言ったこと、覚えてるよな?」


 何の話だろうかと、思案する。お父様が言っていたことについての記憶はあるが、今の話はどこに該当するのだろう。

 頭を捻る私に、シヴァは軽くデコピンをしてくる。地味に痛い。


「オレを頼れ。頼めば出来る範囲でやってやるから」


「シヴァ……」


 お父様の『大人を頼りなさい』という言葉を思い出す。私からしたら、シヴァは年上だ。頼っても良い相手なのだ。

 その事実を指摘して、胸を張るシヴァはとても可愛い。それと同時に、心臓が脈打ち頬が赤くなったのを感じた。たまらずシヴァに抱きつくと、そのまま優しく頭を撫でてくれる。


「わたし、おおきくなったらシヴァのおよめさんになる……」


 実際は到底無理な話だ。公爵家の令嬢と男爵家の遠縁の親類。

 本家が貴族とは言え遠縁になるばなるほど身分が下がるのは当たり前で、貴族として最底辺の男爵家の遠縁は平民でしかない。いくら私が彼を好きで、そう望んでも叶わない現実がそこにある。でも、5歳の子供なら言っても許されるだろう。どうせ幼い頃の冗談だ。

 そう分かっていて小さく呟いた言葉に、一瞬戸惑ったようにシヴァの手が止まる。しかし、すぐにその手は優しく私の髪をすいてくれたのだった。




***




 気を取り直して本探しを行おう。

 とはいえ、若干飽きてきてしまったし、魔法なんていう興味を引かれるものを見つけてしまったのだ。とりあえず一冊くらい魔法についての本を読破してみたい。そう思い、先程の子供向けの本を読んでくれと私はシヴァにせがんだ。嫌そうにすることもなく、彼は本を読んでくれる。

 書庫の中央にあるソファで二人寄り添って本を読んだ。この世界の魔法について、なんとなく理解出来てきた頃。それは、最後の章に書いてあった。


「魔法に才能を持つ人物を見分ける方法として、性質というものが上げられる。まだ魔力の制御が出来ない子供は、特殊な性質を有することがある。例えば【魅了】では異性を虜にしてしまい、周囲からの執着により生活が困難になる事例が報告され」


「まって」


 今、すごく大事なことを聞いた気がする。まさか探していたことが、こんな子供向けの本に書かれていたなんて。もう一度読んでもらって確認するが、間違いない。きっとこの性質というものは、リリアンナを男性嫌悪に陥れた元凶だ。

 【魅了】はゲームや漫画で似たような物が出てきた記憶があるので、なんとなく理解出来る。異性を惹き付けてしまう魔性みたいな物だったはず。それならば、あの男の不自然な発情も理性のきかない様子にも説明がつく。そして、リリアンナの男性嫌悪も。常に周囲の男性を発情させまくっていて、それが無自覚ならば理由が分からず嫌にもなるだろう。だから屋敷内には女性しかいないのか、と納得する。

 私が考え込んで黙っていると、シヴァは静かに本を閉じた。


「休むか? 疲れただろ」


「……うん」


 言われるがままにソファに寝転ぶ。それを見ると、シヴァは上着を脱いで優しく体にかけてくれた。ソファ横の床に座り込むと、彼は私のお腹を心地好いリズムでぽんぽんと叩く。彼の横顔を眺めてからそっと目を閉じながらも、私の頭は働いていた。


 彼と一緒にいたい。

 結婚なんて出来なくても良いから。


 そのために何をしたら良いんだろう。とりあえず、今後第一王子との婚約があるのは分かっている。もし婚約から結婚なんてことになったら、きっとシヴァと離れ離れになってしまう。シヴァはモンリーズ家の執事であって、私の執事じゃない。ゲームや漫画でも、結婚の時は誰も連れずに身一つで嫁いでいた。

 婚約は絶対に断ろう。第一王子と結婚しない場合、他の誰とも結婚しないでいるにはこの家を継ぐしかない。女性が家督を継げるのかは分からないけど、それが一番良い。そのままシヴァと一緒にこの家で暮らして独身生活を謳歌してやる。

 逆に結婚相手にモンリーズ家に入ってもらうことも考えたけど、シヴァの前で別の男性といるなんて絶対に嫌だ。その男性だって【魅了】で私に惹かれているだけかもしれないのに。一通り脳内で今後の目標を定め、ふと思い出す。


 どうしてお父様とシヴァは私の【魅了】にかかっていないのだろう。

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