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第六話 疑問

「おい、朝だぞ」


 次の日の朝、私はシヴァに揺すり起こされて目を覚ました。結局、私は椅子に座ったまま眠ってしまったらしい。


「シヴァ?」


 ちゃんと目が覚めたことに安堵して、慌てて顔を上げるとすぐ近くにいた彼と目が合った。頭に包帯を巻いてはいるが、痛みも無いようで平気そうな顔をしている。


「よかった!」


 安心した私は彼を抱きしめようとして、自分が彼の手を握ったままだったことに気付いた。思わず顔を真っ赤にして手を離した私を、優しくシヴァは抱きしめる。


「無事でよかった」


 そう言われてようやく落ち着き、私もシヴァを抱きしめ返した。


「うん。 シヴァがぶじでよかった」




 それからシヴァが目覚めたことを侍女に伝えると、お父様達が慌てて私たちの部屋に駆け込んできた。もちろんシヴァも昨晩の私と同じように皆から叱られている。でも、最後にお父様は私たちが無事だったことに安堵し抱きしめてくれた。


「二人共、ちゃんと帰って来られて良かったよ。 もう無茶はするんじゃないぞ」


 小言を言うことも忘れない。反論できず黙っていると、人差し指でお父様はシヴァの額を突いた。


「特に、シヴァ。 ああいう時はまず大人や憲兵に声をかけておくべきだ。 お前もまだ子供なんだから、一人で動かず大人を頼りなさい」


「……はい、すみません」


 反論出来ず、しゅんと落ち込んでしまう。基本は無表情なはずなのに、随分感情表現が豊かになったものだ。彼の変化が嬉しくて、ベッドに頬杖を付ながらその光景を眺めていると、部屋の扉が大きく開いた。


「シルヴィオ!」


 入ってきたのは、険しい顔をしたルネだ。足音を立ててこちらへ歩いてくると、周りが制止する間もなく、彼女はシヴァの頬を叩いた。


「申し訳ありません!」


 その勢いのまま、彼の頭を掴んで無理に下げさせる。彼女も隣で深々と頭を下げた。


「私の監督が行き届かず、お嬢様を危険に晒しました。 どうお詫びすれば良いか……」


「まあ、落ち着いて」


 言葉に詰まる彼女を、お父様は宥める。それでも彼女は頭を上げることはない。シヴァの表情を伺うと、叩かれた頬を赤く腫らせて呆然としていた。そのままルネは謝罪を続けている。

 これは良くないことだと、すぐに察した。ゲーム内でのシヴァは、使用人として厳しく育てられていた。モンリーズの屋敷では、皆彼に冷たいらしい。


『しょうがないんですよ。 私がお嬢様を危険に晒したから、きっと見捨てられたんです』


 ヒロインとの会話で、少し寂しそうにしながら話すシヴァの立ち絵が思い浮かぶ。これはきっとシナリオ通りの流れなのだ。この事件をきっかけに、シヴァは屋敷内で孤立し、リリアンナに苛められ心を閉ざしてしまう。そして、自暴自棄になりリリアンナの動向をヒロインに横流しするのだ。

 止めなくてはいけない。自分の身の破滅だけじゃなく、彼が孤立した生活を送らないためにも。


「ルネ、はなしてあげて」


 私の言葉に、微かに頭を上げた彼女が私に視線を向ける。


「シヴァ、あたまをけがしてるの。だいじにしなきゃ」


「そうだぞ、ルネ。子供を叱るのも大事だが、まずは保護しなければ」


 お父様の言葉に、彼女はようやく冷静になれたのかおずおずと手を引っ込める。解放されたシヴァを安心させるように、私は彼の手を握った。呆然としていた彼もようやく頭が回ってきたのか、私の手を握り返してルネへと顔を向ける。


「申し訳ありません、執事長。こんなことは、もう二度と起こさないと誓います」


 深く頭を下げたシヴァに、彼女は先程叩いた手を握り狼狽えてしまう。明らかに困惑しているのが見てとれた。

 ルネは、辺境の男爵家から身一つでここまで成り上がってきた女性だ。ただでさえ貴族内では低い地位の彼女が、公爵家の執事長を勤めるなど並大抵の努力ではないだろう。特にこの世界の貴族の女性は、外で働き自分で稼ぐことなどない。大抵は早々に結婚し、家庭に入り夫の庇護の下生活を送る。そこから抜け出して生活するためには、失敗など許されない。

 ここまでの情報は、全てリリアンナの記憶が教えてくれた。今回の出来事は、必死に生きてきた彼女の初めての失敗なのだ。

 シヴァは彼女の親類ということになっている。彼の保護者はルネだ。


「ねえ、ルネ」


「……は、い。お嬢様」


 勝ち気で真面目な彼女に配慮して、精一杯優しい声を出す。



「シヴァのこと、ほんとのかぞくだとおもってるのね」



 私の言葉に、皆が目を丸くした。


「かぞくだから、しんぱいでこんなにおこってるんでしょう?」


 本心が違ったとしても、そうしておけば誰も傷つかないはずだ。失敗を責め続けられてしまう少年も、自責の念から子供に厳しくしすぎてしまう女性もいなくなる。

 お願いだから、肯定して。

 祈るように、シヴァと繋いでいた手を強く握る。どんな反応が返ってくるか分からず不安になっていた私の予想とはかけ離れた姿を彼女は見せた。


「え?」


 そう呟くと、彼女は顔を真っ赤にする。堅物な彼女の普段見ることの無い姿に、皆唖然としてしまう。


「そ、そうですね。私の身内? ですし? こういうことは、はっきり言っておかないと我が家の体面が……」


 色々言っているけど、その発言は要するに【既にシルヴィオは我が家の子】と完全に思っているのでは? 彼女、もしかしてツンデレ?

 思わぬ反応に驚きつつ、笑ってしまう。つられて周囲の皆も笑っていた。


「そんな笑わなくたって……家に年下なんていなくて、どう接すれば良いか……私だって色々悩んで」


 話せば話すほど、墓穴を掘っていますよルネさん。


「いや、それなら良かった。半ば無理に君の親類にしたものだから、嫌がってないか心配だったんだ」


「はぁ……」


 お父様は笑いながら彼女の肩を叩く。笑いすぎて出た涙を拭うと、お父様は次にシヴァに向き直った。


「良かったな、シヴァ。 彼女はもう君を身内だと認めているぞ」


「それは、ありがとうございます……叔母さん?」


「そんな年じゃないわ!」


「じゃあどう呼べば……」


 シヴァに『叔母』と呼ばれて焦る彼女を見て、更に周囲が笑い転げる。

 良かった。これは上手くいった。もしかして、シヴァが不幸になるシナリオを1つ潰せたんじゃないだろうか。

 楽しげにルネと話すシヴァを見て、私は胸を撫で下ろした。




***




 その後、大事な話があるからと私は部屋から追い出されてしまった。残っているのは、お父様とシヴァとルネ。私の部屋なのに、私が追い出されることになるなんてどういうことだ。そう抗議したいが、あの雰囲気を見るに大事な話なのだろう。邪魔するわけにはいかない。

 乳母に連れられて軽く朝食を済ませた私は、空いた時間を過ごすために書庫に行った。別にただの暇潰しではない。大切なことなのだ。


 今回の事件は、あまりに不自然だった。平民の、それも特に貧相な生活をしている男がわざわざ身なりの良い子供に手を出すだろうか。その後でどんな重い処罰が待っているか分からないのに。

 男の様子は明らかにおかしかったし、まともな会話も出来そうに見えなかった。それに、私を連れて行こうとした理由は金銭的な誘拐目的とは思えない。どろりとまとわりつくような視線と熱い吐息。あの視線と空気には、少し覚えがある。

 男は、間違いなく発情していた。いくら美少女とはいえ、たった5歳の女の子にだ。幼女趣味だと仮定しても、おかしなことに変わりはない。それならば、もっと後腐れの無い無害そうな子供を狙うだろう。

 それに加えて、リリアンナ・モンリーズのキャラクター設定。幼少期から男性に襲われて男嫌いになったという話。男を狂わせる原因がリリアンナにあったならば、納得出来る。


「みつけなくちゃ」


 何度もあんな目に合ったら、誰だって嫌になる。でも、私はそうはなりたくない。ゲーム内のリリアンナと同じ道筋を辿りたくは無いし、それによってシヴァを不幸な目に合わせるわけにはいかないのだ。

 幸いなことに、簡単な読み書きは既に習っていた。子供ならば読めても理解出来ないだろうが私は元高校生。5歳の子供よりは賢いつもりだ。本を漁れば、きっと何かヒントになるような記述がどこかにあるはず。




 書庫に入ると、山のように積まれた紙の束と壁を埋め尽くす本が目に入る。貴族の書庫ならたくさん本があることは予想出来た。だが、まさかここまで多いとは。本棚は私の背も大人の身長も超えて高く伸びている。上の本を取るための梯子があちこちにかけられていた。こんな中から見つけられるだろうか。不安に思いつつ、背表紙を眺めていく。


【モンリーズ家家系図No.1】

【経営のための基礎理論】

【経理業務のすすめ】


 ダメだ。ここは恐らくモンリーズ家についてや、貴族としての努め、領地経営についての本しかない。隣の棚を見てみよう。


【熱帯動物の生態③】

【地理とそれに伴う気候の全て】

【リヒハイム王国植物図鑑その5】


 ここは生態系についてや動植物の図鑑。違う。慣れない文字ばかり見て、だんだん頭が痛くなってきた。

 一度休もうと、書庫の中心にあるソファに寝転ぶ。こんな調子で、目的の本は見つかるのだろうか。先行きが不安でため息を漏らした。




***




「今回のことは、本当に驚いただろう。まだ子供だからと、きちんと説明しなかった私が悪かった」


 リリアンナの私室。そこで、当主であるアードリアンは静かに話し出した。ベッドに座ったままのシルヴィオは、静かに話を聞いている。


「まず尋ねよう。シヴァ、君は」


 アードリアンのいつになく真剣な表情に、シルヴィオはどんな話をされるのかと緊張でベッドシーツをきつく握りしめた。少しの間を置いて、アードリアンはゆっくりと言葉を発する。



「【魅了】という性質を知っているかい?」


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