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第五話 危機を乗り越えて

 祭りに誘ったのは、ただの気まぐれだった。執事長に連れられて仕事を手伝う中、侍女達が祭りについて話すのを偶然聞いてしまったのだ。休暇を取って恋人と行くだとか、家族が遊びに来ているだとか、そんな話。

 くだらないと思っていたその話をしたのは、本当に気まぐれ。いつも屋敷の中にいて、外に出たこともないようなお嬢様が退屈そうにしていたから、その退屈しのぎになれば良いと思っていた。ところが期待は外れ、大人は彼女を外に連れ出すことは無いのだと知った。


「バルバラのばか!」


 そんなことを言いながら扉の前に立ち尽くす姿が、かつて閉じ込められていた自分の姿と重なった。

 前夜祭なら暗いし人混みに紛れてバレにくい。確か、身を隠せるようなマントが支給されていたはずだ。昔の癖で把握していた、屋敷の警備の薄い場所。そこの生け垣が空いているのは、庭師の手伝いをしている時に気付いていた。念のためにと小遣いが支給されていたから、菓子を少し買うくらいできるはずだ。暗殺者として仕込まれた技術もある。最悪、自分が身を挺して守れば良い。

 そんなことを一通り考え、お嬢様を誘った。ワクワクした様子でオレに笑顔を向ける様子は素直に可愛い。誰だってそう思うだろう。


 思った通り、お嬢様は前夜祭に来たことをとても喜んでくれた。それだけで自分に存在価値が生まれたようで嬉しくなってしまう。珍しくオレは浮かれていた。

 だから、気が緩んだのだ。


 もう少しで帰る時間になる頃。踊り終えて並んで座っていると、お嬢様は遠くを指差してあれが食べたいと言い出した。指し示すものが何か分からずにいると、自分で買いに行ってくる!とオレから小遣いを受け取り元気に走って行く。それをオレは、完全に油断した状態で遠目から眺めていた。

 目当ての屋台を見つけたのか、お嬢様はその列に並ぶ。そんな彼女の姿を隠すように、男が立ち止まった。最初はただの通行人くらいに思ったが、立ち止まっている時間があまりにも長すぎる。不審に思って立ち上がると、あろうことかその男がお嬢様を引っ張ってどこかに連れて行こうとするのが見えた。

 人混みを掻き分けて慌てて後を追う。周りは不振がっているが、どうしたら良いのか分からず立ち止まったり何かを話し合うばかりでお嬢様を助けようとはしない。助けられるのは、オレしかいないのだ。


「お嬢様!」


 お嬢様がモンリーズ家の令嬢と知った誘拐犯か。それとも、ただのかどわかしか。相手がどんな目的で彼女に近付いたのか想像するたび、自責の念に駆られる。

 なんとかお嬢様のいた場所まで来ると、連れて行かれた方向へ向いた。路地裏に続く出入口の戸が開いている。そこから淡い紫色の髪が靡いているのが一瞬視界に入り、すぐに駆け出した。

 閉められそうになる扉を強引に開ける。突然のことで反応できなかったのか、案外あっさりと扉は開いた。


「シヴァ!」


 ボロボロと泣き出したお嬢様が、こちらに手を伸ばしている。いつも丁寧に磨かれた髪が振り乱され、綺麗に整った顔立ちが恐怖に怯えていた。

 掴まなければいけない。

 失うわけにはいかない。

 必死に伸ばしたオレの手は、お嬢様を誘拐しようとした男によって弾かれた。後ろに倒れそうになるが、身を捻って体制を立て直す。隠し持っていたナイフを抜き、身を低くしたまま男の足に切りつける。目当ては足の健だ。ここを切られれば、人間は走れなくなることは学んでいた。

 右足を切られ、男は蹲る。隙をついて男の手から離れたお嬢様がこちらに向かって走って来る。



「リリー!」



 ようやく、その手が掴めた。一瞬安堵した、その瞬間。


「ってぇぇぇえええええ!」


 痛みで我を忘れた男が暴れ出し、なりふり構わず腕を振るう。それがリリーの頭に当たろうとしていた。咄嗟に腕を引き、彼女を抱きしめて庇う。男の腕はオレの肩に当たり、その衝撃でオレ達は路地裏まで吹き飛ばされた。向かいの壁に頭をぶつけ、意識が薄れていく。


「シヴァ! シヴァ!」


 慌てたようにオレを呼ぶ声が聞こえる。

 何やってんだよ。狙われたのはお前なんだから、早く逃げろよ。

 そんな言葉は声にならなかった。




『無事で良かった…!』


 以前、そう言ってくれた男がいた。オレの恩人だ。そんな彼の娘も、随分と甘い人間だった。


『わたし、シヴァとなかよくなりたい』


 オレに名前と居場所をくれた二人。ただの他人でしかなく、一人しかいない親を奪いかねない子供。


『シヴァにはしあわせでいてほしいの』


 そんなオレの幸せを願う、底抜けに優しい娘。そんな彼女には、幸せになって欲しいと願わずにはいられなかった。

 笑顔にしたかった。

 楽しんで欲しかった。

 ただそれだけだった。

 そんな泣き顔をさせるために、連れ出したわけでは無かったんだ。




***




 あれからしばらくして、ようやく事態は落ち着いた。私達について住民が憲兵に報告してくれたらしく、彼らを引き連れたルネがすぐに来てくれたのだ。シヴァは頭から流血していたが、命に別状はないらしい。今回のことは酔った男によるちょっとした騒ぎ程度で認識され、前夜祭はつつがなく終わった。

 屋敷に着いた私が、心配していたお父様と乳母に抱きしめられつつ激しく叱られたのは言うまでもないだろう。


「いいかい? 絶対に、私やバルバラがいない状態で外出してはいけないよ。何が起こるか分からないんだから」


 そう言って聞かせるお父様の言葉に私は頷くしかない。今度からは勝手に出かけないことを約束させられたが、その代わりに乳母かお父様と一緒の外出は許されることになった。




 その晩はシヴァがとにかく心配で、普段は使用人部屋で寝るはずの彼を私の部屋で寝かせるようお願いした。さすがに怪我人を助けたいという気持ちを無下にはできず、お父様はそれを許してくれた。彼には私のベッドで寝てもらい、私は急遽運び込んだ簡易ベッドに寝るよう言われた。部屋を出たお父様達は残りの処理に追われるらしい。

 軽い気持ちで行ったことが、こんな大騒ぎになるなんて思わなかった。申し訳ない気持ちになるも、幼い自分には何もできない。


 眠っているシヴァの横で俯いたまま椅子に座っていると、自分の手首が視界に入った。あの男に掴まれた手首にはまだ赤い跡が残っていて、見るたびにあの顔がフラッシュバックして恐ろしくなる。でも、その度に私を助けてくれたシヴァの必死な顔が浮かんだ。



『リリー!』



 咄嗟とは言え、名前を呼んでくれた。恐怖もあったが、その嬉しさの方が僅かに上回っている。


「シヴァ……」


 お医者様は大丈夫だと言っていたが、ちゃんと目覚めるだろうか。

 不安になって、彼の手を取る。あの時のように握り返してはくれない。分かっていても寂しくて、涙が零れてしまう。


「ごめんなさい、シヴァ」


 彼の手は確かに血が通っていて温かかった。庇ってくれた時、抱きしめられた時、確かにその胸の心臓が脈打っていたのを感じた。

 ゲームじゃない。

 フィクションなんかじゃない。

 彼はここで生きている一人の人間だ。そこでようやく、私は気付いた。推しとして、一人のキャラクターとしてじゃない。


 血の通った一人の人間として、私はシヴァが好きなんだ。

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