第38話 作戦実行
「さっそく伺っても良いですか?」
ルネが前に出て、色々質問してくれる。それらの情報を私は一生懸命頭に入れていった。その間に、シヴァは使用人を手配して私達の荷物を宿に置いて来てくれている。
分担作業が上手くいき、一息つく頃にシヴァは戻ってきた。後は小麦や他の農作物の生育具合を見なければいけない。彼を連れて私達は再び馬車に乗った。
「……生育具合は、やはり良くないようですね」
元々、大飢饉が原因で滅んだような国だ。大飢饉後の対応はろくにできず、そのまま時間だけが経過してしまったらしい。今は害虫に荒らされた麦の中から、芽吹いた物を選別してなんとか育てている。しかし、食料用と発芽用に麦を分けるため、そもそも圧倒的に種の数が足りていないのだ。本来であれば全域が使える麦畑が、今は3分の2程度の稼働状態。これでは食糧不足になるのも当然だ。
「この状態で、発芽用の麦を支援しないでパンを配っていたとか……本当に、あの辺境伯夫妻は無能ですよ」
怒った様子で車内で状況をシヴァに説明してくれるルネ。その発言を行った後で、彼女は慌てて自分の口を押えた。
「……あっ、シルヴィオとお嬢様はこのような言葉を使ってはいけませんよ?」
「はい」
「大丈夫よ。聞かなかったことにするから」
シヴァはしれっとそっぽを向きながら返事をしているが、絶対にいつか口にしそうな気がする。静かで大人しそうなのに、さらっとヤバいことを言うのだ。彼は。
そんなやりとりをしていると、小麦畑に到着した。見渡す限りまだ青い麦の穂が茂っている。青い空の下、遠くには北側の山々が見える。吹く風は爽やかで、その度に麦も揺れて風の形が露になる。麦畑全体が1つの大きな海のようにうねり、動く様は絶景だ。
「うわぁ……綺麗ね」
「こちらです」
案内役に促されて、麦畑の間を歩く。しばらく行くと、麦畑は何も植えられていない畑になった。ここが、使用されていない麦畑なのだろう。端では他の野菜を栽培しようと何かを植えた跡があるが、枯れてしまっている。
「確かに、これは深刻ね……」
「土自体に問題はありませんか? 必要ならば地質調査も一度入れましょう」
私達が話し合う中、人々がこちらを遠巻きに眺めているのを見てシヴァは慌てて帽子を深く被り直した。今は女の子にしか見えないから、気にしなくていいのに。そう思うが、気になってしまうのはしょうがないだろう。
「シヴァ。ここはルネに任せて、先に配給を始めましょうよ」
手持無沙汰なのも、気が散漫になってしまう原因だろう。彼の手を取って、私はルネに一声かけると馬車へ向かった。そろそろ、後続の荷馬車が広場に到着していてもおかしくない。
手を繋いだまま歩き続けると、シヴァは片手で帽子を押さえながら、私の手をぎゅっと握り返してくれた。
***
荷馬車から降ろした食料を配給するため、テーブルを広げるよう指示を出す。広場には既に多くの人が集まっていた。こんなにたくさんの人々に見られるのは、婚約式以来だろうか。
人々はいぶかし気な視線を向けてくる者、食料から目が離せない者、期待のまなざしでこちらを見る者、様々だ。ただ一貫して、栄養状態が悪いのか痩せている。
シヴァは人目にさらさないよう、奥で荷物の上げ下ろしの手伝いや配給する食料の準備をしてもらっている。私は前に出て、声を張り上げた。
「ソプレス王国の皆さん! 私の曾祖母はソプレス王家の姫でした! その縁もあり、こうして助けに参りました! どうかゆっくり、列を作って並んで下さい! 食料は全員に行き渡るはずです!」
私の声を聴き、人々は護衛の者達に誘導されて列を作る。さっそく、先頭に来た子供達に私はパンと野菜たっぷりのスープをあげた。笑顔で受け取ると、子供達は離れていく。
「二度並ぶのは控えて下さい! 明日もまた来ますから!」
今までこんな大声なんか出したことがない。それでも必死に声を振り絞って、皆に食料が行き渡るよう動く。
しばらくすると、小麦畑の視察を終えたルネが合流した。人混みを見て腕まくりをすると、勇み足でやって来る。
「必要な物資の集計が終わりました。次の種まきの時期には発芽用の小麦を持って来ましょう。道具も足りません。地質調査の方も手配しておきます。この土壌で育つ野菜を把握しないと」
配給の手伝いをしながら、軽く説明してくれるルネ。やっぱり頼もしい。
「ありがとう。配給は明日と明後日までで、そしたら帰るのよね。今の分だけで足りるかしら?」
「そうなると見越して、毎日届けるよう手配済みです。明日にはまた、同じ量の食糧が届きますよ」
働くのが好きなのだろう。ルネは生き生きした笑顔を見せる。彼女の笑顔に励まされて、私も手を動かした。そんな私達を、シヴァは作業しながら横目で見ていた。
そうして翌日も翌々日も、私達は広場で食料を配った。疲れすぎて夜は気絶するように眠る。こんな日々は始めてかもしれない。
そして最終日。配給に来る人は毎日増え続け、配るのは夕方までかかった。ようやく最後のパンを、男の子に渡し終えた時だった。
「リヒハイムも裏切者ばっかりじゃないんだね」
笑顔で、男の子はそう口にした。




