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第三十二話 貴族社会は難しい

 休日が終わり、再び学園での生活が始まった。午前の光が差し込む教室の扉をくぐると、恒例となった挨拶をするため私はイザベラへ近づいた。


「おはようございますわ。リリアンナ嬢」


 今日はイザベラから話しかけてくれた。明るい笑顔にこちらも気分が明るくなる。


「おはようございます。休日はありがとうございました」


「いえいえ。お役に立ててなによりですわ。また次のお休みも楽しみにしていますね」


「ええ、ぜひ」


 今日もイザベラの格好は派手だ。ハーフアップにされた蜂蜜色の髪には、珍しいモチーフの金の髪飾りがきらめいている。宝飾品を褒めようと私が口を開きかけた、その時だった。


「モンリーズ嬢、何のお話ですか?」


 横から、イザベラとよく一緒にいる女子生徒達が遠慮のない態度ですり寄ってきた。


「以前言っていたお話でしょう。相談があるとか」


「まあ、それでイザベラ嬢と仲良くなりましたのね。私もぜひお話を聞いてみたいですわ」


 今まで他の生徒とほとんど交流をしてこなかった私がイザベラと親しくなったことで、どうにか私と親しくなろうという打算が見え見えだ。あまり大勢と話すのが得意ではない私は、あわあわとしてしまう。優しく断る言葉を考えている間に、よく通る声が教室中に響いた。



「皆さん、いい加減になさいませ!」



 その一言で、教室中のざわめきが一瞬でしんと静まり返る。イザベラの声は、厳格な教師のそれのように響いた。


「これは、私とリリアンナ嬢とのお話でしてよ。横から朝の挨拶もなく、話題に入り込むなんて無礼ではありませんこと?」


 杜若色の瞳に強い怒りを宿したイザベラに睨まれて、女子生徒たちは顔を青くする。彼女達は、イザベラの高圧的な態度に慣れていないわけではない。しかし、公爵令嬢である私の前で叱責されたことに、体裁を崩されたという羞恥が加わったのだろう。すぐに俯き、顔を赤らめた。


「も、申し訳ありません」


「謝罪は私だけでなく、リリアンナ嬢にもするべきよ」


 イザベラに言われて、彼女達は慌てて私にも振り向いた。


「モンリーズ嬢、申し訳ありませんでした」


「モンリーズ嬢とお近づきになれると思って、つい興奮してしまって」


 頬を赤らめ、涙目になる彼女たちの弁明に居た堪れなくなってしまう。上の立場でありながら、今まで交流をサボっていた私に非が無いわけでもない。彼女達も貴族同士の関りや、家の事情があるのだ。そう思うと、つい同情的になってしまう。


「……私も、あまり他の方と交流していませんでしたから。騒ぎを起こしてしまって申し訳ありません」


「そうやってリリアンナ嬢が甘いから付け上がるのです。社会のルールはルール。高位の方から挨拶されるか、他の方から紹介されるまでは話しかけないのがマナーですわ。若い人ばかりの学園とはいえ、基本は変わりませんわ」


 今度は私までイザベラに叱られてしまった。イザベラの言うことは確かにごもっともな話なので、私には反論できない。彼女の言葉は、貴族社会の厳しさそのものだ。


「そうでしたわね。イザベラ嬢、ごめんなさい。私の意識が足りませんでしたわ」


 私たちが話していると、教室の端の方で話していた男子生徒達が、こちらを見ながら遠巻きに話しているのが聞こえた。


「うわー、性格きっつ」


「ナンニー二嬢は、入学前に社交界デビューした側だろ? あれじゃ婚約者がいないのも納得だよ。俺だったら、あんなきつい性格の女はごめんだね」


 私にも聞こえてしまう、嫌な言葉。つい眉を顰めてしまう私とは対照的に、イザベラは顔色一つ変えなかった。


「気が緩むのも分かりますが、私達上の者がしっかりしておきませんと。皆さんが緩むばかりですわ」


 そう言いながら、イザベラの鋭い視線が男子生徒に向く。それに気付いて、男子生徒はびくりと反応し、慌てて黙った。教室の空気は、イザベラの強い意志によって、再び張り詰めたものになっていた。


「何をしているの?」


 気付けば朝のホームルームの時間になっていたらしい。担当の女教師が教壇に向かいながら、静まり返った教室を不思議そうに眺めている。


「何でもありませんわ。すぐに席に戻ります」


 イザベラは先程の気迫が嘘のように明るい笑みを返す。彼女の言葉に、周囲は慌てて席に戻った。私もいつもの席に着く。教室の空気が、なんとなく居心地が悪かった。






***






 いつもの昼食の場。学園に通い始めて2ヶ月以上経ち、もはや慣れ親しんだ友人たちの空間という空気感が流れている。窓からは昼の暖かな日差しが差し込み、テーブルに置かれた焼き立てのパンやフルーツの鮮やかな色彩を照らしていた。時折、カトラリーが皿に触れる軽い音と、私たちの笑い声が響く、穏やかな時間が流れている。


「いやー、今朝のは強烈だったな」


 レオナルドは、今朝の教室でのイザベラの叱責劇を思い出し、呆れたように笑いながら言った。


「そう思うなら何とかして下さいよ、第二王子様?」


「いや、ああいう女同士の争いに男がしゃしゃり出るのも問題ですよ」


 冗談めかして言ってみるが、真面目に返されてしまう。言われてみるとそうかもしれない。


「じゃあ、どうすれば……」


 私が困っていると、アレクサンド様がティーカップを音もなくソーサーに戻し口を開いた。


「ナンニーニ嬢か。話には聞いているよ。聡明だけど、気が強すぎると。リリアンナ嬢が代わりに強く出てみるってことは」


「無理です」


「……うん、性格的に難しいだろうね」


 さすが、一応は婚約者として今まで一緒にいただけのことはある。私は決して、人前であれこれ言えるような性格ではない。正直、次期国王の婚約者と言う立場だって荷が重いのだ。私が黙ってしまうと、アレクサンド様はテーブルの端を人差し指で静かに叩きながら思案する。


「問題は、彼女に後ろ盾がないことじゃないかな?」


「後ろ盾?」


「ああ。彼女の家は強くはあるが、ナンニーニ嬢に婚約者はいないし。私達のような各上の者と親交があるわけでもない。社交界に出れば大人達が後ろにつくんだろうが、学園内ではそうもいかないからね」


「た、確かに……」


 彼の言葉は、貴族社会の冷徹な現実を簡潔に示していた。


「せっかく友人になろうとしてるんだし、そのまま親交を深めてリリアンナ嬢が後ろ盾になれば良いさ。私の婚約者がバックについていると分かれば、陰口も言われなくなる」


「私が親しくなれば、イザベラ嬢の立場も自然と落ち着くと……」


 レオナルドがスープ皿に銀のスプーンを静かに戻しながら、さらに補足した。


「まあ、それより先にしっかりした婚約者ができた方が良いですけどね」


「確かニ、女社会では婚約者の有無も立場を固めるには重要ですネ」


 うーん、なるほど。いくらイザベラが地位があって、しっかりしていてリーダーシップがあっても、後ろ盾になる婚約者や強い貴族がいないといけないわけだ。一般的な庶民の日本の高校とはまた違う、貴族のルールも絡んだ学園生活は思っていたよりも難しい。高位貴族で第一王子の婚約者と言う立場で、誰かから口を挟まれることの無い自分が、どれだけぬるま湯につかっていたのかを実感させられる。


「とりあえず、私がイザベラ嬢と友人になること。それと、彼女に婚約者ができることですね」


 当面の目標ができて、張り詰めていた肩の力が少し抜けたのを感じる。


「婚約者っていうのが難しいんですが、どなたか紹介できそうな人っていますか……?」


「心当たりがないわけでもないんですが……」


 私が不安げに尋ねると、レオナルドは困ったように視線を逸らす。アレクサンド様は、重厚なテーブルクロスの上に置かれた手をわずかに動かし、優雅に微笑みながら言ってくれる。


「婚約者の友人のためなら、紹介を考えてみてもいいよ。とりあえず、彼女も気軽にこの場に誘えるくらいにはなって欲しいかな」


 その言葉に、私はよりイザベラと仲良くなろうと覚悟を決めた。

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