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第二十九話 ゲームの裏話

 あれから、私とヤコブは色々な話をした。学園の人間関係のこと、前世の思い出、そして、この世界のゲーム設定について。ヤコブが前世で年上だったこともあり、会話の中で自然と彼に敬語を使うようになっていた。前世で使っていた”ゲーム”や”マジ”などの言葉が、こんな形で自然に使えることが、何よりも嬉しかった。


「ああ、やはりあのメイドは彼だったんですね」


 ヤコブは、シヴァがただのメイドではないことには気づいていたようだ。確かに、ゲーム制作者だもの。シヴァが女装していることくらい分かるわよね。そのことを確認して、小さく頷いた。


「ええ。自ら女装し始めた時はビビっちゃいましたよ」


「……まあ、そういうこともあるでしょう」


 ヤコブは困ったように苦笑いした。彼の表情は、もはやヤコブとして落ち着いた優等生のものではなく、ゲーム開発者がファンに会った時の顔だ。窓の外の夕闇は、私たちが共有する秘密の濃さを象徴しているようだった。


「そういえば、シヴァはどうしてあんな立ち回りになったんですか? SNSでも立ち絵も声優も付いていてフルボイスだったのに、なんだかおかしいって話題でしたよ」


 私が疑問をぶつけると、ヤコブはティーカップを指で撫でながら、苦労を思い出すように目を閉じた。


「実は、製作期間的に恋愛ストーリーが間に合わないことと、彼を入れたら他のキャラとのバランスが崩れるとかで中止になってしまったんですよ。でも、立ち絵も声優も決まっていたのでとりあえず入れたんです。その頃には、次回作の話もありましたから……」


「次回作⁉」


 私はその言葉に目を輝かせながら、思わず前のめりになった。そんなものが決まっていたのかと、プレイヤー魂が燃え上がる。


「はい。彼は次回作のメイン攻略者にしよう。そのための宣伝や布石のつもりだったんです」


「わ~……そうだったんだ……私、彼が最推しだったからプレイしたかったです」


 シヴァは、前世の最推しだったキャラクターだ。次回作で彼との濃密なやり取りが見られただろうことを知ると、こうして転生してしまったことが惜しく感じられる。


「そういえば、彼にはシヴァと名前を付けたんですね」


 ヤコブの言葉に、私は頷く。


「ええ。シルヴィオ・ミュレーズ。愛称はシヴァよ。メイドの時はシルヴィアってことにしてるけど」


 そこでふと、私は大事なことに気付いた。興奮のあまり、思わず立ち上がって尋ねてしまう。


「そうだわ! シヴァの本名を、貴方は知ってるってことですよね⁉」


 キラキラと目を輝かせてヤコブを見る。薄暗い食堂の中で、私の目の輝きが彼に届いているのがわかった。ヤコブは呆れたような、しかし優しい目で、困ったように笑った。


「まあ、そうですが……いくら制作者だからって今の彼の個人情報を伝えるのはどうかと」


「確かに……それもそうですね」


 私はしゅんと落ち込み、椅子に座り直した。そんな私を見て、ヤコブは笑う。彼の晴れやかな笑顔は、私たち二人の間に流れる秘密の空気を温かく包み込んだ。


「まあ、何かあれば力になりますよ。転生者同士のよしみと言うことで」


「ええ。ぜひ、またお話しさせて下さい!」


 私は心から感謝した。これで、この世界の真相を知る協力者ができたのだ。なんて心強い味方なんだろう。私は良い友人ができたと、心から笑った。




 ヤコブと話し終え、私は椅子から立ち上がった。照明が落とされた食堂の薄闇から、廊下の明るい光へと向かう。重い扉を開けて廊下に出た瞬間、シヴァが、私の顔を見て素早くヤコブとの間に割り込んだ。彼は私の前に立ち、その全身から鋭い警戒心を放っている。


「貴方……お嬢様に一体何を?」


 シヴァの視線が、ヤコブを射貫く。そうだ、私はさっき泣いてしまっていた。きっと、目が充血していることに気づいたのだろう。私は慌ててシヴァの背中に手を添え、彼を落ち着かせた。


「シヴァ、待って。別に嫌なことをされたわけでも、虐められたわけでもないのよ」


 心配そうなシヴァの表情に、私の頬が熱くなる。いつも人前では冷静なメイドを演じる彼が、こんな場所で感情を露わにするのは珍しい。それほど私を心配してくれていたのかと、素直に嬉しくなった。ヤコブは、首筋にナイフでも当てられそうなほどの気迫を感じ取ったのだろう。彼はすぐに両手を軽く上げて、慌てて弁明した。


「泣かせてしまったのは、申し訳ないと思っています」


「嬉しい話を聞かせてもらったの。それで、ね……嬉し泣きしちゃっただけなのよ」


 私の言葉にシヴァは大人しくなった。だが、その顔にはまだ不満が残っている。


「そうですか……仲の良いご学友ができたようで良かったですね」


 その声音には、納得がいかないという感情がにじみ出ていた。


「……シヴァ。拗ねてる?」


 私がからかうように聞くと、彼は私の目線からスッと顔を背けてしまった。


「拗ねてません」


 その仕草は、子供みたいに可愛らしくて、私の安堵感をさらに深めた。顔を背けてしまうシヴァを見て、私とヤコブは視線を交わすと、くすりと笑ってしまう。私達は、シヴァの秘密も知っている同士の新しい仲間なのだ。






***






 ヤコブとは、あの日の秘密の共有を境に、一気に仲良くなれた。昼食や授業の休憩時間に、前世の話まではできないけれど、気兼ねなく話せる関係は心強い。そんな私たちの雰囲気を感じたのか、レオナルドも自然と私達の輪の中に入ってきた。彼の天真爛漫な明るさは、私とヤコブの間の空気をいつも明るくしてくれる。そんな私たち三人を、アレクサンド様は遠くから微笑ましく見守ってくれているようだ。たまに二人きりで話をする時にも、私の学園での話を楽しそうに聞いてくれる。

 休日にはマルグリータに会い、学園生活の話をした。楽しそうに目を輝かせる彼女は、私が語る学園の様子や、ヤコブという新しい友達の話に夢中だった。来年の入学を今から楽しみにしてくれているのだろう。

 シヴァも段々とヤコブとの距離感も落ち着き、過剰に感情を露わにすることは無くなった。食堂の廊下で待機する彼の姿は、以前のように完璧なメイドに戻っている。正直に言って少し寂しいけれど、移動の馬車の中では普段通りに話せるから、それが楽しみになっている。


 学園生活に一ヶ月もすると慣れてくる。相変わらず、マルグリータとロミーナくらいしか、私には心から話せる女友達がいなかった。取り巻きのように話しかけてくる人はいるけれど、ゲーム内でリリアンナがやっていたように、たくさんの生徒を引き連れるようなことは私には向いていない。どうしても少し遠巻きにしてしまう。そのせいか、彼ら以外とりわけて親しい人間はできていなかった。

 そんなある日の昼食時、私たちはいつものように王族専用食堂の窓際に座っていた。午前の光が暖かく差し込んでいる。


「女友達が欲しい……」


 優雅さとはかけ離れた呟きとともに、私はテーブルに突っ伏した。お行儀が悪いだろうが、この悩みは切実すぎて、優雅に食事を続けるなんて無理だ。隣では、ロミーナ嬢が困ったように微笑んでいる。


「リリアンナ様と釣り合うような家格と言うト、侯爵家以上ですよネ。私の学年にはそういう人はいなくテ、紹介できても伯爵家になってしまいますガ……」


 辺境伯の出身であるロミーナで、二学年の女生徒の中では一番上の家格になる。片言のせいもあって、私のように彼女も交友範囲が限られてしまっているのだろう。同学年でも、伯爵家以下の人たちは私に取り入ろうとおべっかを使ってくるから苦手だ。

 その時、レオナルドがふと思い出したように顔を上げた。


「そういえば、1人いましたよね? 同じクラスに」


 レオナルドの視線を受けてヤコブがすぐに、落ち着いた声で答えた。


「はい、1人侯爵家の者が。私が把握している限り、現在の学園内での家格を上から言っていくと、王族であるアレクサンド様、レオナルド様」


 その言葉に、レオナルドとアレクサンドが頷く。


「公爵家にリリアンナ様、ステファン様。三学年に公爵家の遠縁の方はいたはずですが、家格で言うと子爵にまで落ちてしまいますね」


 名前を呼ばれて、私とステファンも頷く。ヤコブの記憶力の良さと、情報整理能力の高さは、さすがだ。


「そして、現在学園内で唯一の侯爵家出身者がイザベラ・ナンニー二嬢です」


 その説明に、私はそうだったと思い出した。

 イザベラ・ナンニーニ。ゲーム内の悪役令嬢として、ヒロインと何かと争っていたキャラクターだ。ゲーム内のイメージから、なんとなく今まで距離を置いていたが、確かに彼女は侯爵家と身分が高かった。彼女なら、他の人みたいに下手に出てくるようなおべっかを使う関係性にはなりそうにない。


「そうだったわね……よし」


 テーブルから顔を上げ、私は覚悟を決めたように拳を握った。


「私、イザベラ嬢とお友達になれるよう頑張ってみるわ!」

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