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第二十四話 旧ソプレス王国の現状

「ほんっとうに! ありえないですよ!」


 客間に帰ってきた途端、ルネはそう言い放った。普段から落ち着いている彼女が、怒りを露わにしているのは珍しい。


「シルヴィオも俯くんじゃありません! あんなの領地運営でも何でもないですから!」


 声を掛けられ、シヴァはビクリと反応した。部屋に入ったものの、ドアの前で立ったまま俯いていた彼をルネが手招きする。近寄ってきたシヴァの肩を、ルネはしっかり掴む。真っすぐ正面から見据えて、ルネは言った。


「あれは、住民の落ち度ではありません。領地経営がおかしいのです。辺境伯夫妻は言葉を濁したり、仕方のない費用だとあれこれ言い訳していましたが、国から与えられた資金の大部分を警備隊や兵などの武力にしか使っていません。その他はその場しのぎの物質的な支援のみ。あれでは経済が回らなくなるのは当然です。今代の辺境伯は落ちぶれたと聞いていましたが、ここまでとは……」


「そうだったの? 初耳だわ」


「ええ。代替わりで色々トラブルがあったようで、なし崩し的に彼らに決まったということです。先代はギリギリまで、彼らが辺境伯になるのを反対していたとか」


「問題だらけのところに、運悪く旧ソプレス王国の件も関わってしまったのね……」


「ええ。だから、こんなの住人からしたらとばっちりですよ」


 ルネの勢いからの発言に、シヴァは緊張を緩めていく。気分が落ち着いた様子を見て、彼女はシヴァを私の正面の椅子に座らせた。慣れた手つきで紅茶を注ぎ、シヴァにカップを手渡す。シヴァは注がれたばかりの熱い紅茶を一気に飲みほした。


「……ありがとう、ルネさん。やる気出た」


「いいんですよ。私もやる気がみなぎっています。時間はかかるでしょうが。私の誇りにかけても、絶対成功させますからね!」


 今回ばかりは、シヴァの敬語については何も言われなかった。明るく振舞うルネの言動がありがたい。私一人でここに来ていたらどうなっていただろうか。辺境伯夫妻の説明に納得して終わってしまったかもしれない。矛盾点やおかしな点にしっかり気付けるルネがいて、本当に良かった。これで、道中でのしごきがなければもっといいんだけど……そこまで求めてはいけないんだろうな。


「最初は物質的、金銭的な支援をすればいいと思っていたけど、違う支援も必要と言うことよね。何をすればいいかしら?」


 私の質問に、ルネは自信満々に地図を広げた。それは旧ソプレス王国の地図だ。地図で見ても、リヒハイム王国の五分の一程の国土しかない。本当に小さな国だった。その分、国民と王家の結びつきも強かったのが想像できる。


「産業の盛り立てが何より必須です。各地域によって得意な産業は違うでしょうから、最初は辺境伯領と隣接した近場から行いましょう。その前に、まずは全体を把握して繋がりが持てそうな産業も把握しておきます」


 なるほど。最優先は辺境伯領と隣接した地域。でも、産業や流通によってはその周辺ともやり取りができるかもしれない。全体を把握してから、最優先地区に必要な物の把握をするのね。

 私が地図を見ながらルネの言葉にうなずいていると、シヴァが地図に指を這わせた。キョロキョロと全体を見ながら何かを確認している。


「……ソプレス王国は、リヒハイム王国よりも地理的に標高が高い。基本的に作物よりも酪農が盛んだ。内陸で海はなく、北から流れている川を使って物資のやりとりをしている。北は酪農と鉄鋼が得意。もしかしたら鉄鉱山はもう尽きてるかもしれないがな。作物の栽培ができるのは南部の平野。辺境伯領に隣接した地域がそこに当たる。栽培されているのは、小麦が中心だ」


 つらつらと知識を披露していくシヴァ。凄い。カッコいい。出身国だからか、さすがに詳しい。


「凄いわね。シヴァ、詳しい」


「いや、これくらい別に」


「助かります。それなら、小麦の栽培状況と流通状況を最初に把握すべきですね。可能であれば他に栽培している物も」


 ルネがそう言うと、シヴァは拡大した地図を引っ張り出して、とある一か所を指し示した。


「ここが領地管理していた貴族の屋敷。今もいるなら、ここに行くのが早い」


「……本当に、詳しいのね」


 シヴァの知識に圧倒されてしまう。私も王妃教育だと言って色々勉強はしているが、自国内の経済や産業と国や貴族の歴史、最低限必要な他国の言語、礼儀作法が主だ。他国の経営や産地について、ここまで詳しくはなれない。


「では、明日はまずここに行きましょう。その後、小麦の栽培状況を実際に観察。調査が終わり次第、物資の配給と言うことで」


 明日は早いから早く寝るようにと言い含めて、シヴァとルネは自分たちの客室へと向かった。メイドさんを呼んで寝間着に着替えさせてもらった後、私はすぐにベッドに入る。

 緊張してはいたけれど、今はなんだかワクワクしている。シヴァとルネが、本当に頼もしくてありがたい。明日から頑張らなくちゃ。






***






 早朝目覚めると、すぐに着替えて私達は馬車に乗り込んだ。山1つ超えるので時間がかかる。目的地への到着はこれでも昼頃になってしまうだろう。アマトリアン辺境伯が早馬を出して連絡や宿の手配はしてくれているらしいので、明日は宿に泊まる予定だ。

 道中の馬車では、相変わらずルネからの指導が入った。到着後の動きや旧ソプレス王国の文化や歴史について、知っておくべきことを教えてくれる。昨日までとは違い、目的が明確になったからか私とシヴァの方も熱心に勉強できている。ルネの優秀さには舌を巻いてしまう。

 質素な馬車で出かけた上、ルネの手引きで物資を運んでいる馬車とは別行動をしている。そのため盗賊に会うこともなく、予定通り昼頃には目的地に到着した。物資を乗せた馬車には護衛を多めに配置しているので特に問題はないだろう。


 到着したのは、旧ソプレス王国の貴族だった夫婦の所。屋敷は残っているが、一般家庭よりも大きい程度で質素な造りだった。


「ようこそお越し下さいました」


 お会いした夫婦は丁寧に私達にお辞儀をした。老夫婦といった感じで穏やかそうな雰囲気だ。


「ソプレス王国に所縁のあるご令嬢だと伺いました。我々のために来て下さるとは、ありがたいことです」


 そう辺境伯から連絡が来ていたみたいで、私達の印象は良いみたい。これは、アレクサンドの言っていた政略結婚に繋がるのも分かる気がする。それくらい、ソプレス王国は団結力の強い、身内思いな国民性のようだ。


「さっそく伺っても良いですか?」


 ルネが前に出て、色々質問してくれる。それらの情報を私は一生懸命頭に入れていった。その間に、シヴァは使用人を手配して私達の荷物を宿に置いて来てくれている。

 分担作業が上手くいき、一息つく頃にシヴァは戻ってきた。後は小麦や他の農作物の生育具合を見なければいけない。彼を連れて私達は再び馬車に乗った。


「……生育具合は、やはり良くないようですね」


 元々、大飢饉が原因で滅んだような国だ。大飢饉後の対応はろくにできず、そのまま時間だけが経過してしまったらしい。今は害虫に荒らされた麦の中から、芽吹いた物を選別してなんとか育てている。しかし、食料用と発芽用に麦を分けるため、そもそも圧倒的に種の数が足りていないのだ。本来であれば全域が使える麦畑が、今は3分の2程度の稼働状態。これでは食糧不足になるのも当然だ。


「この状態で、発芽用の麦を支援しないでパンを配っていたとか……本当に、あの辺境伯夫妻は無能ですよ」


 怒った様子で車内で状況をシヴァに説明してくれるルネ。その発言を行った後で、彼女は慌てて自分の口を押えた。


「……あっ、シルヴィオとお嬢様はこのような言葉を使ってはいけませんよ?」


「はい」


「大丈夫よ。聞かなかったことにするから」


 シヴァはしれっとそっぽを向きながら返事をしているが、絶対にいつか口にしそうな気がする。静かで大人しそうなのに、さらっとヤバいことを言うのだ。彼は。

 そんなやりとりをしていると、小麦畑に到着した。見渡す限りまだ青い麦の穂が茂っている。青い空の下、遠くには北側の山々が見える。吹く風は爽やかで、その度に麦も揺れて風の形が露になる。麦畑全体が1つの大きな海のようにうねり、動く様は絶景だ。


「うわぁ……綺麗ね」


「こちらです」


 案内役に促されて、麦畑の間を歩く。しばらく行くと、麦畑は何も植えられていない畑になった。ここが、使用されていない麦畑なのだろう。端では他の野菜を栽培しようと何かを植えた跡があるが、枯れてしまっている。


「確かに、これは深刻ね……」


「土自体に問題はありませんか? 必要ならば地質調査も一度入れましょう」


 私達が話し合う中、人々がこちらを遠巻きに眺めているのを見てシヴァは慌てて帽子を深く被り直した。今は女の子にしか見えないから、気にしなくていいのに。そう思うが、気になってしまうのはしょうがないだろう。


「シヴァ。ここはルネに任せて、先に配給を始めましょうよ」


 手持無沙汰なのも、気が散漫になってしまう原因だろう。彼の手を取って、私はルネに一声かけると馬車へ向かった。そろそろ、後続の荷馬車が広場に到着していてもおかしくない。

 手を繋いだまま歩き続けると、シヴァは片手で帽子を押さえながら、私の手をぎゅっと握り返してくれた。

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