第十六話 変わらない運命
次の日から、ますますシヴァと顔を合わせることが無くなった。食事は一緒に摂るが夜に遊びに行っても部屋にはいないし、屋敷内ですれ違うことも無い。
「最近いないけど、何してるの?」
「秘密」
尋ねてもそうとしか言ってくれず、ますます訳が分からない。もしかして、あの時抱き着いていたことを誰かに咎められでもしたのだろうか。その割には私の方に話は来ないし、屋敷の様子も変わらない。訳が分からないまま、私は毎日を過ごすしかなかった。
そして茶会当日。
庭園だし女二人と言うことで、服装は派手過ぎないものが選ばれた。封筒のライムグリーンやゲームでの様子を見るに、マルグリータは淡い色が好きなのだろう。そう予想して、クリーム色と緑色を中心とした花柄のドレスを着る。髪型は編み込みを入れつつ緩いハーフアップにして、同じく緑色のリボンで纏めてしまった。鏡の前でくるりと回れば、目に優しい色合いのドレスと淡い色の髪が舞う。
今日もリリアンナは美少女だ。頭では理解しているが、まさか自分がこんな美少女だなんてことが受け入れられずに混乱してしまう。でも、可愛い物は可愛い。鏡の前で百面相していると、扉がノックされて乳母が顔を出した。
「お嬢様、そろそろお時間です」
「はーい」
階下に降りて、屋敷の正面玄関のドアをくぐる。停まった馬車へ向かおうと、歩みを進めた時だ。
「お嬢様」
と声をかけられた。振り向けば庭先から一人のメイドが歩いてくる。その姿に私は固まった。
歩く姿は優雅で、モンリーズ家のお仕着せが動きに合わせて揺れる。服のリボンがたなびくが、その髪は綺麗に纏められて微動だにしない。真っ黒な髪は後ろでシルバーグレイの髪が編み込まれ、一纏めにされている。目にかかりそうな長さの前髪から覗くのは、今日の晴天をそのまま写し取ったかのような空色の瞳。肌は白く滑らかでシミ一つなく、顔の各パーツは完璧ともいえる場所に配置されている。背は低くまだ幼さも感じるが、彼女が美しいことに変わりはない。
それは、ゲームで何度も見た名もなき【死にキャラ】の姿だった。
「シヴァ……?」
思わず声をかけると、彼? 彼女? は不敵に笑う。何度もゲームで見た最推しの姿に胸が高まるが、それどころではなかった。ゲーム内ではリリアンナから虐げられ、無理に女装をさせられていた。女装をすることは男としての尊厳やプライドを捨ててしまうことと同義で、その姿は男を拒否するリリアンナにとって体の良い見世物に過ぎない。そんな姿を、なんでわざわざ。
「何で? その姿……!」
「これならどんな場所に付いて行っても不自然ではないと思いまして」
幸い声変わりしていないため、喋っていても不自然ではない。
私のため? 私があの時、不安だって言ったから? 喜んで良いのか悲しめば良いのか分からない。複雑な顔をする私にシヴァは歩み寄る。会わない間に何度も練習したのだろう綺麗なカーテシーをすると、シヴァは私の手を取った。
むず痒くて思わず引っ込めそうになる手を、彼はきつく握りしめる。そのままの流れで、彼はその手に優しく口付けた。それは、何度もゲームやアニメで見たような行為。紳士が大切な女性にするような動作。私を見上げる彼の顔はいつも通りの無表情になっていたが、その瞳の鋭さと手の熱から真剣さが伝わってくる。
「お傍に」
そう言うと、冷たい唇が少しだけ弧を描いた。シヴァが、微笑んでくれた。私を安心させるためだけに、何日も影で練習して、こんな女装までして。
「……っ、うん」
嬉しさに泣きそうになって声が上ずってしまう。目頭が熱くなって、今にも涙がこぼれそうになる。そんな私に、立ち上がったシヴァはいつも通りの口調で言った。
「化粧が落ちるぞ」
「落ちないよっ」
そんなことを言いながらハンカチを差し出してくるのだから、本当にズルい。こんなの、惚れ直すしかないじゃないか。
「オレから離れるなよ」
「シヴァの方こそ」
ハンカチでこぼれそうな涙を拭うと、私達は改めて馬車に向かって歩みを進めた。エスコートするシヴァの手をしっかりと握り返す。大丈夫だよと分かるように笑顔を返すと、シヴァは照れたようにそっぽを向いた。
何があっても、きっと大丈夫。
私にはシヴァがいるんだから。
そう安心する気持ちの裏で、微かな不安が過る。ゲームとは理由が違っても、今シヴァが女装していることに変わりは無い。過程がどうあれ、結果が変わらないのなら。今後、私はゲームが辿る運命を変えられるのだろうか。
***
ヴァイゲル公爵邸に着き、私は同乗していたシヴァと共に馬車を降りた。屋敷はモンリーズ家と変わらないほど大きく、ヴァイゲル家が裕福であることが見て取れる。執事が開けた扉をくぐると大広間があった。
深い緑色を基調とした絨毯に覆われた部屋にはたくさんの執事やメイドが並んでいる。全員が礼をしているのはなかなかに凄い光景だ。そんな人々の奥から、大広間にぽつんと置かれた椅子に座っていた少女が立ち上がり、私達の方へと歩いてきた。
乳白色の長いストレートロングの髪が揺れる。髪の一部には綺麗なアップルグリーンのリボンが編み込まれ、淡い色合いの姿に色どりを加えている。その濃い青色の瞳はこぼれそうなくらい大きく、目尻が垂れているためより幼く可愛らしい印象を作り出していた。薄いサーモンピンクと白を基調としたドレスは、彼女の儚く柔らかい外見によく似合っている。
「マルグリータ・ヴァイゲルです。リリアンナ・モンリーズ公爵令嬢、よくお越し下さいました」
大概貴族は部屋で待っていて、そこに執事やメイドが客人を案内するのが通例だ。わざわざ大広間で待っていたなんて、よほど楽しみにしてくれていたのか。そう思うと嬉しいし、何よりマルグリータって凄く可愛い! ゲーム内では大人しい薄幸少女って感じだったのに、微笑んでいるだけでずっと可愛さが増している。こんなに天使みたいな子だったっけ? 幼少期と言うだけで随分変わるものだ。
「リリアンナ・モンリーズです。お呼び頂きありがとうございます」
「いいえ。この間のパーティには参加できず、ご挨拶も出来ずに申し訳ないと思っていましたの。来てくれて本当に嬉しいわ」
ふわりと微笑む姿はまさに天使。その可愛さに圧倒されているのは私だけではないようで、周囲の執事やメイド達みんなが微笑ましい笑顔を向けてくる。大広間に置いてある椅子も、病弱な彼女のためにわざわざ用意したのだと考えると屋敷の皆の過保護具合が伺える。こんなに可愛い天使じゃ、そうなるのも仕方がないが。
「メイドに聞いて最近流行しているパティスリーのお菓子も取り寄せたんです。ぜひ食べて行ってくださいね」
にこにこと笑いながら先導して歩く彼女に続く。その後ろを見守るようにシヴァと屋敷の執事が後をついてきた。