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第138話 学園祭に潜む影

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、もう終わりの時間になってしまった。アレクサンドがアナウンスを始める前に、会議室に戻ってみんなと合流しなければならない。


「それでは、ヴォルフガング様。今日はこの辺で」


 時計を示すと、もうそんな時間かとヴォルフガングも納得したように頷いた。礼をして去ろうと俯いた私に、ヴォルフガングが耳を寄せる。それと同時にシヴァの肩を抱き、こちらへ引き寄せた。周囲からは終わりの抱擁をしているようにしか見えないだろう。


「ヴォルフガング様……?」


 急なことに戸惑っていると、小さく低い声でヴォルフガングは囁く。




「アルベリヒとディトリヒの二人が、裁判の話を知った」




 学園祭の楽しげな喧騒が、一瞬遠のいた気がした。


「証拠を消そうと動いているのか、ワシの所にも二度刺客が来ている。人の口に戸は立てられん。緘口令は敷いていたが、どこかで漏れたようだ」


「裏切者がいる可能性は?」


「無いとは言えんな。どこかの口さがない者のミスか、はたまた裏切りか」


 シヴァの問いに、真面目な顔をしてヴォルフガングは答える。あの快活な笑顔を見せていた、気楽なおじさんには見えない。これが、騎士団長としての彼の姿なのだろう。


「そちらにも火の粉が飛ぶかもしれない。注意しろ」


 その言葉に私達が頷くと、ヴォルフガングは体を離した。先程までの真面目な表情とは一変、あの明るい表情に戻っている。


「名残惜しいが、お忙しいモンリーズ嬢をこれ以上引き留められん。ワシの我儘を聞き、もてなしてくれて感謝する! 第一王子殿にもよろしく頼む!」


 いつもの大声で笑いながら言うヴォルフガング。あまりの大声に周囲は少し引いている。しかし、この態度は“自分とリリアンナ・モンリーズは無関係”と周囲に思わせたいためなのだろう。アレクサンドに頼まれて、婚約者であるリリアンナ・モンリーズが客人に学園祭を案内したと。

 意図を察した私は、一歩下がって丁寧なカーテシーを披露した。あくまでただの客人なのだと、周囲に印象付けるために。後ろでシヴァも、他人行儀に礼をしている。


「ぜひ、またいらして下さい」


「ああ、ありがとう!」


 笑い声をあげながらヴォルフガングは去っていく。彼の背を見送り、姿が見えなくなると私は踵を返して会議室へ向かった。




 会議室からは明るい声が漏れ聞こえていた。扉を開けると、レオナルドとマルグリータが迎え入れてくれる。どうやら私が一番乗りだったらしい。


「あ、姉上! お帰りなさい」


「お疲れ様、二人共」


 レオナルドは私の姿を見ると嬉しそうに笑って立ち上がる。彼にエスコートされ、私は椅子に座った。


「聞いて下さい、お姉様。レオ様が急病人を運んで下さったんですよ」


 マルグリータが嬉しそうに話しかけてくれる。どうやら彼女に良い所を見せるために、相当張り切ったらしい。そんな武勇伝を聞きながらも、私の頭の中は混乱していた。


 ヴォルフガングならば、刺客は相手にならないだろう。それに関しては彼の強さに安堵しかない。それは良かったが、問題は相手にどこまで話が漏れているかだ。

 私とシヴァ、ヴォルフガングの関係を知っていればこちらが狙われてもおかしくはない。それを警戒してヴォルフガングは王城に泊まってもらっていたが、もしバレていたらそんなものは意味を成さない。いっそ私やシヴァも、王城にいて多くの警護に囲まれていた方が安全だろうか。でも、あの中でヴォルフガングは襲われたのだとしたら、安心はできない。


 アレクサンドとイザベラ、ステファンとメロディ、セドリックとロミーナ、そしてヤコブも、会議室に戻ってくる。必死に笑顔を取り繕うが、上手く笑えているか分からない。


『学園祭初日は、つつがなく終わりました。皆さん、楽しそうに過ごせています。明日も無事、開催できるよう――』


 アレクサンドの声が放送機材を通って学園中に響くのが聞こえる。ヴォルフガングの言っていた件をアレクサンドに質問しようと、そのことで私の頭はいっぱいだ。


「リリアンナ、大丈夫?」


 私の顔色を心配してか、イザベラが声を掛けてくれる。メロディも後ろで少し不安そうな顔をして、こちらを覗き込んでいた。私は安心させるように小さく頷く。周囲の人を心配させてはいけない。


 放送が終わり、アレクサンドの号令でみんなが解散する。そんな中、私は話があると言ってアレクサンドと二人で部屋に残った。イザベラ達が心配そうに見てきたが、気にせずに帰るよう促す。


 先ほどまでの喧騒が去った会議室は静寂に包まれていた。テーブルの上には書類が散乱しているが、アレクサンドがそれを端に避けた。彼と私は向かい合わせに座る。いつの間にか、音もなくシヴァも部屋の中に入ってきており、私の後ろに寄り添うように立っていた。


「今日、ヴォルフガング様から襲撃を受けた話を聞きました」


 私の言葉をアレクサンドは静かに聞いている。


「だから、私達にも注意するようにと……ヴォルフガング様は、大丈夫なんですか?」


「その件に関しては、外出時のことなんだ」


 アレクサンドは簡単に説明してくれる。騎士団と慣れ合っている間に一緒に外出をしてしまい、その出先のことだと。だから、王城自体に刺客が入り込んではいないらしい。

 とりあえずその話を聞いて私はほっと胸を撫で下ろした。一先ずは、外出を控えれば大丈夫そうだ。


「情報漏洩は調査中だが、密告者の存在よりも噂のせいだろうな。あのヴォルフガング殿のことだ。目立って噂にもなる。アルベリヒとディトリヒは警戒してはいるが、まだ王城に出入り可能だ。彼の姿を見て、私の客人だと知ったら色々詮索もする」


 確かに、あんな大男はそういない。あれで王宮を練り歩き、騎士団と戯れていれば「あれは誰だ」と噂にもなる。一応、アレクサンドの言葉を信用しても良いだろうか。


「では、お嬢様を襲撃したりする可能性は?」


「今は低いと見ている。それもあり、特に伝えなかったんだ。ヴォルフガング殿から悪事がバレることを恐れて口封じしようとしているとこちらは見ている」


 アレクサンドの言葉に納得したのか、シヴァは頷いた。とりあえずは、安心して良いらしい。


「いくらお強いとはいえ、警戒はして下さい」


「もちろんだ。私も彼に死なれては困る……自由奔放に動いてしまい、なかなか警護が難しいんだがな」


 困ったようにアレクサンドはため息をついた。そのため息と一緒に私の不安も少しは吐き出されたらしい。気分が落ち着いてきた。

 それでも、気を付けなくてはならない。今までは日本にいた感覚がどこか抜けていなかった。暗殺とか刺客とか、そういったものはお父様やアレクサンドのおかげか私の所に来たことは無い。だから油断していたのだ。

 第一王子の婚約者と言う立場だって、どうせ捨てるのだからと重く見てはいなかった。しかし、こうして目の前に突きつけられると、恐怖と緊張が走る。やはり、ここは安全な日本とは違う世界なんだ。

 私の肩に手が乗せられる。振り返ると、安心させるようにシヴァが私の肩を叩きながら微笑んでくれていた。その手を取って、私も彼に笑みを返して見せた。

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