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第十二話 仲直り

 婚約を断りたがっている理由を教えて欲しい。

 確かに、教えたほうが良いだろうし、アレクサンドは知っておくべきだ。私の意思を無視して、このまま本当に結婚してしまうかもしれないのだから。



「……好きな人が、いるんです」



 嗚咽が混じらないよう、呼吸を整えてそう口にする。いつもとは違う相手に告白するのは、なんだかとても気恥ずかしかった。


「結ばれることはないことなんて、分かっています。それでも、せめて傍にいたかった……王家に嫁いでしまったら、もう自由に会うことも話すことも出来ないんです。そんなのは嫌」


「うんうん。そっか……それは、確かに嫌だね。どうにかしてあげられると良いんだけど」


 優しいアレクサンドはそのまま一緒に考えてくれる。将来の嫁に好きな相手がいることをそのまま受け入れ、一緒に今後も逢引きできる方法を考えてるんだから滑稽だ。

 それでも、その表情は真剣だった。少し安心したのか冷静になり、改めて私も考える。反乱が起こる危険のある亡国の残党、彼らを落ち着かせる材料が私だという。それならば、結婚する前になんとかその残党を落ち着かせることは出来ないだろうか。もしくは私自身が実績を積んで、力を得て、その地域を治める代表になるとか。亡国の王家に所縁のある者が統治した方が、混乱も収まりやすいだろう。現状残党を落ち着かせるのは、私には無理に近い。どこにいるかも誰が代表かも分からない相手に、小娘一人が立ち向かえるわけがない。

 おまけに【魅了】がちゃんと収まっているかも怪しいのだ。残党を倒すためにと勝手に外出して、またあんな目に遭っては元も子もない。

 可能性があるのは後者。王家からも貴族からも、周囲の誰が見ても私に地域を渡しても良いと思われるだけの実績と信頼を勝ち取らなければならない。

 どうやって? そう考えた時に、ふと閃いた。私にはゲームの知識がある。今後ゲームのメインシナリオで起こる大事件を防ぐことが出来たら。それは、大きな実績になるのでは?


「……もし、ですけど」


 私の言葉にアレクサンドは顔を上げて私を見た。その目を真正面から見返す。


「何か私自身が周囲から認められるような……何か大きな実績を残せたら、褒賞としてその地域を頂くことは出来ますか?」


「確かに、そうならその地域を君に頼んで治めてもらうことも出来るけど……そんな実績なんて、どうやって?」


 きっと彼には私の話が荒唐無稽に映っていることだろう。信じられないものを見たかのように、目を見開いている。そんな彼に私は笑ってみせる。


「どうやって、じゃなくてやるんです! 見てて下さいね、アレク様。私、絶対何か大きな実績を残して、貴方との婚約を解消してみせます!」


 そう言い張った私に、今までの優しい笑みとは違う子供らしい笑い方でアレクサンドは返事をした。


「うん、分かったよ。もし実績を残したら、褒美にその土地をあげる」


「約束しましたよ! 絶対ですよ!」


「うん、うん」


「なんなら、アレク様も好きな相手が出来たら婚約解消して良いですからね! 私、全力で応援します!」


「え⁉ 僕が、誰かを、好きに?」


 私の勢いに乗せられて返事をしていた彼は素っ頓狂な声を上げる。政略結婚しかすることが無いと高をくくっていた彼には、ありえない話だったのだろう。


「そうですよ。もっと大きくなって、いろんな方と出会えばそんな相手も出来るかもしれません。アレク様が私の恋を応援してくれるなら、私も応援します!」


「ダメだった場合、そのまま僕と結婚することになる可能性の方が高いんだけど……?」


「そしたらお互いに恋の悩みを相談できますね。恋に破れた者同士として一緒にいられますよ」


「随分と外聞の悪い者同士だなぁ……まあ、周囲には秘密だろうけど」


 彼が将来好きになるとしたら、誰だろうか。やっぱりゲームのヒロインちゃんとか? そんなことを考えるとわくわくしてくる。

 すっかり元気になった私は、困ったような顔をしたアレク様に手を伸ばした。その手を彼は握り返してくれて、お互いにしっかりと握手を交わす。


「約束しましたよ? これからよろしくお願いしますね、アレク様」


「なんだか予想以上に面白い人だね? 僕の婚約者殿は」


 それから色々な話で盛り上がっていると、帰る時間になったのかお父様が迎えに来てくれた。国王陛下も一緒だったようで丁寧に挨拶を交わす。そのまま何事もなく、私は帰宅することが出来た。帰りの馬車の中、表情が明るくなっている私を見てお父様は安心したように笑っていた。


「婚約者とは気が合うみたいで良かった。そのまま仲良くするんだよ?」


「はい、もちろんです!」


 その言葉に安心したのか、お父様はそれ以上何も言わなかった。




***




 結局あの時のお菓子が全部食べ切れるわけもなく。お菓子は綺麗に包んで持ち帰らせてもらった。そのお菓子を仲直りのためにシヴァと食べたい、と伝えるとお父様達は快く準備をしてくれた。私の様子を見て、もう駄々をこねたりしないだろうとでも思っているらしい。

 家に着くと部屋着に着替え、渡された二人分のお菓子が入ったバスケットを抱えて私はシヴァの自室へと向かった。移動時間もかかるし、王城にいた時間も長かったせいでもう夕方だ。少し暗くなった廊下を歩き、シヴァの部屋の前に着く。コンコンと扉をノックをするが、返事はない。


「シヴァ」


 声をかけると、微かに何かが動いたような気配がする。中にいることは分かっているので、部屋の主の許可は取らずにそっと扉を開けた。明かりが点いていないせいで、部屋の中はやけに暗い。窓のカーテンも閉めっぱなしで、外からの光すら入らないせいだろう。入り口付近のスイッチを押すと、途端に部屋が明るくなった。

 モンリーズ家は使用人部屋ですら個室があり、そこそこの広さがある。トイレやシャワー室もあり、設備で言えばホテルが近い。クリーム色の壁にフローリングの床、大人用のシングルベッド、テーブル、椅子、本棚、書き物机、クローゼットなどの収納にトイレに続くドア。

 扉を閉めながら一通り部屋を見渡し、一か所に当たりをつけて足を進める。明らかにベッドの上には人がいるであろう膨らみがあった。


「シヴァ」


「……」


 返事はない。バスケットをテーブルの上に置き、私はベッドの端に腰かけた。シヴァは布団を被って丸くなっているのか、ここからじゃ顔は見えない。


「ルネがシヴァは自室にいるよって教えてくれたの。居留守しようだなんて、酷いじゃない」


「……婚約者はどうしたんだよ」


「お会いしてきたわ。とっても優しくて親切な方だった。心配してくれてたの?」


 そう言うが答えない。顔も見えず、シヴァが何を思っているのかもよく分からない。それでも元の関係に戻りたくて、必死で言葉を紡ぐ。


「シヴァ、ごめんね。バカって言って」


「……別に? 本心じゃ無いことは、知ってるし」


「うん、そうだよ。バカだなんて思ってない」


 ふふっと笑うと、シヴァ入りの布団がモゾモゾと動いた。どうやら私と反対側を向いていたらしく、寝返りを打ってこちらを向いてくれたみたいだ。辛うじてシルバーグレイの髪が覗いているが、顔はまだ見えない。


「あのね、私、色々決めたことがあるの」


 シヴァだけには全て伝えておこうと覚悟を決めていた。なんて言われるだろうかと想像すると、呆れた様子でこちらを見る彼しか想像できず笑ってしまう。



「シヴァ聞いて……私、第一王子殿下に貴方が好きなんだってはっきり言ってやったわ」



「はあ⁉」


 あまりにも予想外だったのか、シヴァは布団を跳ね飛ばして起き上がった。ベッドの上で四つ這いのままこちらを見る。


「大事な婚約の話で、なんてことしてんだよ!」


「嘘は言ってないんだし、それは良いの!」


「良くねぇだろ……」


 片手で顔を覆い、完全に呆れている。予想通りの反応につい笑ってしまった。今は黒いズボンに白いシャツだけの簡素な私服を着ていて、髪も縛っていない。髪を下ろしている姿はいつぶりに見るだろうか。そもそも、まともに顔を合わせるのも一週間ぶりだ。

 シルバーグレイの髪が肩や背中にかかっていて、とても綺麗。


「それでね、彼にお願いしてきたの。もしも私が何か大きな成果を上げたら、婚約の原因になった地域を下さいって。そこを私がちゃんと治めれば、私と婚約する意味はなくなるはずだから」


 話しながら、散らばった彼の髪を手櫛で綺麗に纏める。話終わる頃には、シヴァとの距離はだいぶ縮まっていた。顔を覆っていた手が外されて、彼の空色の瞳と目が合う。瞬時に胸が高鳴ったのが分かり、恥ずかしくなって私は目線を逸らした。


「そ、それでね。そしたら、私はその地域に行くことになると思うの。そしたら、シヴァは……」


 言え。ちゃんと言わないと。


 あの時の告白が脳裏に過ぎる。好きだと伝えても響かなかった悲しみと不安に声が詰まりそうになるが、今度こそ応えて欲しいという願いを込めて口に出した。


「私についてきてくれる?」


 結婚は出来ないと分かっている。それでも、私の執事として傍にいて、支えてくれるかどうか。それはもはや、プロポーズにも近い言葉だった。

 心臓が早鐘を打つ。さっき顔を逸らしてしまったせいで、もうシヴァの顔は見られない。どんな表情をしているかも分からず緊張していると、不意にシヴァの髪に触れていた手が強く握られた。顔を上げると、ベッドに座ったシヴァが私の手を掴んでこちらを見ている。からかうような視線に、いつもの彼だと分かり安堵した。


「それ、オレがいないと意味ないだろ」


「ほんとよね」


 シヴァがいなければ、わざわざ婚約を解消した意味がない。指摘されて気付いた私は、安心したのもあって笑ってしまった。シヴァも一緒に笑ってくれる。

 ああ、ちゃんといつもの二人に戻ってこれた。きっと今夜自室に戻ったら、緊張からの解放感と安心と嬉しさで泣いて過ごすに違いない。


「そうだ。お父様にお願いして、特別にお菓子を持ってきたの。王宮のを貰ってきたから、美味しさは保証できるわよ!」


 立ち上がった私はテーブルに近付こうとするが、シヴァが手を掴んだままなのでそれ以上近寄れない。不思議に思い振り返ると、彼はモソモソとベッドから出て立ち上がる最中だった。それでも手は放してくれない。なんだか嬉しくて、結局彼を待ってしまった。


「夕食前だから、ケーキ一つだけって言われたの。私は桃のタルトで、シヴァはベリーチーズケーキね。シヴァ、ベリー系好きでしょ?」


「なんで知ってるんだ?」


「好きな人のことだから、分かるんだよ」


 いつも一緒におやつやご飯を食べていたので、その時の反応で大体の好みは分かる。いつも表情が固くて慣れない人だと分かりにくいかもしれないが、慣れてしまえば彼の表情の違いなんてすぐに分かるのだ。

 持って帰るためにシヴァが好きなお菓子をわざと避けて食べていたことは秘密。一緒にテーブルを囲んでケーキを食べながら、私達は離れていた一週間分の話をした。そんな中、私は心の中で決めた夢を語る。


「シヴァは私のこと、そういう意味で好きじゃないかもしれないけど。でも、私頑張るから」


 そう言うと、シヴァのフォークを持つ手がピタリと止まった。


「いっぱい頑張って、今度こそシヴァに私を好きになってもらうの! それで何か成果を上げて、婚約解消して、一緒に領地経営するのが私の夢!」


 応援しててね、と言うと本人に言うことじゃないだろうと却下されてしまった。少し落ち込む。


「……お前、それ王宮でも食べてきただろ」


「うん。なんで?」


「リリーは桃が好きだから」


 いつの間にか私の好みがバレバレだったことに気付き、恥ずかしくなって顔を赤くする。それと同時になにかが頭の中で引っ掛かったが、私はそれどころじゃなかったので考えるのをやめた。

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