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第七十四話 ロミーナの立ち位置

 ロミーナ・アマトリアンは焦っていた。

 新学期になってから、婚約者であるステファン・サンスリードがどうもとある女子生徒にご執心のようなのだ。彼女自身、親の決めた政略結婚でステファンに対して恋愛感情など持ってはいなかった。それでも、長らく婚約関係にあった相手ではあるし、実家と不仲になった彼女に縋れるのはこの婚約者ぐらいしかいない。


「ステファン様、教室に戻られますカ?」


 王族専用食堂でいつものようにみんなと昼食を摂った後、ロミーナはいつものように婚約者にそう声を掛けた。彼は机に座りながら、今年入学してきたメロディ・ルベルゾンという女子生徒を目で追っていた。彼女は彼女で、こちらと目が合うと何も知らずに微笑んでくる。それに対して彼も口の端を上げて頬笑み返す。そんな表情は、この数年間見たことが無かった。


「悪いけど、今日は残っていくよ」


「……そうですカ」


 別にいつも断られるわけではない。婚約者らしく、一緒に教室に戻る時もあるのだ。昨年まではそうしていたが、今年からはその確率は半分程度。婚約者としてロミーナを気遣い、共にいる時間を作ることが半分。愛しい女性と共にいられる時間を作ることが半分。一緒に帰れるときは、ロミーナは頑張って仲直りをしようと何かと話掛けてきた。しかし、無口なこの婚約者は積極的に話には乗ってこない。


「先に帰っていますネ」


 小さく呟くと、あくまで平静を装いながらロミーナは淑女としての笑みを作り部屋を去っていった。一人で教室に戻るのも、別に悪くはない。しかし、道中の周囲の仲睦まじそうに寄り添う婚約者同士が視界に入ってしまい、自分だけが浮いてる気がしてならなかった。


『せ~んぱい♪』


 背後から聞こえた声に、ロミーナは振り返った。当然のようにライ語で話しかけてくる彼の登場は、最近では当然のように思えている。


『セドリック様』


『また泣いてるんですか?』


『泣いてなんか……』


 セドリック・カンナバーロ。彼の菫色の目で見つめられると、ロミーナはそれ以上何も言えなくなってしまう。純粋で真っ直ぐなその目に、何もかも見透かされてしまっているのが分かるから。


『……なんでこんな時にばかり、貴方は会いに来るんでしょうね?』


 正直、セドリックとの関わりがロミーナの中では確かな癒しになっていた。三学年のロミーナと、一学年どころか飛び級のためそれ以上に幼いセドリック。年の離れた2人は、傍目からは仲の良い姉弟にしか見えない。そのためか、彼がロミーナを教室まで送っていっても、同じクラスの者に見咎められることはなかった。

 周囲には他に扱う人のいないライ語が流暢に話せるというのも大きい。学生程度であれば、使えても簡単な日常会話程度。少し早口になる上に、若干地方特有の訛りが残るロミーナの話を正確に聞き取れる者は少ない。


『そういえば、貴方はどうしてこんなに私に構ってくるんですか?』


『……絶対に馬鹿にしない?』


 三学年の教室へ帰る道中。ふと気になりロミーナはそう尋ねてみると、セドリックは気まずそうに俯いた。


『ええ、もちろん』


『……母様にね、似てるんだ。先輩が』


『それって、セドリック様の?』


 噂程度だったが、セドリックの母が早い内に亡くなったことは知っている。カンナバーロ家は、あれから後妻すら迎えていないとか。


『親離れしてないとか、馬鹿にしない?』


『いいえ』


 不安そうにこちらを見上げる姿は、本当に弟のようで可愛らしい。自分に兄弟がいたらこんな感じだったのかと、少し想像してしまう。


『それだけ誇れるお母様がいるなんて、羨ましいです』


 ロミーナの母は、ストレス発散のためにいびり、暴力を振るう。そんな母しか知らないロミーナには、純粋に母を慕うセドリックの姿が眩しかった。


「ロミーナ嬢」


 突然響いた聞き慣れた声に、ロミーナは足を止めた。振り返れば、いつも仲良くしてくれているリリアンナ・モンリーズが立っていた。

 淡い紫色の髪を今日はクルクルに巻いており、リボンでツインテールになるよう結んである。薔薇色の瞳は、心配そうにこちらを見ており、胸元で手をぎゅっと握り締めている姿は胸を打つほど美しかった。


「お話したいことがあって、少し良いですか? セドリック様とお話中でした?」


「あ、大丈夫ですよ。ただの雑談なので」


「ごめんなさイ、セドリック様」


 セドリックに申し訳なさそうにお辞儀をすると、ロミーナはリリアンナに小走りで走り寄る。ちらりと振り返ると、セドリックはまだロミーナを見つめていた。目が合ったと気付くと微笑んでくれる。その笑みに安堵して、ロミーナは今度こそ振り返らずにリリアンナについて行った。






 ***






 ロミーナを連れて来た場所は、庭園の端のベンチだ。周囲は近くの温室を囲う生け垣や外壁で死角になっており、近くまで来なければここに人がいることなど分からないだろう。シヴァとの散歩中、たまたま見つけたここは秘密の話をするにはちょうど良い。シヴァも私から離れた場所で、周囲に人が来ないか見張って待機してくれている。

 1つのベンチに隣り合って座った私は、隣りに座るロミーナに向き直った。彼女は何の話をされるのか分からず、不思議そうにしている。気まずくはあるが、動けるならば早めに動かなくてはと覚悟を決めて、私は口を開いた。


「ロミーナ嬢、ステファン様との関係は大丈夫そうですか?」

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