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プロローグ

 二学年目の春。

 卒業生を送別するパーティが、悪役令嬢リリアンナ・モンリーズの婚約破棄が言い渡される会場だ。広々としたパーティ会場には、全学年の生徒とその関係者である親や教師達が揃っていた。部屋の端には専属のメイドや執事が控え、給仕を行っている者もいる。

 それら全員を見渡すように、この国の第一王子であるアレクサンド・リヒハイムは壇上に上がった。後ろに控えるような形で私も壇上へと上がる。

 何事かと静まり返ったパーティ会場の視線を一身に受けたまま、アレクサンドは口を開ける。


「リリアンナ・モンリーズ公爵令嬢。君との婚約は解消させてもらう」


 告げられた言葉に対し、私はドレスの裾を摘み丁寧な礼をした。顔を上げ、笑顔で返事をする。


「そのお言葉、快く受け入れさせて頂きます」


 会場が騒めきたち、驚きに包まれる。それに対して壇上の私達は平静のまま、事前に準備しておいた婚約解消の書類にサインをした。サインを終えて振り返ると、会場の面々が私達を見上げている。

 困惑している者、冷静に周囲を観察する者、面白そうに笑う者や、今後自分が王子と婚約出来る可能性を考えほくそ笑む者。様々な視線や思惑が渦巻く中、周囲の視線は気にせずに、私は会場の奥にいる専属メイドのシヴァを見つめていた。

 遠くからも目立つ高い身長に、端正な顔立ち。切れ長の目は長い睫毛に彩られて、空色の瞳が輝いている。艶やかなストレートの黒髪は後頭部で一纏めに結わえていた。

 今の彼は、編み込みに混じるシルバーグレイの髪がチャームポイントの、美しく真面目そうなメイドそのもの。普段は無表情でクールなのに、珍しく心配そうに表情を崩すシヴァに私は微笑んで見せた。


 私はまだ、バッドエンドに進んではいない。私にとってのバッドエンドは、第一王子アレクサンド・リヒハイムとの婚約解消ではないのだから。




***




「だって、どうせ皆様、私の言うことを信じてしまうんだもの」

「それだけの魅力が無いあなたが悪いのではなくて?」

「……おかしい! こんなの、おかしいわよ!」

「男は皆、私の言うことを信じ、私の思う通りに、言う通りに動いてくれる」

「それが当たり前のはずなのに!」


 美しい声が狂った価値観を語る。脳内に流れたこの声は、かつてプレイしたゲーム内ボイスのものだ。

 リリアンナ・モンリーズ。

 彼女は国一番の美女と謳われていた。全ての淑女の模範とも言われる第一王子の婚約者であり、次期王妃。政治にも経済にも名を轟かせているモンリーズ公爵家の一人娘。外見の美しさ、場を明るくする華やかさ、洗練された細やかな仕草に、聡明な頭脳と豊満な魔力。

 どれをとっても、他人が並び立つことはない社交界の華。それが、ゲーム内での彼女の設定だ。基本的にはどのルートを辿っても、彼女はヒロインに明るく優しく友好的に接してくれる。


 ーー第一王子、レオナルド・リヒハイムを攻略対象にさえ選ばなければ。


 第一王子ルートに入った途端、彼女は豹変する。その美貌と権力、周囲からの信頼を下にヒロインが第一王子と結ばれないよう全力で阻止してくるのだ。美しいはずの笑顔が恐ろしく感じるほど、徹底的に。

 涙を流し被害者ぶりながら悪い噂を立てたり、父親を説得して家門を追い詰めたり……

 はっきりとした言葉を使わず証拠も残さず、巧みな話術で心理操作して周囲から虐められるよう焚き付ける。彼女の悪事の証拠を集めるのは困難を極めた。しかし、彼女を追放しなければ第一王子の攻略は不可能。そのため第一王子ルートの攻略難易度はゲーム内最高の物となっていた。


 リリアンナの行動原理はただ一つ、揺ぎ無い権力と財力のみ。それを追い求める理由は極度の男嫌いのせいだ。

 幼少期から有名だった美しさのせいで数多の男から狙われ、襲われ、騙され続けてきた。その恐怖が染みついてしまい思い悩んだ結果、男は嫌悪するべき対象。男ならば、自分のために身分や家財、命すら投げ捨てるのが当たり前。男とは見下し、思う通りに動く自分のコマ、家畜以下の存在としか思わなくなってしまったのだ。

 そんな思考に陥った彼女は婚約者の第一王子すら愛することはなく、周囲の男に愛嬌を振りまき魅了しながら自分の好き勝手に、自由になるよう操る。その手腕に権力と財力が合わせられれば、もう男に見下され騙され襲われることもなくなる。男が嫌いで、怖くてたまらないからこそ自分の配下に置き反抗出来なくしてしまう。

 それが最強最悪のライバルキャラ、悪役令嬢リリアンナ・モンリーズだ。


 そんな彼女のことを、何故私は反芻しているのだろう。




***



「リリー? どうしたんだ」


 声を掛けられて、ふと我に返る。リリーは“私”の愛称だ。目を開けて顔を上げれば、“私”と同じ薔薇色の瞳をしたお父様が立っている。

 ん?

 どうしようもない違和感を覚えた。私は黒髪黒目の純日本人だったはずだ。でも、当たり前のようにこの状況を受け入れている“私”がいる。


「なんでもないんです。おとうさま」


 口から零れた声は少し舌足らずで可愛らしい。“私”の言葉に満足したのか、お父様は顎髭を撫でながら笑いかけてくれた。お父様は妻を亡くし、一人娘である“私”を溺愛しているのだ。

 その記憶に、また不思議な感覚を味わう。分離している物を無理矢理かき混ぜて一体化させようとしているようだ。混ざりそうで混ざらず、二つの記憶と意識が交互に浮かんでくることによる激しい違和感。

 これは、いったい何?


 ふと気になり、私は窓を見る。窓ガラスには、柔らかなドレスに彩られた可憐な女の子が立っていた。年は4、5歳くらいだろうか。白い肌に幼子らしくぷにぷにとした小さく可愛らしい手足。肌が薄いのか唇や頬は血色がよく、ほどよく赤みを帯びている。腰まで伸ばした淡い紫色の髪は陽光に照らされて光輝いており、メイドが丹精込めて編み込みや花の飾りを付けてより華やかに魅せていた。その顔は酷く整っており、誰が見ても将来は絶世の美女になることが簡単に予想できてしまう。不思議そうに窓を見つめた薔薇色の瞳が一度瞬きをすると、音が聞こえそうなほど長く豪華なまつ毛が揺れる。

 私がこくりと首を傾げると、窓に映った女の子も同じように首を傾げた。そこでようやく、あれは“私”なんだと理解する。そして、この容姿は記憶の断片とぴったり一致した。

 完璧とも呼べる容姿に派手なドレス。明らかに日本ではありえない外見の父親。そして、反芻していたキャラクター設定。

 彼女は、私だ。

 乙女ゲーム内の悪役令嬢リリアンナ・モンリーズ、彼女なんだと。

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