威厳
「先生!質問があります。この問題なんですが…」
「おーいさっきも言っただろう?この問題は自分達で考えなさい。」
クラス中からどんよりとした「えぇ…」という声が響く。
「今日この問題しかやってなくね?」
「これ休み時間潰れるやつ?」
「根こそぎやられたわぁ。」
「はい、喋ってないで解くっ!やり方は今までやってきたことを組み合わせる応用問題だから。絶対できるぞ。」
何か言いたげな顔の生徒も、ふんっと鼻を鳴らしてシャープペンシルをカリカリさせる。
私も学生時代あったなぁ。何故かありえないくらい難しい問題が出てカリキュラム通り進まないやつだ。教員になって今年で20年。学年主任まで務めるようになった私からしても、まぁこの問題はさすがに難しい。それは認めよう。
なぜなら、俺も分からん。
いや違う。分からないのではない、ド忘れした。
誰しもあるだろう。絶対に忘れるわけないことをなぜかその瞬間だけ忘れてしまうこと。頭が回りに回ってもう思い出せない領域まで行くことすらある。今私はそこにいる。右脳と左脳が入れ替わりすぎてDNAのような二重らせん構造が形成されそうだ。なんだっけなぁ…この問題。休み時間まであと10分。必ず授業終わりには答え合わせをして休み時間に入るのが当たり前だ。こんな訳の分からん問題にアディショナルタイム追加されてたまるかって話だ。そうだな…ここは様子を見るように見回って、ノートを見てインスピレーションを得よう。答え合わせまでに、なんとしてでも解答を導かねば!私は教卓から教室を時計回りに歩き出した。
…うむ、どれも違いそうだ。
やはりこの私すら忘れてしまうほどの問題だ。とても生徒には…ん!?
「え、なんですか先生。」
「うぉっ!?え、うううんん。なんでもない。失礼した。」
…今の佐々木のノート…!今の佐々木のノート!!
明確に√3って書いてあった。国語の授業なのに。ノートの1ページ丸々使って。だが、惜しくもある。朧気な記憶だが、文字数が少なかった。だとしたら√3も圏内だ。
落ち着け、落ち着くんだ私。
あと7分か…これ宿題も視野になってき───。
「先生〜。」
「お、解けたか?どれどれ見せてみろ。」
「発光ダイオードかピロシキ使いますか?」
「!?」
その手があったか…っ!!!
「おぉ?うーむ、中々いい線まで来たんじゃないか!その感じだとクラスで唯一トロフィー解禁してるな。」
「何言ってんだ先生?」
もう少し…もう少しで出てきそうなんだっ!
発光ダイオード、ピロシキ、√3…。
くそっ。なんて私は弱いんだ!学年主任がこんなではこの子達の未来は━━━。
「仲川…。」
静まり返ったクラスの中ただ1人、仲川は左手をピンと挙げた。
「解けたのか!?仲川!お前の解答を…ぜひ見せてくれっ!」
仲川の勝ち誇った顔。ありえないくらい右の口端が上がっている。クラスのみんなが仲川と私を見つめる。その時間、約5分。もうまもなく授業が終わる。早く、、早くこの静寂を破って答えを叫び散らかしてくれぇぇっ!
仲川は「スゥゥゥ」と息を吸って学校中に響き渡る大声で。
「小指の2っ!」
「宿題だ。」
チャイムがこんなに大きく聞こえたのは初めてだった。