第六八話 急かしすぎはよくないけど、急かしたかいがあった
故郷を離れている間、歴史に名前を残した人物と出会い、幾人かと交流を重ねてきた。その中の一人が、今、目の前にいきなり現れた張飛だ。
名前から分かる通り、彼の姓は張、名は飛、字は翼徳。出身地は劉備と同じ幽州涿郡涿県である。万夫不当の猛将であり、その武勇は天下に広く評価されていた。しかし、度々、部下に暴力を振るっていたので恨まれて、寝首を掻かれてしまい、三七年後の二二一年に亡くなる。
「なにしてんだ?」
頭を左手でポリポリと掻く張飛。ちなみに右手には矛を持っていた。
彼の容貌は額を晒した長髪にドングリ眼で、腕が常人の首並みに太く、身長は六尺(一八〇センチ)以上ある。記録と違ってなぜか髭はない。まだ一六歳だからか? また、腕の太さが分かったのは袖が無い、黄緑色の長袍を着ていたからだ。この時代にしては斬新なファッションだ。
「私の台詞ですよ、なんですか今の『おらおらおら! 俺様、登場!』って」
私は彼の真似をしてやった。
「田ちゃんよ、俺様が考えなしに叫んでると思ってんだろ」
「もちろん」
張飛は部下に対してはとんでもないパワハラ野郎だが同格以上の人物とは仲が良く、意外にも知識人を心から尊敬している。そのせいか、武芸大会を通して仲良くなったので臆することなく接することができるようになった。
「チッチッチ」
張飛は指を立てて、舌を鳴らす。
「今、賊に攻められてんだろ? 大声を出して敵を脅かしてやろうと思ったんだ。その隙にこれでグサリよ」
「危なっ! 矛を向けないでくださいよ」
「悪い悪い」
持っている矛を私の眼前に突きだした張飛は悪びれる様子もなかった。
「田豫! 誰だよ! このゴツイやつは!」
妙にテンションが高い閻柔。張飛のように体格が良い人間は珍しいので無理もない。
「私の友達で、張飛という名前です」
「お前さんは誰だ?」
閻柔の疑問を解決してやると、今度は張飛が疑問を挙げる。
「閻柔って言うんだ。おいらも田豫の友達さ」
「おおそうかあ! 歳はいくつだ?」
「一六だ」
「俺も俺も!」
張飛は閻柔が同い年だと分かると、親指を自分に向けて激しく自己主張する。
次いで、二人は互いに両手の人差し指をお互いに向け、
「「タメじゃ~ん!」」
お互いに抑揚のついた声を出していた
なんじゃそりゃ。
これが今のティーンエイジャーの流行りか。いつの時代も若者の流行の移り変わりは早い。去年は右肘と左肘を順にぶつけ合いながら小気味良く「また! 明日!」とか言う、別れの挨拶が流行ってた。
「そんなんいいですから、張飛がなぜここにいるか教えてください」
「おおそうだ。俺達は田ちゃんを探しに、わざわざ雍奴県に行ったんだよなあ。でも、魚陽県いるっていうから来てみれば大変なことになってるから、劉兄に言われて様子を確認してこいって言われたんだ」
「劉兄って劉玄徳のことですか?」
「おう! あっ! そっか知らねえんだな。実はな」
張飛はハッとして何かを言うとするが、
「言わなくても分かりますよ。劉殿と義兄弟の契りを交わしたから劉兄と呼んでいる。それと私を探してた理由は…………挙兵のためですね」
内心、自信がなかったので言い淀んでしまった。
「おおおお! すげ!」
感嘆の声を上げる張飛。
私塾で劉備、武芸大会で張飛に出会ったが、二人は互いに知り合いではなかった。かといって二人を巡り合わせるように取り計らうことはしなかった。早めに出会わせた結果、気が合わなかったり、険悪な仲になったときのことを考えてしまい会わせなかった。
これに関しては、ただの杞憂。蜀国ファンとして、劉備の配下に張飛が欠けてしまうなんて考えられないと思っただけだ。
「でも挙兵自体はもういつでもできるというか、できてんだよな」
「⁉」
私は張飛の言葉を聞いて瞠目し、素早く城壁から身を乗り出す。張飛がよじ登ってきたであろう場所を確認しつつ、外に目を向ける。城壁の下には、はしごがかかっており、その周りに矛を持った人が五人いた。それから南側へと目を向ける。ここは城郭の北東に位置するので南を見れば東門が目に入る。
東門からに離れた場所に陣を取っている軍勢がいた。東門から道に沿うように配置されてある篝火のおかげで少なくない数の騎兵がいることも確認できた。武器や鎧のようなものを身に着けていると思うが、距離が離れすぎて見えない。
「あそこにいる連中が俺様達の軍だ。今、官軍と話をつけるために使者を遣わせてる最中だ」
背後にいる張飛が軍勢について説明してくれた。あの軍勢の中に劉備がいるに違いない。まさか、あそこまで準備ができていたとは……挙兵や黄巾賊について話しといて良かった。それとなく、兵法書を早い段階で勧めたことも功を成したのかもしれない。




