第一八四話 智謀湧く名士と佐軍司馬
沮授と出会った地点から北側を部下に偵察させたところ、下曲陽の県城から五〇里(二〇キロ)の地点に郷(集落の集合体)があり、そこに少なくない数の黄巾賊がいるという報告がきた。
そして、その郷では周辺の集落から食料を集めていること、馬車に食料を載せていること、その二つの情報から郷は兵糧庫として扱われていることが明白となった。この情報は周辺の集落にいる村人が偵察させた兵に泣きついたことによって得た情報だ。
「あ、ありがとうございます! お、俺をしばらく、あ、あんたらのところで匿ってくれよ! 食料を運ぶのを黄巾賊に頼まれたんだけど、放棄しちまったから戻るとぶっ殺されちまうよ!」
偵察させた兵が連れてきた村人は涙を流し、悲痛そうな顔をしていた。非戦闘員でもできることはあるので彼を受け入れよう。
「その者には兵馬の面倒を見させることにしよう。貴方はそれで構いませんか?」
「え、お、おう」
村人は怪訝そうな顔をしながら、私を見た後、近くにいる兵に話しかけた。
「なんで子供がこんなに偉そうなんだ?」
普通に聞こえる声でそういうこと言うな。その後、村人が私が佐軍司馬だと知ると頭を地面に擦りつける勢いで謝罪をした。
黄巾賊の兵糧庫が見つかった以上、うかうかしてられない。私はすぐに部下達に次の指示を出す。
まず、兵糧庫を探らせるために偵察に出した程全と閻柔の部隊、呼銀の部隊、そして田疇の部隊をここに呼び寄せるために部下を伝令を頼んだ。
私は残った手勢を率いて林の中に身を隠していた。もちろん、沮授と彼の従者もいる。幸いなことに沮授が保有している運搬用の馬車に載せてある食料を分けてもらえるのでここで一晩過ごしても問題はない。
「偵察に行かした人達が戻ってくるまでに色々と考えることがありますね……」
林の中の開けた場所で部下たちに休憩を取らせ、沮授と向かい合いながら、兵糧庫を攻める算段を考えてた。
盧植の下に使いを送って、兵糧庫を攻める部隊を編成してもらい攻めてもらおうと思ったが、さすがに黄巾賊に気付かれるだろう。
「並々ならぬ実力者達がいるので、正面突破で兵糧庫を攻めることは不可能ではないと思いますが……」
「何か心配事でも?」
私が尻すぼみに喋り、不安を露わにすると沮授が反応した。
劉備と盧植の下には趙雲、関羽、張飛、徐晃等、一騎当千の猛者がいる。正直、正面突破でも負けるとは思えないが不安要素は幾つかある。
「川越えを心配なさっているのでしょうか」
「川を越えるときに攻撃されれば一溜まりもないですからね」
確かに、下曲陽を川越えしなければここには辿り着かない。それでも皆が負けるとは思えない。
「――兵糧庫を奪取できれば、当然、戦況を有利に進められます。いずれは籠城している相手を打破することは可能でしょう」
「しかし、決定打にはならないとおっしゃりたいのですね」
私は沮授がつぎ足すように言った言葉に頷いたあと、口を開く。
「どうせ兵糧庫を攻めるなら、もっと効果的な戦術を取りたいです。あえて大軍を兵糧庫に向かわせます。そこで黄巾賊が打って出たときに伏兵で攻撃させます。下曲陽の周りに遮蔽物はないですが、ここには林があります。敵が打って出てきたら、ここに潜ませていた兵で挟撃するのです。もし打って出てこなくても私達は兵糧庫を得ることができます。名付けて二重窮地の計です」
「いい手ですね。即座に計略が思いつくと辺り、噂以上の策士です」
まさか、あの沮授に策士なんて言われる日がくるなんて。ついにそこまできたか私も。
少し、調子に乗って小躍りしたくなったが、
「僭越ながら、私も一計を授けて……三重窮地の計に変化させましょうか」
沮授は穏やかな口調ながらも、不敵な笑みを浮かべ、私より上位互換っぽい策を提示してきた。
稀代の軍師になれるかもしれない沮授が一体どんな案を持ち出すのか楽しみだ。