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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄とか悪役令嬢モノっていったら、バカ王子がそんなんやったら内戦勃発するからっていうありえないのじゃん!?なんでガチな内政と権力闘争負けてギロチン台からの逃亡劇から始まるわけ?

作者: 夜桜月霞


 前略、一足先に国外へ逃亡されたお母さま、お元気でしょうか?

 悲しいお知らせになりますが、お父さまは先ほど断頭台にかけられ、お亡くなりになしました。

 お母さまとお父さまに天才だと言われ続けて、わたくし自身うぬぼれぬように自省して己の身の振りを考えているつもりでしたが、今回の一件を見るにやはりわたくしもまだまだうぬぼれがあったように思います。

 すべてはヘッセンヴェル家と我らが大公国の為と思っての行動でしたが、こんな結果になってしまい、エカテリネは悲嘆に暮れ、侍女との亡命の徒についております。

「お嬢様、そろそろ」

「もうそんな時間なの? まったく、わたくしが死んだ暁には、相対性理論を考えた神とやらをぶちのめしてやりたいわ」

「はは。それはいいですね。お供します」

「ええ、お願い」

 私のつまらない冗談に、侍女のミリアリネは楽しそうに微笑みを返してくれる。

 手記を閉じてペンをしまいながら、干し草が詰められただけのベッドから立ち上がる。

 採光用の穴、もとい窓からは茜色の西日が見える。ここは二階だから、その下、踏み固められただけの道を行きかう人々が見えた。

 木造に建物に、ボロを着た市民たちがせわしなく行きかう町並み。

 ロバと牛を掛け合わせたようなこの世界のありふれた家畜が荷馬車を引いている。荷台に乗った今日の仕入れの品でいくら利益を出そうかと皮算用する商人の姿。行商を護衛する傭兵たちを引き込んで稼ごうとするする食事屋の店主。そんな人たちで溢れちている。

 異世界ファンタジーらしい、十六世紀ヨーロッパみたいな生活水準と、封兼的な貴族政治。現代人からは到底思いもよらないような驚くような風習やらなんやら。

 少なくとも私はこの世界に上下水道とトイレの概念を根付かせるために、ほとんどの時間を費やしたといっていい。そうでもいないと、まともな神経でいられなかったから。

 収斂進化というやつで、この異世界も地球と似たり寄ったりの進化と文明を持っていた。幾多の巨大な国が栄ては滅び、征服者が駆け抜け死んでいった。古代のローマやエジプト、メソポタミアに類するような優れた文明の数々が芽生えて消えた。

 統一され、共通の年号なんてまだ生まれていないから、今がどの時期に値するのかは、正直ただの素人には計り知れない。

 ただ私が転生したグルフェンバルム大公国は、わかりやすい貴族社会が根付いており、これまた教科書通りの社会階級もあって非常に助かったのも事実で、先日完全に取り潰しとなった我が生家たるヘッセンヴェル家はいわゆる伯爵相当の地位で地方貴族だった。そこそこ豊な領土が売りで、穀倉地として、また外国と戦争になった際の緩衝地としての機能をもった場所でした。

 なので大規模な土木工事やらなんやらは、領民の雇用対策として上手くやれたと思う。

 正直、まさか内政で負けるなんて、思いもしなかったよ。

 荷物をまとめて宿屋を出る。

 元々ここは行商や田舎から出稼ぎにきた労働者向けの宿舎だった。こんな所に身なりのいい女二人が用に来るなんて怪しいですと喧伝しているようなものなので、私たちは昨日処刑台の順番待ちの最中に髪を切って看守から服を盗み脱走した。こちらの世界では前世よりもはるかにお世話になったお父様が派手に道化を演じて下さったおかげで、こうして命を長らえている状態。

「お父さま……」

 思わずつぶやいてしまった。

 前を歩くボロを着た、屋敷では令嬢と見間違えるほどの秀麗な姿をしていたと思えないミリアリネが少しだけ振り向いた。

「”ヘンリー”どうした?」

「ごめん。兄さん」

 私も彼女と同じようにボロを着て、身なりを汚している。一回り小さいから兄弟という設定にしている。

 眉間に力を入れて気合を入れなおした。

 今は悲嘆する時じゃない。とにかく国を出なければ、次に断頭台に上がるのは私だ。

 ズタ袋を抱きなおして小走りにミリアリネを追いかけた。


 ~~~~~


 事の始まり、私の転生物語のスタート地点は、四歳のおたふくにかかってうなされている時から。

 なんとか一命をとりとめて、はたと前世の記憶を取り戻したわけだ。

 そこまではありふれた異世界転生。各種小説投稿サイトや書籍化作品等々を読み漁った私は瞬時に理解した。

 ワンチャン現代知識で無双してやろうとか思った。なにせこの世界には精霊魔法があったから。

 精霊魔法+現代科学知識+全ミリオタのバイブル孫子兵法を熟知した私なら可能! なんて思ったけど理性がちゃんとブレーキかけてくれた。

 血反吐吐くほどの努力をして、他者を圧倒する能力と道具を作ったとして、技術水準を飛躍させたとして、はたしてその時、”私は生きていられる”だろうか? という疑問。

 人類の文明はどれだけ正しかろうと、どれだけ社会規範が浸透しようと、一滴の暴力がすべてを覆す。

 人類とは悪魔的に怠惰で、傲慢で、強欲で、底知れないほど愚かなのか、それを知らないほど私は脳内ハッピーセットじゃない。たとえ私がこの世界最強の生物になったとしても、一年、数年かけて緩やかに物量で押しつぶされて殺されるだけだ。もしくは資源として人の尊厳を奪われるだけ。

 目立つのは危険だ。だけどこの生活水準では五十歳まで生きれたら御の字だろう。

 それはヤダ。

 そこそこ楽しい前世も短命だった。異世界転生しても短命に、それも健康寿命はもっと短いだろうし、そんな人生で終わりたくない。

 だからちょっと頭のいい程度で収まるように立ち居振舞って、それでいて最低限文明的な生活が行えるようにあらゆる事をしてきた。

 広大な伯爵領に水道網を構築するのは、できなかったけど首都と一部の町にはできた。王都に概念を産み付ける事ができた。

 水道によって水源が安定したから、”体臭を隠すための香水”という悪しき文化を根絶できるようにお風呂という習慣を生み出した。

 それ以外にも生産効率を上げるために労働階級者を保護する法整備を整えもした。

 怒涛の十七年だった。

 おかげでお父さまは東北の名君として貴族会に名が知れ渡った。そのかいあってあらゆる物流やらにもとても有益だった。

 富を独占すると他の貴族や商人にも疎まれるから、なるべくみんなに甘い汁を吸わせた。

 令嬢や貴婦人を使って流行というおもちゃで、公共事業から社会規範までなんでも流した。

 贈収賄や奴隷商、そのた現代で悪と呼ばれる事を正そうなんて、思わない。それで生きている人がいるから、それをつぶすとこちらがつぶされる。だから手を出さず、しかし徐々に首を締め上げるように外堀を埋めるように動いていた。私が老婆になる頃には人権宣言がされればいいかなというくらいには思っていた。

 思えば侯爵家からの縁談、あれがダメだった。

 現王である公爵の義理の弟にあたるファルヘイゼ侯爵の子息との縁談。うまくまとまれば治水工事だけじゃなくて、王都における大きな足掛かりになると下心を出し過ぎた。

 大出世だなと大船に乗った気でいたら、まさか愛妾だいてそれが欲を出した。

 子爵家の次女だからと思っていた。だってそうでしょう? 私は伯爵家、相手は小間使いの子爵家。それで伯爵家は王都における地盤と社交界の地位、うまくすれば国政の中枢に食い込めるチャンスを得る代わりに、大規模な土木工事や牧畜、安定した穀物も栽培など伯爵家が差し出せるものは多分にある。天秤にかけられるはずがないと思っていた。

 最悪愛妾というのは目をつぶってもいいと思っていた。別に彼自身に関心があるわけじゃないし、せいぜい一発ツモで男の子が生まれたら役満だな程度にしか思ってなかった。いっそあっちに子供出来たら正義の鉄槌マネーパワーで養子というのもありだとも。

 まさかのまさか、公爵が豊かな我が伯爵領を接収するために子爵家を突っ込んでくるとは思わなかった。

 簒奪の濡れ衣に始まり、治水工事はすべて革命戦争に向けた兵站の構築だと言われてしまった。

 なるほど確かに。治水工事は船による物流を可能にし、安全で豊かな水源を確保できる。その一方で大量の兵力を簡単に王都に、公爵領に派遣できる。

 彼女が、子爵家令嬢が提案した策は非常に秀逸だった。敵ながら手を叩いて称賛したかった。

 問題は反対弁論の機会は与えられず、伯爵家はお取り潰しが決定。一族徒労死刑が確定した。

 婚約破棄宣言から弾劾裁判が始まり、公爵から死刑が言い渡されるまでまさかの二時間という超スピード裁判だった。

 我がヘッセンヴェル家は隣国との緩衝地帯という意味合いもある。ゆえにお母さまは隣国ベルフォード王国の現王の腹違いの妹だった。それも突かれた。

 今に思えば確かに侯爵との縁談は業腹だった。出自を考え、立ち位置を思えば明らかに”やり過ぎた”。

「ねえ、わたくしは、やりすぎだったかしら?」

 夜の森は暗い。とにかく暗い。

 状陽樹の森は月や星の光を拒む。手元すら見えない暗さは、我々逃亡者を隠すのにちょうどいい。

 簡易的な土窯の火に当てられながら、私は思わずつぶやいてしまった。

「いいえ。お嬢様は立派に立ち回っていました。やり過ぎなんて、匙ひとつないでしょう」

 ズタ袋を解いて肩掛けにして、私たちは肩を寄せ合っていた。

 ミリアリネは二つ上で、元は伯爵家に出入りしていた豪商の子だったらしい。私が転生の自覚を持った少し後に彼女の父が病で倒れ、後継人がいないという事でお母さまが侍女として引き取った。

 この世界ではかなりお転婆に部類されるであろう私に付いてお世話してくれた彼女は、心の底から信頼している頼もしい存在だ。

 白金のような髪と、ほっそりとした秀麗な顔。冬の湖のような落ち着いた蒼い瞳。創作物のヒロインは間違いなく私より彼女だ。

 女性にしては少し上背があってドレスよりもタキシードが似合うんだけども、なにせ可愛い。

 ぶっちゃけ、彼女がいてくれたから、頑張れた感はある。

 貧乏辺境貴族じゃ食べるにも着るにも困る。豊かな領土があれば、健康寿命だって延びる。この美しい彼女を傍に置いて、美しさを保つことだってできる。

 そう思って行動してきた。

「でも、こうしてあなたを、こんなみすぼらしい格好で貶めてしまった」

 彼女の肩に頭を預けながら、上目遣いに表情を覗き見る。切れながらの目がぱちくりとしばたいた。

「わたしは、別に。それよりも、お嬢様だって」

「肥溜め令嬢よ。社交界にいかないで養豚と土木工事ばかりしてきたんだから。みすぼらしくてしかるべきでしょう」

 社交界でそう陰口を言われていたのは知っていた。

 せめて家名に泥は塗りたくないから、見た目にはそれなりに気を使っていたけど、それだって毎日美容とお洒落に気を遣う同年代の令嬢からすれば奇怪を通り過ぎて道化だろう。

「わたしは、お嬢様の赤い髪も、ちょっと日焼けしたお顔も、全部可愛いと思いますよ」

 そっと頭を撫でてくれた。

 貴族の娘たるもの、両親と同じベッドで寝る事はない。だから夜はいつも寝るまで彼女が傍にいてくれた。

 両親は敬愛している。なんだかんだ私の無茶を許して認めて、協力してくれたし、愛情は惜しみなく与えてくれたと思う。でも仕事で接することが多くて、家族の時間は驚くほど短かった。

 その点、彼女は家族として一緒にいたような気がする。

 寝食を共にして、新しく作ったお風呂文化を一緒に楽しんだ。トイレットペーパー開発にも多分に協力してくれた。本当にありがたい存在。

 こうして逃亡者となった今も付いて来てくれる。

 じっと見つめ返してくれる瞳に、吸い込まれそうだ。

「……」

「……」

 顔が、近い。

 手元すら見えないのに、かさついた彼女の唇が見える。

 ああ、蜜蝋が欲しい。彼女の唇に塗ってあげたい。こんな泥だらけじゃなくて、香油を垂らしたお風呂できれいにしてあげたい。

 吐息が重なる。もう、少し……。

「お嬢様、どうかお静かに。ここから動かないで」

 パッと体が離れた。

 物寂しさを感じてを手を思わず伸ばしたけど、虚しく空を切る。

 追手だ。

 脱獄した時から薄々追われているような気はしていた。

 だから宿は早急に引き払って、夜の森に逃げ込んだ。

 かなり危険だったけど人や獣の道から外れていたけど、やぱり火を起こしたのはダメだったか。

「お願い。無茶はしないで……」

 どうか無事に帰ってきて欲しい。

 真っ暗な闇の中に身を進ませたミリアリネ。その背中に祈る。

 この世界の神はどなたか存じ上げないけど、彼女の無事だけは祈る。

「逃亡者、元ヘッセンヴェル家息女、エカテリネとお見受けした」

「人違いじゃないか? ここにいるのは名もないただの農夫のセガレだ」

 ミリアリネは護身用の短刀を抜いていた。目を凝らすと、闇の向こうに三人ばかり男性が立っているのが見えた。それも片手剣を構えている。左右はそれぞれ前に中段から前に突き出している。中央の一人は軽く切っ先をもたげて半身になっている。

 これは、ダメだ。戦ってはダメだ。

 逃げて! お願い!

 私の為なんかに戦って死ぬべきじゃない。貴女一人ならもっといい場所に行けるから。

 言葉は、出てこない。ひりひりと肌を焼くような殺気に気圧されて体は動かない。緊張で干上がった喉では声が出せない。

 お願い!

 敵が、左右の二人が動いた。飛び出すように駆けた。

 お願いっ!

 絶望に潰れそうになる。

 火花が散った。

 竈から漏れた光が、赤黒い弧を空中に描く。

「ッ!!」

 息を飲む私と、

「フッ!」

 短く鋭く息を吐く音。

 ひゅっという、空を切る風鳴り。

「え?」

 何が起きたのか、凡人の私には分からない。でも、

「ミリアリネ……?」

「はい」

 彼女は立っている。

 その足元には、二つの死体。首がほとんど完全に切断されていた。

 何が、起きたの?

 驚く私と、少し残念そうに嘆息する彼女。

「どうせなら、一緒に来てくれれば、一息に片付けられてのに。残念」

「やはり、ただ者じゃない」

 中央の人と、今まで聞いた事もない硬質で冷たい彼女の声。

「部下を餌にしたんだ? ひどい。ろくでもないなぁ」

 くすくすと笑うのも、初めて聞いた。表情は分からないでもきっと、すっごい怖い顔なんだと思う。

 人って声からある程度表情が想像できると思うけど、今の彼女の声からは、表情とか感情が見えてこない。まるで人形が喋っているような、そんな気がする。

 さっきは一振りだけだと思った短刀は、いつの間にか全く別の形、三日月型の大ぶりのナイフになっていて、両手にあった。

 最初の短刀は欺瞞だったんだ。

 切り込まれた瞬間に持ち替えて切りかかった。予想外過ぎたから相手は反応できなかった。

「え、え?」

 驚く私をよそに、最後の一人が動いた。

 一瞬で彼我の間を埋めて切りかかる。中段から下へ向けて振り下ろす。

 それを紙一重で避けながら、首を刈るようにナイフを振るう。奇跡はわずかに身を引かれて避けられる。

 跳ね上がる片手剣。その鎬を削るようにナイフの背を当てて軌道を逸らし、肉薄する。

「ッ!?」

「炎よ!」

 暗闇になれた網膜を焼き払うような強い光。

 何が起きたの!?

 驚く私の視界に慌てて後ろに飛びのくミリアリネの姿が見えた。

「まさか避けるか。いよいよ何者だ?」

 驚く男の人。

「まさかお貴族様だったなんて。夜分遅くまで勤勉なんだ?」

 貴族が貴族たる、最大の理由。それは魔法が使える事。

 正確には精霊と会話ができる。これは貴族の祖先が精霊の王と盟約を結んだから、らしい。

 それによって貴族の地位は絶対のものとなった。

 だから貴族の騎士は、またの名を精霊騎士という。

「オルレアン子爵・クルゼルバルと申す。精霊の力を借りた以上、名乗らぬわけにいかなくなってしまった」

「精霊騎士様が態々こんな辺境まで。仕事熱心なら、我が主の冤罪を晴らしてくれればいい物を」

「それは俺の職務じゃない」

「そう? なら敵らしく死んでよ」

「それも俺の職務じゃない」

「つまらない男」

 二人のやり取りは、まるで今命のやり取りをしている者同士とは思えないほど軽い。

 こっちは気が気じゃないのにのに!

「お嬢様。少なくともこの男の足一本くらいは、刺し違えてでもつぶします。わたしが死んだら全速力で」

「逃げるわけないでしょう!? 貴女死んだわ、この首バカで強欲な貴族どもにくれてやるから! そのかわり、あの世で神とやらをぶっ飛ばすから。そういう約束でしょ!?」

 さっきは冗談で言った。

 でも、もし、本当に彼女が刺し違えてと言うなら、そんなの絶対嫌だ。

 死ぬつもりで頑張るのは結構。でも、死ぬのは、死ぬのだけは絶対許さない。

「それじゃ、わたし死ぬ意味ないじゃないですか」

「だったら絶対死なないで。死んだら許さない。野郎ぶっ飛ばす前に、まず貴女ぶっ飛ばすから」

「それは、恐ろしい」

 男性の剣が光った。

 精霊の力で刀身に蒼い炎を纏わせた。

 あの炎は厄介だ。

 触れたものを燃やし尽くす。そういう呪いに近いやつ。つまりさっきみたいに触れて軌道を逸らすことができない。

 これはまずい。そう思った矢先に彼は突っ込んで来た。

 短く、でも剣というリーチの有意を保った攻撃。ミリアリネはナイフだから、どう足掻いてもリーチで負ける。

 そうなると攻撃をするためには避けて懐に飛び込む必要があるけど、相手は今や刀身に触れただけで勝ち確するチートモード。

 リーチで負けて、触れる事もかなわない。絶体絶命。

 お願い!

 ああは言ったけど、決して死にたいわけじゃない。彼女には生きていて欲しい。

 だから、どうか!

「ハッ!」

「くっ」

 鋭い突き。短いストロークは、それでも的確にミリアリネを捉えた。

「ダメ!」

 パン!

 切っ先が、彼女の胸を貫こうとした瞬間、場違いな”破裂音”が闇の中から響いた。

 パン!

 パン!

 パン!

 驚くオルレアン子爵は、その表情のまま絶命して、倒れた。

「え?」

 目を見開くと、ツンと刺すような刺激が鼻と目に来た。

 花火の後のようなこの感覚は、この世界ではまず感じることがない。

 ”私の研究室以外”では

「も、持ってたの?」

「ええ。本当にすごいですね、これ」

 驚く彼女が持つのは、小さいリボルバーピストル。

 以前、作るだけ作って、封印したアイテムのひとつ。

 この世界は普通の武器を持った大多数の兵士がいる。それをひっくり返すの精霊魔法が使える貴族の騎士。その貴族を造作もなくいとも簡単に殺せてしまう武器、銃。

 これはこの世界のバランスを壊してしまう。貴族社会というシステムを革命してしまう力になる。

 護身用にと思って作って、ミリアリネにテストしてもらったまま、実家の大金庫に封印した代物だ。

「悪い子。金庫破りして持ち出したのね」

「いいえ。旦那様がもしもの時にと言って持たせてくれていたんです」

「……」

 返す言葉がない。

 彼女は使った武器をしまいながら、さっさと私の元に来た。

「貴族騎士がこんな少数で出歩いているとは思えません。明日の朝にはきっと山狩りをされるでしょう。今晩中にもっと離れないとです」

「わかったわ。行きましょう!」


 ~~~~~


 潮の香りがする。

 ガラスのはまった窓は開かれて、心地いい風が部屋に流れてくる。

「やっぱり寒いのより、温かい方がいいわね」

「お嬢様は寒さに弱いですからね」

「でも、嫌いじゃないのよ?」

「そうなんですか?」

 にやりと笑う彼女。言いたい事、わかっているのにからかっているんだ。

「さ、行きましょう」

「ええ」

 人はどうしようもなく愚かで傲慢。欲望は際限なく、1を得れば2を欲し、4を、8をと増え続ける。

 そんな社会は、こっちでもあっちも変わらない。

「次はどこへ向かいます?」

「そうね。もっと南へ行きましょうか。まだ太陽の光が恋しいもの」

「お嬢様は良いですよね。わたし、日焼けすると赤くなって辛いです」

「そしたらまた乳液を塗ってあげるわ」

「そうしてください」

 彼女となら、そんなどうしようもない世界でも歩いて行けると思う。

 少なくとも、前世より今は全然楽しい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 繊細。 優しい。 思いやり。 それらを横切るすべての人に致命的です。 興味深い話です。 政治の現実、権力者の正義、外交の失敗よりも通常の政治的手段としての戦争と処刑が好きです。 [気にな…
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