「破壊神」と呼ばれクビになったダンジョンマスター、違法魔王城に就職す ~元の職場に戻れと言われてももう遅い~
「ダンジョンマスター・ベルゼ。本日をもってインフェルノ地下迷宮を解雇する!」
ダンジョン長の突然の言葉に息が止まり、目の前が真っ暗になった。
確かに僕は若輩の見習いダンジョンマスター。至らない点も多かったけど一生懸命やってきたのに。
「どうしてですかダンジョン長! 悪いところがあったなら直します」
「理由を言わないと分からないのか!?」
ブンッと風を切る音を響かせながら、ダンジョン長は頭の角をぶん回す。
風圧で尻餅をついた僕に驚くほど冷たい目を向けて言った。
「お前にはほとほとウンザリした。さっさと荷物をまとめて出ていけ破壊神め!」
大した説明もなく雇用契約書を破られ、僕は蹴りだされるようにしてダンジョンを後にした。
荷物と言っても大したものはない。
少しの着替えと、最低限の生活用品、お気に入りの毛布と――それからこれ。ダンジョンマスターライセンス。
ダンジョンマスターとはダンジョンに住む魔物の指揮を取り、罠を設置し、迷宮を構築して冒険者を迎え撃つダンジョンの要。
雑用をしながらコツコツ勉強して、ようやくライセンスを取れたのに。
……いや。ネガティブに考えても仕方がない。ライセンスはあるんだ。ダンジョンはインフェルノ地下迷宮だけじゃない。
グッと拳を握り、背筋を伸ばす。頬をペチンと叩いてキッと前を向く。
転職活動だ!
そう意気込んで、元気いっぱいに履歴書を持ち込んだものの。
「えっ、あなたインフェルノ地下迷宮をクビになった子でしょ? うちじゃちょっと……」
「良いね、ちょうどライセンス持ちの子探してて――えっ、インフェルノ地下迷宮の元マスター!? あー、ゴメン。ちょっと枠がいっぱいで……」
「帰れ」
結果は全滅。
マスターライセンス持ちであることに興味を持ってくれたダンジョンはいくつかあったが、どこも前職がインフェルノ地下迷宮であることに気付くと手のひらを返したように対応が冷たくなった。
こんなに面接に落ちると、自分のすべてを否定されたような気になる……
それにしても、どうしてインフェルノ地下迷宮に勤めてたことが分かると雇ってくれなくなるんだろう。
まさか、僕をクビにしたダンジョン長が根回しを?
インフェルノ地下迷宮は確かにこのあたりでは最大手のダンジョンで、周辺ダンジョンへの影響力も強い。だからって、どうしてわざわざそんなイジワルをするんだ。僕はそんなに悪いことをしたのかな……
お金だって潤沢にあるわけじゃない。このままじゃ数日もせず路頭に迷うことに――
「おらっ! こっち来いよ!」
「にゃー! 助けてぇ!」
大通りから外れた薄暗い小路。
通路に立ち塞がる黒衣の男二人。一人は獣人。もう一人は悪魔族か。そして彼らに囲まれているのは、頭から猫のような耳を生やした小柄な少女。多分僕と同じくらいの年齢だ。
こ、これはマズい場面に出くわしちゃった。人攫いの現行犯じゃないの?
「そこの少年! 助けてっ!」
あわわ、気付かれた!
猫耳の少女がこちらに手を伸ばして助けを求めてくる。
そ、そんなこと言われても。僕、喧嘩なんてしたことないのにっ……
でもこのままじゃこの娘は。
一瞬の逡巡の後、僕は地面を蹴って男たちに立ち向かった。握りこんだ拳を男たちに振るう。
結果。
「う、うわー!」
「なんだこのガキ。強ぇ……!」
敗走する大男二人の背中と、自分の拳を見比べて呆然とする。
やったことなかったけど……もしかして僕、喧嘩の才能があったのかな?
「助けてくれてありがとう!」
オルテンシアと名乗ったその少女は、尖った小さな牙を口から覗かせ、金色の目を細めて無邪気に笑った。
話を聞くと、街まで買い出しに出たところをさっきの男たちに捕まり、攫われそうになっていたのだという。
釣られて、僕もここに至るまでの身の上話を口にする。ダンジョンをクビになったこと、いろんなダンジョンの求人に応募しては落とされていること、そして絶賛求職中であること――
決して軽快ではない喋り、そして楽しくもない話だったにも関わらず、オルテンシアは真摯に僕の話を聞いてくれた。
すべて話し終わって――オルテンシアは涙ぐみながら言う。
「酷い。ベルゼ君みたいな良い人がそんな目に合うなんて」
面接で酷いことを言われ続けていた心にオルテンシアの言葉がしみる。
そんな風に言ってくれる娘に会えただけで僕はラッキーだ。
そう思ったが、僕は自分が想像していたよりもっともっとラッキーだったらしい。
オルテンシアがその丸い片目をパチッと瞑り、イタズラっぽく小さな牙を見せて笑う。
「私の家、ダンジョンなの。行くとこないならうちにおいでにゃ!」
*****
「あら、可愛いお客さんですね」
森の奥に聳える、少し古いが立派なお城。
魔王城タイプのダンジョンだ。豪奢な飾りに彩られた玄関をくぐると、メイド服を纏った美しい魔物が僕らを出迎えてくれた。
「聞いてリコリス。ベルゼは私を助けてくれたにゃ!」
メイドさん――もとい、リコリスにオルテンシアは嬉々として僕らの出会いを話して聞かせる。
リコリスは温かいお茶を僕の前に出しながら、柔らかな笑顔を浮かべて言う。
「まぁ、マスターライセンスをお持ちなんですか? ちょうどダンジョンマスターを募集していたところだったんです」
「えっ、ほ、本当ですか? 僕にダンジョンマスターをやらせてくれるんですか!? 僕、この仕事が本当に好きで……あっ、えっと、じゃあ履歴書を」
「いいえ、その必要はありませんわ。インフェルノ地下迷宮に勤めてらしたなら実力もおありでしょうし」
僕の前職を知ってもなお受け入れてくれるなんて……!
思わず涙ぐむ僕の手をオルテンシアが優しく握る。
「泣いてる暇なんてないにゃ! これからいっぱい働いてもらうんだから。よろしくねベルゼ君」
久々に穏やかな時間だった。
温かな家、美味しい食事、フカフカのベッドまで用意してくれた。
ついさっきまで野宿を覚悟していたのが嘘みたいだ。真面目に懸命に生きていれば神様はチャンスをくれるんだな。
そんなことを考えながらベッドに入る。一日中歩き疲れたからクタクタだ。マシュマロのように柔らかなベッドに体を包まれると、睡魔が瞬く間に僕を微睡みの海に引きずり込んでいった。
目を覚ましたのは、まったくの偶然だったのだろうか。あるいは、虫の知らせというやつか。
「……トイレ」
寝ぼけまなこを擦りながら、僕はベッドを這い出してトイレに向かう。トイレに向かったはずなのだが……
「ここどこ?」
慣れない広い城。そして頼りになるのは月明かりだけ。迷うなと言う方が無理だ。
なんとなく階段を降りて降りて、とうとう地下にまで来てしまった。いよいよここがどこだか分からない。冷たい石畳を歩いていると、どこからか声が聞こえてくる。
「腹減ったなぁ。ちゃんとバイト代でるんだろうな?」
「俺も不安になってきたよ」
ダンジョンの従業員だろうか。助かった。道を教えてもらおう。そう思って通路から顔を覗かせ――愕然とした。
あの二人。昼間、オルテンシアを攫おうとした男たちだ。
なんであの二人がここにいるんだ。とにかく逃げなきゃ。鉢合わせしたらいけない。まずい、こっちに来る。
俺はその辺の扉のノブを回し、転がるようにして中に飛び込む。
悲鳴を飲み込むのに苦労した。
地下牢のような空間。鼻をつく腐敗臭。蝋燭の淡い火が照らし出すのは赤錆のついた手錠、地面に広がる血の跡、そしてその中心に横たわる汚れた包帯に包まれたソレは。
「し……死体……」
よろよろと後ずさり、柔らかいなにかにぶつかる。
振り返る。闇の中で輝く金の目。聞き覚えのある、しかし今日聞いたどんなそれより冷徹な声。
「見ちゃった?」
「ひっ」
逃げようと地面を蹴る僕の髪を引っ掴み、石畳に引き倒して叩きつける。鈍い痛み。口の中に広がる鉄の味。衝撃で眩む視界の中で金の瞳だけがやけに鮮明に浮かび上がる。
どうして君が。
「オルテンシア……」
「ごめんねぇ。マスターライセンスがどうしても必要なんだ。うちみたいなモグリの違法ダンジョンが査察の目を誤魔化すにはこうするしかないの」
蝋燭の光がオルテンシアの横顔を赤く染め上げる。持ち上げた口の端から覗く小さな牙が怪しく煌めく。
「でも君はいらない」
オルテンシアの白い手が蛇のように這い、僕の首を締め上げる。妙に冷たい手。そして凄い力だ。とても振り払えない。彼女は人攫いに攫われるような少女ではない。
あぁ、あそこの路地で絡まれていたのは演技だったんだ。考えてみればおかしいよな。あんな大男二人を僕なんかが倒せるはずない。そういえば僕がライセンス持ちだってことも、インフェルノ地下迷宮に勤めてたってことも言っていないのにオルテンシアもリコリスも当たり前みたいに知っていた。
最初から彼女たちは僕を狙っていたんだ。いや、僕のマスターライセンスを。
意識が遠のく。炎に照らされたオルテンシアの顔がぼやけていく。なにもかも分からなくなりかけて――しかし、鼓膜を震わす警報の音はハッキリ聞こえた。
「ッ……侵入者!?」
オルテンシアの手が緩む。
気道が開通し、激しくむせ込みながらも空気を取り込むことに成功。
しかし息つく暇もなく、オルテンシアが僕の胸ぐらを掴んで激しく揺する。
「マスターライセンスはどこ!?」
「ラ、ライセンスは持ち主じゃないと使えないよ」
「ッ……!」
違法魔王城というのは本当の話なのだろう。ダンジョンを運営するにはいくつかの基準をクリアし、国に届け出を出し、そして税金を納める必要がある。そのいくつかの基準の中の一つが「マスターライセンスを取得したダンジョンマスターを設置する」ことだ。
ダンジョンマスターがいなければダンジョンを操作することができず、侵入者に対して講じることのできる策の幅が狭くなってしまう。
オルテンシアは僕の答えにギリリと歯噛みし、弾かれるように駆け出す。
どうするつもりなんだろう。
ポケットからライセンスを取り出し、宙にかざす。薄暗い空間に青く発光するディスプレイがいくつも浮かび上がる。映し出されるのはこの魔王城の各フロア。
オルテンシアが魔物たちを引き連れて走っているのが見える。
他方。堂々と玄関から侵入してきたのは、人間ではなく魔物たち。先頭に立つ見覚えのある二本の角に思わず目を見開く。
「ダンジョン長……!」
よくよく見ると、みんなインフェルノ地下迷宮の魔物たちだ。
どうしてダンジョンの魔物がダンジョンに攻め込むんだ。
疑問はすぐに解消された。魔物たちが魔王城の備品を外に運び出していく。
略奪行為だ。
『こんなことをしてただで済むと思ってるの?』
玄関にたどり着いたオルテンシアがインフェルノ地下迷宮の魔物たちと対峙する。
しかし家主が出てきても魔物たちは略奪の手を止めない。
もちろん違法行為だ。しかしここはもとより違法魔王城。国に略奪を訴えるわけにはいかない。戦略家のダンジョン長の事だ。その弱みを分かっていて攻め込んだに違いない。
ならば実力行使だとばかりにぶつかる両集団。
しかしインフェルノ地下迷宮はこの地区では最大規模のダンジョン。保有する戦力だって桁違いだ。
ブンッと風を切る音を響かせながら、ダンジョン長は頭の角をぶん回す。
風圧で尻餅をついたオルテンシアに驚くほど冷たい目を向けて言った。
『ゴロツキめ。お前らみたいなのがいるからダンジョン業界全体の品格が落ちるのだ』
……僕はこのダンジョンに思い入れがあるわけじゃない。
騙されて連れてこられたし、ついさっき殺されそうになった。この辺りに就職先が無いなら、別の地域に行っても良い。変な事件に巻き込まれる前に逃げ出すべきだ。
でも。でも……落ち込んでいた僕がこのダンジョンとオルテンシアに救われたのは事実だ。
『ッ……これは!?』
ディスプレイの向こうからダンジョン長の驚愕の声が聞こえてくる。
開け放たれた玄関が軋む音を立てながら閉まる。大きなシャンデリアに明かりが灯り、ぶつかり合う二つの集団を煌々と照らし出す。
『ダンジョンマスター不在って話じゃなかったのかよ!』
狼狽えるインフェルノ地下迷宮の魔物たち。しかしダンジョン長は落ち着き払っている。
『恐れることはない。どうせ付け焼刃のマスターだ』
ダンジョン長はマスターライセンスを持っている。昔はダンジョンマスターを務めていたことがあるという話だった。僕の戦い方が通用するだろうか。しかも初めて扱うダンジョンだ。インフェルノ地下迷宮とは違う魔王城タイプ。うまく使える保証はない。
でも。やるしかないんだ!
青く発光するディスプレイに手を伸ばす。指を動かすたび、ディスプレイの向こうから悲鳴が聞こえてくる。
大丈夫。古いし随分使われていなかったけどダンジョンとしての設備は整ってる。
床から突き出る針の罠が魔物たちを串刺しにする。地面が割れて出現した落とし穴に魔物たちが滑り落ちる。
『ベ、ベルゼ……?』
ディスプレイ越しにオルテンシアがこちらを見る。向こうにはカメラの存在は視認できないはずだけど、彼女は僕を感じているに違いない。
後ろめたさからか少し目を逸らして、そして微笑んだ。
『……ありがとう』
『お前ら、まさかベルゼをダンジョンマスターに迎え入れたのか』
部下を失いつつあるダンジョン長が愕然として言う。
対峙したオルテンシアがニヤリと笑い、彼の言葉を肯定する。
『とんだ人材をクビにしたね。こんなのが最大手ダンジョンだなんて笑わせる』
ダンジョン長が額に手を当ててうつむく。肩を震わせる。その動きは徐々に大きくなり、やがて腹を抱えて大笑いするに至った。
『な、なによ……!』
オルテンシアの青白い頬を血飛沫が染め上げる。
取っ組み合い、肉弾戦を繰り広げる魔物たちの元に槍のついた天井を落とし潰す。
床に広がる鮮血にオルテンシアは青い顔をますます青くさせる。
『ちょっと、気を付けてよ。仲間がいるのよ!?』
狂ったような哄笑を上げながらダンジョン長はオルテンシアを指差す。
『優秀でなんの問題もない魔物を、理由もなく解雇したと思ったのか? こんなに優秀なのに解雇せざるを得ない大きな問題を抱えているとは考えなかったのか?』
『ッ……どういうことよ』
そうか。ここをいじると……
おお。こんな機能もあるんだ。古いけど結構充実した設備。
インフェルノ地下迷宮では使える機能をダンジョン長に制限されてたから、ここの方がむしろ自由に操作ができる。ダンジョンと一体化したみたいだ。手足を振るうようにダンジョンの機能を使える。僕が手を挙げるのに連動して悲鳴が上がる。僕が手を下ろすと轟音が響き血飛沫が飛び散る。指揮者になった気分だ。画面越しに惨劇のオーケストラが見える。
ダンジョンも生き生きとして僕の操作を受け入れてくれている。君も暴れたかったんだね。
『なにやってんの!? ベルゼ! おいベルゼ!』
オルテンシアの甲高い悲鳴が惨劇オーケストラに花を添えている。まるで金管楽器のようだ。
ダンジョン長の落ち着いた重低音も良い。
『無駄だよ。ヤツは根っからのダンジョン狂い。懸命に向き合ったが、ついぞ矯正することはできなかった。……変態なんだ』
そうか。こんな機能まで!
これはインフェルノ地下迷宮にもなかった。
使って良い? 使って良いよね? だってライセンスはあるんだし、ロックもかかっていないし、ダンジョンも使いたがってる。使って良いよね? 使って良いよね!
『なにこの機能!? 知らないんだけど。おいベルゼ、いい加減にしろ!』
降り注ぐ液体に塗れたオルテンシアがベッタリ濡れた前髪をかき上げながら悲鳴を上げる。
もはや魔王城VSインフェルノ地下迷宮の対立構造は崩れた。これは戦いじゃない。食事だ。ダンジョンは血を欲している!
開かない扉を必死に叩いているオルテンシアに、ダンジョン長は静かに言う。
『後悔してももう遅い。アイツは破壊神だ』
つうっとディスプレイをなぞる。
降り注ぐ油に投入した火が広がり、玄関前のフロアは瞬く間に火の海になった。
ディスプレイ越しにも熱さが伝わってくるみたいだ。
思わず笑みが漏れる。両手を挙げて飛び上がる。やっぱりダンジョンマスターって楽しいな。ライセンスを取って本当に良かった!
*****
「あわわわ、またやっちゃった」
不意に我に返り、僕は後悔に襲われて冷たい床の上にへたり込んでいた。
本当にダンジョンマスターの仕事が好きだ。だからついつい夢中になってしまう。目の前の対象を殲滅することしか考えられなくなる。敵味方関係なく。
そっか。だからダンジョン長は僕をクビにしたんだな。それで、僕がダンジョンマスターの仕事に就けないよう他所のダンジョンに情報共有をしたんだ。
違法ダンジョンであるこの城には情報が行っていなかったみたいだけど。
どうしょう。またダンジョンマスターの仕事ができると思ったのに。
僕は焦げた匂いの充満する玄関で呆然とする。壁や調度品はダンジョンマスターの力で直せるけど、失った命は戻らない。
「ごめんなさい、オルテンシア……」
「謝って済むことかよ」
振り返る。煤けた顔に輝く金の目。聞き覚えのある、しかし今日聞いたどんなそれより怒りを孕んだ声。
「オルテンシア!」
「このダンジョン狂いが!」
抱き合おうと駆け寄る僕の腕を捻り上げ、オルテンシアは易々と僕を冷たい床の上に引き倒した。
オルテンシアが生きていたことが嬉しくて。思わず笑みをこぼす僕に、オルテンシアは殺意を隠そうともせず言う。
「お前のせいで危うく全滅だ」
危うく……ってことは、全滅していなかった? あの炎の海でどうやって。
と、その時。憤怒に顔を歪めるオルテンシアの頭上から猫耳が消えていることに気付いた。そういえば語尾についていたわざとらしい「にゃ」もなくなっている。
尖った牙。青白い顔。地獄の業火を身に受けながら死なない……強いはずだ。だって彼女は。
「吸血鬼」
あちこちから呻き声が聞こえてくる。
煤けた体を起こし、焼死体たちが動き出す。いや、死体じゃない? みんな生きている!
「ど、どうして!?」
「うちアンデッドダンジョンだから」
アンデッド――高い再生力を持つ不死身のバケモノ。
良かった。みんな死んでなかったんだ。本当に良かった……!
「良くねぇよ!」
「あうっ」
僕の頬をひっぱたき、オルテンシアは刺すような視線を向ける。
「不死身でも火にまかれれば熱いし痛いんだよ! アンタ、楽に死ねると思わないでよ……」
「ひっ」
冗談じゃない。この人本当に殺す気だ。
地下で見た包帯だらけの死体を思い出す。あんな風に僕も殺されるのかな。そう、あんな風に――
「ダメだよオルテンシアちゃん。採用も解雇もダンジョン長の私に相談してもらわないと」
息を呑んだ。包帯でグルグル巻きにされた死体が、リコリスを引き連れながら自分の脚で歩いて僕を見下ろしている。
いや、驚くことじゃないか。彼らはアンデッドなのだから。
そしてこの人がダンジョン長……ダンジョンの管理を行う、平たく言えば一番偉い人。
思わず背筋を伸ばす。包帯だらけのダンジョン長が顔にまいた包帯を取り除いた。ツギハギだらけの顔。綺麗な女性だ。気だるげに黒い髪をかき上げてこちらを覗き込む。眠そうな目で僕を見る。
「随分楽しそうにやってたね。ダンジョンマスターの仕事は好き?」
「えっと……はい。大好きです。ダンジョンマスターをやりたいんです」
「そっかぁ。じゃあ、うん。良いよ。うちでやりなよ。君以外みんなアンデッドだけどそれでも良ければ」
「ほ、本当ですか!?」
しかしダンジョン長の言葉に、オルテンシアが光の速度で異議を唱える。
「冗談じゃないですよ! こんなの繰り返されたら身が持ちません」
「身なら持つでしょ。良いじゃん不死身なんだし。ウチは利益と効率重視。ブラック上等の違法魔王城だよ」
「クソッ……絶対転職してやるからな……!」
オルテンシアの言葉に、ダンジョン長は眠そうな目を細めて朗らかに笑う。
見た目はちょっと怖いけど良い人そうだ。
それに、ここなら思う存分ダンジョンマスターとして仕事ができる!
クビになったときはショックだったけど、おかけで新天地を見つけられた。
ここならきっと楽しく生活できる。
僕はまだ見ぬ新しい生活に期待で胸を膨らませるのだった。