その9
学生ならではの複雑な心境やいざこざは、やっぱりそのときならではのもので……難しいものです。理解するのも、理解されるのも。
毎週日曜日に投稿していきます。恐れ入りますが、時間帯は作者の都合によります!
それからの私は、失敗の連続だった。
作品を書き終えると、出版社は問わず期限内に間に合う応募先に片っ端から提出した。
といっても、やっぱり短期間で長編一冊分が出来上がるわけでもなく、最低でも2ヶ月はかけて一つの作品を作り上げることが精一杯の私。つまり1年生のころで、約4作品ほどの原稿を仕上げるのが全力だった。
そして、全て落選した。
有無も是非もない。単なる評価一つ。
それだけで私の夢への志はどんどんと削られていく。
先生や奏、和だって何度も背中を押してくれた。
だからなんとかふんばった。立ち止まっても引き下がりはしなかった。
とにかくゴールは見失わないように……。
そして、私の高校1年は、あっという間に過ぎ去っていった。去られてしまった。
叶えたい気持ちだけを置き去りにされて。
2年生になった。
そんな実感を誰かが明確に教えてくれることはなかった。
気がつけば学年が一つ上がっていただけだった。
振り返れば後悔の残る1年の頃が蘇るだけだった。
目の前を向くと見えたのは。
奏とも、和とも、俊介ともクラスが違うこと。
唯一、 彩芽先生が私の担任になってくれたことだけが救いだった。
それから日常は変わることはなかった。
作品を書けど書けど……それでもこれっぽっちも前に進まない日々。なにが正しいのか、なにが正攻法なのかも知らない。誰かが助けてくれるわけでもない。
だから、私はひたすらに書くしかなかった。
それがたとえ、惰性であっても……。
「大丈夫だよ! 今回は前より物語が想像しやすかったもん! 登場人物もみんな特徴的で覚えやすかったし、私でも読みやすかったよ」
「うん、ありがとう。この調子でもう少し頑張ってみる」
こんな風に、後ろで支えてくれている先生がいるから。
なんとか歯を食いしばって、言葉を紡ぎ続けた……。
そんな私だけが取り残されているように感じていた疎外感を抱いていたのは、私だけではなかった。
そうだと知ったのは、2年になって奏が変わったから。
単刀直入に言うと、奏は部活をサボるようになった。
それが発覚したのは、夏休みが明けて学校が始まったときだった。もしかすると夏休みの途中からそれは始まっていたのかもしれない。
2年になった私は放課後に図書室へ訪れることが多くなった。訳は至って簡単で、先生が忙しくて部室に来る時間が遅くなることが増えたから。来ない日はなかった。でも来るのに時間がかかる。だから私は和の元へ足を運ぶことが必然的に増えた。
そして、そこに奏が姿を現すことが多々あった。
当然、それは違和感として私の中で受け入れられる。
別に奏が嫌いになったわけでもないし、むしろ仲のいい存在と放課後も一緒に過ごせるなら僥倖といったところ。
だけど、それはやっぱり間違ってるんじゃないかっていう正義の心もあった。
1年のとき、あんなに一生懸命頑張ってたはずの楽器を、奏が手放すことを正しいとは思いたくなかった。もっとずっと前から努力を積み重ねてきたそれを、一瞬でなかったことにするのは、間違いであって欲しかった。
それなのに、奏は、いつもみたいに笑って、図書室にやってきた。
曇りのない、屈託のない笑みを浮かべて、明るく図書室の扉を開けて近づいてくる。
「あ、二人とももう来てたんだ」
「うん……」
「……」
私は真正面から奏の顔を見ることができなかった。
なにを考えているのか分からなくて、正直怖かったから。
なんで、部活に参加しなくなったのか。なにがあったのか。
それを私が聞けば、次に奏がどんな顔をするのか、想像できなかった。したくなかった。
そのまま、けろっとしてても、きっとそれはただの強がり。
逆に怒らせて不機嫌になったら? ……言うまでもなく関係に亀裂が入る。
そんなの両方とも私は嫌だった。思っていたよりも私は弱かった、もろかった。
だから、曖昧なこの空気を吸い込むことに必死になった。
「……なんで私がここにいるか、気になる?」
しかし、それを先に口にしたのは奏の方だった。
「え……?」
もしかすると、私の表情が、奏にそう悟られてしまったのだろうか……。
私は、自覚できるほど、一度だけ大きく肩が揺れた。
「別にそんな遠慮しなくていいのに。普通に考えて私が今ここにいるのはおかしいでしょ」
「でも……奏だったらちゃんと理由があるはずだから……」
「うん。あるよ。でもそれが話したくないことだったら、私、ここに来ないからさ」
「うん……」
「梨花。こっち見て? 私は大丈夫だから。だから目を見て話そ?」
奏は私を凝視しているのが分かる。
決して怒っているとかじゃなくて、優しい眼差しが二つ。
隣に座っている和も、ずっと黙って私を見つめている。
そこでようやく私も、奏の瞳に焦点を当てる。
目があった時、奏は途端に眉を下げた。神妙な顔がそこにあった。
「なんかさ……もう飽きちゃったんだよね」
「……なんで?」
去年はそんなこと言ってなかった。
ずっと楽しいって、好きだって。
嫌いにはならないって言ってたはずなのに……。
「今年、夏に野球部の試合を応援しに行ったんだけどね、全然ダメでさ……。負けるだけなら仕方ないなとか、まぁでもよく頑張ったしって言えるけど、あいつらは負けることがわかってて手を抜いてた」
奏の声は苛立っていた。
その怒気を抱える声が、また奏に思い出したくもない記憶を呼び起こしているようだった。
「そうなんだ……」
「うん。そんなん見せられたらこっちはなんのために楽器持って行って演奏してるんだってなるじゃん……」
「それはそうだと思う」
奏の言う通りだ。
だって奏はずっとその景色に憧れていたはずなんだから。
グラウンドで汗水垂れ流して、全力投球するその姿を、音色で応援することを……。
でも、目の前に浮かぶ理想のそれが、ただの幻想だったとしたら?
きっと、自分でもどうしたらいいのか分からなくなる。
「それと、今年の1年生が私より演奏が上手くってさ……。まぁ、さすがに悔しかったけどさ……でも、それでもういいやって…………ほんと情けないけど。なんかもう、楽しくないなって……」
「…………」
安易になにかを言える状況ではなかった。
奏は申し訳なさそうに顔を下ろす。
落ち込んでいるとか、ショックを隠せない様子ではない。
ただ、それが今の自分の心境なんだと、認めていた。
今まで自分がなにをして、なにを学び、どこが成長したのか……。
それら全部を知っているはずの、大事な楽器が、必要じゃなくなった。
そんな奏を支えてあげられる言葉なんて、私が持ち合わせているわけもなかった。
「わたし、奏の演奏……聴きたい」
それでも、和は口にした。
いや、こんなときだからだろう。
奏が一番輝いているであろう姿を、望んだ。
抑揚もなく、淡々とした声色で。
それでも、奏の心には響いたみたいだった。
「そ、そっか……」
「うん……」
その二人を見て、私も続いた。
「私も、奏が楽器吹いてるところ見てみたい。実際去年の文化祭とかでも見れなかったからさ」
1年前の10月の文化祭で、奏は体育館の舞台で、吹奏楽のメンバーとして披露していた時間があった。
残念なことに、そのとき私は風邪を引いて休んでしまっていた。季節の変わり目だったからだろう……見事に鼻水垂らして布団にこもっていた。そのあと、文化祭を終えた奏と和の二人がお見舞いに来てくれた。夜には彩芽先生と、春美先生が電話をかけてくれた。
そんな、何気なく人の温かさに囲まれた文化祭の日を、私は過ごした。
以上のことがあって、結局私は奏のその楽器を奏でている格好を拝むことはできなかった。
そのトランペットを響かせている勇姿を、鑑賞することは叶わなかった。
「……じ、じゃあもうちょっと、頑張ってみようかな……」
奏は照れ臭そうに頬をかいてはにかむ。
それは嬉しさの印を示しているように見えた。
トランペットを手に取る理由を失った奏が、ほんの少し手を伸ばしたくなる理由を上げられた気がした。そう思うと、私も嬉しくて笑みが溢れる。
また、自然と和と目が合い、また笑った。
そして、次の日から奏が放課後に図書室に来ることはなかった。
「っていうことがあったの」
このときはすでに、奏と文化祭の日の約束をしてから2日経っていた。
この日は彩芽先生が早くに部室に来れた日だった。
少しずつ夏も落ち着いてきて、放課後の蒸し暑さもほどほどになってきたころ。
私は先生と向き合って、2日前の話をした。
「へぇ〜そんなことがあったんだ……知らなかった」
「そりゃ先生いなかったし。知らなくて当然でしょ」
「なんかそれいじわる……」
「また仲間外れにされてるとか思ってるの?」
「…………」
「図星だ」
「うるさい……」
「別にそんなことしてるつもりないってば。だから今こうして話してるじゃんか」
「まぁ、うん。そうだけど……私もその場所にいたかった」
「はいはい次は一緒ね。てか先生こそ、毎日忙しそうだけど体調とか大丈夫?」
「うん、私は大丈夫だよ。いっぱい任されることも増えてようやく先生らしくなってきたかなって……最近学校がもっと楽しくなってきたから」
その表情は心の底の喜びを隠せていなかった。
彩芽先生は、また一人の人間としてしっかりまだ成長している。
今年、担任になった先生を近くで見ているとよく分かる。先生は最初から、みんなの先生だったわけじゃないけど、だからこそ誰よりも生徒に寄り添って笑ってくれていたんだなって……。
だから、みんな今は彩芽先生に頼りたくなるんだ。
そんな因果を、先生が正しく自覚しているかは……まぁ多分言うまでもないだろうけど。
「そっか。じゃあ先生はどんどん夢に近づいているわけだ」
「どうだろうね。まだまだ春美には敵わないし、全然なんじゃないかな」
春美……気づけば先生は新田先生を名前で呼んでいた。
二人の接点も知らないし、こんなに仲良くなるまで一緒になにしてんだとかも知らない。
でも、そんな通じ合っている繋がりが、彩芽先生越しに伝わってきて、少しもやっとした。
たぶんこれは嫉妬とか羨望とかではないと思う……だって私は先生を誰よりも信じている自信があるから。
困ったら助けてくれるし、呼ばなくてもここでまた会えることを確信しているから。
だから、これは悔しさだ。
私は先生の憧れになれないほど、まだ未熟だということを新田先生を通して痛感した。
それがなによりも、純粋に、悔しかった。
それから逃げるように駆けていく季節に置き去りにされ、いつの間にか涼しくなっていた。
高校に入って2度目の秋が訪れたことに、10月に気付いた。
それくらい時間の経過は一瞬で、唐突だった。
「…………」
「どうだった?」
「……ううん。ダメだった」
1枚の紙を見つめる私の隣で、先生が座っている。
今は放課後の部室。
この間まではまだまだ空色は爽やかだったはずの時間なのに、今ではすっかり日が沈みかかっている。
暗くなる景色に合わせて、私もまた、随分と気分が落ち込んでいた。
紙きれの中身を、もう一度確認する。
いくら見ても変わらない『落選』の文字。何回見ても飽きることなくどん底に突き落とされる絶望感を味わされる。
「そっか……また残念だったか……」
「うん、またダメだったね……」
今年に入ってこれで3度目の屈辱。
1度目は春、2度目は夏、そして今回で3度目。
「今回は何作品応募したんだっけ?」
「3作品。前に落ちたやつから2つ選んで手直ししたやつと、新作」
「なぁんでダメなんだぁ〜! 私は梨花のが一番なのに!」
「そりゃ先生が私のしか知らないからでしょ……仕方ないよ。こればっかりは」
審査を頼んでいるのは私なんだから、文句を言うのはお門違いも甚だしい。
確かに、なんでこんなに頑張っても認めてもらえないんだって怒れてきちゃったりもするけどさ……。
でも、きっと私よりも頑張っている人はたくさんいるから。
だったら私は必死で食らいつくしかない。
そんな気力もどんどん削がれていることを、誤魔化しながら……。
「梨花! 次は絶対見返してやろう! なんであのとき梨花を選ばなかったんだぁ! って後悔させてやろ!」
「うん。そうだね。頑張ろう」
挫けそうになった数の分だけ、先生の言葉があった。
後ろめたくなる私を、いつもそっちじゃないよって導いてくれる。
「とりあえず今日は反省会しよ! 私なりに表現方法とか改善できそうなところピックアップしてみるよ」
「うん、ありがと、先生」
「ううんなんのなんの! 私のほうこそ……こんな私なのに、ありがとね」
「なに言ってんのさ。ほらもう湿っぽいのはやめにしてさっさと直していこ」
「うん!」
この日は、言葉通り修正と推敲を繰り返した。
応募する前にも何度だってやってきた作業なのに、終わってから見直してみると、案外弱点が分かったりする。
そんな自分の実力を突きつけられる辛い作業にも、いつも通り笑ってくれる先生がいるから、なんとかなる。
そう、今はまだ余裕があるから、なんとかなっている。
しかしその焦燥感も、じわじわと私を侵食していることに、薄々私は感じていた。
10月中旬。少し肌寒さが顕著になり始めたころ。
文化祭の日は、あっという間に始まりを告げた。
先週襲いかかってきた台風はとうに過ぎ去り、天候は快晴と恵まれた日だった。
そんなお祭り日和に運良く文化祭を開催できたことにより、学校全体が活気に満たされる。
ちょっとの粗相も笑って見過ごせるくらい、みんな心がふわふわと浮ついていた。
そして、私もまた、その一人なのかもしれない……。
クラスの出し物はお化け屋敷風の喫茶だかなんだかよく分からない内容で、普段の私なら頭痛を覚えるところだろうけど、でもまぁそれすらも笑って済ませられるくらい、私も浮ついていた。
対して接点も接触もなかったはずのクラスメイトが、このたった二日間のためだけに純粋に笑って接してくれたから。さすがに嫌な気もなくて、うざったくもなくて、煙たくもなかった。あまり手伝いもしてないけれど……。
そんなクラスの空間は、ほんの少し、居心地がいいと思った。
それは担任の彩芽先生も一緒だったからかもしれないけれど。
でもその先生が放課後に部室に来ない日が増えたこともまた事実だった。
おかげで和とはさらに距離を縮めることができたのは、棚からぼたもちって感じでよかったけど。
そして、もう一つ。
私がこの日を楽しみにしていた理由がある。
それは和もきっと同じ気持ちだと思う。そう、確信している。
その理由は、奏の晴れ舞台を始めて観る機会があるということ。
私は、もう親友と言っても過言ではない……私自身はそう言いたい存在の、その演奏を心から期待していた。そして、その気が熟したこの日は、やっぱり周りの空気に負けないくらい、浮ついていた。
しかし、それは裏切りというのだろうか。
期待していたことが、期待した通りにならない結末に、ガッカリすることは、裏切りなのだのだろうか。
否。少なくとも私は奏をそんな風に観てはいなかった。
和とは、その心は通じていたはずだ。
だけど、私一人がなんと思おうと、周囲の目は、より強い評価を与えるから。
ましてや同じ部員同士なら、余計に辛辣。悲痛。滑稽。
結果から言うと、奏の演奏は躓いた。私が言えることはそれだけ。
だけれど、奏の後輩が、演奏会の後に舞台裏で突きつけた一言は。
「先輩、もう邪魔なんですよ」
彼女も、それだけを奏に言い放って、去っていった。
「冴えない彼女の育て方 fine」観てきました。いやぁ、素晴らしかったの一言ですね。心が踊りました。今も踊っています。それくらいキャラクターの魅力に惹かれ、また関係性に惚れ惚れしました。
今年はアニメ作品の映画作品が豊富な気がして充実しています。以上雨水からでした。