その8
今回は回想編という感じでゆる〜くお送りします。
毎週日曜日に投稿していきます。恐れ入りますが、時間帯は作者の都合によります!
「そんなこともあったねぇ……なんだか懐かしいや」
梨花と今までの話を聞いて話して……それを口にしたのは今の私だった。
目の前の梨花が2年前に初めて応募した作品が、あっけなく落選した。
その過去を感慨深く振り返る私はほのかに瞳の奥が熱くなるのを感じた。
「そっか……もうそんなに経つんだね……」
「そうだね。ほんと、先生との3年間は一瞬だったよ」
梨花も、追憶を辿るようにどこか遠くを見ているようだった。その視線の先にあるのは、ずっと広大な茜色の空。
その梨花の横顔を見つめながら、しばらく目を離せなかった。
そのうち、流し目の梨花と焦点が合う。
「ちょっと先生、私ばっかり見過ぎ……恥ずかしいじゃん」
ずっと見ていたのがバレていた……そう思うとこっちも恥ずかしくなる。
「ご、ごめん。ついね……」
「まだ1年の頃の話しかしてないのに、そんな顔しないでよ」
「うん……」
「だからその顔。しょんぼりしないで。私までなんか……いやじゃんか、そういうのは」
「そだね。もっと明るく話さなきゃだね」
「うん。……そういうこと」
そう言いながらも、続く言葉が見つからない。
「…………」
沈黙が流れる。
このまま次の話をしたほうがいいんだろうか……。
いや、その前に、ちょっと一息つきたいな……。
「じゃあ私少し飲み物買ってくるよ。梨花はなにがいい?」
「いいの?」
「うん、別に。今更そんなことで気遣わなくていいよ」
「じ、じゃあお言葉に甘えて……コーヒーで」
「そこは随分と苦いんだね……。分かった。すぐ買ってくる」
そう言って、私は逃げだすように、部室を後にした。
なんだか、あのままじゃ暗い空気が教室の中を覆い尽くしてしまいそうだったから……。
それくらい、梨花の顔も晴れてはいなかった。本人に自覚があったかは分からないけど。
でも、話すうちにだんだんと、別れが近づいていることが、お互いの中で微妙な壁を生んでいたんだと思う。
……またコーヒーを持って戻ったら、ちゃんと笑って話そうと、心に誓った私だった。
先生が教室をでていく姿を見送り、私は空を見た。
「ほんと色々あったな……」
1年のころは出会いがいっぱいあった。失敗もたくさんした。
でもその分、挑戦もした。
夏に初めて応募した作品が落選したとき。
さすがにショックだった。
一朝一夕で、作り上げたものじゃない。何日も、何ヶ月も練り上げた傑作だったから。
大切な人と、いろんな時間を積み重ねて、そこで得たもので手がけた大事な作品だった。
それがたった二文字で、駄作だと感じた。
努力が一瞬で塵に変わった瞬間だった……。
あの時間はなんだったのかと、報われない悔しさが日を追うごとに滲み出てきた。
「…………」
でもあのときの落胆と悔恨は、きっと今に繋がってる。
だって、今の方が絶対に面白い作品が書ける気しかしないから。
そしてなんてたって、あのとき先生が、言ってくれたから。
「梨花。青春に恋してる?」って。
それからいっぱい励ましてくれて、たくさん背中を押してくれた。
だから私は立ち上がれた。顔を上げられた。
あのときがあるから、今積み上がった山がある。
塵は、ちゃんと積もるから。
「……早く帰ってこんかい…………」
だから、私は一緒に積み上げてきてきてくれた先生の帰りを、ひたすらに待つだけだった。
自販機で缶コーヒーを二つ。一つは微糖で、もう一つは無糖。
私は部室までの帰路で、たくさんの梨花を思い出していた。
心底楽しそうに小説を書く梨花。私が作品を読んでいるときのそわそわした梨花。そして私の感想を聞いて笑ってくれる梨花。でも、応募した作品が落選してすっごい落ち込んでる梨花……。
これだけじゃない。数えきれない梨花との思い出は、それだけ濃密な時間を共にしたことを教えてくれる。
時には迷うこともあった。悩むこともあった。
梨花の隣にいるのが私でいいのかとか、本当に梨花を支えられているのかとか、自分の存在価値を疑う日だってあった。
それくらいのケンカをしたときもあった。
梨花が本気で私を怒ったんだよ? 教師と生徒でなにやってんだよって周りは言いたくなるようなことかもしれない。
でもやっぱり、私には分からないことがたくさんあるから。まだまだへなちょこな先生だから。
だから、梨花が叱ってくれた時は、悲しかったし苦しかったし辛かったけど。
だからこそ、 嬉しかった。
こんなにも真剣な顔で私と向き合ってくれてるんだから、もう逃げちゃダメだってなった。
もう、なんだろうな……私、梨花のこと好きなんだなぁ……って自覚した瞬間だった。
あ、別に恋愛としてとかじゃないよ? でもどうだろう……将来、梨花と暮らすってなっても私は別にいいかも。
まぁ、そんなことはどうでもいいや。
「梨花、たぶん帰ったら遅いって言うんだろうな……」
とにかく私は、駆け足で早く梨花の元に行かなきゃだし。
少しでも長く、一緒にいたいから……。
「遅い」
先生が帰ってきたとき、私の第一声はお馴染みのセリフだった。
「ごめんごめん」
先生も、そのセリフを言われるのをまるで分かっていたかのようにころっと笑う。
心地よいやりとりが私の胸をあったかくする。
「…………」
この時間がずっと続けばいいのに……私は叶わない願いをした。
「どうしたの? そんな暗い顔して」
「ん? あぁ、ううん……ちょっと3年は早すぎだなって……」
「ほんとにねぇ……すっごい早かった」
「うん……」
「でもさ、まだ終わってないよ?」
「え?」
「まだ、私たちの話は終わってないよ。だからもっと話す時間があるよ」
「……そうだね。先生らしいや」
「えぇ私らしいって何よ?」
「ん〜ん。こっちの話。じゃあ続き、話そっか」
「うん!」
じゃあこっからはまた続きの話。
小説家になりたくて、そんな自分が好きで、そうなる自分しか想像していなくて、だからなると決めていたあのころ。
俊介みたいな無鉄砲さは嫌いだったあのころ。だからこそあの愚直さに憧れた。
でもやっぱり現実はそんなに甘くなくて……何度も挫折した
そんな続きの話。
今週は尺が短めということで…映画を観てきました。「空の青さを知る人よ」と「ジョーカー」ですね。二本とも大変感情移入してしまい…作品への熱情が湧きました。
なんだか後書きを日記と勘違いしてるっぽいですけど、作者はこんな感じなのでお許しを…。
それではまた来週〜