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青春に恋はできましたか?  作者: 雨水雄
5/20

その5

梨花りかかなでと共に過ごすことが多くなり、さらに充実した高校生活が始まったかなって感じです。


毎週日曜日に投稿していきます。恐れ入りますが、時間帯は作者の都合によります!

私、星山梨花ほしやまりかがそいつ……前田俊介まえだしゅんすけとかいうやつを初めて見た時、なんて無謀なことをしているんだろうと思った。

持っているギターは雑音しか発さないし、その歌声は騒音だし……とても人に聞かせらるものじゃない駄曲がそこにはあった。

同時に、しかしそこには音楽があった。

どれだけ下手くそで、バカにされても、無視されても、目の前のこいつは笑っていた。心から。

楽しんでいた。

だから、やはり私には、なんだこいつ……としか言いようがなかった。

右隣にいたかなでは魂が抜けたように固まったまま動かなかった。

左隣にいた先生は……先生もなぜか笑っていた。

そして、流し目で私と目が合う。

「すっごい下手くそだね」

そう言って、また笑った。今日の天気に負けないくらい、明るく。

それは嘲笑とか同情みたいなものじゃなくて、ただ純粋にその彼を見て浮かんだ笑みに見えた。

「そうですね……」

「でもあれはきっと誰にも負けてないよ」

「いや、どう見てもあれはぼろ負けでしょ……」

あれじゃなにも語れない。

でも先生は首を振る。

「ううん。あの気持ちは、たとえなにを言われても、なにをされても、折れたりしないよ」

「はぁ…………」

そりゃあんな頭悪そうなやつ、なにしたところでびくともしないでしょうよ。

なんたって自分が侮辱されていることすら気づかないんじゃないかな? それは言い過ぎか。

けれど、まぁ確かに。

それくらい音楽が好きなんだなってことだけはしっかり分かる。それだけだけど。

俊介しゅんすけの気持ちは、誰にも引けを取らない武器だよ」

先生はそれから最後まで俊介しゅんすけの演奏を聞き届けていた。

私も並んで見続けていた。

それでも、すとん……っと綺麗に腑に落ちることはなかった。

きっとそれだけで夢を叶えられるほど、現実は甘くないから。


昼休みの大半を残して、俊介しゅんすけは頭を下げた。

「今日は見に来てくれてありがとうございました! また次もよろしくお願いします!」

ぱちぱちと拍手が一人分。言うまでもなく先生だけ。

「いやぁ、前田まえだくん! ぜんっぜんよくなかったよ!」

けらけらと笑いながら先生は俊介しゅんすけの元へ歩み寄っていく。

「でも最高だった!! 次も期待してるよ!」

その声を聞いた俊介しゅんすけもまた満面の笑みを浮かべて、先生と握手を交わしていた。

私はただそれを眺めているだけだった。

横目に、隣に立つかなでと目が合う。

「…………」

「…………」

私たち二人は一切口を開きはしなかったが、多分、心は通っていた。

きっと、俊介しゅんすけのあの笑顔は今だけのものなんだろう、と。おそらく私たちの本心はそう告げていたに違いない。

挫折を覚え、妥協したとき、きっと現実の夢をみるから。

せいぜい自分のできることはこのくらいなんだと見切りがつくから。

でも、口にできなかったのは、きっと私も同じだったから……。

まだなんにもできないのに、夢を見ているから。

努力しか手段がないのに、その努力に不安が募るから。

だから、私は俊介しゅんすけのような真っ直ぐさやその熱意をほのかに羨ましく思った。

先生は私のことを真っ直ぐだと言ってくれた。

でも私からすれば、俊介しゅんすけのほうがうんと真っ直ぐだった。

私もそれくらいバカになりたかった。夢というゴールがあることに変わらずとも、迷わず進みたかった。

しかし現実はやっぱり私の足を止めるから……。

直進を望んでも、足りないところばっかり掘り出してくるし、掘り出しても中身は泥だらけでなにも見えないし……結局なにをどうすればいいのか分からないまま足を動かすだけなんだ。

そうやって人は後悔する。非力な自分を哀れに思う。

……だから、教えてほしい。

どうすれば、この気持ちに正直になれるのかを。


昼休みはそのままかなでと他愛ない話をして終わった。ほんとにあれからは大した内容の会話をしなかった。かなでは吹奏楽に入部して即戦力で期待されているとか。かなで本人はさすがに荷が重いと嘆いたりとか。それを二人で笑い話にしたりとか。それだけで昼休みはあっという間に過ぎた。

と、思っていたら最後の授業も終わり、すぐに放課後がやってきた。まさに光陰矢の如しとはこのことなんだろうというくらい1日の早さを実感する。

放課後になるにつれてどんよりとした雲に覆われていき、今では薄暗い夕方の時間が流れている。

活気のない廊下を歩く私もまた、気分が晴れないでいた。いっそのこと今日は帰ろうかともよぎった。

それでも、あの人……彩芽あやめ先生はきっと来るから。

私はそこで行かない理由は見つかるはずもなかった。

重たい足取りでどうにか文芸部の部室を目指す。

「あら、星山ほしやまさん」

部室に向かう途中、職員室の近くを通り過ぎようとしたとき、呼びかけられた声を背中で受け止める。

声音で誰かなのかを把握し、顔を振り向かせると、やはり新田にった先生がそこにいた。

先生は職員室に戻ろうとしていたところで、ちょうど出くわした。

新田にった先生、さっきぶりですね」

ついさっきまで先生は私のクラスのホームルームをしていたから、久しぶりということはない。

むしろ先生は私のクラス担任で、顔を見ない日はないくらいだ。別に嫌じゃないけど。

新田にった先生は品行方正で合理的なイメージがある。なんというか彩芽あやめ先生とは正反対って感じ。熱量でぶつかるというより、俯瞰して助言を与える……まさしく先生の理想像。

でもって、美人だし驕ることもないし、この人のことを嫌いな生徒はいないに等しいんじゃないかなと思う。

けど、そんな先生にまさか声をかけられるとは思わなかった……。

だって、今まで一度も話したことがないから。

それでも、先生は躊躇なく私の方へ歩いてくる。なにかの間違いでもなんでもない、私を見ている。

星山ほしやまさん、今から部活?」

「はぁ……そうです」

「確か文芸部だったわよね? 楽しい?」

なぜ先生が私の所属部活を? というのは愚問か。入部届けのサイン欄には担任の先生の筆跡が必要だから、私が文芸部だという情報は知っていて当たり前のこと。

「まぁ、それなりには」

「顧問は夢前ゆめさき先生だったもんね。どう? 迷惑かけてないかしら?」

「いえ、迷惑なんて……むしろ彩芽あやめ先生の存在は助かってます」

なんともナチュラルに話しかけてきてどぎまぎしたが、彩芽あやめ先生の話題となると、ふっと心が軽くなった。理由はわからない。けどなんとなくわかる気もした。

彩芽あやめ先生、か……」

先生は不意に窓越しに外を眺め出した。今日の天気は曇りだ。特になにが見えると言うわけでもなさそうだが……。と思ったが、私は自分の発言について気づいた。

「あ、ごめんなさい……夢前ゆめさき先生です」

さすがに他の先生の前で下の名前で呼ぶのは無礼じゃないかな……ということである。

いくら境界線を無くしたいと思っていても、周囲の目はそれをよくは思わないことかもしれないから。

「ん? あ、あぁ違うのよ? うん全然違うの。今のはこっちの話だから……。でもそっか。本当に仲良くやれてるのなら別にいいわ」

と、謝罪して頭を下げたのはいいものの、新田にった先生はそれは拍子抜けだったような反応を見せる。

「はぁ……」

もうなにがなんだか。

「また夢前ゆめさき先生が調子乗ったりしたらいつでも言ってちょうだいね? 私からガツンと言っておくから」

「はい、まぁ分かりました。そのときは是非」

「うん是非」

と、新田にった先生はにっこりと笑みを浮かべる。

どうやら二人も先生の中でも上下関係や強弱の差があるみたいだ……大人の闇というやつだろうか。でも新田にった先生は優しい笑顔をしている気がするから、彩芽あやめ先生を妹みたいに思ってるのかもしれないな……という勝手な憶測が私の中で一人歩きしていく。

さて、世間話もこれくらいだろうか。といった具合で、私は新田にった先生から離れようとする。

「あ、それよりも」

しかし簡単に離してくれなかった。私は再び先生と距離が詰まる。

「はい? なんですか?」

これ以上、私なんかになんの用があるというのだろうか……。

星山ほしやまさん、昼休みとかどうしてる?」

「昼休みですか? 最近は……辻本つじもとさんと一緒にいることが多いですよ」

「あぁ、そっか……」

「……どうしたんですか?」

「ううん。星山ほしやまさん本好きだよなーって思っただけよ」

「……真意は?」

「……今ね、いつも図書室で一人でお昼を食べてる子がいるの。だからもし星山ほしやまさんさえよければ……って思ったんだけど、ごめんね?」

「それなら明日、私から辻本つじもとさんに聞いておきましょうか? その子が二人でもいいっていうならですけど」

「ごめん、お願いできるかしら? その子全然人とのコミュニケーションが苦手で……でもすごい寂しがり屋だから……でも根はとても優しい子なの」

珍しく、新田にった先生の必死な様子がそこにあった。

……どうやら訳ありっぽい心配の仕方でもある。

「あぁ、はい分かりました。なにはともあれ、できればその子と一緒にいてあげればいいんですね」

結局、新田にった先生とその子がどういう関係なのかとかはさておき、私でよければ一緒にお昼を食べて過ごしてあげればいいこと。ほんと、私なんかでいいのかはさておくけれども。

「うん、ありがとうね」

新田にった先生は満足気に相好を崩し、私の元から離れていく。

あの先生があそこまで必死になるくらいの懸念を抱えていたとは……意外だった。しかしそれくらいの重要なことを私は押し付けられたことになるのだろうか?

……あまり深くは考えなかった。

だって、切れる関係なんて所詮その程度だし。片方がどれだけ手繰り寄せようとしても、逃げられればその糸は必然的に綻んでしまうから。

だから、私は明日の昼休みに、とりあえず図書室に行くということだけ頭に置いておいた。

それ以外特になにも頭にはなにも詰め込まずに部室へ向かった。


急ぐことなくマイペースに部室の前まで来た。

空の色は相変わらず綺麗な茜色一色で埋め尽くされている。夕日を覆う雲たちも、鮮やかなグラデーションを描きながら空の海を泳いでいる。

なんとも落ち着く放課後のひと時だった。

部室の前の窓からしばらくぼぉ〜っとその景色を眺めていた。別段私自身、病んでいるとかそういう訳ではない。体調、精神面に関しては至って正常である。

ただ、この瞬間が美しくて手放したくないという欲が働いただけのこと。ほんとそれだけ。今、今の景色を見ることができるのは、今の私だけだから。ちょっとだけ先生を放ったらかしにしてもバチは当たらないだろう。

それはきっとほんの数分のことで、私はスイッチを切り替えたように部室に向き直る。抵抗なくその引き戸を開ける。

「先生、おまたせ」

「あぁ! 梨花りかぁ! もう遅いよぉ〜!」

「ごめんごめん」

私が顔を覗かせた瞬間、彩芽あやめ先生は勢いよく飛びついてきた。

無邪気にぷんぷんする先生をそれなりに慰めて、私たちの放課後はそうして過ぎていく。

私は小説を書いて、先生がそれを読む。そんな他愛無い時間が。

ちなみに、明日の昼休みに彩芽あやめ先生も一緒にどうかと誘ってみたが、それは断られた。どうやら先生にも色々と事情があるらしかった。詳しくは聞かなかった。どうでもよかったし。

私たちはどうせここで集まれるから。

だから、このまま今日が終わっても、また明日もここにいるに違いない。


翌日。

私は登校してきて自分のクラスではなく隣の教室に入る。別に寝ぼけて教室を間違えたとかでは断じてない。一目散にかなでの席の前まで移動するため。

そこにかなではすでに座ってることは知っているから。かなでは朝練があっていつも私より先に学校に来ているから。

「おはよう、かなで

かなでは私を見るなり目を皿にして固まる。

「ん? あ、梨花りか……おはよう。珍しいね、どしたの?」

珍しいどころか私がかなでの教室にやってきたのは初めてのこと。

焦った様子で私を見るかなでの反応は、むしろ正しい。

「うん、今日のお昼休みなんだけどさ……図書室でもいい?」

「え、うん。別に構わないけど……急になんで?」

かなではなにやら緊張した表情をしていて、私の発言に警戒しているようだった。

昨日新田にった先生にあって欲しい子がいるって言われてさ……その子いつも一人らしくてできれば一緒にって……ごめん。私勝手に返事しちゃった」

「なんだそんなことか。ううん、それくらいどうってことないよ。じゃあ今日はとりあえずその子のいる図書室に行けばいいんだね?」

しかしそれを聞いて、ようやくかなではふっと力みが抜ける。自然な笑みがこぼれる。

「……ごめんね? 嫌だったら私だけで行くから」

「大丈夫だってば。嫌だったら嫌っていうし、ほんとに嫌だったら私はもう行かないから」

「分かった、ありがと」

「ん。じゃあお昼になったら梨花りかのとこ行くね」

「うん、待ってる」

そうして、私たちは約束をして昼休みまで学業に勤しんだ。


時計の針は止まることを知らずに、ついに長針と短針は重なり合う。

正午を指し、お昼になる。

それから長針がもう少し回ったところで授業は終わった。

チャイムが鳴り、すぐにかなでもやってきた。

「じゃ、行こっか」

「うん、そうだね」

私たちは弁当箱を持って図書室を目指して歩き出した。

道中、かなでがぽつりぽつりと吐く。

「どんな子なのか聞いてるの?」

「う〜ん、なんか物静かな子っていうのか内気な感じの印象な子みたい」

「それで本をよく読むから図書室なんだ」

「おそらくそういうことだと思う」

「分かりやすい子だね」

「まぁ、そうだといいけどね」

ふっと小さく笑い声が漏れ出す。

些細なことを呟きながら、目的の図書室にはすぐに着いた。

かなでが前に立ち、ガラガラと大きな音を立てて扉を開ける。随分と年季の入った扉をしている。

「…………」

「……いる?」

「いや、まだ分からない」

二人で入口付近から一瞥する。

しかし人らしき影はどこにもなく、殺風景な教室内に取り残されたような感覚に陥る。

かなではさらに中に入り込み、隅々まで探索しようとする。

するが、一人の少女を見つけるには、そこまで時間はかからなかった。

「……梨花りか。いたよ」

「え、どこ? ……あ、ほんとだ」

その子は受付の机の下に潜り込んで怯えていた。

光を反射する銀髪が目に飛び込んでくる。その次に、警戒と恐怖が入り混じった不安に満ちた瞳と重なる。

そんな小動物な子をみて、まぁまずはこう思った。

これは、前途多難だな……と。

「どうも、初めまして」

なるべく近づかずに、柔らかな声音で話しかける。

まずは慣れるしかないよね……。と、私はなぜか自然と覚悟を決めていた。

隣でしゃがみこむかなでもまた、仕方ないといった顔で、仕方なく笑った。


これが、後に知る水島和みずしまなごみとの初対面の瞬間だった。


ただ、高校生のことは高校生にしか分からないので、誰もその青春が間違いとは文句を言えないはずなんですよね。

といった具合で、今回は? 今回から? はさておき、梨花りか視点からの物語でした。これからどうなるかは、きっと彼女たち次第です。どうなるのやら……。

それは置いておいて、ようやく涼しくなってきて風が気持ちいい季節になりましたね。早く紅葉が見たいです。

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