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青春に恋はできましたか?  作者: 雨水雄
2/20

その2

少年少女たちが辿ってきた青春を刻んだ1ページ目。


毎週日曜日に投稿していきます。恐れ入りますが、時間帯は作者の都合によります!

今から3年前の春。

満開の桜もちらちらとハゲかかってきたころのこと。


「は、初めまして! 今日からこのクラスの担任となる夢前彩芽ゆめさきあやめといいます! みなさんどうぞよろしくお願いします!」

教師に就任して2年目の私は、担任になった。

40人の視線を浴びながら、私は緊張した震えた声で自己紹介をする。

しっかり両手を叩いて拍手してくれる生徒や、手を合わせるだけのか弱い拍手で、まるで私を哀れんでいるかのような生徒。……それと全くの無反応な生徒。まさに異口同音ですらない。不協和音にすらなっていない。

なんとも気まずい空気が漂うなか、私たち教師と生徒たちは出会いを果たす。

そのあとも、生徒たちの自己紹介の時間になったのだが、一向にクラスの雰囲気は明るくならず……お通夜みたいな入学式の日が終わった。確か私のときもそんな感じだった気がするし、あまり深刻になるのはやめた。

初めてクラスの責任を背負うこととなったガチガチな新米教師の私と、不安でいっぱいだろうけど期待で胸を膨らませてもいるだろう新しい高校生との生活が、この日から始まった。……正直私もうやってけないかもと思った瞬間でもあったことは、多分忘れない。


翌日から、本格的に私はクラス担任なんだと自覚させられる。

「はい、じゃあ今配ったプリントに授業日程と、最初の授業で必要な教材、移動教室の場所とか色々書いてあるから各自しっかり確認しておいてね。あ、あとみんな宿題もしてきたと思うからちゃんと提出しておくこと」

朝のホームルーム。あらかた説明できたかなと、私は内心ほっと一息つく。なんなら本当に胸をなでおろしていたかもしれない。それくらいこの日も緊張がまだまだほぐれていなかった。

「じゃあこれくらいでいいかな。あとは授業までゆっくりしてていいよ〜」

最後に締めくくると、どっと肩の力を抜く。ついでにふぅ〜と深呼吸をする。

このあと、クラスで最初の授業を担当するのも私だ。

だから今は呼吸を整えて、私自身も授業への準備をする。

「せんせ〜い」

たそがれていると、 一人の少年が私の元へやってくる。なんか伝え忘れてたかな……と内心落ち着かずに対応する。

「ん? どうしたの?」

「宿題忘れっちゃったんすけど……」

「あ、そうなんだ……」

杞憂だったことに安心すると同時に、少し笑う余裕もできた。

宿題忘れちゃう子って絶対クラスで一人はいたよなぁ、と自分の過去を振り返ってふふと笑みをこぼす。

「放課後取りにいける? 無理そうなら明日にでも担当の先生に届けに行ってもらえる? 私からも伝えておくから」

「うっす! わかりやした!」

「えっと……君、前田まえだ君だったっけ?」

「うす! 前に田んぼの田と書いて前田俊介まえだしゅんすけっていいます! 以後よろしくお願いします!」

……なんかすごい元気でうるさい子がいる。俊介しゅんすけの第一印象はそれのみだった。

てか昨日私に大きな拍手をくれたのはこの子だったのかもしれないな……。

「先生っ!」

「あ、はい!? なに、どしたの!?」

「俺も宿題忘れちゃったんですよ……」「先生俺も!」「私も」「拙者も忘れたでござる!」

ぞろぞろと白状しに生徒たちがやってくる……なんか一人めっちゃ変なやついた気がするけど。それどころではなく、二人まだしも何人もの生徒が宿題を忘れたと私の元へ押しかけてくる。てか一人ちょんまげの子がいるんだけど変なやつお前だな。お前しかいないな。よく正門に立ってた先生もこいつのこと止めなかったな、大丈夫なのこの髪型?

「あ、これはカツラでござる」

「そうなんだね……それはよかった」

ご丁寧にどうも。でもカツラ持ってくるくせに宿題忘れちゃうのはなんで? と次々とどうでもいい考えが駆け巡る。てかなんでこいつこのタイミングでカツラつけてんだよめっちゃ面白いじゃん……あぁ、だめだこいつが視界から離れない。

でもほんとにそんなことはどうでもよくて、ちょっと宿題を忘れた子が多いことは叱ったほうがいいと思い、顔を上げる。

「みんな! せっかくやってきた宿題を忘れるのはもったいないじゃん! 今回は大目に見るけど、今後ちゃんとカバンの中身確認するようにしてね! 忘れる癖はつけないようにしてください!」

「「「はい……」」」

結局大目に見ちゃうくらいまだまだ甘い私。みんな初々しくて可愛くて、どうしてもツメが甘くなってしまうダメな私……。

それでも、可愛い生徒たちも反省した様子で申し訳なさそうにしょんぼりしていた。それもまた可愛いなぁと思う。

「…………」

とぼとぼと自分の席に戻っていく生徒たちの中、一人の少年はまだ私の前で立っていた。

「どうしたの? 前田まえだ君」

「せんせ〜」

「うん、なんか悩み事?」

どうやら深刻なことでも抱えているのだろうか。

もう授業までの残り時間は少ないけど、なにか困っているなら教えてほしいと、私は俊介しゅんすけに真摯に向き合う。

「……トイレってどこにあるんすか?」

「は?」

「いやもう漏れそうなんすけどトイレの場所分かんないんすよ……」

だから俯いてもじもじしてたのか!? 紛らわしいなぁ……。あまりにも拍子抜けなことを言うから、疲れがどっとのしかかる。

「分かった。じゃあ時間もないから先生についてきて。案内してあげる」

「お、これ連れションってやつっすね! 俺初めてっす!」

「いいからはよ来い! 漏らされると困るのこっちなんだよ!!」

この子ほんとに高校生なのかな……将来が本気で心配になる。

ちなみに俊介しゅんすけは無事漏らさずに済んだし、ちょんまげ野郎はカツラをちゃんと外していた。外した姿は意外とイケメンで、なぜあの子にカツラが必要だったのかは定かではない。


1限目は特別授業で、高校生活での心得みたいなことを教えたり、校内探索の授業となっている。続いて2限目は全校生徒集まって注意を喚起する内容となっている。

では、早速私は授業に取り掛かる。

「はい! じゃあ授業始めるからみんな席について!」

一声掛けると、みんな素直にいうことを聞いてくれる。

颯爽に友達になって連絡先を交換してがやがやしている子や、まだクラスに馴染めずにおろおろと席から離れようとしない子や、一人でなにか騒いでる俊介しゅんすけとか、みんな一斉に自分の席に戻っていく。

その様子も私からすれば懐かしく感じる……。みんな最初は探り合うように地道に距離をつめていこうとするから落ち着いているけど、結局慣れてくると反抗期に入る子だっている。天邪鬼だって当然現れる。

でもそれも高校生だから。自我が芽生えて自分の意志を肯定したいのは私だって通ってきた道だから。だからなるべく尊重してあげたい。

「よし、じゃあ高校生活初めての授業を始めます」

私はチョークを拾い、黒板に向き合う。

すらすらと頭の中で思い浮かべる言葉を板書していく。


『青春に恋すること』


でかでかとスローガンみたいな言葉を並べる。

「なんか色々ごちゃごちゃ言ってもどうせ忘れられちゃうと思うし、みんなも飽きちゃうと思うから私からは一言だけ……どうか青春に恋してください」

「…………」

私がそう断言しても、まだみんなぽかんとしていた。理解が追いついていないのが十分に伝わった。

だから続ける。

「宿題を出さないといけないとか、赤点は取っちゃいけないとか、それだと単位が取れないとかごく当たり前の常識については私はなにも言いません。だって高校生になるってことを選んだのはみんななんだから、それは自己責任でいいと先生は思っています」

こんなのは言ったとこところで変わらないから。言っても取れる点数は変わらないから。そんなの自分自身で考えて努力して掴み取るものだから。

それよりも、、もっと大切にしてほしいことがある。

「いっぱい遊んで、いっぱいケンカして、いっぱい傷ついて、いっぱい泣いて笑って、いっぱいぎゅーってして、いっぱい悩んでください」

先生としては本末転倒なことを言ってる自覚はある。授業して勉強させるくせに、それよりも思い出づくりを優先しろだなんて馬鹿げているとも思う。

でも、努力する道はきっと1つとは限らないから。

「青春のひとときに恋をするくらい楽しんでください。先生は努力の仕方を教えることはしません。ただ、みんなと青春したいと思ってます。一緒に悩んで、一緒に失敗して、その次に一緒に喜びたいです」

言ってて私ってまだまだ幼稚なんだと思う。そのせいで楽な道を選ばせているのかもしれないって罪悪感もある。

でも大人だからと言って子供より大層なことはなにもない。同じように毎日ご飯を食べて寝て、楽しさを求める日常を送ることはずっとなにも変わっていない。

だから私だって生徒たちと変わらず分からないことはたくさんある。

それならば、先生である私がこの子たちのために本当にしてあげられることは、きっと選んだ好きな道を全力で応援してあげることくらいだと思う。

自分の選択した夢を諦めて欲しくないから。ずっと真っ直ぐに成長してほしいから。その中で挫折や妥協を覚えたっていいから。

なんだっていいから、心からやりたいことを、心から肯定してあげたい。

教師になって間もない未熟な私が、だからこそ持ってる唯一の武器。

それは、今の生徒たちと同じように成長できるということ。

その向上心こそが、私の過少な自信に少し芽を生やした。


以下、私の教師としての、そして担任としての授業は、良くも悪くもチャイムによって終わった。

結果、生徒たちの心を掴めた実感はない。みんな黙って聞いてくれてはいた。目をしっかり懲らしめて私を見てくれてもいた。それでも、次に行動を起こせるだけの勇気を与えられたは定かではない。多分それにはまだまだ私の行動力が足りていないだろうなという課題点だけは見つかった。

まぁなにはともあれ、あの時間はおそらく私の第一印象を決定づけるには十分な時間だったんだろう。ほんと、これから上手く先生をやってけるか心配ではある……。今日の夜ぐっすり寝れるかすごく不安……。


そんなナーバスになる時間も束の間で、休み時間もじりじりと減り、場所も体育館に移動し、すぐに2限目が始まろうとしている。

「はいじゃあみんな、出席番号順に2列で並んで! はい、そのままその場に座って! これから色々な先生の話があるから、しっかり聞くようにね! 頼むよほんと!!」

体育館に集まりクラスごとに整列させるのだが、半ば本気でお願いをした。だってこんな何人もの先生がいる中で一人でも態度が悪かったら怒られるの私なんだもん! そんな理不尽はいやだもん!

その後、授業が始まると先輩先生方のありがたぁいお話が続く。

主に部活動のこととか、アルバイトのこととか、生活態度のこととか、うんほんとありがたぁいお話が永遠とも思われる時間が続く……早く終わらんかね、これという本音は今になってもちっとも変わっていなかった。

「ではみなさん。よりよい学校生活を期待しています。私からは以上です」

ついに授業も終盤にさしかかろうとしているとき。

私は正直うたた寝をしていた。

夢前ゆめさき先生……ちょっと起きてください」

意識がうつらうつらしていると、急に体がぐらぐらと揺れる。

「ふぐぁっ!? なんですか、地震ですか!?」

「地震じゃないです。いいからしっかりして下さい!」

見れば私は両肩を掴まれていて、いい匂いのする先生によって揺さぶられていることを理解する。

意識がはっきりとするころには、マイクを持つちょっとてっぺんの髪の毛が寂しい先生が「他の先生方からなにか言いたいことありますか?」と確認を取り、誰も反応しないので「はいではこの授業はこれで終わります」と切り上げていた。なんかシカトされてるみたいで可哀想だったな……ごめんね学年主任。

「ふぁ〜……」

不意に、我慢していたあくびが一気に解放される。

「こら、先生がそんなんじゃダメですよ」

ぺちっと可愛らしいチョップを背後から食らう。

「……?」

振り返ると、そこにはさっき私に地震を起こしたやっぱりいい香りのする先生がはにかんでいた。

「生徒たちはそんな先生も見ていますからね。ちゃんと反省して下さい」

そう言い残してお姉ちゃんみたいな先生は遠ざかっていく。

言われて、自分のクラスの生徒たちを見やると、じーっと問い詰めようとする鋭い視線がいくつも返ってきた……ほんとごめんなさい……と申し訳なく思い、言われた通りしっかり反省をした。

しかし思い返せば、これが私と春美はるみと初会話だったのだ。



さておき、3限目からは普通に教科授業が始まり、なにかと時間が流れていく。

次にクラスの子たちと会ったのはお昼休みの時だった。

「せんせ〜!」

みんなちゃんと仲良くできているか気になって教室と扉を開けると、俊介しゅんすけがやってきた。

前田まえだ君……どうしたの?」

ことあるごとに突っかかってくる俊介しゅんすけを最初は少し厄介な子だな……と思っていた。でも高校生になりたての俊介しゅんすけはまだ小さくておぼこくて……すごく可愛かったから放っておけなかった。

「せんせ、俺、音楽がやりたいっす」

「音楽……? あ、部活がしたいってこと?」

「そうとも言うかもしんないっす」

「多分そうとしか言わないと思うんだけど……部活のことだったら午前中の授業でプリント渡したでしょ? あれ見た?」

「見てないっす」

「うん、見て」

午前中、授業で説明するために何枚ものプリントを配った。その中に部活動の種類やどういった活動をしているのかという一覧表もあったはずなのだ。

「じゃあとりあえず、音楽関係の部活だったら吹奏楽部か軽音楽部の二つあるから、放課後見学行ってみたら?」

「俺吹奏楽よく分かんないっす」

「じゃあ軽音楽部かな」

「俺そんな軽い気持ちで言ってないっす」

「軽いの意味が違うから。とりあえず行け」

ああ言えばこう言ってくる小学生みたいな俊介しゅんすけにちょっとカチンときた私は、半ば強制的な指示を出す。

俊介しゅんすけは「分かったっす」と言って私の元から離れていく。

ほんとに分かってんのかな……とそのまま見つめてると、どうやら友達はしっかり作れているみたいだった。少しほっとする。

「でも放課後は私もついて行った方がいいんだろうな……」

とにかく心配が完全に拭えることはなかった。


初日の授業も無事に終了し、放課後に突入する。

颯爽と帰宅する生徒や、仲良くなった子達で部活動の見学に行こうと相談している生徒たち、急にまたちょんまげになりだすカツラ君など、各々目的を持って行動しだす。

私は俊介しゅんすけの様子が気になって、目で追っていた。

俊介しゅんすけは教科書や筆記道具をあらかたカバンに仕舞いこみ、背負って準備が整ったところで、きょろきょろしだす。

「…………」

行ってあげたほうがいいかなと思いつつも、あえて動かずに見届けることにした。

すると俊介しゅんすけは一瞬だけ私の方をチラ見して、それでも寄ってくることはせずに、一人で教室を出て行こうとする。

「……」

自力でどうにかしようとしているんだろうか。

「……はぁ〜」

それでもあの俊介しゅんすけだ。本当に一人で大丈夫かな……。

「先生、大丈夫ですか?」

「え!? あ、うんごめんね……大丈夫。どしたの?」

考え事が一人歩きしていると、逆に一人の生徒に心配させてしまった。

「いや、なんかぼーっとして恋する乙女みたいになってたんでどうしたのかなって……」

「え〜私恋する乙女だった?」

「はい」

「でも残念。これはどちらかというと我が子が心配でたまらないお母さんってところかな」

「はぁ〜……。誰か心配なんですか?」

「いや前田まえだ君なんだけどさ……ってそれは楽器?」

一応プリントを片手にちらちらと挙動不審になっている俊介しゅんすけから、目の前の生徒に視線を移す。

明らかに他の生徒よりも一つ大きなものを背負っていた。見る感じ楽器。なんの種類とかは分からないけど。

「はい、そうですけど」

「えっと……あなた、辻本つじもとさんだったよね?」

「はい、そうですけど」

「ちょっとさ、お願いしていい?」

「まぁ、私にできることであれば……」

結局、私はこの日(かなで)と初めて会話を交わし、同時に俊介しゅんすけを軽音楽部のいある視聴覚室まで連れて行ってもらうことにした。

俊介しゅんすけ も、すぐにかなでに懐いたようで、私も心置きなく二人を見送った。

しかしあれだ……後日、かなでが抱えていたのは吹奏楽部に使う楽器だったということを知り、あんな重そうなものを背負いながら俊介しゅんすけを反対方面の校舎までつれて行ってくれていたことに気付く。


一方、二人を見送った私はというと、それから部活動見学をしていた。

なぜならば、今年から私も顧問を務めることになったから。

去年はまだ一年目ということもあり、なんとも言われなかったが、今年からはどれか一つの部活動の面倒を見る指示をくらった。ちなみに部活の選択は自由とのこと。

夢前ゆめさき先生」

「はい?」

「部活の顧問、なにになるか決めました?」

「……部活の、顧問ですか……?」

「おそらく教頭から指示があると思うので、考えておくことをオススメします」

という、春美はるみの助言通り、私は教頭に呼び出されたわけ。

ということで、早速私は校舎を見て回る。

外からは野球部だろうとすぐさま分かる掛け声が、校内からは吹奏楽部の美しい音色たちが、それぞれ放課後の学校全体を活気づけていた。

グラウンドを窓から覗けば、ほかにサッカー部や陸上部、少し離れたところにはテニスコートもあって、みんな切磋琢磨しながら努力を積み重ねている姿をしばらく眺めていた。

さらに校内をぐるぐる歩き回っていると、体育館ではバレー部やバスケ部、剣道部や、体操部もあって、真剣な表情でぶつかり合う姿に見惚れてしまった。

そのほかにも美術部や写真部、演劇部など……文化系の部活もまたほのぼのと穏やかな時間が流れていて、こういう温かい空間を共にするのもいいなと想像をどんどん膨らませる。ちなみに、カツラ君は演劇部にいた。なるほどそういうことかと色々と合点したが、私が見たときはカツラを外していた。あいつは一体なにがしたいんだろうか……。

あとは茶道部や軽音楽部なども校舎の隅のほうで和気あいあいと自分たちの好きなように部活を没頭していた。

「う〜ん、どれもいいな……」

正直どれも魅力があって一つに絞り切ることなんてできなかった。

ひたすらに学校内を歩き続けて、考えに時間を費やす。

あてもなく歩いて歩いて歩いて……ふと我に返ったとき、私は視聴覚室の前まで来ていた。

「…………」

おそらく今ここには俊介しゅんすけがいる。

もういっそのことあの子の顧問になってやろうかなとも過った。

でもそれは贔屓というか、干渉しすぎな気もした。

「……」

どうするかと悩みながら、辺りをきょろきょろする。

「… …あれ、あんな教室あったっけ……?」

ふと片隅に目がいくと、そこには小さな、でも確かに一つの教室があった。

しかも扉のふちにはプレートが掲げられており、『文芸部』と記されていた。

「…………」

気になって、私は無意識にその扉を開けていた。

まず差し込んできたきたのは、緋色に染まった室内。夕日の眩しさに少しすぼめる。

だんだんと視界が広がった先に移ったのは、一人の少女だった。

一つの机に一つの椅子。そこに佇む可憐な女の子。

「なにか?」

彼女は、私に気がつくと微笑みを浮かべて、問うた。

しかし私はその質問に応えることはなく、教室に足を踏み入れた。


これが、後に知る星山梨花ほしやまりかとの、邂逅の瞬間だった。



また来週もよろしくお願いします。

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