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青春に恋はできましたか?  作者: 雨水雄
18/20

その18

いつも、夢を叶えた人間ばかりが快挙を上げるからまた夢を見てしまう。

でもいざ立ち向かえばそこは試練ばかりで、あのころの志は次第にぼろぼろになっていく……。

だからこそ、乗り越えた先の景色にまた、夢を見ることが、人生にとって一興なのではないでしょうか。


毎週日曜日に投稿していきます。恐れ入りますが時間帯は作者の都合によります!

「はいここ私の家。どうぞ入って」

「……お、お邪魔します」

暗雲立ち込める曇天の空の下、降雨に色塗りされるかのように隅々までびちょびちょになった私たちは、ようやく『夢前ゆめさき』と書いた表札のぶら下がる、私の家にたどり着いた。

梨花りかと並ぶ帰り道、相合傘をしながら歩いた道中、一言も言葉が交わることはなかった。

それでも、なんだかそこにはぬくもりがあって、どこか心があったかかった。

本当は冷たいはずの体が、なぜかぽかぽかしていた。

なんで?

当然、隣に梨花りかがいるから……。

ただそれだけのこと。


家に上がるなり、私たちは早速お風呂に入ることにした。

梨花りか、お風呂入ろっか」

「え? あ、うん……」

最初、戸惑いを見せるが、それでも従順に返事をする。

おそらく、私と一緒に入ることをためらったんだと思う。でもここでわがままを言うのもお門違いな気がするし……みたいな葛藤が、梨花りかを複雑な表情にしている。

だけど、私は引かなかった。どうしてか、引きたくなかった。

できるだけ、梨花りかと一緒にいたくて。

「そこにタオル置いてるから。あと服は私のやつ好きなの使って。下着は……どうする?」

「え……あ、ううん。いいよ、別に……」

勝手も分からず、ただどうすることできないままもじもじする梨花りかは可愛いかった。

こんなにも乱した様子を見せたことなんて一度もなかったように感じるから、なおさら。

私と一緒に入る赤裸々な時間の羞恥と、でも抗えない……いやむしろそれがいいとすら思う拮抗が、目に見えているようだった。

まぁ、なんにせよ。

私の選択は変わらない。今、流れるこの瞬間の一瞬たりとも、梨花りかと離れたくないから。

だから、なにがあろうとなにを言われようと、私は今度こそこの手を引っ張って離してやらないのだ。

「じゃあ梨花りかも早く脱いで。そのままじゃ風邪引いちゃうから」

「う、うん……」

そうして、言われるがままに梨花りかはちまちまと一枚ずつ服を脱いでいく。のっそりゆっくりと。

だんだんと露わになる梨花りかの肌はハリがあり若さを強調していた。垣間見える肢体はしなやかでしまっていて、美しかった。

身ぐるみ全てを失った梨花りかは恥ずかしそうに局所を手で隠し、耳まで赤くして俯いていた。なんだかそこまで恥ずかしがられるとこっちまで……というより罪悪感がすごい。

と言いつつも、もうここまで段取りが済んでしまった以上、あとは共にするしかない。

浴室に二人で並び、私は梨花りかを風呂椅子に座らせる。

梨花りか、髪洗ったげる」

「あ、ありがと……」

「うん」

ちょこんと丸くなる梨花りかのすべすべな背中を眺めながら、そのさらさらな黒髪に、私の泡立った指を絡めていく。艶がありなめらかなその長髪を丁寧に洗う。

梨花りか、ごめんね……」

それは、唐突に吐き出した懺悔だった。

「え……?」

こちらに振り向こうとする梨花りかの頭をぐっと片手で抑える。

このあと続く言葉は、虚しくもシャワーの音でかき消された。


ひとまず体を洗い流し終え、ちゃぷん……と湯船に全身を浸らせる。

そこでまた、私たちは向き合う。

ーー今日なにしてたの?

ーーなごみと会ってたの。

他愛ないちょっとしたやりとり。

それを数回繰り返してはまた静寂が訪れる。そんなぎこちない時間が体の芯まで温まるまで続いた。

そして、パジャマに身を包んだ私たちは、リビングに移動した。梨花りかには私のパジャマはちょっとぶかぶかだったらしく、袖がぷらぷらとしていて可愛らしかった。

梨花りか、お腹空いてる?」

「…………ちょっと」

「そっか。じゃあすぐなんか作るから待ってて」

「あ、私も」

「いいのいいの。梨花りかはそこでゆっくりしてて」

「でも……」

本当はなにか手伝いをしないと気が済まないんだと思う。もし逆の立場だったら私だってそうなる。

こんな至れり尽くせりはむしろ窮屈に感じるから。

でも、今の私からすれば、わざわざ梨花りかの手を煩わせるのはどうかと……思っちゃうわけで。

だってそもそもここへ連れ込んだのは私なわけだし……。

だから、ここは私に任せてほしいなっていうのが私の本音。

しばらくして、私の手料理は梨花りかの待つリビングまで運ばれる。手に持つものは簡単なパスタ。

トマトソースとジェノベーゼをメインとした2種類で、それぞれトッピングは冷蔵庫の余り物。

とりあえず皿に盛り付けて、梨花りかのそばまで持っていく。

「はい。手の込んだやつじゃないけど」

「ううん……ありがと」

机を挟んで対面する私たちの真ん中に、パスタを置き、横に小さく盛られたサラダを添える。

あとは取皿に好きなだけ取り寄せて食べるだけ。

…………食べるだけ、なんだけど。

なにを話せばいいのやら……。

「…………」

「………………」

「………………おいしいね」

「あ、うん。ありがと…………」

「……………………」

てな感じ。

ひじょ〜に歯痒い時間が過ぎる。

さっきまでのお風呂でのふやけた空気はどこへやら、今じゃ胃が痛くなりそうなほどカチコチな空間が私たちを締め付ける。

結局、私は……私たちはなにも切り出せず、もどかしく儚い時の流れに、ただ身を任せるだけだった。

となると、あとはもう残されている時間は睡眠だけ……。

「あ、待って。梨花りか帰らなきゃ親御さん心配するよね?」

失念していた……という不注意。

すっかり梨花りかを家まで送ることを忘れていた。……なぜか、今日はずっと一緒にいるもんだと勘違いしていた。明らかな私の独りよがり。

「ううん。いいの。大丈夫」

「そ、そう……?」

「うん。だ、だから……今日は先生の家に泊めて?」

「え……あ、うん! 私は全然いいよ」

咄嗟の返事は感極まってあたふたとしていた。だけど、対峙する梨花りかの表情はどこか穏やかで、微笑んでいるように見えた。

「ありがと……私さ、先生と話したいことあるから……ちゃんと言いたいこと、あるから」

「……うん。聞くよ。それと、私も言いたいこと言わせてほしい」

「うん。そうだね」

「うん。そうだよ」

こんなやりとり、誰が理解してくれるというのだろうか。

否。これは私たち二人だからこそ成り立つ方程式のようなもの。

今まで培ってきた絆と、綻びかけた関係性があるからこそ、今、私たちにとって必要な会話がこうなってしまったというだけ。

だから、別に誰にも理解されなくていい。ただ、私がこれからどうしたいのか。それを梨花りかに包み隠さずぶちまければいいだけなんだから……。


ご飯を共にし、食器をそれとなく洗い終わらせる。このときの梨花りかは、さすがにご馳走になったからと頑なに洗い物に積極的になり、私の隣でせっせと手伝いをしてくれた。

自然と縮まる距離感は、私だけが気付いていたものなのかは定かではないけど、確かに私は嬉しかった。

一通り片付けをすると、次は私の自室に移動することにした。このままベッドで寝てしまおうという算段である。

いざベッドを目の前にすると、私はすぐさま膝を折りぼふっと大きく尻をついた。

梨花りかも、こっち」

ぽんぽんと空いてある隣をたたく。

梨花りかは遠慮気味にとぼとぼやってくるが、

その歩調が止まることはなく、静かに私のそばに収まる。膝に手をついて縮こまっている梨花りかはなんとも緊張していて堅苦しかった。もっと肩の力を抜けばいいのに……。

そんな気楽なことを気軽に言えるはずもなく、しんしんとした静寂の中、私たちはベッドの上から同じ景色を見ていた。ただ目前に映る部屋の扉を意味もなくひたすらに眺めていた。

「ねぇ、梨花りか

だから、とりあえず、私から。

この歪な空気を打開しようと口を開いた。

「…………なに?」

「ごめんね。私、梨花りかのことちゃんと分かってあげられなかった。だから、ほんとにごめん」

ずっと言いたくて、でも言えなかったごめん。

「……………………ねぇ、彩芽あやめ先生」

梨花りかは答えくれず、代わりに私を呼んだ。

「ん?」

「私の方こそ、ごめんなさい。私だって先生の気持ち台無しにした。ずっと私のこと考えてくれてたのに……ごめんなさい」

俯きながら、目も合わせないまま、それでも素直に頭を下げてごめんなさいする。

「いいよ。私は梨花りかならなんでも許すよ」

「私も。先生は悪くないから、謝らないで」

「ううん。私は悪いよ。梨花りかの隣にいるだけで、ちゃんと梨花りかと隣り合わせにはなれなかったんだから」

「そんなの、私の方が悪いよ……。先生はいつも正直に私のことを見てくれてたのに、私は自分のことばっかで……結局先生を傷つけた」

「ううん。私は傷ついてなんかないよ。梨花りかを辛い思いにさせておいて私だけ傷つきたくもん」

「でも……やっぱり……私は」

梨花りか

「……?」

「私、梨花りかと仲直りしたい。どっちが悪いとかもうやめて、今度こそ二人で大変なこと乗り越えられるように……また梨花りかと一緒にいたい」

「わ……私も……。先生の隣が、いい」

「そっか」

「うん……」

「じゃあ……これで、仲直り」

私はベッドの真ん中まで移動して、梨花りかの背後に回り込む。

その先はにあるのは、当然、梨花りかの背中。梨花りかの華奢な体。

それら全部をひっくるめて、私は抱きしめた。

両腕を梨花りかの両肩に回し、ぎゅっと包み込んだ。

ぎゅ〜っと力を込めて。

梨花りか、よく頑張ったね」

「せ、先生……?」

「でも、私はまだまだ梨花りかに頑張ってほしいの」

「…………先生」

「私は梨花りかに合格なんて言えないけど……いつまでもずーっと梨花りかの一番の読者でいたいの。どこまでもすごくなっていける梨花りかの隣にいたいの」

背中越しに伝わる梨花りかの震えはきっとそういうことで、でも私にその顔は見えない。

ただ、一振り……大きく頷く梨花りかの頭だけが気持ちを語っていた。

「ゔん……」

「だから、ほんとになんもできない私だけど……梨花りかを思う気持ちは誰にも負けないから。だから、一緒に夢叶えてみない?」

「ゔん……うんっ」

すすり泣きながら、それでも精一杯言葉を声にして、音を形にして、梨花りかは答えを返してくれる。

「………ありがと」

だから一言、ちゃんとお礼しなきゃ。

「先生……」

すると、今度は梨花りかから。

「ん……?」

「私、先生の手紙。ちゃんと読んだよ」

「そっか……」

「私も、彩芽あやめ先生が好き」

まっさらな気持ちの、告白を受け取る。

「教師冥利に尽きるね……」

「だから、先生の好きな私の作品を、私……もうちょっとだけ頑張って書いてみる」

「ありがと。期待してる」

「うん。先生……待っててくれて、ありがとう」

その後、なにを話したかなんて詳しくは覚えていない。眠たくなって、梨花りかと寄り添いながら、目を瞑ったところで、私の意識は遥か彼方に飛んでいったのだから。

梨花りかの隣の居心地さを感じながら。

でもそれはきっと当たり前なことで。

そんな些細なことが積み重なるから、今があることを改めて知った。だから、この今も、いずれはちょっとすれ違っただけの過去になる。

そして、いつかは笑い話になって……。

それくらい、梨花りかの存在は、私の中で大きく育っていたのだった。

それはきっと、ずっと、もっとまだ大きくなるから。

だから、今日が特別なのも今だけなんだろう。

なら、せめて……。

明日は晴れるといいな。


そう願った次の日の天気は、虹がかかった快晴だったことは忘れもしない。

梨花りか! 虹! 虹だよ!」

「分かったってば先生……それ何回目」

「だってすっごい綺麗じゃん! なんか久しぶりに見た気がするし、感動……!」

「おおげさ」

そうやって笑い合ってまた日々が過ぎ去っていく。

そんな当たり前が続く幸せ。

当たり前なのに時折難しいと感じてしまうこの幸せを、これからも大事にしていきたいな……。

「ねぇ、梨花りか

「ん? なに?」

「今度、野球部の一回戦があるんだって」

それは遠回しのお誘い。

甲子園に向けて頑張るあの子を、頑張らせた梨花りかに見せたくて。

「……ふーん」

「一緒に観に行かない?」

「……まぁかなでが行くなら」

「分かった」

「あと、なごみも」

「よしきた。春美はるみも呼んであげよっか」

「うん……」

「あぁ、楽しみだなぁ……」

「まぁ、うん。そうだね」

そのときの私たちは、手を握って、ちゃんと繋がっていたのだった。



明けましておめでとうございます!!雨水雄です!

年が明けましたね!2020年ですね!

とりあえず今年の雨水は健康第一で元気いっぱい生きていこうと思います。まず健康あってこそですからね!

ということで、まぁなにはともあれ今年も楽しくのんびり作品を書いていこうと思っております所存であります故、何卒よろしくお願いします。来週もひょっこりやってくる予定です。

みなさんにとって多くの幸せが訪れる一年になりますように!

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