その17
後になって間違っていたと気付いたとしても、その頃の自分はそれで精一杯なわけで。
だからこそ、今この瞬間に感じる過去の間違いもまた、正しさの一つなんでしょう。
毎週日曜日に投稿していきます。恐れ入りますが、時間帯は作者の都合によります!
これはおそらく、数分…いや、少なくとも1時間前まで遡ることになる。
「それで彩芽。まだ星山さんとは和解できていないの?」
職員室で私と二人きりでいる相方の春美が、不意に口火を切る。
「え? あ、まぁ……うん」
「だったら夏休みに学校くる必要ないじゃない」
「…………」
「ごめん。ちょっと意地悪言っちゃった」
「ううん……大丈夫」
全然、大丈夫なんかじゃないけど……。
あれから、梨花とは一切顔を合わせていないし、梨花が今、なにをしているのかも知らない。
「うそ。全然大丈夫なんかじゃないでしょ?」
「う、うん……ごめん」
「少しくらいは相談してくれてもよかったのに」
「ごめん……」
「私、待ってたんだけど?」
春美は眉間に皺を寄せ、少し頬を膨らませる。
「でも、だって……春美、忙しいし迷惑かけられないよ」
「彩芽が困ってるならそっちが優先に決まってるでしょ。ばか」
今度は明らかに不機嫌にそっぽを向く。
しかし機嫌の悪さは、むしろ私のことを想っているからこそのものであり……。
「…………ありがと」
私は素直にこの嬉しさを感謝の言葉にした。
「うん。あんたはさ、もっと頼ったり甘えたりしなさいよ。いつも本当の気持ちを遠慮して、わがまま言ってるふりして実は相手のことしか考えてないんだから……」
すると春美は、慈愛のこもった温かい笑みを向けて、それでも私に厳しく指を差す。
「そうやって自分が傷ついて犠牲になってるってこと分かってる?」
「……そんなつもりないもん」
「でもその星山さんとすれ違って、今落ち込んでるじゃない」
「それは……」
「それはなに? まさか彩芽が星山さんの気持ちを分かってあげられなかったって言いたいの? いいえ違うわ、そうじゃないわ。私がそう断言してあげる」
「…………」
「彩芽。あなたは星山さんにちゃんと本当の気持ちを言った? 言ってないんじゃない? ずっと自分のことは隠して、星山さんのことばかり気にするから、今藪蛇に噛まれたんでしょ?」
「……でも、梨花の作品が面白くなってるなって感じたのはうそじゃないもん……。ただ、なんか最初のころの梨花っぽさは無くなってるなって……」
「それで? 彩芽はちゃんとそう本人に伝えた?」
「励まして、また前を向いてくれれば、戻るかなって……」
「そう」
「でも、梨花の作品はほんとに」
「でもじゃないわ彩芽。もう逃げるのはやめなさい。正直に気持ちを伝えるのは確かに不安かもしれないわ。でも、文章力がよくなったねって言ったところで結果がついてきていない星山さんにとって、一番欲しい言葉ってなんだと思う?」
「………………」
黙り込む私に、春美はそっと手を重ねる。
「一番そばにいてくれた、彩芽の本音に決まってるじゃない」
「……ほんとにそうなのかな…………」
私は、やはり不安が拭いきれなくて、つい春美から目を逸らしてしまう。視界に入るのは、私の手の上でぬくもりを与えてくれる春美の手の甲。
「彩芽、こっち見て」
「……」
今度は、春美の両手が私を包み込む。
「伝えたい気持ちは、伝えなきゃ伝わらないわよ」
「うん……」
まだ納得し切った訳じゃない。簡単に整理できることでもない。
でも、ただとにかく、私が梨花とまだちゃんと向き合えていないのは事実だ。それは確かで、何一つ間違っちゃいない。
「私からはそれだけ。じゃああとは頑張ってね、彩芽」
最後に、また微笑みを浮かべて優しく見守ってくれる春美。
「うん……ありがとね、春美」
私はそこでとりあえず、今やらなければいけないことが決まった。
「先生っ!!」
そんなとき、奏の落雷のような激しい一声が、職員室内に鳴り響いたのだった。
それから、俊介曰く、あいやそいやの一連があり、私もそれなりの対処をして、大石くんもなんとか更生したようで一件落着といったところで。
私はあるところへ向かった。
文芸室の部室に決まっているじゃないか。
梨花が私を見るなら飛び出したのははっきり見えた。そして今、梨花が部室に逃げ込んだとは思っていない。おそらく、別の場所。
そんなことは分かってる。
なお、私がやらなきゃいけないことが梨花に会わなきゃいけないことだってことも重々承知している。
でも、その前に。
この気持ちを上手く、言葉にしたいから……。
だから私は、一度部室へと足を運んだ。
中に入り、電気を点け、今では懐かしいとさえ思えてしまういつもの私の席に腰を下ろす。
そこでなにをするかって?
そんなの、決まってるじゃないか。
私は、紙とペンを用意する。
「初めての手紙だな……」
そう、これは、もう忘れないための自らの戒めのようなものだ。
書きはじめは言うまでもない。
「梨花へ」
それは、手紙を書き終えてなお、推敲を施しあとは手渡すだけとなったころ。
私は久々に集中したせいか、睡魔に襲われ、抗うことも叶わずまぶたを閉じてしまっていた。
だから、今目覚めた私が目にしたものは。
もうすっかりと夕方で、さらには雨も降っているどんよりとした、それでいてどこか静謐が漂う空間だった。
一体……私はどのくらいの時間眠ってしまっていたのか? 掛け時計へ目をやる。
「……あちゃー…………」
軽く1時間は経っていた。おかげで首と肩と腰の節々にピキピキと痛みが走る。
でも、私が咄嗟に感じた焦りはそんなことじゃない。自分の痛さなんてものはどうだっていい。
それよりも、もっとずっと早く先にしなければいけないことがあるじゃないか。
「梨花……もう帰っちゃったかな……」
こんなところで長々と居眠りなんかしてるせいで、すっかり好機を逃してしまった。
「ほんと間抜け……」
とりあえず私は部室の外に出ようと、席から立ち上がる。ついでに大事な手紙も一緒に……と手を伸ばしたが、そこにあるべきはずの手紙はなかった。
え…………どこに?
まさか私が寝ている間に誰かが侵入してきていたとか? いやこんなところに用事がある人なんでいるはずがない。
そう、ないはず……。
「…………」
でも確かにそこに手紙はもうない。「梨花へ」と書き記した大切な気持ちはもうそこにはない。
代わりにあるのは、誰かさんの気遣いでそっと机に掛けられた一本の傘。
私は今日、雨が降るなんて知らなかったから傘を持っていない。だから、これは誰かさんのささやかな優しさ。
そして、入れ替わるように紛失した私の手紙。
もはや、答えはそれしかないように感じる……。
「梨花、来てたんだ……」
そう考えるのが一番常識。
なら、それならば。
まだ近くに梨花はいるかもしれない。
もうこんなに時間は過ぎちゃってるけど、それでも梨花なら。
どこかで……。
なんて考え出したら、私の体は自然と部室の外に向かっていた。いや、もっと外に走り出してた。
気が付いたら、私は手に持っている傘を広げることも忘れて校門近くまで飛び出していた。
私は雨に打たれながら、髪をびしょびしょに濡らし、それでもお構いなしに、さらに学校から一歩外に踏み出した。
「あれ? 彩芽ちゃんじゃん?」
すると、背後からよく知っている気さくな声がかかる。振り返ると俊介が呆気に取られた顔で私を見ていた。
「俊介……」
おそらく、俊介は傘もささずにただ濡れていくだけの私を理解できないでいたんだと思う。ほんと顔によく出ている。
でも、私はそれよりも先に、俊介が今、跨っているものに目がいく。
「俊介……いいもん乗ってるね」
それはなんともカッコいい自転車で、なによりすごく速そうな形状をしていた。
「だろ? これで雨の日も家まで一瞬なんだぜ!」
「それちょっと貸してくれない?」
自慢気に胸を張る俊介を目の前にして、私は反射的にそう口にしていた。
「え、今か……?」
「うん。どうしても急がなきゃいけなくて」
「…………そっか。なら仕方ねぇな! ん! 俺のでよければ使ってくれ彩芽ちゃん!」
俊介は潔く自転車から降り、ぐいっと力強く車体を私に差し出す。
「ありがとう俊介! 明日ちゃんと返す! あと今度ちゃんとお礼するから!」
「おう! 楽しみにしてるぜ!」
片手に傘をさしながら、俊介はおそらく歩いて帰るのだろう……申し訳ない。
でも、私の気持ちがそうしたい一心で動いてしまったのだから、もう仕方がなかった。だから、代わりにもし逆の立場になったとき、そのときは私が全力で俊介の力になるとしよう。
とにもかくにも、私は俊介から自転車を譲り受け、一刻も早く梨花の探す。
サドルに尻をつき、ペダルに足をつけ、あとはぐっと踏みつけて車輪を回す。ぐんぐんと速度を上げて、その度に激しく雨に顔面を打ち付けられようとも、私は漕ぎ続けた。乳酸がたまり疲労が蓄積されようとも、私は一目散に梨花の帰り道を辿る。
とりあえずまず、全力で目指した場所は、学校の最寄りの駅だった。梨花はいつもそこから帰るから。もしかしたらまだ会えるかもしれない。それはほとんどないに等しい確率かもしれないけど、ないわけじゃないから。
だから、私は少なくとも希望を信じた。
一直線に梨花のいる元だと思い込んで、思いっきり自転車を揺らして前進していく。
猛スピードをアドレナリンでどうにか維持していたが、気づいた時には膝に手をついて大きな呼吸を繰り返していた。
でも、おかげで一瞬と言っていいほど刹那の間で最寄り駅にたどり着くことはできた。
あとは、ふらふらで上手く力の入らない体をどうにかさらに走らせる。無理矢理腕を振って足を引きずるようにしながらも全速力で駅のホームに向かった。
ホームのど真ん中に立ち、視線を上げて電子蛍光板の表示される電車のダイヤを確認する。どうやらついさっき電車は発車したばっからしく、しばらくは次が迎えに来ることはない。
「…………」
さすがに間に合わなかった……としか言いようがない。元々この雨の中で雀の涙を探そうとしていたようなものだから、どうしようもないに違いない。
「梨花…………」
ぼそっと、求め望むように。この想いが届けと願うようにその名前をささやいた。
当然そこに返事がないことは承知の上。ただの自己満足。やるだけやったとかいう単なる勝手な達成感から、絞り出された悔しさなだけ。
だから、これは私のわがままに過ぎないのだ。
だというのに。
この雨音なかに、一番聞きたかった声色が、真っ直ぐな糸のような確かな音となって耳に触れた。
そんな気がした。
でも、気がしたのなら、振り向かずにはいられなかった。
バッと左を向いてホームの奥の方へ視界いっぱいに集中した。
「先生……?」
すると、やっぱり、そこには彼女がいて。
「なんで、ここに……いるの?」
その彼女の方がきっと私より目をぱっちり大きく見開いていた。
「梨花こそ、なんで……」
「え、いやだって、こんなんじゃ電車乗れないし……」
ぱっと見で分かる。今の梨花は全身びしょ濡れで、制服からぼたぼたと水滴がしたたり落ちている。そんな格好で電車なんか乗ったら周りの迷惑になるのは確実……。
だって、そりゃそうだ。
梨花の傘は、今私の手元にあるんだから。
だったら梨花はどうしてここにいるのか。
「…………ねぇ、梨花」
そんなこと言われたらさ……もう、それしかないじゃんって思うしかないじゃん。
「ん……?」
「今からさ、私の家に来ない?」
「え……?」
「そのままじゃ風邪引くでしょ? 私の家ここから近いし、おいでよ」
もし、梨花は誰かが自分を迎えにここにやつてきてくれるんだと信じていたのだとしたら。
それがもし、私だったとしたならば……。
「私、梨花と話したいことあるんだよね」
「うん……」
あとはこの気持ちを言葉に乗せたいだけ、乗せればいいだけじゃないか。
たとえ過信だとしても、それでも私がそうであってほしいから。そうであってほしいように私が動くしかないじゃないか。
梨花もそれ以上何も言わずに、私についてきてくれた。
あとは、俊介の自転車を倒したまま放置してしまっていたことは、後で心から謝罪するとしよう……ほんとにごめん!
はいどうも雨水雄です!こんばんは!
今週はですね、ヒロアカの映画を観てきました。いやぁ……ヒーローってほんとカッコいいですよね! カッコよすぎで泣きました。まじで。
あとは、今日からコミケに一般参加してきました!初めての参加だったんですが、すっごい楽しめました!明日もまた充実した1日になりそうです。
それでは今週は以上ということで、よければ来週またここで!