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青春に恋はできましたか?  作者: 雨水雄
15/20

その15

難しい問題も解決してみると、それはいかにも単純だったことに気付くものなんだろう。

それなのに、その答えはいつも茨の道の向こう側だったりする。


本来毎週日曜日投稿しているところ、作者の確認不足で、恐れ入りますが現在からお送りすることとなりました。申し訳ございません。

「私からはそれだけ。あとは頑張ってね、彩芽あやめ

「うん……ありがとね、春美はるみ

向かい合いながら、私は春美はるみとの相談を終える。

その話し合いにひと段落がつき、私は腕をいっぱいにして伸びる。ついでにあくびも漏れる。

そんな私に微笑みを向ける春美はるみも、つられてふわぁと口に手を当てて小さくあくびをする。

とにかくそのときは、リラックスをしていて、ゆったりとしていて、微睡みの最中だった。

だから、次起こることに無警戒すぎて、私は寿命が縮むこととなった。

「先生っ!」

突如、バンッ! と大きな音がノックもなしに職員室内に響く。

それはあまりにも突然のことで、私は心臓が飛び出したんじゃないかってくらい激しい鼓動に襲われた。もうびっくりもびっくりで、しばらく目も口も開いたまま閉じられなかった。

当然BPMは上がる一方で、もはやフルマラソン完走直後ぐらいまでバクバクしてたかもしれない。ほんと、過言じゃない。

「つ、辻本つじもとさん……?」

私の隣にいた春美はるみは、動揺を隠せない震えた声で、扉に向かって話しかけていた。

私も、そこにいるのがかなでなんだと知ると、そちらに振り返った。春美はるみの言った通り、かなでは息を荒くしながら手を膝についてこちらを見ていた。

「はぁ……外で、梨花りかが……ケンカしてる」

かなでは整わない呼吸とともに途切れとぎれに説明してくれる。

梨花りかが……?」

なによりも、かなでの吐いたその名前に反応した。

なんでまた……?

一度、梨花りかは私を突き放した。ひどく顔を歪めながら、涙を流して私から離れてしまった。

私にとってはそんなこと絶対受け入れ難いことだし、今だって梨花りかとまた一緒にいられることだけ考えてる。

だって、梨花りかとの思い出を振り返るたびに、きつく胸が締め付けられるのは、もう嫌だから。

だからなんだと思う。

私だけなんじゃなくて、他の誰かにも怒ってしまう梨花りかのことがすごく心配になった。

現実に絶望して、悲劇の真っ只中で彷徨ってしまってるんじゃないかって。

それこそ、もう二度と、立ち上がらないほどに。

そう思うと、私は立ち上がらずにはいられなかった。

かなで、私をそこに連れてって!」

かなでは首肯を返し、ついてきてとばかりに私に背を向ける。

「私も行くわ」

後ろにはすでに春美はるみがいて、私の背中に手を当てていた。

「うん、ありがとね」

急いで梨花りかの元へ。


それでも。

私がそこに来たとき、梨花りかは颯爽と逃げていった。

一瞬、ほんの束の間、目が合った気がした。

けれど瞬きをすればその視線は私から外れていて、次の瞬間にはくるっと回って校内の方へ駆け出して行ってしまった。

梨花りか……。

結局、私は梨花りかの、刹那見せたあの表情の意味を分からないままだった。

「あ、梨花りか……!」

それはかなでの声だった。

きっと私と同じ景色を見ていたんだろう。でも、その場を離れ出す梨花りかの意図までは理解できていない様子を表す声色だった。

彩芽あやめ。とりあえず……」

立ち止まっている私に声をかけたのは春美はるみだった。

彼女の指差す方へ視界を戻すと、残っているのは男子生徒かと思わしき二人。

一人は野球部。あれはユニフォームで一目瞭然。

もう一人は……制服姿で、なんで地面で寝転がってるのだろうか?

とにかく状況を把握しようと、私たちは現場へ歩み寄っていく。

「って……あれ、俊介しゅんすけ!?」

「お、おう! そういうあなたは彩芽あやめちゃんじゃん! なにしてんの?」

「いやそれこっちのセリフなんだよ俊介しゅんすけ

前田まえだくん。ここでなにがあったか説明してくれる?」

春美はるみが私と肩を並べて立ち止まり、俊介しゅんすけに優しく問いかける。

「なんつーか。俺とそこのそいつでちょっとあいやそいやしてたら、梨花りかが来て、ぎゃんぎゃん言ってなんとかなったって感じっす」

「……そのあいやそいやってなに?」

たぶんそこが原因なんだと思うんだけど。

私が聞くと、俊介しゅんすけは瞬時、顔を険しくして、ずっと黙って直立していた野球部の少年に指を差す。

「そいつが練習サボってたから、そんなんで甲子園行けねぇぞって言ったらよ、あいやそいやってなったんだよ」

う〜ん、まぁなんとなくは分かった。

分かったんだけど。

やっぱあいやそいやは調子狂うなぁ……。

「そうなの? 大石おおいしくん?」

腕を組んでう〜んと唸っている私の隣で、春美はるみは彼の名前を呼ぶ。どうやら春美はるみは野球少年と面識があるようだった。

「…………」

彼は黙ったまま目を背ける。否定しないということは俊介しゅんすけの言い分が正しいと思って間違いないのだろう。

しかし、彼は一切口を開かず、こちらとしてもどうしようもない。

それよりも、いつまでも地面に寝そべっている俊介しゅんすけをまずどうにかしたほうがいいと思い

かなで、悪いんだけど俊介しゅんすけを保健室につれてって手当てお願いできる?」

おそらく今は夏休みで、保健室に先生がいるのかが定かではない。

だから、頼もしいかなでに一つ指示する。彼女も嫌な顔せず首肯を返してくれる。

それからかなで俊介しゅんすけを自力で立たせ、その足で歩かせ、保健室まで連れて行っていた。どうやらかなで自身、俊介しゅんすけのことをあまり心配に思ってはいない様子だった。まさに平常運転。頼もしい……。

そのままかなで俊介しゅんすけが遠ざかっていく姿を見送りつつも、意識は別の方へ向く。

二人が校内に入り、視界から消える。

……さてと。

「えっと、君は大石おおいしくんだったっけ?」

閑話休題。私はようやく今回の起因となった人物に目を向ける。

「…………はい」

「話は俊介しゅんすけから聞いた通りとして、なんで手を出しちゃったの?」

「あいつ、へらへらしてるくせに前向きなところが……腹立った」

確かに、俊介しゅんすけはいつも楽観的に見えるし、そんなやつに一番背けたくなる自分の弱さを突かれると悔しいかもしれない。悔しさはいずれ苛立ちになって、でもどうしようもない不甲斐なさがまた感情のキャパの埋め尽くすかもしれない。そして最後は爆発しちゃったのかもしれない。

「だけど、それだけで人を傷つけてはならないよ」

「………………」

そんなこと分かってる。分かってて当然のはずなのに、その過ちを犯してしまった愚かさを彼は歯を食いしばって滲みだしていた。

だから私はこれ以上、彼を責めたりはしなかった。だって、そんなのやった本人が一番悪いなんて分かってるんだから。今回彼が、俊介しゅんすけを傷つけた代償の手の痛みは、きっと彼を一つ賢くさせるから。

それで十分。私からとやかく言う必要はないに決まってる。

まぁ、それよりも、私は気になることがあったし。

「それでさ、大石おおいしくん? は、さっき梨花りかとなに話してたの?」

「え、あいつと……? なんで?」

「いやぁ、ちょっと気になってさ」

本当はだいぶ気になってるんだけどさ。

「よかったら教えてあげて?」

隣から春美はるみも後押ししてくれる。

「……カッコ悪いって言われたんすよ」

「カッコ悪い?」

「変に現実見て、中途半端な俺はカッコ悪いって説教されたんすよ。そんなんより、ただひたすら夢追いかけてるあの男が、本当に夢を叶える方がすごいカッコいいって……バカみたいに当たり前なことをあいつは本気でぶつけてきたんすよ」

当たり前なのに、その道は決して真っ直ぐじゃなくて。でも前を向いて進んでいくことがなによりも近道なのは、それも当たり前。

夢ってそこにしかなくて、ただ愚直に近づいていくしかないのに、その道のりは果てしなく長くて途方に暮れてしまうこともしばしば。

そんなつい避難したくなる現実に、面と向き合う俊介しゅんすけを、真正面から肯定できる梨花りかだからこそ、大石剛おおいしたけるという男をカッコ悪いと言えたんだろう。

「それはなんでだと思う?」

あえて、私は彼に問う。

「……あいつもバカみたいに夢を追いかけてるから?」

「うん。でもあの子は何度も、何度も失敗してるの。どれだけ夢を近づこうとも、夢はそれを許してはくれなくて、でも絶対になりたいものがあるからまた頑張るの。……ついこの間ちょっと諦めちゃいそうになったんだけどね………」

いや、本当は梨花りかはもう諦めてしまったんだと思っていた。

だけど、今分かったことはきっとそうじゃないんだろうなってこと。

「でもあいつはまだ諦めてはないんすか?」

「私はそう信じてる。だって俊介しゅんすけのことでそんなに怒れるのって同類だと思わない?」

「…………けどやる気だけじゃ無理なもんもあるでしょ……」

「確かにそれだけじゃ足りないことだらけかもしれないけどさ、でもそれだけで諦める理由にはならないじゃん? それこそ死ぬまで続けなきゃ本当に夢を叶えられなかったかなんて分からないしさ」

あくまで大袈裟な話だけど。

だけど夢って結局そういうものだから。

諦めるのは自分勝手で、追いかけ続けるのもまた自由。

だから、挫けちゃいそうで負けちゃいそうで、泣きそうなときこそ、信じてあげなきゃ。

諦めたいと思ったときこそ、諦めたくない気持ちが隠されているものだろうから。

梨花りかが本心を閉じこめないように、私は梨花りかの気持ちを信じてあげなきゃいけないんだ。

「だから、君もまだ頑張れるよ。どんだけ短くても、頑張れば悔しさが残るからさ。だったらもう諦めることなんてないよ」

「もう、来週試合っすよ?」

「でも結果はまだ出てないじゃん。まぁもし、その来週で終わっちゃったとしても、頑張ることが当たり前だって分かってるならまた新しく努力すればいいだけでしょ? ほんと、好きなことならそれだけでいいんだよ。好きなら好きなままでいいんだよ」

「…………先生、バカっすね」

「まぁね」

彼は呆れるように鼻を鳴らして、捨て台詞を吐く。

私も負けじと開き直ってやる。

彼は私の無駄に誇らしい顔を見て、やっぱり小さく笑ってグラウンドなら方は足を向ける。

「どこ行くの?」

「そんなん決まってんでしょ」

彼はその続きを言わなかった。

決して、練習をしに行くなんて言わなかった。

そりゃそうだ。

それは当たり前なんだから。言わなくても分かるから。

「さてと、じゃあ私も行こっかな……」

「私は職員室に戻るわよ」

「うん。じゃあね、春美はるみ

「はいはいまたね、彩芽あやめ




先生の指示に従って、こいつをつれて保健室にやってきたころ。

「いったい!! え、ちょっと待って!? もうちょい優しくできない? あ、できない?」

「うるさい」

私はさっそく、目の前のこいつの手当てをしていた。

頬を結構強く殴られたみたいで、口がかっぱりと切れていた。

俊介しゅんすけは口を開くのも痛そうで、小さくぱくぱくさせながらもごもごと喋る。正直聞こえ辛くてうざい。

それでもこの場には私とこいつしかいないし、任された身としては最低限の責務を果たさないわけにはいかない。

とりあえず文句をたらたらと言われながらも、ある程度の処置を施す。主に消毒液をビタビタに傷口に塗りつけて絆創膏をべったりと貼り付けただけだけど。

「はい、終わったよ」

「いや終わったじゃねぇよ。めちゃめちゃ痛かったわ」

「あんたが大声なんか出して傷口を広げるからでしょ」

「違うからね? 最初にこう、べちゃ! てやってきたのお前だからな? な? おい聞いてんのかよかなで

「ごめんあんたの声小さくて聞こえない」

「すっげぇ腹立つわそれ! え、なに? 俺なんかした?」

「あんたのせいで梨花りかが怒ってた」

「え、それは違くない? 俺それは絶対違うと思うぞ。あいつが怒ったのはたけるのやつが俺を殴ったからであってだな……」

「だから梨花りかは私を置き去りにして怒って行ったの。つまりあんたが悪いのよ。分かる?」

「えぇと……あぁまぁそうなんのか? え? やっぱなんか間違ってない?」

「間違ってない。とりあえず謝れ」

「はい、すいません」

俊介しゅんすけはそれでも納得いっていない様子で、顎に手をやりうんうん唸っている。

ふと、その手に目がいく。

…………豆ができてる。それも一度だけのものじゃない。

何回も何回も豆ができては潰れて、また新しい豆ができての繰り返しの果ての姿。

なんでそこまで……と気になるのは野暮なんだろう。

でも、気になってしまったものは仕方がない。

「ねぇ」

「あん?」

「あんたはさ、もういいやってなったりしないの?」

「なにが?」

「音楽が」

「なるわけねぇじゃん」

「もし、自分が一番聴いてほしい相手が、全然興味ないって言っても、あんたは続けられる?」

これはただ、自分と重ねただけ。

甲子園を目指さなかったクソ野球部野郎を目の当たりにして栄光を失った私と同じになったとき、こいつはどうするのか。

それをこいつに聞くのはお門違いだろうし、あまりにも情けないけど。

けど、私もそろそろ踏ん切りをつけたかった。

だから、私は俊介しゅんすけの答えに、耳を傾けた。

「そんなもん、続けるしかねぇだろ。まだそんな大層な相手なんていねぇけどな。ただでも俺が聴いてほしいって気持ちはずっと変わらねぇから。だから向こうが興味ないからとかで諦めたりはしねぇよ。だったら聴いてくれるまで俺が歌い続ける」

「あんたほんとバカ」

「バカなことくらい知ってるっつーの。でもこんな俺でもそんなデカい夢叶えたらよ、デカい夢与えられんだろ」

「……たしかに、間違いないよ」

諦めるのではなく、続けることを続ける。それが現実になるまで。

それは聞くまでもなく、俊介しゅんすけらしい解答だった。こいつにはそんな一直線な答えしか用意されていないんだ。

バカ。とことんバカ。とんでもなくバカ。

でも、それが心強い希望だった。

「もう今年でなにもかも最後だもんね……」

「そうだぞ。もう高校生終わっちまうんだからよ、なんでもかんでも本気でやりきるしかねぇだろ」

「そうかもね。うん。きっとそうだね」

もういいや、どうなっても。

ただ私の自己満足だったとしても。

全力で応援してやろう。叫んでやろう。

胸を張って、奏でてやろう。




彩芽あやめ先生を見かけて逃げだした私がやってきたのは決まってこの場所。

図書室だった。

そして、なごみに久しぶりに会うこととなって、しばらくの間、時間を忘れてたくさん話をした。

一つ、相談もした。

それから私はなごみに別れを告げて、図書室を後にした。

廊下から覗く窓の外はすっかり雨雲で、ざあざあと雨がうるさく地面を叩く音が聴覚を支配する。

私は傘をもってきたことに安堵を覚えながら、廊下を歩く。だがその道筋は帰り道ではない。

ずっと通い続けた、忘れたくても忘れることはできないであろう一室。

そこがなければ、今の私がいないと言っても過言ではない最も重要な場所。

文芸部の部室。誰に言われるまでもなく、私はそこにたどり着いていた。

緊張が迸る指先に力を込め、扉をゆっくりと開ける。

そして、そこで机に突っ伏して寝ている先生に出会う。

彩芽あやめ先生……」

居眠りしている先生に呼びかける音は、見事に雨音にかき消されていく。

どうも雨水雄です。こんばんは。

いやもうあれれれ?って感じで混乱してたりします。

確か、月曜日が迫り来る寸前で投稿したつもりだったんですよ。まぁその時点で日曜日の概念がずれているんですけどね…本当に面目ないです。

以後気をつけます。はい、気をつけます。あと頑張ります!よろしければ来週またここで!

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