その14
なにかを終わらせることはきっと一瞬の決断だけだけど、なにかを始めるにはおそらくその何倍も勇気と安心が欲しくて。
さらにはそれを続けるには、不安と、かけがえのない時間が隣り合わせな気がする。
毎週日曜日に投稿していきます。恐れ入りますが、時間帯は作者の都合によります!
高校に入って、3度目の夏休み。
初日の寝覚はすこぶる最悪で、このまま惰眠を貪って全て忘却の彼方へ放り込みたい一心あるのみだった。
むくりと上半身を起き上がらせ、そのまま放心状態が続く。
……今から私はなにをしたらいい?
自問に明確な自答はない。頬肌を撫でるなまぬるい風だけがひたすらに鬱陶しいだけ。
望んでいない目覚めにストレスが生じ、ついでに働かない脳細胞にさらに苛立ちが積もっていく。
かろうじてなにかを思いつこうとするが、イライラが呼び起こすのは昨日のあれ。言うまでもなく前日のあのあれ。
言っておくと、彩芽先生との絶縁に近い絶縁が私の脳内をちょこまかと過ぎる。
「…………はぁ」
だめだ……頭から離れない。
離れるわけがない。
あれは……私が悪い。完全に。否応もなく私が悪人。
私は本当に嫌なやつなんだ…………。
「なんでこうなっちゃったかなぁ……」
残るのはやり場のない徒労感。
一体私はなんのためにって。
今までなにしてきたんだって。
ゲームのデータを消されるよりも達成感のないこれ。
だってそうだ。
ゲームは終わりが分かる。成功例だってある。だからそこに遠ざかる悔しさや憤りが、結局それまでの達成感に繋がるわけじゃん。
でも私は違う。
終わりも成功へのシナリオもない。
ただ近づけない不平不満だけが募り、溜まり、溢れるだけ。
これを徒労と言わずなんというのか……。
強いて言うなら実力不足。それこそただの怠惰。
あーあ。私はなんて醜いこった……。
「ほんと、なんてクズやろうだよ……」
卑屈になれば誰かが手を差し伸べてでもくれるのかと勘違いしている、ヒロインに憧れるただのモブに過ぎないというのに……。
私は自己嫌悪の渦に巻き込まれながら、抗う気力もなく、やはり寝ることにした。
それからは惰性の日々が続いた。
課題をこなし、外を眺め、時には散歩し、それでも本という名の媒体に一切関与しない生活。
そこ新鮮感があった。なんというか解放感もあった。
かったるかった無駄な責任感や重圧感に耐え忍ばなくていい爽快感。
「………………」
ただ、やっぱり名残惜しいというのか。
手放して、完全に切り離せるほど、私の意志もまた簡単ではなかった。
おそらくこれは喪失感。
それと単純に後悔。
ただそれだけ……だけど。
だけど、だからといって今の私にはもう、なにかも残されていない。
そうして、ただ日が過ぎる日常に、身を任せ流されるだけだった。
そして、ある日。
それは夏休みが始まってから一週間ほど過ぎたくらいの半ばで、一番暑い時期。
さらには空一面に雲が立ちこもる曇り。
ということは一番外に出たくない時期。
そんなときに、私の家の鐘はなった。
ピンポーンと、普段では聞くことのない時間帯に。甲高い鐘の音は私の耳に届いた。
今この家にいるのは私だけだから、仕方なく様子を見にいくしかない…。ないけど、めんどくさい。
矢先2回目のベルの音。さらに待つことすぐに3回目。
「え、誰……?」
ここまで執拗に迫られると、なにかしら目的のある人物と思うしかない。
しかし、それを誰が? いや私が分からずして誰が分かるか。
思考を張り巡らせているうちにも、急かすように何度もインターホンが鳴らされる。むしろBGMになりつつなる。
これはさすがにうざいと思いつつ、騒音の根源が待つ元へ向かう。
扉付近で立ち止まり、一度モニターを確認する。
「え、奏……? なんで……?」
そこに立ち塞がっていたのは見間違えるはずもない、奏だった。
わけが分からず、とりあえずその場で立ち尽くす。
……なんで今、奏が来るかなぁ……。
確かに、心当たりがないわけではないけれど。
けど、いきなり直接訪問してくることってある? 携帯に一本連絡とかないかな?
いや、だからか。
私は瞬時になんだか腑に落ちた。
連絡なんかしたら、私が警戒するに決まってるからだ。
……仕方なく私はその隔たりを絶った。
「奏……」
ガチャリと開いたその先にいた奏と対面する。……どうも気まずくて目線が上がらない。
「どうしたのいきなり」
「ちょっと梨花を迎えに来た」
「どこに?」
「学校に」
「いやでも、私行っても意味ないんだけど……」
「なんで?」
「だってもう部活やってないし。補習だってないし。なんもやることないよ」
「でもそれだと困る」
「誰がさ?」
「和が」
「あ、和…………」
「そう。和が困るの」
「あの子、元気にしてる?」
「気になるなら直接会ってみればいいんじゃない?」
「いじわるだなぁ……」
「まぁ、というより。元気がないから私が今こうしてるんだけどね」
「…………そういうこと」
「そういうこと。和さ、梨花に会いたいって寂しがってるから。去年とか一昨年だって夏休みでも私たち会ってたじゃん? だからこのまま最後の夏が終わるのは、私も嫌かな」
それが実は口実なのか、はたまた建前なのかは私には判断できない。裏があると明かされても、騙されたことに違いはない。
ただ、今、奏がこうしてやってきてくれたことが、嬉しかった。
だから、私はこの日、ようやく家の外に出た。
曇り空を目にした私は、傘を手に取って。
学校にたどり着くまでは、さほど多くの時間は必要なかった。電車に乗り、ものの20分ほどすればその建物は目に入る距離。
それでも、それだけの時間をただの沈黙のみで終わることもなかった。それこそいつもの休み時間の図書室のように他愛ない会話が断続的に流れていく。
最近元気にしてる? とか、まぁぼちぼちかな。そっちは? とか、こっちもなんなりと過ごしてるよ。とかそんな些細で陳腐な日常会話。
その際、奏は一切私の前で彩芽先生の名前を出さなかった。
私はその優しさに柔らかい居心地を感じながらも、気を使わせている居心地の悪さもないまぜにした複雑な心境で、奏の隣を歩いていた。
そして、あっという間に20分は過ぎた。
見飽きるほど見慣れた学校が目前のとこまで私たちは並んで進んでいた。
半開きで無防備な校門の隙間を跨ぐ。
夏休みになって初めて校内に一歩踏み込んだ瞬間だった。それにしてはあまりにも味気ない感触に過ぎないけれど。
私と奏は目を見合わせることもせず、自然と昇降口を目指す。 一度のアイコンタクトも交わさずとも、私たちの目的地は何一つ変わらないことは知っているから。
だから昇降口に向かう足取りも迷いがなくほぼ一直線。途中、前方に広がるグラウンドに目がいった。
そこは私の記憶とは違う景色だったから。
あまりにもしんとしていて。一切の声色はなく。強いて、ジャリ……という砂利を踏み締める音がかろうじて聞こえるくらいだった。
こんな活気も熱気もない昼間のグラウンドを私は知らない。
「梨花どうしたの?」
しばらくグラウンドに目をやっていると隣にいた奏の声がかかる。
「あ、ううん。なんか静かだなって……」
「……確かに。休憩中かなんかなのかな」
「たぶんそうだよね」
おそらくはそうなんだろうと、それ以上気にすることはやめてグラウンドから視線を外して歩き出そうとした。
奏も私に続いてくるっと進行方向に回る。
ただ昇降口に向かって歩くだけのなんでもない、なんてこともない思い出の片隅にも置かないような時間が過ぎようとする。
そんな頭の中空っぽですっからかんな無心な私はほぼ無意識でそこを歩いていた。
だから、余計にびっくりしたんだと思う。
「うっとうしんだよっ!!」
そんな大声が突然、突拍子もなく私の耳に衝撃を与えてきた。
「!?」
まぁもちろんと言わんばかりに声は出ず、ただ目を見開いて肩が跳ねる感覚だけが私を支配する。
それでも本心は興味を示していて、当たり前のように声のする方へ目は向いていた。
「え、なに……?」
驚嘆の声をかすかにもらす奏もまた同じ方角を見つめていた。
そこはグラウンドと昇降口を挟むコンクリートの通路。
そんなところで、俊介が頬をおさえながら倒れていた。
一方で、たぶんあの怒鳴り声をあげた張本人である男子生徒は、肩で息をしながら俊介を睨みをきかせて見下していた。
見た目的におそらく野球部。少し泥のついたユニフォームに身を包み、髪型はきれいな五厘刈り。
男子生徒は次に俊介と目線の高さを合わせ、手を伸ばす。そしてその手が掴んだのは俊介の胸ぐら。ぐいっと力任せに俊介を引き寄せ、顔を近づける。
「なぁ、お前になにが分かんだよ?」
「あぁ!? んなもん分かるわけねぇだろ! 練習で本気になれねぇやつの気持ちなんか分かってたまるか、この腰抜けやろう!」
「っ……んだとっ!!」
男子生徒は怒りに任せて勢いよく俊介の額に頭突きをかます。直撃を喰らった俊介は悶えるように仰反るが、男子生徒に胸ぐらを掴まれたままで再度距離を引き戻される。
見てて痛い……。私は思わず目をすぼめて歯を食いしばっていた。その分、私はイラッとしていた。
なんせ、それは見ていて気が悪いから。
きっと私より気が立っているのは俊介のはずなのに、あいつは未だに無抵抗のまま。
それは見てわかる、あいつの強さなのだろう。
殴られたから殴り返すのではない。それが正しい方法ではないと分かっているから、あいつは自分の思う正攻法でぶつかるのだ。
だからだろう。
一方的にあいつが傷つく姿を見るのは、私が我慢できなかった。
「おい、あんた」
それはいずれ思い返したとき、なぜ私はあのときあんなにも勇敢だったのだろうと疑問になるほどの行動力だった。
言うならば、私の体は勝手に動いていたということ。
すぐ横にいたはずの奏を置き去りにして。「梨花……?」というか細い懸念を纏う声を耳にしながらも私は止まらなかった。
「あ、なんだよお前」
男子生徒の眼光は私に向けられる。なぜだろうか、そのときの私は何一つ臆することはなかった。
「俊介から手離せよ」
「は? なんなんだよいきなり」
「いいから離せっつってんだろ」
男は舌打ちをしてめんどくさいといった呆れた動きで俊介を放り投げる形で解放する。
投げ飛ばされた俊介は地面に寝そべった状態で「いたいっ!」と叫んでいた。元気そうでなにより。
立ち上がる男の身長は当然私より高く、私は首の角度を上げながらも負けずと眼力を込める。
「お前名前なに?」
「星山梨花。あんたは?」
「大石剛」
「ふ〜ん……。あんたって名前負けしてるよね。だっさ」
「は? 今なんつったおい?」
剛と名乗った男は、ポッケに手を雑に突っ込み、私の顔を覗きこんでくる。
……正直ちょっと怖かった。でもここで引き下がりたくなかった。
なぜだかは知りたくないけど、このときの私はどうしても俊介が間違っていないと証明したかった。
だから、私はぐっと拳を握りしめ、力を込めた。
「だから、あんたかっこ悪いよって言ってんの。分かる? まぁ元々野球部にカッコいいやつなんていないんだろうけどさ。でもあんたが今してることはきっとどんなときよりもカッコ悪いよ。いくらあんたが強いからって、それじゃ俊介には勝てないよ」
「……なにお前。こいつの彼女なの?」
「いや別に。そんなんじゃないけど。ただ、こいつが間違ってはないとはずっと信じてるから。だから、あんたが間違ってんだって言いにきたんだ」
「はっ、こいつが正しいって言いたいのか? お前バカじゃねぇの? 現実見ろよ。無理なもんは無理に決まってんだろ」
…………確かに。確かにそうかもしれない。
今の私に、こいつのその言葉を言い返せる力はない。
だって、私だって、つい最近その正しさをほっぽりだした人間なんだから。もう無理なんだって諦めた側の人間なんだから。
そんな私に、無理なんだと見切りをつけたこいつに反抗する資格はない。それが賢い選択なんだと認めるしかない。
たとえその意志が間違いなんだと主張するのならば、私のその意思は綺麗事に過ぎない。
………………。
…………でも。
……それでも。
やっぱりそれじゃ悔しいじゃん?
どれだけ嘆こうにも、俊介が前を向く限り、私は努力というものを否定しきれないから。
だからやっぱり、目の前のこいつは間違ってるんだよ。
「でもまだ終わってないじゃん」
「……は?」
「どれだけ無謀だとか、どれだけ絶望的だとか、そんなの俊介には関係ないじゃん。だってまだこいつ頑張ってるんだよ? まだゴールしてないんだよ? だったら無理だったって……誰にも言えないじゃん」
「綺麗事ぬかすなよ。そうやって夢を叶えられんのは本当に努力したやつだけなんだよ!」
「だから俊介は頑張ってんだろうが! 夢を叶えたいからその努力を重ねてんだろうが!! あんたみたいにさ全部分かりきったみたいな顔して中途半端な失敗してるだっさい男より、こいつみたいに真っ直ぐな男の方がずっとカッコいいよ……。それでいつか本当に夢を叶えちゃったら、すごいカッコいいじゃんか……!」
「………………」
「私からはそれだけ。あんたまだ言いたいことある?」
「……お前バカだろ」
「大丈夫。私よりバカはここにいる」
私はさっきからずっとコンクリートの上で寝転がって笑っている正真正銘のバカを指差す。
「だから、あんたもせっかくなら甲子園目指しなよ」
「は……?」
「あんたたちがケンカしてたのってどうせそういうことでしょ?」
私的には、おバカな俊介が剛になぜ甲子園を目指さないんだとかなんとかで挑発して、あの事態が勃発したのかと予想していなのだけれど……。
勘違いだったら随分恥ずかしいなぁ…………。
「………………」
剛は図星とばかりに目を逸らす。
つまり私の予想通りということ。
まぁそんなこんなあったけど、これで一件落着かな……と、冷静になり私は少し顔に熱が出る。
よくもまぁあんなにも突っ切ったことができたな、と。自分が少し逞しく思えた。
「梨花!」
そんな落ち着きつつある空気に、聞き慣れた透明感のあるよく通る声が耳に入る。
振り返れば奏がいた。
そして後ろには二人。
一人は新田先生。
さらにもう一人は。
「あ…………」
私はその姿を見つけると、そそくさと逃げるように踵を返した。
「おい、どこ行くんだよ」
剛の声を背中で受け止める。
「うっさいバカ! あんたは先生に怒られてろバカ!」
私はそのまま、なにもかもを放置して校内のある場所を目がけて走りだした。
言うまでもない。
私がこれから和に会いに行く。
どうも雨水雄です。こんばんは。
うわぁ……もう今年も終わりますねぇ。とか普通に書き出しそうになったんですけど名乗ることが先だと思い出しました。雨水です。
最近本当に朝方寒いですね。風邪には気をつけてくださいね。
とりあえず来週もまたここにやってきますね。よければ会いに来てくださいね。