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青春に恋はできましたか?  作者: 雨水雄
12/20

その12

時が進むにつれて、そこに終わりが近づいていると知るたびに、焦る気持ちが襲いかかってくるのは学生ならではの直面する壁なのかもしれません。

じゃあ梨花たちがその壁にどう、ぶつかっていくのか……。

どうか俯瞰しながら温かく見守ってやってください。


毎週日曜日に投稿していきます。 恐れ入りますが、時間帯は作者の都合によります!


冬の寒さがひりひりと肌に突き刺さりながらも、ようやく春の背中が垣間見えた頃。

時はすでに2月のことで。

私の心は、過ぎ去る時間に完全に置き去りにされていた。


その日、私たちはいつも変わらず図書室で昼休みを過ごしていた。

梨花りか、最近元気ないよね? どうしたの?」

かなではチョココロネを口に運びながら、そう切り出した。

「え……そうかな?」

「うん。なんかずっと落ち込んでるように見える。ね、なごみ?」

「うん……梨花りか、しょんぼりしてる」

「あ、ごめん……全然そんなつもりじゃなかったんだけどな……」

ははは……と自分でも分かる下手くそな笑みを浮かべるが、そんないい加減な態度で二人を誤魔化せる訳もなく。

「なんかあった?」

かなでは真摯に向き合ってくれた。

なごみの視線も感じる。

私は二人に心配されてることに罪悪感を覚えながらも、我慢するのはやめた。

「大したことじゃないんだけどね……。ずっと小説書いては応募してるんだけど上手くいかなくてさ。毎回毎回手抜いてないし自信作ばっかだったのに、ちょっと現実が辛くて……」

それも全部自分の実力不足なんだってことは実感してる。本当の小説家にはまだ到底敵わないんだって痛感してる。

全部全部私の過信のせいなんだってことくらいは、分かる。

「そっか……。でも私は純粋にそんな梨花りかのこと尊敬してるよ?」

「え……?」

かなでは、ふっと緊張をほぐすように柔らかく口角を上げる。

「だって私たちもうちょっとで3年生になるんだよ? それだけの時間を、梨花りかはずっとちゃんと小説と向き合ってきたんでしょ? それって多分なによりもすごいことだから。私は途中で好きだったはずのもの投げ出しそうになったからさ、だからそうやって悔しくて辛くて元気がなくなっても諦めない梨花りかのこと、私は尊敬してる」

言い終えたかなでは、最後に白い歯を見せて笑ってくれた。

私なんかよりよっぽど努力も挫折も知ってるはずなのに。もっと上の世界を見てきたはずなのに。

それなのに、かなでは私を一人の友人として称えてくれた。今もまた、吹奏楽に向き合っているかなでが、私を見て嘘偽りなく「尊敬してる」なんて言ってくれた。

「そんなこと……初めて言われた」

「大丈夫。私も初めて言った」

澄まし顔でそう言うかなでは少しおかしかった。

それに、なにが大丈夫なのか分からなくて、私はぷっと吐き出してしまった。

「あ、やっと笑った」

「いや、それはなんかずるいじゃん」

「でも、それくらいの梨花りかでいてくれないとなごみが悲しむし。ね?」

「うん。梨花りかが悲しいと、私も悲しい」

「そういうことだから。……確かに私たちじゃ梨花りかの力になるのは難しいけどさ、話ならいくらでも聞くから。文化祭のとき、梨花りかが私にそう言ってくれたんだから、梨花りかもそうしなきゃ」

「うん、そうだね……ありがとう。二人とも」

私は硬く強張った表情筋を、かろうじて笑顔にすることに努めた。

「じゃあ、私次移動教室だから行くね」

そのまま立ち上がり、二人に視線を配る。

「うん、じゃあね。また明日」

梨花りか、またね」

二人に見送られながら、私は手を振ってその場を後にした。

……廊下を歩く私の足取りはひどく重く、とても移動教室に間に合う歩調ではなかった。

それもそうだ。私の次の授業は国語。新田にった先生がクラス教室にやってきてくれるから、私が移動する必要はないのだから。

だから私が今ここにいるのは、単なるにあの場で二人に気を遣わせたくないその場凌ぎのせいに過ぎない。

実際、かなでなごみの激励はとても心に響いたし、なによりも私を癒してくれた。

それでも、それで傷痕までも綺麗に消えたかと言われれば……それは嘘になる。

自分の傷がどれだけ深くて、どんな痛さをしてて、あとどれくらい残ってるかなんてのは曖昧だけど。

だって私は俊介しゅんすけのように夢に愚直に進んでいるつもりでも、俊介しゅんすけみたいにちゃんと前に進んでいるのかなんて分からないから……。

語彙力を増やせばいいのか、文法をもっと捻ればいいのか、感情表現の描写に拘ればいいのか……そんなの誰も教えてくれない。そんな正解のない上手か下手かも分からない漠然とした不安を抱えながら歩いていくのは、むしろ後退してるのかもしれない。

だから、この胸のざわつきは傷なのかすら私自身理解していないことになる……。

ただひたすらに、悔しさも葛藤もごちゃまぜにした苦しさに耐え続けるだけの日々を繰り返して、不安定な感情で書き続ける小説が果たして私の書きたかった小説なのか……。

なんだか、どんどんと悪い沼に沈んでいる感覚だけが私の意欲を蝕んでいった…………。

一体私は今、どこを歩いているんだろうか?

そんなことも分からなくてなってしまった私は、逃げるように隠れるように、顔を下げながらクラスへ戻った。


午後からの授業は全く耳に入ってこなかったことだけ覚えている。

新田にった先生の国語の授業も板書だけは忘れずに取り組んだが、内容はこれっぽっちも頭に収納されてこなかった。

代わりに私の脳内を支配していたのは、自分の惨めな過去の振り返りだった。今までなにをしてきて、なにができて、結局私は、これからはなにがしたいのか。

簡単だったはずのその問題の答えを、気付けば私は見失っていたことを、授業の真っ只中で学んだ。

そんな何一つ面白くない現実を知っただけの収穫で、ふと時計を見れば、今日の授業は全て過去のできごとに移り変わっていた。


放課後になり、私は自然と図書室に足を運んでいた。それはすでに癖になっていて、この時間になればここに来ることが当たり前になっていた。

どうせ部室に行ったところでまだ彩芽あやめ先生はいないんだから……と、私は小説と向き合う時間を自らで削っていた。

どうせいくら推敲を繰り返しても結果は同じなんだから、締め切りまでに作り上げればそれでいいとさえ思っていた。

そんないい加減な気持ちが私を一目散に図書室へ導いていた。

扉を開けると、すでになごみは定位置で居座っていた。

なごみ、来たよ」

「あ、梨花りか

「うん」

私はなごみの隣に腰を下ろし、彼女がデスクに広げている本を覗き込む。

「なに読んでるの?」

梨花りかの本」

「え、私の?」

こくっとなごみはうなずく。

「どうしたの、これ?」

なごみが手にしていたそれは、私の知ってる形じゃなかった。私がなごみに渡したのはただのコピー用紙の束だったはずなのに、今目にしているのはちゃんとした書籍のようだった。

春美はるみが、大事なものって言ったら作ってくれた」

「あ、新田にった先生か……」

「うん」

「……それ、面白い?」

私は気になって聞いてみた。

「うん、おもしろい」

「ほんとに?」

「ほんと。梨花りかの気持ち、いっぱい」

なごみは嘘を言う子じゃない。

今だって私の書いた小説から目を離さないでいてくれている。……つまりは、なごみにとってはそれだけの価値があるということでいいんだろう。

「…………そっか」

なら邪魔するのは悪いと思い、私はそれからなごみに話しかけるのはやめた。

時計が秒針を刻む音だけが残響する室内で、私は自分の呼吸を感じながら暇を持て余すこととなった。

……今はもう、この時間にかなでがひょっこりやってくる……なんてことはないから。

きっと今頃、譜面を辿りながらトランペットを吹いていることだろう。

かなでは変わったなぁ……。

あの日、文化祭を機に、一度は折れかけた心をちゃんと自分の意志で立て直して、また部活に参加するようになっただから……。時たま、昼休みになるとここで、未だ後輩と上手くやれていない弱音を吐くことはあるけれど。

それでも放課後になればかなでは逃げずに部室に向かって歩いていく。毎日持ち帰っているトランペットを手にして。

……だから、やっぱりいつの間にか道草食ってる私なんかより、かなでの方が立派で尊敬に値するはずなんだ。

かなでが私を敬う理由なんてどこにもないんだ。

私は、自分が醜くて仕方ない……。

はぁ……ただ、自己嫌悪が募る一方で仕方ない。


「じゃあなごみ、また明日ね」

「うん、また明日ね。梨花りか

胸元でひらひらと小さく手を振るなごみに、私はほんの少し笑いかけてから背を向けた。

図書室を出ると途中で職員室に寄って鍵をもらい、次に部室へ移動した。

一番乗りで部室にたどり着いた私は、そのままいつもの席まで歩く。扉付近にある電気も点けず、夕日の沈んだ後の真っ暗な室内をとんとんと足音を鳴らしてすすんでいく。

黒い視界が生み出す妙な静かさ。

しんとしたしんみりな室内の中、私は机に伏せながらさらに暗闇に溶けていく。背中に張り付く冷たい空気を感じながら……。

それから一体どれだけの時間が経ったのか、私は知らない。教室に一つはある掛け時計も暗くて今の時間を教えてはくれない。

一つ確かなものがあるとするならば、私のお腹の虫が窮屈そうな鳴き声をあげたことで、そろそろ帰る時間だなということ。

そして、大体この時間くらいになると、先生の急いで走ってくる足音が聞こえてくること。

矢先、だだだだっという激しく廊下を蹴る足音が私の耳に届く。

「…………梨花りか? いる?」

先生の声音が部室に響いては消えていく。

「ん……いるよ」

私はのっそりと顔を上げるが、先生のシルエットだけしか見えない。その表情までは窺えない。

「なんで電気消したままなの?」

「いや……先生来たら帰ろうと思ってたからさ」

「あ、そうなんだ……来るの遅くなってごめんね?」

「んーん。大丈夫。気にしなくていいよ」

だって本当はなんにも考えていなかったんだから。

咄嗟に思いついた言い訳をただ告げただけの私なんかに、わざわざ先生が謝る必要なんてない。

とりあえず、私は席を立ち上がり先生のいる扉に向かっていく。だんだんのその表情が露わになる。

「じゃあ、私、帰るよ」

「うん。途中まで送っていくね」

「ありがと」

先生はひどく切なく、やるせなさに満ちた顔をしていた。

そして、きっとそうさせているのは私だけなんだと自覚はあった。


「明日からはもっと早く行けるようにするね」

「無理はしなくていいよ」

「ううん。梨花りかのためだもん。無理なんてことは全くないよ」

いつもの別れ場所。校門の敷居を挟んで私たちは対峙する。

「そっか。……あ、そうだ先生」

「ん? どうしたの梨花りか?」

「いやあのさ……今回の私の作品って……先生的は、どうだった?」

「そんなのよかったに決まってるじゃん! 読者の一人として、私はあれもまた梨花りかの傑作だと思ってるよ」

「……そ、そっか。うん。ありがと」

「ううん。私なんてこれくらいしかできないから」

「…………じゃあまた明日、ね。先生」

「うんまた明日ね! 明日はちゃんと一緒に頑張ろうね!!」

「うん…………」

気前よく手をぶんぶんと振る先生を傍目に、私は家路に着くのであった。

かすかな不信感を抱きながら……。


春という季節訪れるとき、私は春風を浴びながら、3年生になっているんだろう……。

いくら拒絶しようとも、そのときはきっとくる。

でもやはり、私の心は夢を見失いそうになる焦燥感が積み上がるだけの、未熟なままなんだろう……。



いきなりですが! 大団円とはいきませんでした……。

というのも、元々3ヶ月くらいで11月には完結している予定だったんですよねー。今更どうでもいいことですけど。

まぁでも、それくらい梨花たちの歩んでいく物語が佳境の連続で、踏みとどまることなく突き進んでいる証拠なのかな……とも思います。

というわけで、梨花たちの青春はまだしばらく続きます!来週からも引き続き、よろしくお願いします!!雨水雄、まだまだ頑張ります!

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