その11
人それぞれ考えることが違って、だからこそ出会い一つや会話一つで、夢の在り方が全く変わってしまいます。
梨花たちがなにと向き合い、どう成長していくのか、もうしばらく見守っていただければ幸いです。
毎週日曜日に投稿していきます。恐れ入りますが、時間帯は作者の都合によります!
立ち尽くす奏になんて声をかけてあげればいいのか。なにを差し出せばいいのか。
頭の中を絞り尽くしてもなにも滲み出るものはなくて、私はただその横顔を眺めているだけだった。
「おい、あいつなんかあったのか?」
「俊介……見てたの?」
後ろから声がかかり、振り向くとその主の俊介が心配そうに奏に視線を送っていた。
「おう。てかあんなでかい声で話してりゃいやでも聞こえてくるっつーの」
「そっか…………」
「んで? あいつなんか悪いことでもしたのか?」
「あ、いや……そういうんじゃないんだけど……ただちょっと、失敗しちゃって。それで……」
「それであのちびっこい奴ああんなに怒ってたってのか?」
「うん……」
「へぇ〜そうなのか。大変だなあいつも」
俊介は両手を後頭部に当てながら、超然としていた。
「え? あ、うん……そうだね。ってあんたはなんでそんなに軽いのよ」
「なんでっつわれても、失敗なんて誰にでもあるもんだろ? そんなに怒ることでもねぇじゃん」
「まぁ、そうなんだけどさ……。けど、奏の場合は一人の失敗がみんなの失敗になっちゃうから、やっぱり責任感が違うんだと思うよ」
「ふ〜ん、そんなもんなんだな」
「うん、きっとそういうもんなんだよ」
奏の気持ちが分かるはずなんてない。私はそんな大層な責任を背負ったことがないから、いつも一人でいる方が楽だとその罪から逃げてしまうから……。
だから、奏があの舞台でどんなプレッシャーに耐えながら、あのトランペットを構えていたのかなんて私程度が分かるわけがない。
それでも周りがこの空気を読むこともなく、次の舞台披露の順番が回ってくる団体が容赦なく押し寄せてくる。
このままだと奏が邪魔になると思い、私は急いで奏の元まで駆けつけて、その手を引く。
「奏、ちょっと場所移動しよ」
「…………うん、ごめん」
奏はかろうじて声を発して、そのまま私に引きずられるように無理やり足を動かしてついてきた。
和も一切口を開かず、私たちの後ろをてくてくと歩いていた。
そのままたどり着いたのは、いつも私たちが集まる場所、図書室だった。
「奏。はいこれでも飲んで落ち着いて」
とりあえずガランとしている図書室の中で、奏を受付前の常日頃使っている椅子に座らせる。
そして途中で自販機で買ったあたたかいカフェオレを渡して、私も対面するように席に座る。和も何も言わず私の隣に腰を下ろす。
「うん……ありがと」
「ううん。私のことは全然気にしなくていいから」
「…………ごめんね」
奏はずっと俯いて顔を見せてくれない。
罪悪感に埋もれてどんどんと色を失っていくその奏の様子を、ただ私は見つめるだけしかできなかった。
こういうときなにをしてあげられるのか、咄嗟に思いついてあげられない私は自分が情けなくなる。
一番悔しい思いをしている奏に、なにが励ましになるのか、考えれば考えるほど答えが遠ざかっていく。
ほんと、私は奏の親友として非力だと痛感した。
「こんなとき、先生ならなんて言うんだろ…………」
誰にも聞こえない小さな声で、私はぽろりと不安が口からこぼれる。
そして。
しばらく時間が経った。それが5分くらいなのか、10分くらいなのか、はたまた30分は経過しているのか、体感ではどれが本当なのか分からない。
短いようで、長い時が流れる。
そんなひと時が過ぎた頃、ようやく奏は申し訳なさそうにゆっくりと、少しだけ顔を上げる。
上目遣いで私と目が合う。
「ほんと、ごめんね……せっかく来てもらったのに」
「ううん、全然。そりゃ結果的には残念だったんだろうけど……私は奏の演奏聴いてて、楽しかったよ? 和はどうだった?」
私は和に視線を向けて、感想を促す。
和も躊躇なく、素直な気持ちを口にする。
「奏、すごいきれいだった」
純粋で、その真摯な思いを込めた眼差しを奏に送る。
「つまりそういうことだから」
「うん……ありがとう二人とも。でもやっぱり、ごめん。一つだけちゃんと謝らせてほしい」
今度はしっかり視点が重なる。懺悔の気持ちが眼力として伝わる。
「私さ、本当は失敗するだろうって分かってたの……。これでもずっと吹奏楽やってきたから、自分の実力くらい把握しているし、少しでもサボったらすぐ衰えちゃうこととかも……だから、今回のソロも身の丈に合ってないことなんて全部知ってたの……」
「うん」
「だけどみんな、私に期待してくれるから。私から言わせればそんなのただの過信だよって感じだけど、でも部活の先輩も、梨花たちも楽しみにしてるって言ってくれるから……。それで私、不安になって、いっそのこと失敗したところ見せればいいやって…………」
「それで、実際に私たちの前で失敗したんだ?」
「うん……」
「じゃあ私と和が見た奏は手を抜いてたってこと」
「いや……あのときの演奏は本気でやったつもりだった……。でも実力が伴ってないし無理だってのは分かってた。それ以前に部活も全然行ってなかったし、手を抜いてたって言われてもおかしくない」
「そっか」
「だから、本当にごめん。今年の夏に野球部の試合みてから私……なんか私じゃないみたいになって、もうなにやってもうまくできる気がしなくて……けど、それで梨花と和にはすごい迷惑かけたし、不快な思いをさせたのも確かだから……ごめん」
奏はそれだけ言い終えて、席を立ち上がる。
そのまま目を逸らして、私たちから離れようとする。
「ちょっと待って奏。どこいく気?」
「え、いや……こんな私なんか、梨花と和だってもう顔も見たくないでしょ?」
「いやいや……そんなこといつ私と和が言ったよ?」
「…………でも」
「でもじゃなくてさ奏。こっちの話も聞いてよ。なんで自分だけ好き勝手話して消えようとすんのさ」
「う、うん…………」
「あのさ、奏は全部自分が悪いなんて思ってるんだろうけど、私も十分悪いよ。だから私もごめん。ごめんね、奏。ずっと悩み事も聞いてあげられなくて、相談してあげられなくて、頼りなくてごめん」
「梨花……なんで? そんなの梨花が謝ることじゃないじゃん! 悪いのは私なの! 勝手に失望して目標見失っただけだもん。どうすればいいのか分からなくなって相談するなんて梨花にとっては迷惑でしかないじゃん。だからこれは私自身が自分で自分のことを解決できなかったことが全部悪いの……!」
「そうじゃないよ奏。だからこそ私たちに頼ってよ……。そりゃ力不足で頼り甲斐ないだろうけどさ、言ってくれなきゃ私、余計に不安になるからさ……。悩んでるなら無理に笑わなくていいよってことぐらいはいつでも言えるし、それくらいなら私でも受け入れることできるからさ」
「うん…………」
「あとさ。今日の奏の演奏、やっぱりすごかったよ。できればもう一回聴きたいくらい」
「わたしも。奏が輝くところ、いっぱい見たい」
「…………そ、そっか」
「うん。だから勝手にいなくなるのは私、許さないからね」
「うん……。ごめん」
「それ。謝るのも禁止」
「え……じ、じゃあ、ありがとう二人とも」
「どういたしまして」
「わたしも、どういたしまして」
そのとき、奏がここにきて始めて自然と相好を崩した。
ようやくいつもの3人になれた気がした。
まぁ、それだけで私はほかになにもいらない。
「じゃあ、私そろそろ戻ろなきゃ」
そして奏は今度こそ図書室を出ようとする。
「え、戻るってどこに?」
まさか今からもう部活に戻るってことかな?
さっきまで弱っていた奏にしては随分度胸があるな……と思っていた矢先、奏が答える。
「クラスの出し物。朝の仕事ほとんどせずに来ちゃったから、今からでも手伝ってくる」
「あ、そうなんだ」
「ごめん。今から3人で文化祭楽しもうって約束してたのに……。でもこのまま私がいたら梨花たちちゃんと楽しめないでしょ? どうせ梨花は優しいから私に気遣うと思うし……」
「それでもいいじゃん。3人でいること自体が大事なんだから」
「ううん。だめ。私はもう今日だけでたくさん二人に迷惑かけて傷つけたから、せめて私の中だけでも整理つけなきゃだめなんだよ……」
「ん〜まぁ、奏がそう言うなら私からはなんも言わない。ただ、私からしたら奏は奏のままだから。それだけは覚えといて」
「うん。分かった。……和も本当にごめんね」
「大丈夫。奏はずっと、わたしの大切なひとだから。ずっと待ってる」
「…………じゃあ、またね」
奏はそのまま私たちの返事すら待たずして、図書室を急いで抜け出していった。
「さて、と。じゃあ私たちはどうする? 和はほかにどこかまだ行きたいところある?」
「……もうない」
「ほんとに?」
「うん」
「別に我慢しなくていいよ? 私でよければどこでも付き合うからさ」
「ほんとにない。だって、もう梨花といっぱい一緒だったから」
「お、おう……そっか」
「うん。だから、もういい。ありがと梨花」
「うん…………どういたしまして」
と、まぁこんな感じで、私のこれからは行き止まりになってしまったわけで。
どうしようかなと、悩んでいても導かれる答えは残念ながら一つしかなかった。
「えーっと……じゃあ、もう帰る?」
今から帰っても、正直先生にバレはしない。
「うん、帰る」
「分かった。じゃあ私カバンとってくるね」
「あ……梨花」
「ん? どした?」
「わたし……春美待たなきゃいけない…………」
「あーそっか……」
「………………」
「んーじゃあ、私先に……帰るね?」
本当なら私も新田先生が来るまで一緒に和と過ごすという選択肢もあったはず。
なんだけど……今日はなんか、そんな気分じゃなかった。
別に和が嫌いになったとかそんな理由は一切ない。断じてない。
けど、やっぱりこのまま二人でいるのは間違いな気がした。
だから、私は和が頷いたことに、確かな安心感があった。
「じゃあ、またね。和」
「またね、梨花」
私たちは手を振って、私は和に背を向けて図書室を後にした。
そのあと、部室に顔を出そうと思ったが、部屋の鍵を持っていなかったし、とりあえず目の前まで来たが彩芽先生は見当たらなかったから、学校にいることを諦めた。
のんびりと、誰かに急かされることもなく自由なペースで下駄箱まで歩く。
たどり着くとゆっくりと上履きからスニーカーに履き替えて、最後に自販機に寄ることにした。
決して誰かを期待したわけでもない。とりあえず喉を潤してから帰り道を進みたかった。それだけの動機だけで向かっただけだった。
「あ、俊介……」
でも、そいつは偶然そこにいた。
果たしてそれが吉なのか凶なのかは定かではないけど。
ただ、私の帰宅時間が少し長くなることだけは確かだった。
「お、梨花。こにゃにゃちわだな」
「なにそれ……」
「いや、こんにちはって意味だろ?」
いや、そんなん知らんがな。
「だったら普通にこんにちはって言いなよ」
「そうだな。こんにちは」
「はいはいこんにちは」
出会い頭早々全く意味の分からない会話に付き合わされる。
これ以上疲れるのは勘弁してほしいな……もうこいつは無視して帰ろうと決め、カフェオレを手にした私は俊介から離れようとした。
が、俊介が近くにあった石段に腰を下ろし、さも私と会話をするのが当たり前みたいに、話題をふってきた。
「それで、あいつは大丈夫なのか?」
「あいつって奏のこと?」
「おう。さっき後輩の子にボロク言われてたろ? そっから元気になったか?」
私は仕方なくこいつのとなりに座ることにした。
「まぁ、それなりには明るくなったよ。でも罪悪感はあるみたいだった」
「え? あいつそんなやばい失敗したの?」
「う〜ん……奏本人は失敗するって分かってて、それを見せるために演奏してたから、後輩の子もそうだし、私たちにも迷惑かけたって……すごい落ち込んでた」
「ふ〜ん……よく分からん」
「まぁ、あんたにとってはそうだよね」
「なんで失敗が悪いことに繋がるのか俺には分からん」
「うん。それは私もちょっと分かる」
「だろ? だって成功するまでずっと失敗するじゃん。しかも成功しても失敗は何回でもするじゃん。だから、失敗だってもう成功みたいなもんだろ」
「ごめんそれはよく分かるようで分からないかも……。でも、今日のあんたは私が見てた限りでは成功してたよ」
「え、まじで?」
「うん。一番最初に見たときのあんたに比べた、もうあれは成功だよ」
「うぇーい! なんか直接そう言われると恥ずかしいなおい……」
「調子乗んなばか」
「でもよ。お前は今日の俺が成功だって言うけどよ。俺、毎日成功してるんだぜ?」
「え、そうなの? すごいじゃん」
「おうよ。だって俺、昨日の俺よりちょっとは夢に近づいてんだからよ。そしたら明日は今日よりまた夢に近づいてんだよ。そりゃ最初は一歩ずつだったのがだんだんしんどくなってよ、半歩しか進んでねぇなとか思う時もあるけどよ、やりゃ進むんだよ。逆にやらなきゃ進まねぇ。そうやって止まったときが俺の失敗だ」
真っ直ぐに太陽を見つめるこいつは、その眩しさに負けていなかった。
それこそ、太陽くらい輝いて見えた。
「あんた、やっぱすごいよ……」
「そういうのは、俺がすごくなってから言ってくれよ」
「うん、そうだね」
「それに、お前だってすごくなるんだろ? 小説家になるんだろ? だったら人のことすごいなんて言ってる暇ねぇんじゃね?」
「……うん。そうだ」
悔しいけど、こいつの言うことは正しい。
どこまでもまっすぐなその気持ちが告げるその言葉は、私には思い浮かばない。
だからこそ、私はすごくなりたい。こいつにすごいって言わせたい。
そう思うと、疼きが止まらなくなる。
私は勢いよく立ち上がって、俊介を見下ろす。
「おう、どうした?」
「帰る」
「もう帰るのか?」
「帰る! 帰って小説書いてやる!」
「……そうか」
「あんたには負けないかんな!」
びしっと、その生意気な顔に指を差す。
「おう、望むところだ」
俊介は親指を立ててニカッと笑う。
そんな腹立たしい顔面に、私は手に持っていたカフェオレを投げつける。
「いてっ! おい、いきなりなにすんだよ」
「あげる!」
そう言いながら、私は一度も振り向かずに帰った。
確かに、奏の気持ちの方が共感しやすいなっていうのが本心だし、本当に成功できるのかっていう不安と戦い続けるのは心がすり減っていくから逃げたくもなる。
でも、だからこそ、それを乗り越えたいと思わせてくれるのは、いつも俊介だった。
あの、ちっぽけな背中でも着実に進歩してる姿をみてると、こんなことで悩んでる自分が余計にちっぽけに見えてくる。
だから、今はすぐにでも帰って、ちょっとでも長く書いていたい気持ちに素直にならなきゃ……。
後日、思いつくままに書き上げた小説を応募した。
内容は、努力を積み重ねることに不安を覚え、現実と向き合うことを躊躇う少女に、いつも笑って前を向いている同じクラスの少女が道を照らし出す物語。結局はどれだけ辛くて苦しくて怖くても、それでも進むことを信じるしかないから。その気持ちを強く描いた作品に仕上げた。
正直、最高傑作だと思った。今年最後を彩るにはもってこいだと確信していた。
そして、冬休みが明け、審査結果の封筒を開いた私がみた文字は。
『落選』という、忌々しく付き纏う二文字だった。
「なんでなの……? なにがいけないっての……ねぇ?」
その嘆きは、誰にも届きはしなかった。
気づいたら日曜日が終わりかけていました……滑り込み投稿です。
ほんとに時間の経過に心と体が追い越されていく毎日です。とりあえず頑張って明日も前を向きたいと思います。それでは!また来週!