その10
学生の、学生ならではのかけがえのない時間は、きっといつまでも宝物なはず。
たとえ歳をとって、見返した時嘲笑えるほどの過去だったとしても。
なにかに一生懸命向き合った時間はいつまでも戻ってこないものだから。だから、梨花たちの歩む今も、決して間違いではないのでしょう。
毎週日曜日に投稿していきます。恐れ入りますが、時間帯は作者の都合によります!
それを耳にするのは、あまりにも唐突で。
それを目にしたのは、あまりにも一瞬だった。
その日、私は何度も奏に会っていた。
まず朝のホームルームを終えて、図書室に行くと、すでに奏はそこにいた。和と一緒に。
「ごめん、彩芽先生の話が長くて遅れた」
最後に到着した私は、待たせた時間の分を先生の責任にして、二人に謝った。
「ううん、全然大丈夫。どうせあの先生だから遅れるだろうと思ってたし」
「あははは……面目ない」
「でもすごいよね、夢前先生は」
ついさっきまで一緒になって笑っていた奏が急にしおらしくなる。まるでどこか遠くを見つめるかのように目が柔らかく細くなる。
「え、そう?」
「うん。そうだよ。だってまだ1年しか経ってないのにさ、あんなになんでも話したくなる先生なんていなかったから。なんでも全力で受け答えしてくれる安心できる先生なんて私は知らない」
「……まぁ、分からなくもないかな。ちょっと頼りないときもあるけどね」
「それでも本気になってくれるからまた頼りたくなるじゃん?」
「うん……間違いない」
「だから今日みたいな日なんかみんなが夢前先生に集まるから、梨花がここに来るのも遅くなるわけだ」
「うん……そういうわけだ」
「しかし梨花は途中で勝手に教室を抜け出してきたからちょっとだけ早めにここにたどり着いたわけだ」
「ご、ご名答なわけだ……」
「まぁ、でもそのおかげで和が喜ぶから、先生のお咎めはなしだね」
「そうなの?」
私は本人である、和に目を向ける。
「……っ」
視線の絡まった先にいる和は、かぁぁぁ……とじわじわと朱に染めて、きゅ〜っとしぼんでいく。だんだんと和の頭頂部が露わになっていく。
「あ、ごめん和」
「あらら……」
そばにいた奏は微笑みながら、そんな私たちを面白がっている。
「ちょっと奏、こうなるの分かってて言ったでしょ?」
「でも和が梨花に一番懐いてるのは事実だし」
「…………」
奏の言い分はにわかに否定できない。というかしたくない……。
なにぶん、和の好感度が高いことは私にとっても嬉しいことだから。
そのことも踏まえて、奏は言葉を選んだろう……この策士め。
「ふふふごめんってば梨花。そんな険しい顔しないでよ」
「奏いじわる……」
「ね? 奏いじわるだよね? ほら和もこう言っているじゃん」
「はいはいごめんね。でも二人とも単純すぎ」
「むぅ……いつかやり返す」
「わたしも梨花の味方」
「じゃあ私はその二人のいじわるを楽しみに待ってる」
奏は少年のようないたずらな笑みを向けて、楽しそうに明るい声をしていた。
そうして朝のちょっとしたやりとりを終えて、奏はタイミングをみて立ち上がる。
「じゃあ私そろそろ教室に戻るね」
「うん、お昼からの公演行くから」
「わたしも奏の演奏、楽しみ……」
「うん。二人の期待に添えられるようにちゃんと準備しておく」
「ついでに午前中は和と二人で奏のクラスに遊びにいくね」
「いやそっちは来なくていいから」
奏は照れ臭いのか、困ったようにはにかんでそっぽを向いた。
それを最後に、奏は手を振って図書室を後にした。
「じゃあ、私たちも少ししたら行こっか」
「うん。わたしは梨花についてく」
「和はどこか行きたいとこないの? 別に遠慮しないでいいんだよ?」
私と和は、今日一日クラスの出し物でもシフトに割り当てられていない。その代わり明日は日中働かないとだけど……。
でもおかげで今日は自由に行きたいところを回れる。午後からは奏の公演に顔を出して、それからは奏も合わせて3人でぶらぶらしようという約束もしている。その分、奏は今日の午前中はクラスの手伝いに勤しむ羽目になっちゃったけど……。
だから、せっかく私も和と文化祭を楽しめるんだから、彼女の自由も尊重したい。したいんだけど……。
「梨花と一緒ならどこでもいい」
和はさらりとこういう恥ずかしいことを言うから。
そしてなにより、こういうときに限って和は自分の発言がどれだけ恥ずかしいものなのかを自覚していない。はぁ……なんて罪な可愛い子。
「まぁ……うん。じゃあ色々回ってみよっか」
「うん」
そういうことで、私たちは腰を上げて、図書室から抜け出した。
まずは有言実行ということで、私たちは奏のクラスにやってきた。
まだ文化祭が始まったばかりということもあって、来客の数もそこそこで、盛り上がりもぼちぼちだった。それほど騒がしくなくて落ち着いた空間は、私と和にとっては好都合だった。
「あ、奏。言ってた通り来たよ」
「…………」
ぷらぷらと手を振って挨拶を交わす。
ちなみに奏のクラスの出し物は着ぐるみカフェらしくて、みんな動物の着ぐるみに包まれていて、もこもこ集団の穏やかなカフェだった。
その中で一人、エプロン姿の女子生徒が一人。
「そのエプロン似合ってるよ。ほんとにお母さんみたい」
「それ、褒めてないでしょ」
私が奏のその衣装を褒めても、本人は気に食わなかったらしく、不機嫌になる。
「いやいやほんとだってば。ね、和?」
「うん可愛い。みんなふわふわしてて可愛い」
一方、和は着ぐるみの方に興味を示していた。和はそう言うけど、実際あんたの方がふわふわしてて可愛いもんだよ、ほんと。
「……好きなとこ座って待ってて」
奏は無愛想な表情のまま教室の奥のカーテンの向こうに消えていく。
あんなに顔を赤くして……あれは相当恥ずかしかったんだろう。
まぁ、それくらい奏はあの姿を晒したくなかったんだろう。可愛いのにもったいない……。
と、まぁとりあえず、私たちは着ぐるみ店員に案内されるがままに通された席につく。
あらかじめ用意されているメニューを開く。品数がそれほど多くなくて、一目で全て暗記できるくらいしかなかった。
私はうさぎの店員さんを呼んで、コーヒーとカップケーキを注文する。
「和はどれがいい?」
「…………これ」
和が指差して示したのは1日限定10食しかない特製パフェだった。イチゴやバナナ、キウイにオレンジなど、いろんなフルーツをふんだんに使ったボリューム満点のスイーツが写真付きで見開き半分に大きく貼り付けられている。その下に小さく『愛もたくさん詰め込んでます』とチャームポイントまでしっかり抜け目なしのアピール。
「え、和これにするの!?」
「うん。……奏の愛がいっぱい」
「あぁ、うん。まぁそうなんだろうけどね……ちゃんと食べられる?」
さすがに残った分を食べてあげられるほど私の胃袋も大きくないし。なによりこんな朝っぱらからここまで糖分の塊を食べたくはない……。
「うん。大丈夫」
私の心配の声色に対して、和は平常運転で、大きな瞳で平然と見返してくる。
……ほんとに大丈夫なのかな。
いつものお昼のお弁当だってそんなに大きくないわけだし、むしろ私より小さめくらいなのに。
とりあえず私は大丈夫だと言い切る和を信じて、特製パフェを代わりに頼んだ。
そして、待つこと数分がして……。
「これ頼んだのって……梨花?」
注文した品物を運んできたのは奏だった。当然、怪訝な表情を浮かべながら。
「ううん、和」
「え……!? ほんと?」
奏は次に驚愕して和を見る。
「うん、それ、わたしが頼んだ」
「大丈夫なの?」
「……?」
奏の気持ちは痛いほどわかる……。
それでも和はなにを自分がそんなに心配されているのかわかっていない様子で、きょとんと首をかしげるだけ。
まぁ、それで和が楽しんでくれてるならいっかな。
なんてポジティブに捉えながら、私はとりあえずコーヒーを口に運んだ。
そして、またしても数分が経った時。
「…………和、美味しい?」
「うん、おいしい」
「うん、そっか。あ、また口にクリームついてるよ」
「ん。ありがと……」
「あんた口ちっさいんだから、少しずつ食べな」
「でも……梨花、待ってる」
「私のことはいいから。食べ終わるまで待っててあげるからゆっくり食べてていいよ」
「うん……」
和の手は止まることなく、もくもくと半分までパフェは減っていた。
それからも あむあむとペースを崩すことなく、恍惚な顔をしながら味わっていた。
その様子をずっと私は眺めているだけ。気づけば時計はすでに半周を過ぎている。
……いや、こんだけ見てるだけで胸焼けするわ。
「まさか和がこんなにも甘党だとは思わなかった」
いつの間にか私の隣で立っていた奏が素直に感心していた。
「いや、ほんとそれね。あの体のどこに入っているのやら……。そういや奏はもう終わり?」
「うん、この後公演があるからちょっとでも練習しときなって、みんなが気を遣ってくれた」
「そっか。いいクラスだね」
「まともにお菓子が作れるの私しかいない女子力皆無のクラスだけどね」
「じゃあここのお菓子は全部、奏の愛情でいっぱいなわけだ」
からかうように笑いかけると、呆れて溜め息をこぼす奏に頭をはたかれた。
「いてっ」
「私がレシピ書き置きしてるからみんなの愛もちゃんと混ざってるっての」
「はいはい、そういうことにしとく」
そう言うと、また軽くぺちっとチョップを食らう私なのであった。
そんなやりとりをちょこまか続けていると、和が静かにスプーンから手を離した。
そして、優しく両手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「…………まじか」
「……はい、お粗末、さまです……」
私と奏は、空になったパフェの容器を目にしながら数回、瞬きを繰り返した。
「奏」
「……ん? どうした?」
「奏の愛、いっぱい。おいしかった」
「そ、そっか……それならよかった。うん、ありがとね」
「うん」
満足気で幸せそうに微笑みながら、淡々と感想を告げる和。
「……………………」
いや、単純にすごすぎて私なにも言えないわ。
とりあえず見るからに汚い和の口元をごしごしと拭いてあげる。
「じ、じゃあ私はちょっと準備に行かないとだから……またあとで」
「あ、うん。そうだね。じゃあ、うん。またあとで……」
奏はそのままなぜか逃げるような足取りで、そそくさと教室から出て行った。
取り残された私と和の二人。
「……えっと……じゃあ、私たちもそろそろ他のとこ、行こっか?」
「うん」
「あ、でも和大丈夫? お腹いっぱいだったらもうちょっと休もうか?」
「ううん、大丈夫だよ?」
「あ、そっか。じゃあ問題ないね、うん。よし行こう」
「うん」
和の食べっぷりがあまりも衝撃すぎて、頭の整理が追いついていなかった。
いや、分かってる。単に和が甘いものが大好きで、実はいっぱい食べる子なんだってことが分かったことは分かってる。そう、これは簡単なことなんだからなにも難しいことはない。
いやでも驚くじゃん!? 全然そんな風に見えなかったんだよ!?
だって和って小さくて可愛いし、細くて可愛いから少食なくらいが可愛いと思うわけ。
なのにあんなでっかいパフェをぱくぱくと難なく完食されたらそりゃ目から鱗ぼろぼろなわけ。
……と私がとやかく言ったところで、和は何一つ変わらなく和のままだった。
それから許された時間の中で、私と和は色々なところを巡回した。
縁日に、お化け屋敷に、写真撮影会に、ミニ遊園地とか、迷路とか、スタンプラリーとか、もう普通に充実した。次私の隣で和が手を握ってきて、並んで歩きながら笑いあっていた。
本当楽しかった。十分文化祭を堪能した。
だけど、まだ楽しみが残っているのが私たち。
「よし、じゃあそろそろ奏のとこ行こっか」
「うん、そうする」
時計の針が13時を回ったとき。奏の公演はあと30分後。
私は和と手を繋いだまま体育館を目指した。
「和、どうだった? 楽しかった?」
「……梨花は?」
「え、私? 私は楽しかったよ。今日は和がよく笑ってくれた気がしたから、さらに楽しかったよ」
「じゃあ、わたしも一緒」
「そっか。じゃあ今からは奏も合わせて楽しまないとね」
「うん。そうしたい」
ここまでの私は確かに幸せだったと思う。
間違いなく、その感情がふさわしかった。
そして、今からもっと上にいけると信じていた。
そう期待を膨らませながら、私と和は体育館の真っ黒な幕を開けた。
中に入ると、奥に舞台があり、その手前にずらりと軽く100脚ほどの椅子が並べられていた。
席はあまり埋まってなくて自由に座席は自由に選ぶことができた。
私と和は先頭の端っこに座ることにした。
すると、すぐに舞台幕がカラカラと左右に別れてじわじわ開いていく。まだ光は照らされてなくて、向こう側で誰が立っていて、なにが設置されているのかははっきり見えない。
「なにが始まるのかな」
私の手元に体育館で披露されるスケジュールの載っているパンフレットはない。さっき入り口で机に無造作に置かれていたのを無視してきてしまったから。
わざわざ取りに行くのも面倒くさいから、そのまま黙って今から始まる公演を待つことにした。
そしたらいきなりパッと舞台の中央の一箇所に照明が当てられる。一点だけのライトアップ。
「あ、俊介だ……」
「しゅん、すけ……?」
「うん。あ、そっか……そういえば和はあいつと会ったことないんだったね」
「うん、わたし、あの人知らない」
「とんでもなくバカなのは確かなやつだよ。…………あとは、とんでもなく真っ直ぐなバカ」
「音楽をしてる人?」
「うん、そうだよ。あのギターで弾き語り……まがいなことをしてる」
「ふぅん……」
「まぁ、見てればわかるよ」
軽く説明しているうちに、俊介の方も手始めの挨拶が終わったらしく、ギターを構え始めた。
「じゃあ、いきます。聴いてください『正攻法』」
曲名を紹介すると、俊介は指で弦を弾き始めた。
なにかのコピーだろうか、それともオリジナルなのだろうか……音楽に詳しくない私にはそれすら分からない。
それでも、これが音楽なんだと分かるくらい、俊介の響かせる音は繋がって聴こえた。
さらにはそこに自らの歌声も加わっていく。だんだんの熱量を浴びて声量も上がっていく。
それらが絡まって音楽になっていた。俊介は今、音楽を奏でているのがちゃんと理解できた。
あのとき、1年前。校庭で耳障りな雑音を残した俊介はそこにはいなかった。
ときどき音が外れてる? と思ったり声が聞こえなくなったりもするけど。だけど。
俊介は、夢に向かって何歩も足跡を刻んでいる証拠が、舞台から伝わった。
「……あいつ、やっぱバカだ」
「かっこいいね、あの人」
「ま、まぁ、それなりには……ね」
ど直球な歌詞を、気持ちで歌う俊介は、確かに輝いていて。
ちょっと、かっこよかった。
「ご静聴、ありがとうございました! また次もよろしくお願いします! じゃあこれで失礼します! ほんとあざした!」
全力の熱い演奏を終えた俊介は、いくつかの拍手に囲まれて、舞台裏に消えていった。
私も、そして和も視聴者の一人として、手を叩いた。
それからは、軽音楽部のバンドがいくつか登場してきて、それぞれの個性ある演奏が観客を沸かせていた。
気づけばだんだんと人は増えていき、盛大な盛り上がりを見せていた。
私と和はその熱気に圧倒されながら、ただ座って眺めているだけだった。
全ての楽曲が終わると、次第に観客も静かになっていく。
そして幕は閉じられていく。
次に開いたとき、そのとき今度は奏がそこにいるはず。
裏で楽器が持ち運ばれている音を、座って待つこと十分ほど経過した時。
幕が再び開いていく。
準備時間中に買ってきたペットボトル飲料を握りしめながら、その姿を期待した。
「いた、奏」
最奥には打楽器というのだろうか……いわゆるパーカッションがずらりと存在感をしっかり強調している。そしてその手前には見渡す限りの金管楽器。私が知ってるのはあの中だとトランペットとトロンボーンとか、あのでっかいチューバに、あとホルンとかくらいかな……他にもまだ種類があったけど、残念なことに名前は分からない。
あとは前列には木管楽器。フルートやオーボエを美しい風貌の女子生徒が両手で握っていた。
そんな多くの楽器が均等な距離で並ぶその団体は、純粋に綺麗で、目が奪われる。
その真ん中、トランペット奏者の中で、奏は堂々と直立していた。
いつもよりも真剣で鋭い目つき。自信がありげに胸を張っている姿は、一際貫禄のあるオーラを放っていた。
そして、彼女たちは一礼すると席に座り、目の前の楽譜に集中していた。
指揮者が指揮棒を振り上げる。一斉に楽器が構えられる。
始まる。
私は、静かに目を瞑って、その透明感のある華麗な音色に耳を澄ませた……。
これはなにかの協奏曲だろうか、それとも行進曲だろうか。私に分からない。
けれど、一つの楽曲に対していくつもの音が折り重なって作り上げられていくメロディーは、私の心の奥の奥の方まで深く浸透していく。心が浄化されていくようで……満たされていくようで……。
ただ、その音色に身を任せて、私は癒されていく。
無駄なんて一つもない、どれかが欠けてはいけない。みんなが一つ一つの音を丁寧に奏でている。
だから、こんなにも綺麗。
その儚さと、団結力に、私は次に心を奪われていた。
それは和も一緒だったのか、彼女も、開いた瞳がずっと舞台に吸い込まれていた。
そんなとき。
奏が一人だけ立ち上がった。
すると、ぴたりと周りの音も止んだ……。
なにかトラブルだろうか? 何か起こったのだろうか……?
不思議に思い見つめていると、奏は悠々とトランペットを吹き始める。
一人だけ、奏だけの音が、曲を紡いでいく。
静かで、でも強く、その音は響いていく。
これが奏のソロ。
「奏、こんなにすごかったんだ……」
思わずそう、漏れ出していた。
それくらい、奏の一人舞台は、魅力的だった。
だけど、それも束の間。
そこからが、多分、悲劇の始まりだった。
しばらく奏のソロが続いているが、だんだんと奏の表情は苦しそうになっていく。
しんどそうで、辛そうで、聴いていて心配になるような音に変わっていく。
みるみると音が細くなっていき、覇気を失い、音色が壊れいく……。
このままだとこの演奏はどうなってしまうのか……そんな不安が過ぎる。
そんなとき、隣で座って待機していた女の子が席を立ち上がる。
今度はその子が奏の後に続くように、力強く音楽を継続させた。
それから、奏は、もぬけの殻のように顔色を無くし、無気力に座っていた。
それは後悔なのか、それとも責任なのか、懺悔なのか。
その本心は、観客席に座っている私には分からない。
そして。
なんとか無事に吹奏楽の公演は幕を閉じた。
私たちにわだかまりを残して…………。
体育館全体の明かりが消え、静寂に包まれた空間で、私はゆっくりと席から身を起こした。
「奏のとこ、行こっか」
「うん…………」
奏のことが気になったという理由も一つ。
でも、その前にとりあえず、今は一刻も早く顔を見て、おつかれって言いたかった。
私たちは、舞台の隅から回り込んで、舞台裏に向かおうとした。
すると、ちょうど舞台袖から階段を降りてくる吹奏楽部員の人たちとすれ違っていく。
一人一人目で追いながら、 その中いる奏を探した。
「あれ、梨花か?」
「ん? あ、俊介じゃん」
「こんなとこでどうしたんだ?」
「いや、えっと……奏に会いに……」
「そっか。じゃあおれが呼んできてやるよ」
「あ、あぁ待って待って! ちょっと待って俊介!」
「あ? なんだよ? 別に普通に呼んでくるだけだぞ?」
「まぁ、そのなんていうか……」
「なんなんだよ……え、なに? だったら自分で行くか?」
「あぁ……そうだね。うん、そうする。あ、でもあんたもちょっとついてきて」
「いやなんでだよ。いいけど」
あたふたとする私に、その意味がわからなくてどうしていいのか迷う俊介。
結局、俊介も合わせて3人で奏の元に行くことにした。ほんとそれこそ意味が分からないけど……。
でも、その必要はなくて。
ぎこちない時間を消費しているうちに、舞台裏からついに奏が姿を現した。
奏だ……と反射的に体が動いたが、それもすぐに遮られる。
私が近づいていく前に、奏の後ろを歩いていた女の子が奏を呼んでいる。あの子は確か演奏中、奏の隣にいたトランペットの子だ。
「ちょっと、先輩待ってください」
「…………」
女の子は奏の背中に話しかける。
「なんですか、あれ」
「……ごめん」
「私が聞きたいのは謝罪の言葉じゃないです。なんなんですか、あれは?」
「私の実力不足……それだけだよ。だから、迷惑かけてごめん」
「実力不足って……誰が先輩のこと信用してソロを任せたのか分かってるんですか!? それなのに先輩、夏休みが終わった途端部活に全然来なくなるし、文化祭の演奏練習もあんま参加しなくなるし、ほんとなんなんですか!」
「……ごめん。ほんとにごめん」
「意味もない謝罪なんてしないでください!! ……そんなんだったら私がソロ吹きたかった。私、先輩のこと尊敬してたんですよ?」
「…………」
「でも、こんなに情けない人だとは知らなかった私も情けないです」
「……ごめんね。もう部活には行かないから。迷惑かけないから」
「はい。そうしてください」
彼女は先輩である奏にはっきりと口調で言い切る。
そして、立ち止まり俯く奏の横に並び、通り抜けいこうとする。
「先輩、もう邪魔なんですよ」
最後にそれだけ言い残して、彼女は私の視界から遠ざかって行った。
ふと自分が高校生のときを思い出すときがあります。たいして自慢できることは多くなかったですし、むしろできないから足掻いてばっかりだったなぁ…と。
そして今も変わってないなぁ…とつくづく思います。
自分はどうやら努力に追い詰められる時間が好きみたいです。いわゆるドMですね、はい。そんな雨水です。