その1
理想的な青春とはなんなのか、はたまた……現実的な青春とはなんなのか。
それはさておき、作者はいまだに青春に夢を見て、恋焦がれています。そのため、十人十色の一生懸命でかけがえのない物語をいっぱい描いていきたいなと思っています。
お付き合いいただければ幸いの極みです。
毎週日曜日に投稿していきます。 恐れ入りますが、時間帯は作者の都合によります!
「みんな今までありがとうね」
卒業式前日の最後の授業が終わり、私は教卓の上からみんなにそう告げる。
教室に広がるそれぞれの顔を確認する。
涙を浮かべて瞳を潤わせている生徒や、哀愁を漂わせて眉を下げる生徒もいる。私との別れが惜しいのかな……そうだったら嬉しいな。
中には興味なさそうに携帯をいじり始める生徒だっているし、私には無関心で周りの子たちと会話し始める生徒たちすらいる。それを受け止めるのも私の仕事なんだろうな……ちょっと悲しい。
そんな色んな生徒たちに囲まれながら、私はホームルームを続ける。
さして重要な話なんてない。ましてや話したいことがあるほど話題が溢れているわけでもない。
対して代わり映えもない、平凡なホームルームのひとときが流れる。
「みんなにとっては明日こそが最後の授業になるから、休まずに来るように! 先生もちゃんとお別れしたいからさ……また明日も元気なみんなの笑顔を見せてください」
変哲もない、むしろ常套句みたいに締めくくる。
教卓を降りると、各々帰る準備する生徒や、最後の部活動の支度をする生徒。感慨に浸りながら教室に残る生徒、教室を抜け出して誰かに会いに行こうとする生徒……みんな目的を持って動き出す。
もう少し賑やかになるものだと思っていたけど、案外そうでもなく、なにやらもどかしい雰囲気に包まれる。
みんな、最後なんだって実感がないのに、最後というこの空気を認めなきゃいけないことに拒否反応を示しているようだった。
明日の卒業式でお別れになってしまう感覚が、心が、まだ頭に追いついていない心境が、今の教室を作り出していた。
「先生!」
「ん?」
そんな 静かな教室を後にしようとすると、一人の生徒に声をかけられた。
振り向くと彼女の真剣な眼差しと合わさる。
凛とした瞳に、艶のあるサラサラの黒髪。ちょこんと可愛らしく顔を出している片耳。身長も高く、初対面のときは高圧的な印象を受けたっけな……。
それでいてあの頃の彼女はどこか不安げな眼差しをしていたことも忘れはしない。
今になってはもう迷いなんて一切ない、強い目をしている。その目になってからは、私もいっぱい頼りになっちゃった……今じゃ私のほうが頼りない先生かも。
「どうしたの奏?」
そんな彼女の名前は辻本奏。元吹奏楽部の部長さんで、この前も第一志望の大学に悠々と合格していた優等生でもある。
「先生、今までありがとう」
そんな奏が開口一番私にお礼なんてしてくる。
さすがに私も一瞬驚いて目を見開いたが、奏の気持ちに真摯に答える。
「ううん。こちらこそありがとうね。未熟な先生だったけど最後までついてきてくれて私嬉しい」
「なに言ってんの。先生だからついていけたんだよ。ほんとにありがとう」
「そっか……うん」
「私、これからも頑張るから」
「じゃあ私も負けないくらい頑張る!」
「うん、私も負けない」
互いに譲らない。でも信頼しているからこそ、私は無自覚に奏の手を握っていた。
「じゃあ私一回職員室に戻るわ」
「あ、私もそろそろ帰るし一緒に行こ」
数秒後にはカバンを提げて私の目の前に戻ってきた。
私たちは一緒に教室を出る。
「あ、先生」
奏としばらく廊下を歩いていると、一人の少年と視線が絡まった
「剛じゃん! 今から部活動?」
名前は大石剛。こっちは元野球部の主将さんで、きれいな五厘刈りはなお健在! 今はすでに冬だから見てるこっちからすれば、雪だるまを作りたくなるくらいすごい寒そう……。でも本人は大学に言っても続ける意志があるからそうしてるみたいだし、そこは全力で応援したい!
ユニフォームが入ったバッグを抱えている剛はおそらく今から高校生活での最後の部活動に行くんだろう。
「はい。練習はしないすけど」
「えぇなんでよ〜後輩たちと最後に一緒にやればいいじゃん」
「もう体動かないんで迷惑かけるだけっすよ……」
夏に引退してから約半年間ほど、勉強に勤しんでいた剛は運動不足がちで、少し気恥ずかしそうに顔を逸らす。私的に後輩たちはそんなこと気にしないと思うけどなぁ……。
「別にそんなこと気にせず普通にやればいいじゃない」
まさに私が思っていたことを代わりに奏が口にする。
「いやいいんだ。あいつらにはまた夏が待ってるんだし、一日も無駄にしてほしくないしな」
「そっか」
剛には揺るがない決断がそこにはあった。
奏は剛の言葉を上手く呑み込んだようで、優しくて微笑む。
「おう。じゃあ俺行ってくるから」
「ん。頑張って」
「頑張ってね〜!」
駆け足でどんどんと遠ざかっていく剛に小さく手を振る奏。その横で私も、その背中に声援を送る。
「…………」
「ん? どした奏?」
剛が視界からいなくなっても、奏はまだその場から目を離そうとしなかった。気になって覗き込んでみる。
「私もちょっとだけ行こっかな……」
「迷うくらいなら行ってきたら?」
ついさっきまでの剛とのやりとりで、気が変わったのか、自分も部活に行こうか悩んでいた。
「きっとみんな喜んでくれるよ」
「じゃあ行ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
意志が固まったようで、奏は口角を緩ませて一歩踏み出していく。
「じゃ、先生また明日ね」
「うん。また明日ね」
ゆっくりと、それでいて堂々と部室に向かっていく奏をそっと手を振りながら見送る。
「んじゃ、私も一旦職員室に行こっかな、と」
奏の姿が見えなくなったところで、私もまた、動き出した。
職員室の重たい引き戸を開けると、辺りには誰もいなかった。
おそらく先生方もみんな、生徒たちと感慨に耽っているんだろう。
私もすぐに校内を巡ろうと思い、自分の席に手荷物をほっぽりだして体を急かす。
駆け足で扉まで向かい、少し力を込めて開けようとする。
「うぁ……っと!」
その矢先、思った以上に扉が軽くなって、前のめりに転びそうになる。というより、すんでのところで受け止めてもらった。
「よっと。あら彩芽じゃない。大丈夫?」
「う、うん……ふぁいひょうふ」
扉を外から開けた張本人に顔面から突っ込んでしまったが、幸いにも柔らかな丸いクッションのおかげでお互い無傷で済んだ。
このとんでもなく触り心地と居心地がいいクッションに顔を埋めて堪能していると、頭を軽くはたかれた。
「ちょっと、人の胸でもぞもぞしないでくれる? くすぐったいんだけど」
「ごめん。つい気持ち良くって……」
「あんたの方が立派なもんがついてるでしょうに……」
この呆れた表情を浮かべるのは新田春美。この学校に同じ時期に就任した唯一の同期。といいつつも、教師歴は彼女の方が少し長い先輩にあたる。今回私はクラスの担任を務めるという重役を担っているので、大変お世話になっているのである。
そんな私にとって姉的存在である春美は、私の両肩を掴んでひっぺがす。至福のひとときはこれにて終了となった。
「自分のはこんなこともあんなこともできないから楽しくないの!」
「なに訳わかんない子供みたいなこと言ってんのよ……」
「だって本当のことだし。春美の方が私のよりふかふかしてる」
「あっそ。それで? あんたはなにをそんなに急いでんのよ?」
私の抗議はあっけなくスルーされる。
「ん? まぁそれは特に意味はないんだけどさ……最後ってなるとちょっと色々思うところもあるじゃん? って感じ……」
「寂しいんだ?」
「んがっ!? そ、そんなことないもん……ってこともないもん」
「素直でよろしい。はいはいじゃあ私もついて行ってあげるから、少しだけ待ってて」
「え、いやなんで一緒に来んのさ!? 別に私は一人でも大丈夫だし!」
同行を頼んだわけでもないのに、勝手に話を進められるのは気にくわない。ましてや子供扱いされるのはむっとくるところがある……むむむっ!
くるっと反転して離れていく春美の隙をついて、そっと一人で職員室から抜け出そうとする。
敷居から一歩踏み出したところで、まるで見透かされたようなタイミングで春美の声を背後で受け止める。
「和に会いたくないの?」
「会いたい! 」
「すぐ戻ってくるから待ってくれる?」
「はい! 待ちます!」
いや……それはずるいんだって。ほんとに。
結局、私は春美を黙って待つことにした。
仕方がない……なごみんのためなんだから!
二人で並んで廊下を歩くことしばらく。
「てか今日みたいな日にもなごみんはあそこにいるの?」
「いると思うわよ? 私になにも言ってこなかったから」
「いやあんたらどういう関係だよ……」
なにやら春美となごみんこと和ちゃんは特別な関係にあるみたいなんだけど、残念ながらその真相は未だ解明していない。
まぁ多分普通に仲がいいだけだと思うけどね!
私もあまり深く追求しようとはしないけど、春美も無闇に隠そうという素ぶりを一切見せない。つまりいずれ分かることなのだ!
そしてたどり着いたのは校内の隅に佇む一室、図書室。
なにも珍しいことはない、ただの本がいっぱいある教室。
ここに、私の癒しが待っている……!!
「たのもー!」
「静かに入りなさいばか」
早速後ろから頭をはたかれる。
といっても、こんな日に誰かがいるなんてことはない訳で、なにも気にしていなかった。それでもちょっとばかし迷惑をかけたので謝ろうと、周りを見まわすと……あ、ほんとに誰もいなかったわ。
まぁ、そのほうが私には都合がいいんだけどね!
「あ、なごみん発見!」
いつもの定位置、受付の席でちょこんと座っているなごみんに勢いよく指を差す。
水島和。それが彼女の名前である。
長いふわふわの銀髪がびくっと揺れる。大きなくりくりとした垂れ目が怯えるように震えている。小ぶりな唇がきゅっと引き結ばれる。
それがなごみんである。
「こら、いきなり脅かさないの」
「あだっ」
今度は強めに叩かれる。
「ごめんね」
「……ん」
春美はなごみんの元まで歩み寄り、その髪を撫でる。一瞬、片目を瞑るなごみんだったが、すぐに心を許したように頬を緩ませる。
続けて私もなごみんに近づいて、そのわたがしみたいな髪の毛に触ろうとした。
したが、相変わらず両目をぎゅっと閉じて恐れられる。
「ほら、急に大声なんかあげちゃうから怖がられてるじゃない」
「うぅ……ごめんね? なごみんごめんね?」
「うん……だいじょうぶ」
細く小さい透き通った声で答えてくれる。なんとも可愛らしい声音である。
あまりにも可愛いからつい抱きしめたくなってしまうではないか。
「今それはやめときなさい」
春美に掌で飛びつく私を受け止められる。空いた手の方ではなごみんの髪を梳いている。うぐぐ……懐かれてて羨ましい限りである。
「……梨花は?」
ぼそっとなごみんの言葉が私に向けられる。必然的に目が合わさる。なごみんに見られている。すっごい可愛い……!
「ほんとだ。星山さんはどうしたの?」
「え、たぶんいつものとこにいると思うけど? どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわよ。てっきり一番はじめに会いに行ってるもんだと思ってたからびっくりしてるのよ」
「いやだって梨花に会うとつい長居しちゃうし……今日は最後に会おうってだけだよ」
「ふ〜ん……寂しいんだ?」
「そ、そんなわけあるかい!」
「わたし、梨花に会いたい……」
「だってさ。和のお願いなんだからどうにかしなさいよ」
「あーはいはい分かった連れてくるよ! でも……」
「でも?」
「でも……ちょっと遅れる、かも」
「そんなもんいくらでも待つ。ね?」
春美がなごみんへ振り返ると、小さく頷いて返した。
「はぁ……分かった。じゃあちょっと行ってくる」
私は図書室を出て、早足でいつものところへ向かった。
目的地は、文芸室。
そこは星山梨花という生徒と出会って、共に過ごした場所。
私にとっては一番の思い出の場所といっても過言ではない。
今も本当は一刻も早く会いたかった。
でも会ってしまうと時間を忘れてしまうから……。だから仕方なく後回しにしていた。
それがやっと叶うとなると無意識に心がぐんぐんと足を急かす。
あぁ、今日はどんな顔で待ってるのかな。遅いって怒られるかな……。
そんな想像を膨らませて文芸室に向かう。
「オウイェー! 彩芽ちゃんじゃな〜い! オウイェーしてるかーい!」
そんな最中、やたらとうるさいやつに捕まってしまった。
正直このタイミング出会いたい人物ではなかった。
「オウイェーイ! そんなあなたは俊介じゃな〜い! 元気してたかオウイェーイ!」
だってこいつといるとめちゃめちゃはしゃいじゃうもん!
ここは視聴覚室の真ん前で、俊介が活動する部室の前でもある。私が通りかかったちょうどいいときに部室から出てきたのだ。
「はいどもこんにちわ、前田俊介です!」
「はい知ってます!」
どうもご丁寧に自己紹介してくれた彼は、偽りなく前田俊介君ですね。すっごい楽しい生徒ですね!
「彩芽ちゃん、先生おつかれだぜぃ!」
「うん、なんか語弊生みそうだけどありがとうだぜぃ!」
私別に先生辞めたわけじゃないけどね、うん。まぁとりあえず深い意味はなさそうなのでお礼を言っておくぜぃ!
「そういう俊介はどっか行く感じだったの?」
「え、ションベン」
「あ、そっか。ションベンか」
「じゃあちょっくら行ってくるわ!」
「あーうん。いってらっしゃいだぜぃ!」
台風よりも酷い速度で会話が完結してしまった……。
「あ、そういやさ! また新曲できそうだからよ! また聴いてくれな!」
走り去ったと思った俊介は、首だけこっちに回しながら話しかけてきた。
そういや言ってなかったけど、俊介は音楽が大好きな少年である。人一倍熱情と熱量が凄まじくて、きっと誰よりも夢に近い男。
「おっけーい! すっごい楽しみしてる!」
「おうよ!!」
今度こそ俊介は振り返らずに一目散に便所めがけて走り出す。
私はあんな俊介からたくさんの勇気をもらった。あんな俊介だからこそ真っ直ぐな覚悟を教えてもらった。俊介は本当に自慢の生徒だ。
以上!
俊介との時間は楽しかったけど、一瞬だった。
元々どっかで会えると思っていたけど、予想以上にあっけなかった。
一人になった私は、本来向かうはずだった文芸室へ急ぐ。
場所は視聴覚室の隣。すぐに扉を開けた。
「あ、来た」
聞き慣れても聞き飽きはしない、大事な声が耳に入る。
「うん。来たよ梨花」
目の前に梨花がいた。
肩より少し長く伸ばされた内巻きに綺麗に整えられている黒髪がふわりと揺れる。覇気がない分優しさの込められた、私の好きな瞳と焦点が合わさる。
しかしなんでだ。まるで今私が来ることが分かっていたかのように冷静に対応された。なんだろ……もうちょっと嬉しそうにしてくれてもよくない?
「私が来るの気づいてたの?」
「は? そりゃそうでしょ。外であんなに騒がれたらいやでも分かるから」
「あ、そっか……あははは」
「てか、今日はなんでそんなに遅かったの?」
いつもなら放課後になればいち早く訪れるのが日課だっただけに、違和感は当然で、私は早々に怪しまれた。
「あ、えっと……いや、そんな大したことはないんだけど、うん……」
「うそ。他の子たちと先に会ってたとかでしょ?」
「う、うん……」
変に誤魔化そうとしてもすぐにバレる。ってくらいには私たちの絆はすでに深くなっていた。それ以前に私が嘘つくの下手くそなだけかもしれないけど……けど俊介にはバレないからやっぱり深い絆で結ばれているはず!
「どうせ私のとこ来ても特に話すこともないし、ぐうたらしちゃうだけだしね」
「そ、そうじゃないもん! ほんとに違うもん……!」
「じゃあ、どうしたの?」
「……梨花とは色々あったからさ」
「うん」
「だから今日くらいはいっぱい思い出話とかしたいなって……」
「……寂しいんだ?」
「だぁ! なんでみんなそうやってからかうんだよぅ……」
……そんなの普通寂しいに決まってるじゃんか。
「うそうそ、ごめんってば。あとありがと」
私を弄んで楽しかったのか、梨花は自然な笑みを浮かべる。
「ほんとに思ってる?」
「思ってるってば。嬉しいよ私は」
「それならいいんだけど……」
「じゃあ早く話そ。このあと和と会う約束もしてるし」
梨花は私を真正面に、座り直す。
「うん。そうだね、いっぱい話そ」
私も机を挟んで、梨花と対峙する。
「まず何話す?」
「う〜ん、そうだな……まぁでも最初は確認からかな!」
「確認? なんの?」
「梨花」
「うん、なに?」
「ちゃんと青春に恋できた?」
その答えはきっともう、これまでの私たちが導き出している。
だから、これから話すことはなんてことない思い出話に過ぎない。
じゃ、ちょっとばかし二人の物語に浸るとしようではないか……。
この作品を通じて色々な読者の声がもらえると嬉しいです。